2020年08月13日

創造性って何だろう、そして実現する事ってどうなんだろう(それが全てか?)

長い事考えているネタがあるんですよ。
(量子論のナントカじゃないけどもさ)
「考えた事(「証明欲求」とも関係するんだが)」
そこに
心理学的原則である「結果論には意味が無い」を、合わせて考えるとさ、
 ↓
「考える創造する、イメージする」←この段階で”勝った”だろ?
(結果論に意味が無いのであれば、事の顛末成功か失敗かはどうでもいいことになる)

(マルチまがい商法並の怪しい詐欺師がこの辺の論理を「ナンチャラの法則」みたいなセミナーで大儲けしているので迂闊なことは言えないんだが、、、「夢物語を想像すれば実現するとかそういうキテレツでカルトな話じゃネーからなww」)

■「論理だてて考えた事は(いわば科学的仮説)、実現していなくても個別に実存する(幻想の反対である)」→「証明欲求とはある意味その派生であり”事の顛末”である(そこに没入していっている様)」
「ナントカ闘争」だとか「ナントカ戦争」って言葉はあるが、
どっちが勝ったのかは調べないとわからないだろ?
(しかも歴史にifがあるなら、どちらが勝つのかわかりゃしない)
「かくかくしかじかの考えがあり、実行された」←ここまでが事象であって、
勝者は誰かなどの個別各論は、派生物”事の顛末”である、

「大相撲秋場所」って言うでしょ、「日本シリーズ」とも言うよね、「ワールドカップ」でもいいよ、
「かくかくしかじかの考えがあり、実行された」←ここまでが事象であって、
勝者は誰かなどの個別各論は、(それも確かに歴史だが)派生物”事の顛末”である、

(それを個人心理学に当てはめるとどうなるって思考実験ですよ)

たとえば、
「かくかくしかじか、こうなって、こうだってことなら、それ故にこういうことだろ」のような立論が考えとしてある場合(勿論手続きとして”そう思ったとかでは無く”考えた論旨があればってことだが)、たとえそれが実験やら検証の結果、現実には存在しないことがわかったとしても『殊更に何やら仮説』って命題は在る。→つまり実存するワケだよ。
●「僕は生まれついての漁師だったのかもしれない、何故なら、、、、、、」←仮にそれが”動機形成足り得る”(エビデンスとして有効な)何かだったら、
「漁師への道」って命題はこの段階で実存する。
(たとえその道が敗退に次ぐ敗退で、最後は諦めることになったのだとしても)
 ↑
なんかこう書くと「実際に行動にうつさない奴奴は嘘つきだ」のように思うでしょ(笑
そら思うよね、
そういうこっちゃないんだわ。

芝居や映画における実存だとかリアリズムを考える時にさ、
(まんまお芝居なんだぜ?しかしその芸術が人の人生を変えることすらある)
名台詞ってあるじゃん、←これは何だ?
「聞け、それはかくかくしかじかこのようなものじゃないのか!僕は思うだとするなら、僕らは、、、」←ここにさ、ブラボー!ってなる時(動機形成の端緒として観測される『興奮』が発生しているよね)、
そ れ は 実存 し て い る(言い換えれば人にとって”現実”である:『興奮』が証拠として認識されるため)

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posted by kagewari at 19:47 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月10日

「インセンティブの経済関係を、も少し解説する」

●話をわかりやすくするために”極端な例”で説明するから

『共同幻想』の始まりに、古代文明における天変地異や、他民族との争い、はたまた農業土木のための労働集約、田植えや刈り取り時の労働集約、などなど「総じて安全保障や集落単位の大規模事業」が挙げられます。
典型的なインセンティブの関係は、
「集落あげた大規模労働集約事業の最後に、収穫祭があり酒池肉林の大騒ぎ(インセンティブ)」
※同時にインセンティブの効きを増すため、平時の飲酒を禁じるような道徳の導入(これが何を意味するのかと言えば、集落の正規構成員にならない限り一滴の酒も飲めない)。
※加えて厳密に管理された酒造利権は=権力サイドの管轄となる(専売制など)。

社会学者テンニースの「社会進化論」ってのは、
(同時でインパクトのあった話と言えば)
産業革命であり、その後の経済のホワイトカラー化の推論であり、
「血縁村社会(ゲマインシャフト)」から経済発展により、自然現象として(進化論的に)「利権共同体(ゲゼルシャフト)」へのシフトが起きるとした(事実そうなって、先進国では第三次フェーズに移行している)。

