2020年05月22日

所謂ひとつの『夢』の実現って何か?

(いきなりですが今回たとえに品性を欠くためR-18指定としますww)

■「カタルシス論」になるのかな、
まずカタルシスとは何かってことだけど、
哲学用語で、悲劇の舞台を観た後に起きる変化〜の「精神の浄化」なんて言われてますが(或いは罪からの解放とかね)、
 ↑
んな難しいこと考えなくてもいいのです

「欲求不満VS達成感」で考えた場合、
(前述の罪からの解放の罪をさ、宗教的禁忌の性欲みたいに置き換えてみな)
1)動機形成以前の「ドス黒く蠢く轟々とした欲求のマグマ」があるとします
 ↓
2)無意識下にある「その欲求のカオス(ま〜その実体はリビドーでもエスでも何でもいいよww)」
それを「えーっと何ですか(人類ヒト科特有の退屈したら死ぬ病が出ましたか?)」と認知した『自意識』が、「あれれ、ちょっと過剰化してますね(欲求代謝が滞り過剰蓄積してネーか?と)」〜の、

3)あーこれは悪徳含む(この場合はちょっとフロイト的に「欲求《罪》と道徳が対立概念だとしようか」)少々過剰なやらかしでもしないと”足りない”と認識、

4)「有り金握りしめて夜の街でシャンパンタワーでもやらないと気が済まない」
(そらガチにテーマを性欲と置き換えりゃ、、別の意味であられもない話に、、)
 ↑
●上記1〜4でひとつの”悪徳パッケージ”があるとする、

そ ん な 時 に、
「全米が泣いた的な感動ナントカ」でアーー!!これはって、
(退屈したら死ぬ病がお釣りがくるほど満足した時)
 ↓
悪徳妄想どころか「そうだよね、ネコちゃんよかったね〜」と涙して本人大満足
(もっと下世話に言えばさ、エクスタシー後の「賢者モード」のことだよ)
 ↑
この「轟々としたドス黒どこへやら」のことをカタルシス効果と呼びます
(少なくとも俺は”そう思ってる”ww)



<本来の言葉の意味とは違うけど、似た現象としてさこういうのあるじゃん>
理由は不明ながら、泣いて落ち込む子供がいる時に、
あっと驚く手品を見せてみたりさ、なんだかおどけた変顔見せて、
”無理やり笑わせてしまう”って奴、
 ↑
これも底流にあるのは『快・不快原則』なんですよって
(リビドーでもエスでもいんだけど、動機形成前は”欲求のスープ”に過ぎないワケ、この段階では特定の行為に結び付いていない。故に「何かの事象で大満足ありき」が”それに先行した場合”、「あれ?さっきまでの何だっけ」になるんだわ。)
 ↑↓↑↓
(※ちなみに、その【反対】もある。常に”こうに決まっている”という「興奮」設定が先行する場合、現実にどんなことが起きても先行する”『興奮』とネタの結合”を覆せない。←これが「強迫心理」)

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タグ:快不快原則
posted by kagewari at 06:07 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月14日

「みんな仲良しのパラドックス」(その説明必要か?って人いるかもだけどさ)

これ必要かって人いるかもだけどさ、
現実「強迫心理」下にあって承認欲求状態にある自我では「現代でも頻繁に起きている」んです。
(近代の話ではなく、今回の説明は現代の話)

■「みんな仲良しのパラドックス」
ま、一般に小学生が最初に騙される『共同幻想』ですね、
そら〜ね、小学生の頃から「コイツは将来ワッパかけられてお務めだな」なんてわかりませんから(いえいえ、確実にクラスはともかく学年にはいるでしょう→犯罪率が2%前後なので1学年100人いれば2人はムショ行きになる計算)、無垢な子供幻想も相まって”みんなと仲良くなれるかな〜”なんてお花畑な妄想も「ほんとうだね、だよねそうだよね」なんて思っちゃいます。

てか、それ以前に
「考え方の違う人」→将来右翼になる子供と、将来左翼活動家になる子供、仲良くなる方がおかしいですよね(オマエラ信念は無いのかって)。

更にその先に、趣味の違いや個性差があれば、より違いは細分化します。
だって現在文科省からが「個性を伸ばす教育」ってんでしょ、
●「無理に我慢して同調圧力に屈したら個性が埋没するじゃん」

