2020年02月25日

”いい悪い論”への固着から抜け出せない事情(や仕組みかな?)

そもそもこの話はブログ副題にNG指定してるぐらいに不毛な話で、
正直辟易している訳だが
サイドバー過去記事の”イジメのアレ”みたいに、徹底的に論証してこそ止まる部分もあるだろうと、ここは手抜き無くやっておきたい。

■とにかく「強迫心理」がらみでやぅたかいなのはここ、ここに尽きる
 ↓
「私はいい子なの?悪い子なの?」(的な子供心理)

で、大人の世界は?
「いやいやいやいや、世の中そんな単純じゃない。いいとか悪いとかの話じゃないから」
 ↑
そして、この説明を一切受け付けない
「(何故か謎の脳内解釈が発動し)そうですか、私だけが悪いって言うんですね!」

    ?、、、

自分のメンタルに問題意識持っている自我とのやりとりにおいて、
上記のようなやりとりは”その典型”とも言えるような話で、
あまりにも不毛な論議になるので(特に有料相談だとその繰り返しで利用料金まで発生してしまうから)【いい悪い論をNGワードにしたぐらい】の話なんですわ。
この水掛け論・押し問答には「全く意味が無い」ですから。

■さて、このめんどくさい仕組みが何故”こういうことになっとんのか”?

・まず鍵となるのは「脳内に(何グラムでかちーんみたいな)天秤仕掛けのハカリがあるってこと」でしょう
「善悪秤(ハカリ)」みたいなもの
→しかも天秤式なので「一方が善だと自動的に相手はカチンと悪になる”二項対立しか無い”ハカリ」
事象を判断する”計測器”として、
「(無意識に)まず秤に乗せてしまう(悪が何グラムか真っ先に計測しようとする)」
(※端的に言えば白か黒)
 ↑
勿論、通常大人の判断にも指標となるものが各個人各々お持ちだと思いますが、
「熟練度、戦略度、戦術度、レア度、頻度、市井度、熱度、醒めた目度、陰謀度、CP度、コンプライアンス度、PC度、、、、、善悪度」
ハカリの仕組みも、天秤式なんて単純なものでは無く、各人が想定して基準に対してそれぞれ何グラムなのかって個別に考えるもので(そりゃカラーコードは無数にあるわな、、#CB3265;とか)、
●「それが何グラムだからって何かが勝手に逆さまに定義されるような(天秤仕掛けの)仕組みは”無い”」(winのハイライト表示じゃないんだからどこかの色変えると余所が自動的に変わるとか無い)
 ↑
この辺の「度合」の尺を測るって行為のバリエーションや階層(重要度)なんてものは、
大人になるに従い重層的に獲得されてくるもので、
●以下の「『反抗期』反抗期ネタバレ崩壊と、その世俗化代替」により後発的に獲得されます
 ↓
あ く ま で 代表例 だ が

「神様もサンタクロースも信じているお花畑の子供が、実は”家幻想”をベースにした所詮綺麗毎であることを知り(ある意味汗水流して苦節運十年がんばっている親の実像なんかもスーパーマン妄想から見れば幻滅であり)」→どデカくネタバレして崩壊し、
 ↓
「世の中が、子供が考えるような”いいとか悪い”なんて単純な二項対立だけの構造じゃないことを知り(価値基準なるものも多様で無限だから)」
 ↓
「単純にいいとか悪いでは無く、いったいそれは何だったのか?という個別の概念の中で考える」っつー世界ににシフトする(これが大人の世界ね)。
 ↓
●言うまでも無い事だが、間違っても「こっちがいいなら、相手が悪いんですね」みたいな発想は消えて無くなる。
→「いいとか悪いで考えず、世俗的判断(わかりやすくいえば得か損か)に置き換えられるので、中二病的に荒れた子供には?→大人は汚いだとかさ、打算的だっ!なんて錯覚起こすワケさ」

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posted by kagewari at 05:59 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月19日

『共同幻想』論の補完(社会学的にはまだまだ詰めはアバウトなんだが)


こちらは心理学なんで、社会学的背景は参考程度の論拠でも(『共同幻想』語るだけなら)必要十分だろうということで、見切り発車で展開してみよう。
<<<それはNGだってのに”いい悪い論”が脳内で反復してる人に参考となると思う>>>