●戦争や軍隊で考えてもわかりやすい、

『共同幻想』社会の超典型は”軍隊”である
厳しい規律や上下関係、ましてや軍隊内部での殺人など決して許されない。
しかし、いざ戦争になれば「部隊として大虐殺すら許される」。

(※大虐殺があたかもインセンティブのように用意されているという意味ではありません。軍隊における通常のインセンティブは個人ではとても購入できない高額高性能兵器をあたかも自分のもののように扱える悦楽です・及び出世した時の組織を動かせる権力。上記大虐殺のたとえは、時々戦場で起きるそのような事件が心理学的理論上”起こり得る背景の説明”って意味ね→それが《殺して食うわけでも無いのに》インセンティブと解されてしまう恐怖が戦争にはあるワケ)

逆説的に『単独者』とは、「人を殺すにしてもそれは俺の意思で決める(そしてその決断において外部に何らかの承認を求めるとか”あり得ない”→自分だけの意思で速断できる)」

(※インセンティブの事例で言えば、高度経済成長以降の先進国の場合、一般平民でも強烈に購買意欲をそそられる商材など無く《とっくににコモディティ化している》、そこそこの物品は個人でも容易に手に入れることが可能。権力面で言えば法整備が進むほどパワハラも御法度になりますから責任が重くなるだけで役得が増えることもない。←民度が低く第三世界レベルの某国のように腐敗が横行するのは社会が前近代レベルだからインセンティブが効いてると言える。)

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posted by kagewari at 10:36 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月09日

「付き合いでは無く、気の置けない友人関係との違い」

簡単にまとめると、
『共同幻想』適応系人格における「親友」が、『単独者』における”友人”であり(『単独者』はむやみに友人という言葉を使えない→周囲の『共同幻想』系人格に誤解されるため)、文字通り『共同幻想』適応系人格に(『単独者』で言うところの)友人がいないワケではありません。
(※実際『単独者』の中には、誤解があれするのも何なので”友人”や””友達”などの言葉を使用しない人もいるでしょう。)

うーん言葉がアレなのでめんどくセーなーもー


■『共同幻想』適応ったって”オールイン”ではありません、
(自らの帰属そのものに裏で疑問感じていると『歩留まり』階層ってことになりますが→『歩留まり』階層も形式的には『共同幻想』”打算的適応”のスタンスですからw)
俗に言う「風呂とトイレの中だけのプライバシー」は全員保持しています。

つまり、この限定的プライバシーである「風呂とトイレの空間」的なるものを隠さずに公開し合える関係が『共同幻想』で言うところの「親友」(『単独者』で言うところの”友人”)です。
 ↓
”付き合い”とは明快に違ってますね。
”付き合い”とはプライベートな自由時間を犠牲にして付き合うから付き合いなのであり、
(詳しくは前回記事を読んでくれ)
「親友」とは、プライバシーを隠すこと無く(抑制せず)関係できる相手となります。
これが「気の置けない友人関係」です


●そこからわかることは「気の置けない友人関係」に秘密があってはいかんのです
(本音を隠していたら関係が壊れる)
逆説的に言えばどうなります?
「本音が抑圧されており、隠しているつもりは無いが表に出せない」場合、
この人には「気の置けない友人関係」を構築することは”不可能”です
(「何考えてんのかわからない奴」だとか、「水臭い奴」ってことになる:水っぽい・薄味だ)
 ↓
それは”本音を隠ししているのと同義”です


世の中にはおかしな言葉もあるもので、
「友達の少ない奴」ってのありますが、
そら口語表現なのでケースバイケースで微妙に意味が違ってくること前提とした上で、
それでも言外にその意図は「付き合いの悪い奴」である場合が多いでしょう、
=それは即ち「親友」以外の相手に割く時間は無い
(付き合い程度の関係性に自分のプライバシーを差し出すと、個性化に応じて”営業損益が洒落にならなくなる”:前回記事参照→『単独者』の場合死に等しいから「死んでも御免だ」となる)
 ↓
”個性化の時代”となり、中高年から以下のような台詞を聞くことが多くなった
「最近の若いもんは付き合い悪いよな」←あたりまえだっちゅうの