<言わずもがなですが>
「皆が仲良くするとかあり得ないことだね、違いを認める、少数派(マイノリティー)を認める、一番大事な事は人権の尊重と”社会性”だよね。「社会性は=仲良くするでは”ありません”」、さあみなさ〜ん法治国家って意味わかる人〜!」
 ↑
これが正しい教育です、


「決して仲がいいわけでは無いが(いや個性化の時代になればなるほど嫌いな奴が多いのが自然)、仕事や地域社会など”社会性を求められる場では”、最低限(相手が嫌いな奴であること前提で)個人はいかにあるべきか」ってのが現代の自然な社会環境である
 ↑
ここ、所謂社会経験ある大人なら常識だと思うけれど、
●「強迫心理」下にあると、ここがどうしても理解できないなどの認知リミッターが稼働することがあります。
(そして、同様ケースは決して少なくありません。)
 ↓
一見違うように思えるかもですが、以下のケースも実は概念としては同じなんです
 ↓
「疑心暗鬼というか、とにかく些細な事でも関係悪化要因がある時、過剰に周囲と軋轢が大きくなったり、激怒してしまい抑えられないなどの状態になる」
※上記は「みんな仲良く」と違うように見えますが、「嫌いな相手も前提として関係するのが社会性を論じる時の常識です」という感覚が欠落している点で同じなんです。
(不快な相手→イジワルな奴から、考え方の違う人から、あからさまなバカまで様々)


前述の所謂”合理的”常識論
「決して仲がいいわけでは無いが(いや個性化の時代になればなるほど嫌いな奴が多いのが自然)、仕事や地域社会など”社会性を求められる場では”、最低限(相手が嫌いな奴であること前提で)個人はいかにあるべきか」ってのが現代の自然な社会環境である
 ↑
ざっくばらんに言えば上記認識のことを”打算”と言います。
(仕事や地域社会などの社会が、自分の所得や生活上の安全など最優先すべき私的利益に大きく関わる事項であり、時々顔合わす程度の顔見知り程度の関係者に不快人物がいる程度の些細な事で、優先利益を損なっては本末転倒という考え方。)

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posted by kagewari at 21:23 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月12日

「褒める」と「肯定的感想」の違い

同ネタ元記事はこちら
オマケ的な話「褒めて伸ばすも虐待だと思うよ」(ハニートラップ論)
http://kagewari.seesaa.net/article/475008292.html

この話もう一個(虐待では無いが)親がよくやる”それと似た”問題行動がある
■溺愛
(この幼児期の溺愛は「強迫心理」形成で抜き差しならぬ鍵になることがある)
溺愛が問題となる理由は簡単
親側の自己都合で(対象物が実子だという事情だけで)勝手に『興奮』しており、
(しかもこの実子という事情は一歩間違えばナンボでも”自己愛投影”の対象にもなる)
現実に目の前にいる”その人”を見ていないからだよね。

「褒める」って言葉には(褒め殺しってのがあるように)
どこか、本当に評価されているって意味だろうか?のニュアンスがあるよね、
言葉使いとしてその最たるものが、
「褒めて伸ばす」って事なんだろうと、
 ↑
ここまでの流れでわかっていただけないかな〜?

前述の言葉を正確に記載するとさ、
「伸ばすが目的」なのだから、
「(英会話を)伸ばすために(嘘でも)褒める」となるじゃんか。

だから、この言葉はどこかが如何わしいんだわ。


■これに対して「肯定的感想」
(狙いを持って)伸ばすじゃなくて、
自主性を”促す”ための「肯定的感想」ってのはさ、
シニア・ベテラン個体が、ビギナー個体に対して
「(自主性のある行為に対して)どんどんやりなそのまま行きなさい」って意味なので、
肯定している側は、特定の狙いは無い。