■何も『共同幻想』社会は戦争狂(warmonger)では無い
社会構造上「そうでなければ意味を喪失する」仕組みになってんの
どういうことかって、
近代以前、封建社会の更にその昔の『共同幻想』発生起源は”氏族社会”だよね、
言えば巨大な血縁一族一派のバンド(群れ)ですよ。
(遊牧民のキャラバンで想像するとわかりいいかもしんない→これが近代以降ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへの変遷の中で「利益共同体的一派」への社会化する)

目的は安全保障、
農地であれば土地だけでなく水の占有権や市場の権益、
遊牧民であれば、より単純に移動エリアの自由行動権、
これを守るため”群れを組んで武装”するんだけれど、
そ も そ も 自ら所属のバンド(群れ)を最優先する事は=「他はどうでもいい」のであり、
(だいたいがこの時代生きるか死ぬかなので、関係の無いバンドに情けかけて得られるものなど無い)
いざ事に及ぶとすれば、
●躊躇なく「一列談判(らんぱん)破裂して暴力の出る幕だ」となります。
 ↑
ちなみに農村部でのこういう争いは中国で1990年代まで普通にやってました。

ある意味平和とは敵対する勢力の”殲滅”であり、
(合理的に不可能だからやらないだけ)
「仲良くする方が双方にとって一族繁栄するのではないか?」なる着想は、ぶっちゃけ産業革命以降の話でしょ。

■日本の場合で言えば「嫡男総取り」ってのがあります(跡取りの長男が全財産をひとりで相続する慣習)。近代以前の日本では(武家から農家まで)次男以降は長男の農奴や丁稚奉公に売り払ったり(女の子は女郎屋に売れる)、明らかに差別される対象でしたがその理由も簡単。
「先祖伝来のこの土地を人数分でバラバラにしてどうするの?」って話、
その規模を守るには一子相伝で跡取りがそれを受け継ぎ(実質彼個人の所有物では無い)、彼もまた自分の嫡男にそれを渡していくことが、先祖信仰含めて”一族を永続させ守る”行為であるからです。

つまり「組織発足の根本趣旨」がそうなワケで、
人道主義みたいなお笑い種の出る幕はありません。
(極論すりゃ近代以前は「殺るか殺られるか」なんですから)

<ちなみにそんなワケで、売り飛ばされた次男坊以降の街が江戸みたいな事なっておりまして、当時は男女人口差的にほとんど結婚などできず、→宵越しの金は持たないってな粋な吉原通いってサブカル文化に連なるワケです>

それが産業革命以降社会化し、
「業界内トップを目指してシェア争いを勝ち抜く」みたいに、
(競争他者を倒産に追い込んでこその大勝利でしょ?)
サラリーマン戦国時代みたいなノリに姿を変え、そのの根本は(闘争するから『共同幻想』)変わることなく続いてきた。
現代世界的な経済競争や経済戦争ってのも同じノリです、
目指すは世界の”覇権”ですから。


ちょっと話を戻しますが、
■人道主義みたいなお笑い種(実はホントのとこはお笑い種では無い)登場の背景は、説明するまでも無く「フランス革命」であり、
この時の人道主義ってどういうことかってさ、
教会権力を奪取し(連日カソリックのお偉いさんの首をギロチンではねてさ)、
キリスト教保守系『共同幻想』の原典バイブル(聖書)への挑戦状なワケですよ。
「アンチキリストとして、神に頼らず人間自身の手により英知というべき(聖書のような)普遍的権威を構築しようじゃないか」みたいな話。
(うんで、これは後に『共産主義』発明のアイデアにもなるんだが)

言うまでも無くこの時以降の宗教改革派(プロテスタント)過激派が落ち延びて独立宣言するのが、米国の始まりだよね(米国の場合は、アンチキリストまで行かず「アンチカソリックのプロテスタントIS」みたいな国是だってとこ→言えば『歩留まり』選択だよww)、
(米国設立の神話であるマニュフェスト・ティスティニー《Manifest Destiny 》なんて〜のは、「左手に聖書を・右手に銃を、西へ西へ伝道の旅を続けろ」みたいな話で”銃ありき”だから。)