<<<<ここで話が重なるんだわ>>>>

↓前回記事のココ
>時に「強迫心理」下にある個人が、上記の代償や対価って部分を(受動形『被(こうむる)』で)「利用された」などと勘違いすることがありますが、

そこを前回記事で「そもそも”付き合い”に参加するべきじゃないんだわ」と説明してます。
「あなたは”非適応個性派(非制服私服派)”ですよ」と、
●”付き合い”の原則論から言えば、「自らの自由を差し出し(それを代償に)正会員となる」のが付き合いであり(自我が個性化を選ぶと”付き合い”合議の経済関係は維持できない)、
●オンザレール『共同幻想』適応とは、「言えば跡継ぎってことで、家業を引き継ぐか親を模範に二代目なりを名乗る」ことなワケで(故に現代「二代目サラリーマン」とかなると意味が分からなくなる←しかしさ、オンザレールなケースのひとつに「コネで親と同じ会社《或いは職種》に就職」ってあるよね)、
 ↓
●「強迫心理」というのは、主として「エディプスコンプレックスであるとか、親がどうにも模範にできないパーソナリティーであるとか、親の人格が謎過ぎる《ある意味親世代が既に個性化している》とか、子供サイドの個体差《なんらかの事情でウマが合わない》」など”様々な個別事情”により、”家幻想”社会における子供自我の『共同幻想』導入とアップデートに齟齬が発生した結果ですよね。
(※子供なりの『共同幻想』が、世俗化アップデートせず”根拠不明に自我を強迫する概念が《子供に対して子供であるが故にあーせーこーせーが》、大人の年齢となった『自意識』を悩ませる現象《既に外部からあーせーこーせー言う”状況”は存在していない、、そして始まりも”幻想に過ぎない”》)

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posted by kagewari at 01:54 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月08日

友人”付き合い”の「付き合い」って何?

そら「友達付き合い」と言えば?『共同幻想』用語ですね。
そして、『共同幻想』社会で頻繁に交わされる会話ってどんなものでしょう。

誰それは「付き合い悪いやつだな〜」とか、
「ナントカ君ってさ〜、付き合いいいよね〜」ですよね?
 ↑
●さてこの言葉の裏に隠れている意味は何でしょう、

 嫌々な時も少なく無い(嫌々で無ければ本物じゃない:後述)


つまり『共同幻想』社会そのものが”付き合い”ってのを、半ば営業における接待をお互いに行うような「めんどくささ感というか、仕事感・残業感」があり、嫌々な時も”あるよね〜”を前提としているんです。
そらそうですよね、
仕事が終わってようやっと(オフタイム:プライベートな自由時間で)家に帰ろうって時に”組織の論理”に誘われるんですから。

「いや友達関係はプライベートでしょ」なる声が聞こえてきそうですが、
どうでしょう、
『共同幻想』社会における友人関係とは(特に親しい二人組などを例外に)社会性(公的なもの)の一部ですからね。


■「付き合い」と言えば、友人に限らず”恋人付き合い””家族サービス”も亜流でしょう
(”サービス”だぞ、サービス、「それか好意や善意により”サーブ”=意図的に提供されたものです」)
”お付きの人”を「付き人」と呼びますね、体のいい呼び名ですが「使用人のことです」
(ある意味言語的には、これもサーブ《提供》する人、サーバーにも類することだと思う)
 ↑
まとめて言えば「”意図された”=不自然な」言動です
”関係性”から言えば、「プライバシーを捨てることを対価(部費)に得る集団帰属性(正会員)」

「付き合い」の反対語は”抜け駆け”となり、
「家族サービス」の反対語は浮気や不倫だろうか。


■■■<<<<ざっくりまとめて言えば>>>>■■■
「ナントカ”付き合い”って言葉は、総じて何らかの『共同幻想』系部活動のこと」です、
・それを語るには”入部届”(同期や同僚、家族や性行為の契約など帰属関係の証明)と、
・関係を自任するには”部費”(どんな自分の個人的自由を組織のために捨てたのか)を支払わなければならない、
’・”部費”には上限リミットは無く、慣習上の範囲を超えるものは”寄付”(自己犠牲)とされ、高く評価される(身を捨てて子供に尽くす《サーブする》親や、友人のために連帯保証人を厭わない選択など)
 ↑
●ただし評価されるのは”正会員”としてであり、「個人の実存は関係が無い」
●そこに実存が無いという意味では無く→”確信犯的再選択”として(自らを犠牲にする)対価を支払うその自己決定こそが実存する。←この実存構造は”確信犯的再選択者”的なもの
 ↓
故に、「性行為の責任取って(結婚して)」という言葉は「その契約のために自らの自由を対価として支払って(責務を果たせ)」的なニュアンスになる(それを行いなさい、主はあなたを祝福するだろう)。