生物学的な合理性の中で(種族繁栄を公とした時の同時に自分の利益である的な)
ベテランが示す振舞いって事でしょ(殊更親心的なスケベ心無くさ)、
横文字で書く必要ないかもだけど、ニュアンス的にはこれが一番適当かなと思って
 ↓
Godspeed(行けよ、頑張れな的な)
NASAがロケット打ち上げする時なんかによく聞かれる言葉です
(そういう意味でリフトオフとは言わないけど、テイクオフもよく使うよね)


●案外、褒めると肯定的感想なんていちいち分けたのがいかんかったんかな、、
褒めるがイケナイんじゃなくて、
「褒めて伸ばす」って言葉にレトリックが隠されていて、
とにかくこの言葉がインチキ臭い、

且つ、『共同幻想』的な誤解を誘発しているって気がするのさ、
違和感っつーのかさ、



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コメント欄に問題となった同趣旨の投稿が続いたため、ブログコメント欄を閉鎖します。
詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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posted by kagewari at 07:59 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月11日

『共同幻想』人格には心理学が構造的に理解できないってのは、「財務省」が経済学をどうしても理解できないのと同じことである。

ラノベばりに長いたタイトルを付けてみました<終わり>

■いやぁそもそもがさ、ケインズ以降は経済学そのものがフロイトの影響受けてっからさ
現代の経済学の背後にはフロイト心理学あんでしょって言われちゃうと身も蓋もないんだが、
ええい、ままよで進めますか、

経済が拡大する仕組みってのは、
「パンを焼く技術があります、小麦粉くれたらパンが焼けるよ」
「そうか、信用した出世払いでいいからそこの小麦粉もっていきなさい」
「パンがバカ売れ完売しました、借りた分払いますね」
「そりゃおどろいた、農家さんに増産指示出したろ」
「2倍も作付けするっていえば、牛でも使うか」
「小麦粉が倍あるねんけど、いるか?」
「全部買います(半分借りでいいですか?)、パンにします」
「全部小麦じゃパン食べる人多いから余ってしまう(余剰は牛の飼料にしたが)、牛が畑拡張してくれたのでレタスも植えるか」
 ↑
だいたいこんな感じ、
キモは「信用だけで生産財が移動したこと」←手法としては詐欺同然(笑


●ある意味経済ってのは
「その儲け話はホンマかいな」って筋にドーンと行くか否かで決まる
「担保も無しに話だけで金が貸せるワケが無い」←という”常識的”なスタンスだと(それ自体は間違いでは無いですよね)、経済学の成長原則が否定されちゃうワケです。
そんな常識派の典型が財務省であったり、ドイツの「ルターの罪悪感」って概念。

まあ心理学で言えば、
フロイト先生うっかり”性欲”とか口走ってしまったのでww
もうこの段階で”常識派”のみなさんにとっては「トンデモ学問サブカルでしょ」になってしまいまして、
「どうしてパンは売れるのか?」が財務省に理解できないように、
「どうして人類ヒト科は退屈したら死ぬ病なのか」が、常識派のみなさんにはわからんのですよ。
どうでんぐり返ししても『共同幻想』適応人格には心理学の意図や意味が理解できない。

てか、『共同幻想』適応系人格タイプの人が安易にフロイト心理学に触れるのは危険なんスけどね、
(予め何らかの準備が無いと「権威性認知自我」は崩壊し兼ねないから)


極端な人は
「だったら常識は悪なんですか!」って話にもなるかもしれないけどさ、、
そういうこっちゃ無いんだわ、
常識って言い変えりゃ、経験則や合理性だとか論理性が担保されてる”知識”ってことで、
それを否定する話じゃないんだわ、
●そこに権威性を乗っけると「それを前提に”別途考える”」って余地が無くなってしまう、
『共同幻想』はこの仕組みで(考えなくていいという角度付けて)無意識に『自意識』を抑圧する構造を形成しているのですよ、

であるからね常識を疑えってプラトーンの話は、
常識を否定しているワケでは無くって、
「常識は凄い(権威)から自分で考える必要は無い」って姿勢を批判しているのだわ。
(常識を否定しているのではなく、「常識論」を批判している)
勿論『自意識』マター的にこの時はこの常識だろって判断もアリアリでっせと、