つまり人道主義を語るとき、その暗韻として、守旧派はギロチン送りだ(ぶっ殺す)が無けりゃ、単なるお笑い種のお花畑になるワケさ、
ここはちょい前に書いたよね、
「左翼のお花畑妄想(人類皆兄弟)の元ネタは何か?」
http://kagewari.seesaa.net/article/473550056.html



わかりやすく要約するとさ、
「どっちの道徳が正しいのか、戦争でケリつけようぜ」ってのが『共同幻想』のコア(設立趣旨)で、
それ外したら(批判したら)、言語道断の裏切り者に落ちてしまうじゃん。
そんなん真っ先に粛清対象になるわな、

世界に普遍的道徳など存在しませんから
(どこの組織にも組せず、哲学的にそれ考えるってのはまた例外)
 ↓
●(現世利益的に)現存する道徳の本質ってのはさ
「敵対するもの同士がタイマン勝負する様」みたいなもんなんだよ(笑
争って決着つけネーとどっちが正しかったのかわからないままじゃん。
そら困るのさ、所属『共同幻想』の権威が不安により揺らいでしまう。
権威の正しさらしらを保守するためには?→「躊躇無く敵を攻撃すること」でしょ
だったら(どこぞの『共同幻想』が世界を征服するなどあり得ないので)、
「自らの正しさを信じ、敵を攻撃する事」が、道徳条文の最上位って結論になる。
 ↑
この様子を第三者が俯瞰で見れば?
なるほど「道徳とは、敵を攻撃する動機形成のための概念なんだね」って思うじゃん。

逆に言えば?(『共同幻想』の立場から言うならばだけど)
「戦う意思の無いものに道徳(いい悪い)を語る資格は無い」


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posted by kagewari at 06:11 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月15日

「友人という”概念”」(が、自我タイプで《営業形態で》てんでバラバラ)

(※2/15末尾のEDに追記)

これさ、イメージじゃなくて”行為”として考えるのが吉だと思う。
・遊び友達、飲み友達、趣味の友達、買い物友達、同期の桜からセックスフレンドまで、
 ↓
「友人とは”何か”」では無く「友人とは”何をする人か”」で考えるって事。
こっちのがわかりやすいからね。
●するとさ
「友人=何か一緒に行動する個人や仲間」って事になる。

∴『故に』
『共同幻想』適応系自我や、『歩留まり』系や、「保守系『共同幻想』再選択者」や、『単独者』それぞれで意味が違ってくるワケです(勿論”非適応者”として現状「強迫心理」に抑圧される自分のメンタルに問題意識のある自我もね)。

『共同幻想』適応系は、そりゃ社会適応系行為のほぼ全てを一緒に行動可能(社会統合型自我営業スタイルだから)
『歩留まり』な人は、共通の趣味などに限り行動可能
「保守系『共同幻想』再選択者」は、保守的儀礼や信念に通じる場面で行動可能
『単独者』は基本単独行動なので用でもない限り誰かと一緒に行動することは無い

それぞれ特徴挙げると
『共同幻想』適応系は「インセンティブとしての遊びを含む社会的行動(や社会があてがう娯楽)を共にするのが友人」
(プライベートな部分で深い交流があるかと聞かれれば否:故に”遊び友達や交友関係”などの言葉にその点が表現されている)
『歩留まり』な人は「趣味仲間=友人」一択でしょうか、
(個人的趣味なのだから「友人とはプライベートな関係」だと思っている)
「保守系『共同幻想』再選択者」の場合は、運命共同体であったり同志(が友人)
『単独者』は、友人の概念があるのか怪しいのだがプライベートな交流が嫌いなワケでは無く「表面的な社交を時間の無駄だと思っている(少なくとも遊び友達は友達だと思っていない)」だけで、個人的関係の腐れ縁はいるが滅多に合わないので、自分ではその関係者が友人って意味だろうかと(友人って『共同幻想』用語なのかな?)疑問にも思っている。
 ↑
まあ考え方はてんでバラバラなワケですよ、
●両極端な事例で比較すると、
・『共同幻想』適応者が想像する友人造は、『単独者』においては友人では”無く”、
・『単独者』が考える友人は、『共同幻想』適応社会では「にわかに想像の及ばない親友」のことであり、