その代表例が”結婚制度”ですが、故に宗教権力を前に「(自己犠牲の選択)それを誓う」ワケです。
(お支払いすることを誓います=正会員として認めます)
 ↑
現代人の非婚・晩婚が「果たしてその選択は自分の人生にとって価値あるものなのか」迷う(信心の『歩留まり』)ってのは言えば合理的なリアリズムです。
(※なんたって、近代のように「階級社会で庶民は家業を継ぐ」って時代と背景事情が全く異なりますから。)
●そもそも「プライベートの価値」は個性化するほど高くなります(希少性:ユニーク度)、現代”個性化”の時代において「対価として差し出すプライバシーは無限大に価格が高騰しており」(『単独者』の場合は自分の命の価値と同じ)、代償が大きすぎる訳ですよ(経済関係的に)。
どうしたって非婚・晩婚に悩むのは(社会現象では”無く”)経済学的自然現象です。

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posted by kagewari at 09:28 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月05日

「承認欲求」と「証明欲求(それを確かめたい欲求)」

ちょいと前のシリーズや記事リクなんかで『共同幻想』社会におけるインセンティブの実行に(友人や社会の)承認を必要とすることから(未承認は裏切り行為とされ罪悪感が発生する仕組みになっている)、「承認欲求」ってのはと、かくかくしかじか書いてきましたが、

(※ちなみにその関係で「強迫心理」下にある個人は、対人関係が悪化しますから《悪化させるために無意識に『共同幻想』社会とやたらからもうとしてしまう:不快『興奮』の獲得》←この不快『興奮』で快感代謝を行う悪循環に陥る。→「承認欲求」がまた別の意味になるワケです、、、)
(※また「強迫心理」下にある自我が、どうしてフラフラ『共同幻想』社会に近づこうとしてしまうのか?それは「強迫心理」の元ネタが”子供時代の『共同幻想』イメージ”であるためで、無意識に自分の「強迫思考こそが常識でしょ」と身近な『共同幻想』に認めさせよう《承認させよう》とする現象が発生する。→これが別の意味の「承認欲求」:だから”やたらいい悪い論に拘る”などの傾向が表に出るんです。) 


■原則論としては同じ方向性ながら『単独者』の場合は違う概念になります
それが「証明欲求(それを確かめたい欲求)」
 ↑
所謂『単独者』達が感じる”面白い”ってどういうことかがわかる動機形成のフローです

”『自意識』マター全開で考える”→”なんか思いつく”
「えっなんだこれ、ホントか?」(科学者研究の視点で想像してください)
俄然それが何なのか確かめたくなる、
ググるは、調べるは、更に考えるは、研究するわ(場合によれば実験)、
何か自分なりの結論を得られるまでもう止まりません。
「それが面白くって仕方が無いから」です、
 ↑
重要なことは、この動作は「ジャーナリストやドキュメンタリー監督や刑事の視点」なので、
誰かに説明しようってことじゃ【無い】んです、
(※そりゃ自分が死ぬほど面白がって続けた発見なので、偶然話し相手がいれば《それを隠す理由が無いので》話しますが、他人に認めてもらいたくて探求するのでは【ありません】)


●この現象は『単独者』以外でも発生します
『共同幻想』適応系人格においても、『単独者』風視点があり得るからです。
それはどういう状況?
「プライバシー度が高まる限定的状況」です(そこだけは自由が許されるみたいな)
DQNの「車イジリ」(自家用車の中は彼らの社会でもプライバシー度が高いと認識されている=故にカーセックスって風習が派生するんです)
奥さんの「住宅購入時のキッチン装備の拘り」(マイホームにおける私の戦場的な)
 ↑
ここだけは他人関係無く、自分が満足するまで止まらない
 ↓
『単独者』人格の場合このような「プライバシー度の高い状況」が24時間だってことです。