実際のところ上記のような構造で、
「『共同幻想』こそ凄い常識である」という建付けが
『自意識』の自由度を抑圧する仕組みそのものだから。
(※しかしその抑圧デメリットがあっても尚、平均値的な常識論が自我にインストールされる優位性は最大公約数的に《特に人の寿命がやれ30代40代って古代になれば》強い集団的合理性を持つ。まあ洗脳っぽい合理性ではあるんだが、、)


■故にフロイト心理学も経済学も近代以降だからあり得る学問で、
『単独者』論ともなれば、先進国以降に初めて論議される話。
人類史を考えれば『共同幻想』がもたらした功績はトンデモ級に大きい
 ↑
この歴史の構造ってものを俯瞰で見るならば、
テンニースの社会進化論である『ゲマインシャフト』一『ゲゼルシャフト』論と同じような、
社会変遷論の中に『単独者』論が位置付けられ、
進化と言うと大袈裟な話だけれど(故にここ日本の90年代”ニュータイプ”論に被った)、
「『単独者』論とは歴史の必然と、生物学的帰結である」という見方ができるのではなかろうか。

●財務省の件で言えば、
→先進国化の果てに「いよいよAI官僚時代か」って論議に繋がっているのかもしれない
(財務官僚のみなさんにはそのまま→超優秀な防衛庁ロジスティク事務官として力を発揮していただきたい)




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2020年05月09日

オマケ的な話「褒めて伸ばすも虐待だと思うよ」(ハニートラップ論)

所謂『共同幻想』適応のための”躾(洗脳)”の時に、食い扶持を全て親権側が握り、事実上幼児に死の恐怖を連想させてこれの導入図っていることは説明するまでも無いけれど、
(ここは過去ログでも相当繰り返し話してきた→故に米国福音派などでは、父親が「食事の前にお祈りしましょう」の音頭の後でなければ食い物に手を付けてはいけない。→所謂「待て、よし」だよね。)
 ↑
どうにもイメージぴんとこない人は、
未来社会の(子供含めた個人単位にベーシックインカムが支給されている時代)以下の図を想像してもらえると、俺の言っている事の意味がわかると思う。
 ↓
「あら、〇〇ちゃん追加でアイスクリームを頼んだのね」
「ああ、君と彼(両親)にはビールを頼んでおいた、俺の奢りだ」
「へ〜なかなか洒落たことするよな、〇〇ちゃん」
「だからチャン付けがヤメレ(6歳児)」
※完全に躾を成立させる要件が崩壊していることがわかると思う


■時にあれですよね、体罰含む躾を虐待だと騒ぐ人権派が
「褒めて伸ばす」なんてふざけた話をするじゃないですかww
そういうことならば、
 ↓
「褒めて伸ばすも虐待だと思うぞ」
これって、快感琴線刺激して脳内物質の『興奮』を喚起して(一度成功すると”ノスタルジーカード”になる)得難い既得権「もう一度味わいたい」的な中毒症状からの服従だよね。
まあ、よく言えばインセンティブ論、

ハニートラップみたいなもんじゃん(笑

誰それ君を自由自在に操るために、彼が実は好きだとリサーチした少女を使い、
「好きなの」と嘘の告白させてからの、
「あのね実は頼みがあるんだけど」←と同じ、褒めて伸ばすってそういう仕組みじゃんww

●そもそも
「褒めて伸ばす」ってさ、どっち方向に伸ばすんだい?
そして、「どうして伸びることが是と決まってるのかね?」
 ↑
明らかに権力側にとって都合のいい誘導だろ?

ちなみに
■■■生物学ってか、有性生殖動物として「在るべき」■■■
ベテランからビギナーへのアドバイス原理原則ってのはさ、
・命の危険に及ぶバカな事の否定(事故率や毒物)
・食い物を自分で探せる方法の伝授(社会性・公共性含む)
・劣性遺伝子リスクの排除(近親交配の禁止)
→母系社会以外(特にオスの個体は)はとっとと追放