全く噛み合わない。

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posted by kagewari at 06:16 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月14日

『鬱傾向』の話もおさええておこう「不快『興奮』エンタメ快感代謝」


鬱関連もそこかしこに書いてきているけれど、ひとつまとめておこうと思う。
(※日本人にはかなり多い状況かも知れないし)

■基本的に『共同幻想』社会はそれ以外の組織・個人を排外することで成立している
(ごくごく単純なモデルの「会社」や「学校」「集落」でもいいけれど、「他社の人が唐突に誰かの席に座っているとか?他校の生徒が誰かの席に勝手に座っていたとか?よそ者が知らない間に〇〇さんの家に住みている」などなど←これ緊急事態なのね。「阪神タイガースの選手は巨人軍じゃないから阪神タイガースなの」、組織固有のアイデンティティーを否定はしないけれど、”それ以外”を排除しなければ組織はそもそも成立しない。)

●その始まりに攻撃性があったかどうかの論議はともかく、
中世から近代にかけて世界が戦争に塗れたのは、「文明の発達で戦う相手が近くなった(否応なく遭遇するようになった)」自然現象なので、
開拓の歴史や、狩猟、農地の水争い、ハングリー精神なんて言葉に代表されるように、
平易の人類ヒト科の行動は『能動・アクティブ』(暗韻は攻撃的)なんだよ。
 ↑
この平易(デフォルト)の人類ヒト科の事の構え方を俺は『抗(あらがう)』と定義している

■「強迫心理」でお馴染みだけれど、
反動化ってのは、一時的な選択が否定や断念せざるを得ない時、
(復讐に代表されるように)
欲求は「裏返り」(且つ反動係数の梃子の原理で過剰化)
「当初の欲求とは(裏返ってるぐらいだから)想像も及ばない方向に変化する」
 ↓
一次的欲求の断念レベルに応じての話だけれど、
どうにも(あがいても)無理だなどの判断があると、
当然『退行化』も加わるので(極端に言えば幼児化)、
「大人社会の打算的《妥協的》選択は否定され」、
心情は「思春期のナイーブさ」って方向にシフトする(もうダメだそうに決まっているんだ)。
 ↑
この何かの外的要因で、これを受けた結果何かが転じた様を(反転したり過剰化したり)、
受動系(アクティブに対しパッシブ)の構え方として『被(こうむる)』と定義している

●勿論、鬱症状も『被(こうむる)』スタンスって事になります
熱心に努力するような心情が→反転過剰化し「ダメな自分を攻撃する興奮」に変質する
(※外に向かうべき欲求が内に向かうワケだから、自己愛的転換と見るのが正しい。)
(※ちなみに、欲求が内側に向かない場合のよれ方は他者を道徳的に非難してみたり、被害認知に敏感で各所で想像超える激怒騒ぎを繰り広げたり、よれ方はよれ方で人様々ではある。)
 ↑
この話の重要なポイントは
(ここフロイト先生は「力動論」として物理学みたいにやろうとしてわかりにくくなったんだけど)
ミクロ経済学で考えればわかいやすいんだけど、
「会社の収益悪化により、負債に転じ、経営改善を放棄すれば多重債務状態になる」
 ↑
こういう感じの経済均衡のことね。→俺は自我経済学とか呼んでいるけど。

更にこの話で難解なのは、
(冒頭の電気ショックでも自ら選んでしまう人類の特性思い出してくださいな)
ドーンと経済活動やってますって『興奮』には違いが無いんですよ。
イケイケで投資するのも、追い込まれて資金繰りに奔走しつつ多重債務になるのも。
(ある意味脳は後者でも満足しちゃうワケ)
しかもさ、後者の方が反動ついてスケールでかくなる(過剰化)。
 ↑
脳は再現可能性の高い最大『興奮』を追求してナンボだから
(薬物中毒の心理にここ被るとこある)
後者にハマると(脳にとってそれが望ましい利益だから)抜け出せなくなる。

※ちょっと思い出して欲しいのは「ひとまず閉店して考えるって手もあるでしょ」
 ↑
ある意味この緊急避難が「引きこもり」

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タグ:鬱症状
posted by kagewari at 02:21 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月13日

左翼のお花畑妄想(人類皆兄弟)の元ネタは何か?