■ある意味”それを思いついた段階”というのは「夢に近い」
「それが僕の夢」と言語化されると「是が非でも実現したいこと(実現してどれほど快感を得られるものか確かめたい)」←自動的にこうなるワケ、
(刑事が「あっ、わかった気がする、こいつがホシだ!」→もう止まらない証拠を集め「そいつが犯人だと確かめようと奔走するでしょ」)

勿論試行錯誤ですから勘違いや失敗もあります、
(そんなことはどうでもいんです)
 ↓
こんな台詞がありますね→「面白いこと思いついちゃった」
実はこの台詞は文法的に正しくない、
正確に言えば→「あれれ?それってこういうことじゃないか?(オイオイオイオイ、どういうことだそれ)面白いことになってきたじゃネーか」
 ↑
●これが『単独者』の日常です
「それはあたかも生まれながらのハンターのようだ(その獲物はどこそこにいるんじゃないか?と思いついたらもう止まらない)」


考えてみれば(中段前述のように)『共同幻想』適応人格にだって、プライバシー度の高い状況になれば類似の動機形成が発現します。
(※『共同幻想』適応人格は自由が『抑圧』されているだけで、自由を失っているのでは無い)
 ↓
世界のエンタメにおけるゴールデンタイムにこれほどまでに『刑事ドラマ』がウケるのはそれが原因じゃないですかね(思いついたことを確かめたくなるって原始的欲求なんじゃないスか→「なぜなぜどうして」なんざ潜伏期の子供時代に猛烈にある人類普遍とも言える代表的な欲求でしょ?)
 ↓
でー、大人の『単独者』の場合(思考に関しては道徳も倫理も余裕で逸脱OKな限定解除ですから)「考えて、思いつくことの中身が事情じゃないことになる(サブカル)」

サブカル化だとか、オルタナ化ってのは広義の性欲を包含していきますから(道徳も倫理も余裕で逸脱OK)、子供のそれと違い「非常に大きな規模の快感代謝ネタ化」します。
●「ちょっとそれどういうことだ」と、飯も食わずに徹夜するなんて現象は『単独者』によくある日常ですが、そこはそれ「サブカルだのオルタナだの広義の性欲を包含するスケールだから」です。

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posted by kagewari at 00:37 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月02日

「”日常(基礎的代謝)”と”非日常(インセンティブ)”の原則論」(番外編)


●さらっと話すけど、心理学的には【とても重要】な論議になります
今回(番外編)は「タルコフスキーの映画『惑星ソラリス』じゃないけども」みたいな
わけのわからない話ですが、「パスカルの賭け」を織り込みつつ謎に挑戦します。
 ↑
繰り返します、今回はちょつとワケのわからない話なので、
後から質問や確認のリクエストなども禁止でお願いします、
(俺にもよくわかっていないのだからw)


■「人は認識できるもの、考えたものしか手にできない」
(我思う故に我在り:cogito ergo sum byデカルト)
●「だとするなら、現実とは考えた事象であり、それが幻想世界への答えだ」
 ↑
はい、何のことだかさっぱりわからなくなってきておりますが、
シンプルな命題で考えてみよう

前回の話、覚えてますか?これです、これ
 ↓
■■■たとえばさ、■■■
「驚嘆や感動や尊敬や敬服や驚異などを表す言葉として”スゲー”しか知らなかったら?」
 ↑
この恐ろしい話の反対側を考える中で以下の現象の答えを求めなさい

■ケース1)
ある日の夕暮れ、近所の小学校から聞こえるキテレツなチャイムで目を覚ましたソフトヤンキーの姉ちゃんが枕元の時計を見る(ヒモの彼氏がそろそろパチ屋から帰ってくる時間だ)
姉ちゃんはキャバクラ出勤の前にと台所に立つ、
(母子家庭生まれの彼女は子供時代から家事を担当しており、料理の天才と呼ばれていた。夜の街に出勤前の母はよく言ったものだ「〇〇ちゃんは料理が上手だからきっと男運がいいよっ」)
なんとか冷蔵庫にあったありあわせのもので一見中華料理風の料理を作った(勿論レシピは無い)
「うん、なんかすごく美味しくできた気がする」
パチ屋から彼氏が帰ってくる
「んかさ〜スゲー美味しくできたからさ、夜お腹すいたら食べてダーリン」
「わかったよ」「これさ今日の戦利品」(袋一杯のカップラーメンを手渡す)
「スゲーじゃん〇〇チン今日もありがとね」
(暑い抱擁の中彼はその料理を口にすることはなかった、勿論彼女もそんなことを気にしない)
 ↑↑↑↑
●この時に人類のシンギュラリティ―が起きて、
彼女が世界一の料理の創作に成功していたら?
それを観測するものは誰もいない
 ↑
※というか彼らの生き様は実存など求めておらず「インセンティブとノスタルジーの織成す幻想世界」だから、これでいんだよ