(※最後の部分は科学的に確定的事実では無い部分もあるんだが《サラブレッドなど》、動物園ブログの記事から一部引用すると「一方で近親交配に強い生きものも多くいます。一般的には鳥類や草食動物、齧(げっ)歯類などです。遺伝子的に安定しているとの見方もできるかもしれません。再現性や安定性が求められる実験に使われる実験動物のマウスなどはほぼクローンと言っていいまでの近親交配を繰り返し様々な品種がつくり出されています。」)
引用URLは以下「旭山動物園、坂東元の伝える命」
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO24096290Q7A131C1I00000
 ↑
これって『共同幻想』社会は(近代以前に氏族社会があったように)
広義の意味では(異端排除なので)近親婚系と言えるのかも(上記の草食動物における遺伝子の同一安定性みたいな話)、
かと言って、多人種による繁殖を殊更優先遺伝的に見るのも別の意味で(文化人類学的に)リスクがあるので(風土病や感染症拡大リスク)、

追放の概念は「程度の問題で、合理的範囲での追放(笑」のような解釈必要だろうね、
(流石に国籍も無い謎の外国に子供を追放しちゃダメだろう的なww)

※フィンランドあたりにある「高校生になったらアパート代を国が保証します(青少年独立の保証)」みたいな制度が合理的範囲かな。

※ちょっと重要な事なのでオマケで付記しておきますが、
人類ヒト科は生殖能力の獲得が異常というほど遅いため(幼児や子供特有の潜伏期)、
素で幼児や子供が「自らの興味だけで面白いものを探求した場合」、
そこにはR-18的なエログロは含まれないワケです、
(確かに口唇期からまだ時間経過も短いので、幼児性のサディズムみたいなものはあるかと思いますが、本来これは”自ら選択する興味の先にある『興奮』の自力獲得成功経験”により後退します。)
 ↓
それを健全と呼ぶのはまたどうかと思いますが、
「(エディプス的なアレが抑制できれば子供の自由にさせても)言うほど心配は無い」って話です

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posted by kagewari at 23:59 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月04日

人格、パーソナリティー、ペルソナ(ユングはやらんからな)とかあるけれど

「オオカミはウサギを狩るもの」とかさ、あるじゃん
人物としての素性のまたそれ以前の生物としての素性ってのが。
なんだか、人間の考えるご託には「レーゾンテートル」などに代表されるような、『自意識』の人としての僕みたいな部分を核というか、コアというか本質みたいに捉えがちだけれど、
(そら当事者にとってはそれでいんだけどさ)

たとえばペンギンを見る時に、
はたまた魚類全般の生存競争や進化のプロセスを見るときに、
パーソナリティ以前の主としての習性があって、またそれ以前に有性生殖生物の市場最適化原理というか仕組みがあるでしょ(そこの中間に個としての生存競争もあるけどさ)、
●そんな全体像としてのビヘイビアを考えるとさ、

個のプレーヤーとしてのパーソナリティーってのは、枝葉末節なんだよね
言うまでも無く、
「俺が誰」ってのはミクロであって、マクロには「人類ヒト科」ってカテゴリあるんだから、
(ミクロはマクロの枝葉末節のことでしょww)

「どうだっていいことだから、どうやってもいいのだよ」
 ↑
ここは哲学論争になっちゃうけどさ、
(別段進化を是としているワケでは無く、まーちょっと運命論的解釈としてさ)
それでも尚(マクロなビヘイビアに対してすら)『抗(あらがう)』のが『自意識』だとするなら、
●ぐるっと回って「レーゾンテートル」ってのは、

結果、何にも意味が無いのだろうという前提の中でも、
「俺が誰」って問いをあれこれ・ゴリゴリ考える様それ自体が(またぐるっと回って)種としのてレーゾンテートルに合致するでしょ(でなきゃ種に進化なんか起きないから→「無限に続く個と個のせめぎあいこそが進化の原理」なのだから)。

実存主義哲学における”不条理”論ってのは、
かといって全ての個が(意味が無い事無限大だと)それを断念するならば、種として終わっていると(進化の可能性というマクロの全否定)真っ逆さまにダウンしちゃうワケなのだよww
 ↓
だとすると、その反対は?(人類が種としてもテイクオフするじゃないけれども)
 ↓
■「当人の感覚的には、どう考えても全く意味の無い事に拘り考え続ける(『抗(あらがう)』)様」が、【最強伝説】なのさ(笑
 ↑↑↑
このアホみたいな禅問答の答えが、
「不条理こそが、自己の実存証明である」って筋立てになるのであって
(文学的には神がやれどうこうとかでめんどくさいから、そこは生物学的合理性に置き換えるのが中立的でわかりやすいかなと、)