■この話は二段階構造になってます
まず一段目
「左翼本家の言う場合の意味」
左翼の本家と言えば欧州で発明された『共産党』であり国際組織的ににはインターナショナルだとかコミンテルンとかの組織になります(まあ『共産党』の十字軍と考えればいんじゃないかな)。

本家の言う「人類皆兄弟」の意味は、共産党思想を理解できない連中とその矛盾に気が付きそうなインテリ階層を”皆殺し”にして、
共産党シンパの兄弟達で世界を支配することです。

まあしかし、世論戦として本気でそのまんま言う筈ありませんから(笑
(共産党の元ネタもフランス革命にあるので←言えば米国と兄弟って事ww、米ソ対立なんてのはそれこそ近親憎悪だよね)
「人類の英知(その暗韻は教会権力や宗教思想の根絶)により、いつか理想は叶う」
 ↑
みたいなね、裏で何を考えているのかは華麗にスルーした表構えをしております。
 ↑
このナンチャッテスローガンを真に受ける人を「お花畑」と呼びます。
(ニュアンス的には「サンタクロースを本気で信じているほどのバカ」という意味)


■それを真に受ける二段目の階層とは何か?
ある意味今回の話の本題はここだよね
想像するに「連想性のキーワードは”兄弟”」
そして(ヤクザ世界の義兄弟じゃないけれど)その上位概念は(マフィアじゃないけど)『ファミリー』だよね。
まさか、世界の人類すべてを複雑怪奇な政略結婚でよーく見たら全員血縁にするって話じゃあないわなww、彼らの意図は「ミトコンドリア・イブ」的発想で、先祖は全員アフリカの某ある地域なんだから「よーく見れば血縁じゃね」←こっちの方でしょ、

はい答え出ましたね”家幻想の投影”
(こういう人に勝手に家族属性投影されても大変迷惑な話なんですが、、、)
「人類って同じ兄弟じゃないかっ!」「・・・」のような、、

皮肉な事に元ネタの本家左翼が最も嫌う概念になってちゃうんだよ。
本家左翼は「打倒教会権力」から始まった英知論でさ、
「兄弟、ファミリー、そんな人類の父は?(神)」←ダメダメじゃんww
(マルクスも激おこ)

●結果言い出しっぺも「えーなんじゃそりゃ」な謎理論がお花畑達により拡散
「この概念の始まりや、そもそもどういう意味で使用されたのかなど華麗にスッ飛ばし」
「民度の低い階層を詐欺的に騙くらかすための、プロパガンダというかスローガンだけが独り歩きしたもの」
 ↑
これが現代も残るお花畑妄想の実態といえるのかなっと、

重要なことは(インテリ階層皆殺しを前提としていたので)民度の低い階層にだけ訴えかける妄想なので、認知リミッターで抑圧された自我にしか効果が無い(これに騙される『単独者』は”いない”)。
つまり?
近代以降の『共同幻想』崩壊プロセスの中で、
威力を失っていく宗教的『共同幻想』の位置に、TVショッピングみたいなノリで居座った「なんちゃって上位概念(表向きは神の実存が伏せられている似非宗教詐欺グッズ)」、
主として、『共同幻想』崩れや、「強迫心理」の影響で暫定的に『共同幻想』依存状態の個人などに広まったもの。かな、

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posted by kagewari at 07:45 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月08日

『欲望』「これが欲しい」の「”これ”はいつ決まる?」

「欲望」と「欲求」の違い
●言語学がアレなのでそれほど確たる根拠の話では無いが、
ここの論議では便宜的に以下に分類してみる

「欲求」は食欲のような対象は未確定なまま(”何か”が食べたい)
「欲望」は”これ”が食べたいと本指名がある(どうしてもマンゴーが食べたい)
 ↓これには更なる活用があって
「渇望、羨望、、、」後ろに”望”つくと何やらめんどくさくなるのがわかりますね。
 ↓
最後は「どうしてもマンゴーでなきゃ嫌」となる(この段階になると一種の病理的心理ですわな)