■ケース2)
「世界一の料理を作りたい」それが彼の夢だ、
妻曰く”マッドシェフ”の異名を持つ彼が今日も超一流の食材を並べる。
「そうだな、今日は(奥さんが会社上司の退職飲み会で帰りが遅い)さっぱりとしたお茶漬けがいいだろう」
(最初は松茸と思ったが、いつものフランスかぶれが出た)
「トリュフのお茶漬けにしよう」
そそくさと鯛のアラを一度炭火で焙ってから出汁を取る
、、、
(飲み会帰りで奥さんが必ず乗ってくる個人タクシーのブレーキ音に気が付いた)
「時間ぴったりだ」
帰ってきた奥さんは彼とひとことも言葉を交わさずシャワーへ
「あのさ、ダイニングにお茶漬けあるから」
「あらそう、いつもありがとね」
「うん、今日は特別美味しくできた気がするんだ」
(彼女は食事に手を付けることなくベッドへ直行した)

彼はキッチンで朝ご飯のしたごしらえをしながら、ひと口お茶漬けを
「うん、今回は俺の中でも一番かな」(満面の笑み)
「でも今度は”奥能登のシイタケ”にしよう」
 ↑↑↑↑
●ハイ、世界一の料理爆誕!!!確認されました
(ところが、本当に旨いのは出勤前のキャバ嬢が作った”中華料理風の何か”だったのかもしれない)

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posted by kagewari at 19:12 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「”日常(基礎的代謝)”と”非日常(インセンティブ)”の原則論」(3)


●さらっと話すけど、心理学的には【とても重要】な論議になります
今回(3)は「ノスタルジーの誤謬」みたいな話です
(『共同幻想』世界のヤバさってのかな、、)

みなさん子供時代の夏休みの課題に「絵日記」なんてのがありますね
(勘のいいひとは何の話が始まるのかもうわかったと思うww)
「その日の楽しいイベンドを絵にして日記に残しましょう(ガチ・エピソード記憶を推奨してやがる)」
「今日は茶室で瞑想を」「今日は茶室で茶碗を愛で」「今日は台所で抹茶の選定」「今日は茶室に飾る庭木の手入れ」「今日は茶筅の扱いを基礎からやりなおし」「たまには珈琲もいいねって日だった」「ハンドドリップと茶の心」「作務衣を補修した」「焼き物とは何か」「ここで一句」、、、、
(勿論”挿絵”は茶室か庭だけ。課題の自由研究など一切しない、)
 ↑
「うーん先生思うんだけど、〇〇君はお友達と遊ばないの?」
ここで千利休師匠がひとこと  (オマエガシネ


●さて絵日記のテンプレ的にはさ「どういうのが期待されているのか?」
「今日は海水浴ゴッコのつもりでビニールプール広げて〇〇ちゃんと遊びました、スイカが美味しかったです」
「今日はお母さんとデパートにいきました。ソフトクリームが美味しかったです」
「〇〇ちゃんの友達と喧嘩しました、すごく悪い子なのでお父さんに相談しました」
「日曜日は家族と遊園地にいきました、暑いので乗り物はのらずにパラソルのある席でクリームソーダを飲みました」
「〇〇ちゃんとお化けの話をしました、お母さんはお化けなどいないって言います。先生はどう思いますか?」
「今日は課題の自由研究ってことで、カプセルのおもちゃが出てくるガチャの確率をノートに取りました」
 ↑
「よくできました。たくさん遊んだね、先生はお化けを見たことがありまぁす」
”ハイ、100点”

 この世の全ては幻想である(by岸田秀)



■楽しい(イベント系)エピソード記憶は、全てノスタルジーに通じ、
登場人物達は愛すべき友人となる。
(※しかしこれを構造論で見る時、その心象風景は設計され”そう期待されたもの”なんだわ)
 ↑
何かことさら『共同幻想』世界を揶揄するつもりは無いので誤解の無いように、
”そのまま”だから(どうでんぐり返しても心理学的にそうなワケで←これがまたフロイト心理学がノスタルジックな保守派から毛嫌いされる理由でもある→「妙なネタバレすんなや」ってな)、