岸田『唯幻論』心理学的にはさ、
所詮『自意識』が観測している世界はVRなんだし、
「この世にどうでもよくないことなどない」から
「どうだっていいでは【無く】」→「どうであってもいいから【命賭けて選べ】」に転じるワケで、
その様子はいずれかの方角なりを正解みたいに指し示すものでは”無い”ので、
 ↑
この動作の様子を客観的に『抗(あらがう)』と表現しているワケだけれど
(『抗(あらがう)』って言葉は単なる独自の説明方便)

現実を舞台にたえれば
『抗(あらがう)』を”踊る”と置き換えてもいいのね、
うんでさ、
「その時にどんな踊りをっ!」って部分がパーソナリティーなり人格って事なんだが、
(ここでユング心理学的発想は完全排除でおながいしまふ)
マクロで言えばさ「枝葉末節でどうでもいいこと」だよね、
(文化人類学ならどこぞの土人がキテレツな踊りを踊っている程度の意味)
しかし、それ当事者(ミクロ)にとっては命賭けで一番大事なことなのさ、
 ↑
<ここ経済学と全く同じだからな>

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posted by kagewari at 19:52 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月30日

そもそも”気持ち”を疑わないと(それ全部が自分の考えってワケじゃネーから)

(※いつもの書き忘れアリ、同日末尾に追記)

言葉としては「心情」でもいいかもしんない。

■映画の話しをしましょうか、
よくあるシナリオ
・主人公の敵役、悪〜く描かれ視聴者全員がこれを嫌う
・物語は進行し、あれ?敵役は本丸なのかと疑問に思う伏線
・敵役をお詰める過程で「何か変」に気が付き
・どんでん返しで敵役と思っていた相手がいい奴だったと知り
・本当の悪い奴が身近な誰かと判明
・当初敵役だった相手と共闘
・最終決戦でいい奴に転じた元敵役が死亡(全米が泣く)
・本当の悪い奴を始末してEND
 ↑
「私はこの人嫌いなんです、この気持ちは本当です」←なんの保証も無いんだよ(笑
事実関係の認定プロセスでコロコロ変わるんだから
 ↑
重要なこと忘れないないかい?
誰が何をしたって事実関係はともかく、
(そら演出はあるにせよ)
人物は”同一”なんだぜ?
(元敵役の人格は最初から最後まで同じなんだから)

■自分の都合で(或いは立ち位置で)他者に対する感情など(どこがツボで興奮したかみたいな幻想に過ぎないので)コロコロ変わるんです。

しかしだ、
それが「思慮深い主人公という設定ならシナリオはどう変わる?」
●同じ素材のストーリで主人公のキャラ変換(思慮深い)
・主人公の敵役、悪〜く描かれ視聴者全員がこれを嫌う
・主人公身近なわき役がこの敵役を凄く悪しざまに罵倒、
しかし主人公はそれを制し
「何をやってんだと」「〇〇さんは▽▽を庇うんですか!オカシイ失望しました」
・物語は進行し、あれ?敵役は本丸なのかと疑問に思う伏線
主人公が「やっぱりか」と思わせぶりな台詞
(この段階で視聴者も敵役を悪いと思わないようになり、アホみたいに激高するわき役をバカでイラつく奴だと思うようになる)
・敵役をお詰める過程で「何か変」に気が付き
・どんでん返しで敵役と思っていた相手がいい奴だったと知り
主人公が見事な中間的謎解き
「だと思ったよ」「いつわかったんだ」「最初からさ」
・本当の悪い奴が身近な誰かと判明
激高していた身近なわき役が犯人だとわかる
(視聴者はただのバカではなくて本当に悪い奴はコイツかとマジ切れ)
・当初敵役だった相手と共闘
・最終決戦でいい奴に転じた元敵役が死亡(全米が泣く)
・本当の悪い奴を始末してEND
 ↑
視聴者の心情の動きは「同じストーリー仕立てでも全く別物になる」