※間違っちゃいけないのは「フェチシズムとの混同です」
フェチってのは『歩留まり』に似て「何々に弱いと自覚されている性癖」ですから、
結論、「何々でなければならない」って言葉を吐いてるのは『自意識』共犯だったりします。
故にフェチシズムの場合趣味性も相まって、この「何々」は変遷する事もあるワケです。


●これに対して「欲望、、、渇望、羨望」活用ってのは、
しょっぱな活用前の「欲望」が「強迫心理」系(無意識的と言ったのがいいかな)であることに、自覚が無い。→本当に「具体的に何何でなくちゃ嫌って感情があるんですー!」と、当人思い込んでるのが特徴で(言い換えれば「強迫心理」ののまれている・洗脳されている)。

すっごく観測しやすいのが?
●【ガキの発狂】です
「プリンはプリンでしょう、食べてごらんおいしいから」
「マンゴープリンじゃなきゃ嫌だ」
「たいして違わないから、裏の成分表見てみなさい」
「マンゴーじゃ無きゃ嫌だもん!ギャー!!!」(犬発狂《誤変換では無くあえてイヌにしてみました》)
 ↑
このクソガキの自我では何が起きているんだろうか?

前述のとおり、説明するまでも無くフェチじゃありません。
象徴化や投影の可能性はありますが、
過去記事に書いた「『興奮』と結合」が最有力候補でしょう。
(原型となる体験が事実に存在せず、想像世界の場合いは象徴化と言えるのかも)
『興奮』と結合(フェチシズムも説明できるかな)
http://kagewari.seesaa.net/article/472538055.html

 ↑
で、今回は更にそこからフェチシズムを分離しているワケですが、
前述のとおりフェチは関連性の自覚アリ(フェチをフェチとして認識できる)、
「欲望、、、渇望、羨望」活用は、関連性に無自覚(”喜ばしいPTSDがあったら”みたいなもん)

いずれにしても原理原則は
「『興奮』と関連事象が結合し、快のエピソード記憶みたいなんが形成されている」ってこと、
これが”喜ばしいPTSD”のように、時々(脳がその再現を求め)「フラッシュバック」する。

えー先ほどの犬発狂したクソガキの脳内で起きていたことは?
「マンゴープリンで(うふふ)別の意味でも嬉しい(脳内フラュシュバック)」
 ↑
例えばさ、いつぞやの誕生日に好きな男の子の贈り物だったとかさ、
「オフレコじゃなくちゃ話せない嬉しい過去」があったとして、
あまりにもオフレコ(羞恥心により抑圧とか)だったので、関連先は無意識下に沈み、
「マンゴープリンってさ。すっごーくおいしいよねっ」って言葉に置き換わった場合。

それは起きる(笑

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posted by kagewari at 18:34 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月05日

「ええい、ままよだ『共同幻想』適応系の自我におけるリミッター解除の話もしておこう」


■あまりに頓珍漢な話が横行してるので裏取的解説置いとく
『共同幻想』論がよくわからない人はしっかり読んでおいてくれ

いずれにしても「仮想化された”普通の人”自我」の被り物を強要(類は自ら被って適応)された自我の構造を『共同幻想』適応系と呼ぶワケだが、
それが象徴的に目でも確認できるのが、
「軍人や体育会」であり
●ユニフォームと丸刈りにより、私服や髪形などの個性を否定し画一化する
(私服のセンスや髪形などの美意識は抑圧され、能力にリミッターがかけられる)
加えて、先輩の許可なく私語も禁止なので、好き勝手な個人的意見の表明も禁止
返事は?「yes sir!」

言うまでも無くサムライのフォーマルな時の裃(かみしも)
その後、
「サラリーマンのガッデムスーツや、昭和の七三分けヘアースタイル」もひとつの均一化であり(=狙いは没個性)、古くはそれが「民族衣装だったり、キテレツな入れ墨やアクセサリーだった」

(※話の真偽は定かじゃ無いが、欧州あたりには「ネクタイの起源は奴隷の首輪」なんて話があるぐらい)


で、そんな『共同幻想』適応自我の抑圧・認知リミッターが限定的に解除されることがある
●「飲み会の無礼講(ぶれいこう)だ」
で、
飲み会の余興でかくし芸大会なんてなると、
凄く歌の上手い奴がいたりして「へーそんなとこがある人(本当はそういう能力者)なんだね」と素性が(抑圧された個性が)披露されたりする。