「そのノスタルジーは誤謬なのか」or「それはノスタルジーの誤謬なのか」はともかく、、、
それが演出され、何かにそう期待されているイメージなのは確かだ。
これがエピソード記憶化するのがアリならさ、
(メンタルなんとかの原則論的に)個人の自我はいかようにも誘導されてしまう。

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posted by kagewari at 00:32 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月01日

「”日常(基礎的代謝)”と”非日常(インセンティブ)”の原則論」(2)


●さらっと話すけど、心理学的には【とても重要】な論議になります
今から原稿量が超過しそうなので、シリーズもので、
(3)は「ノスタルジーの誤謬」みたいな構成の予定です
さて(2)となる今回は「ネコ論」で話を展開してみよう

■「承認欲求」の話どっかで書いたと思うけど、
『共同幻想』提供によるインセンティブの講師には「承認」が必要で、
友人などが「いいね、だよねそうだよね」の追従認定でGOとなり、
このGO無しに個人で勝手にやると、あたかも不正行為をしたような罪悪感や(抜け駆けのズルみたいな)劣等感みたいな困ったことになります。←ザックリいえばこれが『抑圧』
『共同幻想』社会では自由が制限されており、、、

あれれ不思議ですよね、『単独者』ならそんなエスカレーション演出されたエンタメインセンティブは必要が無い(むしろ”どんな罰ゲーム?”ぐらいに思っている)。
じゃあ『共同幻想』適応者も好き勝手な日常を過ごせばめんどくさい『抑圧』やらに直面せずお気楽にいけんじゃん。
と こ ろ が、
そもそも『共同幻想』に適応しちゃっていること自体が(群れで活動する草食動物みたいなもので)ストレスなんですよ、、適応すること自体が「欲求不満を拡大する仕組み」になっとんのです。
 ↑
ここに「待ってました」と、インセンティブが用意されている。


●ぶっちゃけ僕らの業界では(どんな業界か知りませんが)
ネコ(単独行動夜行性)を飼うのは『単独者』系
犬(社会性動物)を飼うのは『共同幻想』適応系

なーんて話があります。

●犬は散歩だけで無く、飼い主と一緒に行楽にもいけますからね(てかそういう飼い方していない犬飼いは何か間違っている)、『共同幻想』社会における友人同様の群れの仲間というカテゴリになります。
犬としてもチームワークや、業務執行のコミュニケーションあってこそ安心して暮らせるのです。

●ネコは散歩はおろか、知りもしないところに連れていかれようなものなら「殺されるー!」とばかり激怒しますので、ネコと一緒に行楽になんて世界は”ありません”。
(※ひょっとして母系社会行動が観測されるライオン級のネコ科の場合は行楽的活動はあり得るかも知れないが、そもそもライオンは単独行動夜行性では無いので例外事項とする。)

そこよくわからず、ネコのことも知らずに「友達と遊びに行くのでネコをペットホテルに」などという輩がいますが、ネコ飼いとして言わせてもらえば「何か間違ってます」。
「ネコと日がな日常を過ごすのが最上な人だからネコを飼うんであって、、意味のわからない旅行がそれより大事などという荒唐無稽な発想する人はネコ飼いではありません」

「犬の遊びはイベントですが、ネコのストレス解消は自由に動ける日常空間性が必要です」
(重要なのは”自由を体感できる難易度”などの成立→通り抜け難いルートや、やたら高い位置の観測点など”楽ばかりではない日常空間”が《演出では無く》リアリズムとして必要となる。)
「犬のしつけは”待て”(『抑圧』)と”よし(承認)”を原則としますが、ネコに待てもクソもありません。ネコは自由を制限されることは断固抵抗します。→てか取り立てて何か特別なことをしようとも思わないのです(ネコには『抑圧』構造が無いので過剰に欲求不満が蓄積すつような仕組みそのものが”無い”)。」

「犬の喜びは飼い主とコミュニケーションしながら、遊んだり仕事することですが、ネコの幸福とは飼い主がどこにいるのかはともかく、平穏で気ままな日常が続くことです(これがMAXの幸福):ネコにとって飼い主は生存環境でもあるので、できれば目の届くところにいてくれって感じでしょうか。」

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posted by kagewari at 05:58 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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