更にそんな二つの映画を映写室から除く第三者は、観客の反応を見ながら何を思うか?
「なんだか監督の思惑で客の心情が自由自在だな」みたいなさ、、

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posted by kagewari at 16:33 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月28日

受動系『被(こうむる)』文法は”被害認知に限らない”(2)

●この辺の幼年期や子供時代の「エピソード記憶」の呪縛から何故大人は離脱できるのか?
<<<ここからR-18指定とします>>>

 性 欲 (思春期に体験する性欲の『興奮』が全ての過去を凌駕するため)

※1逆説的に言えば(某宗教カルトのように)極度に性的知識や行動を”忌まわしいもの”として禁じ、あろうことか自慰行為を罰して体罰などを与えると、、ヤバいことになるのわかるよね?
(そしてそれを行う親乃至それに準ずる人の動機も読めるでしょ)
※2現代的に言えば幼児や子供に対する性行為が(虐待として)法により禁じられているのも違う意味でわかるでしょ
※3更に進めると、世界的な成人年齢の18歳化などの論議は(知的水準だけで無く栄養状態などの高さから子供の成長速度が早くなり)かなり低年齢でも『思春期』としての性欲が発現することに連動する。←これをPTAが過剰に規制すると上記の※2と同じ”別問題”に転じることもわかるでしょ、
(大人年齢の低年齢化は既定路線→あくまで「統計的に確認される知的水準の推移と生理的成長観測」の上での話ですが。)
 ↓
その先の近未来に「”家幻想劇団”として”子役の強要”」も虐待認定されるだろうと俺は読んでる
(人間は平等です、女子供や老人などの呼称は人権問題であり差別です←となる論調)
(上記はあくまでも左翼メディアのPCがそうなるでろう予測で、メディアの過剰なポリコレを肯定しているワケではないので誤解の無いように)


つまりさ、
「パパだーいすき、パパのお嫁さんになるんだ」とか言ってたいたいけな少女が
大好きなバンドの追っかけからの家出の果てにバンドマンの性奴隷に、覚せい剤まで、、
「パパ悲しい、そんな娘じゃなかったのに、、」
 ↑
えーー、この山門芝居をなんていうのかなww
(そんな極端にブレなくても、、反動化し過ぎ)
コントなのかな?


●繰り返しになりますが『共同幻想』がスカウト上手なのは、
(実質、裏では性の面倒見ますよってイベントを用意しているから→なんとかコンパやら→なんとか旅行だとか、サークル活動やら、昭和の一般職と言う名のサラリーマンの性奴隷だとかww、伝統の何とか祭りという乱交パーティー会だとか、近代の男子部屋みたいな合宿では実際に後家さん《未亡人》による夜這い筆おろしを”地域の若衆”が公的に斡旋してましたから。)
 ↑
ちゃ〜んとニーズわかってて、
且つ(ここが一番大事)『共同幻想』的に(これは禁忌じゃないよの)”その行為を権威の本山が承認”するため(子供に対する性の規制条項完全無効化)解放感も半端ないためです。
「大、大、無礼講」みたいな

●オマケ
「昭和のロッカーが何故、あんなにロケンローラーだったのか」その理由も、
前述の”その行為を権威の本山が承認”←まずここにペケがつくじゃん
(当時そんな音楽やってれば)
性欲全開放できないよね?
(そもそもバンド始めた理由が性行為だってーのに)
こうなったら権威の本山に『抗(あらがう)』反抗的なさ〜
「僕ヵ〜障害反抗期なんだよ」な生き様に帰結する
 ↓
現在のロッカーが必ずしも「昭和のロケンローラー」では無い理由は簡単
既に音楽としてロックは社会的に(権威にも)認められており、
主要プレーヤーは(反骨のどころか)セレブと言ってもいい
「中二病みたいなことをする理由がなくなったため」です
(それはまた別の意味でロックという音楽固有の問題となり、このジャンルが衰退した一因なのかも知れない)

→続きを読む

posted by kagewari at 17:37 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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