<<<<ここからだお立合い>>>>>
●「飲み会の無礼講」をお題に考えると『共同幻想』崩壊プロセスがもっとよくわかる
(現代の若手は飲み会にも参加しないので、あくまでも例示的な”お話”になるけど)


昭和のかくし芸なら「歌の上手い奴にやんややんやの大歓声」で終わるんだが、
(かわいいものだよね)
 ↓
●これが現代社会、或いは近未来になるとどうなる?
飲み会の余興でかくし芸大会なんてなると、
「チェロやら持ち込んで室内楽始める4人組」が出てきたり「あの人音大だって、、」
「Eスポーツプロ級で、スクリーンで挌闘ゲームの凄技見せる奴」「あの人国際大会出たことあるって」
「独学で経済学を社会人になっても勉強しており、クルーグマンの金融政策について講義始める派遣社員」「あの人youtuberで万単位の会員いるらしいよ」
「モノホンの日本刀持ち込んで居合抜き披露する奴」「師範代なんだって」
「さあみなさん宴もたけなわなところで、デザートはいかがですか?パティシエ顔負けのマロングラッセ振舞う奴」「web出版だけど料理の本出してるんだって」
「亀甲縛りの縄取り出して、全力で同僚から羽交い絞めと止められる奴」「SMの世界じゃちょっとした有名人らしいよ、、」
「今後の会社の方向性に関してバランスシート片手に説明始める奴」「あの人昔デイトレーダーやってたらしいよ、、今はFXだって、、」

(※普段羊の仮面被ってる『歩留まり』の連中なんてここぞとばかりガンガンいくと思うぞ)


気持ちよく上座に座っていた上司の立場がだんだんヤバくなるよね(笑
「なんか、なんとか君って実は凄いとこあるんだね、、」

「どっちが本当で、どっちが芝居がかったインチキなのか?」


『共同幻想』社会の(シナリオ)設定が構造的にもたないワケだよ。
どうしたって、(デッチアゲられた権威と上下関係は)崩壊する。

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2020年01月29日

リアリズムと説得力(或いはその限界)


話の趣旨的には「先入観と現実の関係」ってことになるのかな、

■先入観に限らず、願望でも既成概念でもいんだけれど、
「もう現実超えちゃってるよね」
この時、いかにリアリズムで「いやいや、こうなんじゃないの?」鉄板の論証しても(裁判で言えば状況証拠って事に過ぎないからさ)願望や既成概念が覆る事は滅多に”無い”。
※事実精神分析の現場ではほんのちょっとした事項の事実関係説明を何度も何度も執拗に繰り返し説明しやっと一定程度理解されるというような状況は珍しくない。

リアリズムではなく”リアルそのもの”「物的証拠」ならどうなんだい?って事になれば、
そらー破壊力もあるだろうけれど、
言った言わないみたいな論議において「物的証拠」もねぇ(笑
 ↑
ただしこれに破壊力があるのは事実、
プライバシーに関わることなので、具体的には言えないけれど、
「自分にはとにかく大きく能力的に問題があってまったく何もできないため、酷い扱いを受ける」みたいな論議があった時に(その説明が2000文字以上で饒舌に語られているものだから)、
「文章化する能力は、そこいら辺の素人が逃げ出すほど凄いことなってますよ(あなたの依頼文がその証拠です)」みたいに投げかけた時、かなり「強迫心理」を揺すれたのは事実。

相談文そのものに『自意識』共犯の足跡を見つけて、
「それは本音じゃないでしょ、言わされているんでしょ」のような展開が綺麗に決まれば(それこそ依頼者の利益であり)、状況を変化させる可能性も大きいんだけれど、
容易なこっちゃない。
(まだまだ自分のネゴシエーターとしての能力に関しては物足りなさも感じる)


■言うまでも無く「強迫心理」とは願望であったり先入観であったり既成概念でもあるワケで、
この状況に対応する上で、
(そういう意味でヤクルト監督時代から野村ファンになったんだけど←ある意味ノムさんも一部大物選手から「野村野球はズルイとか汚い手を使うとか、スポーツじゃ無い」よく言われたもので、そら彼は道徳の彼岸に生きてるワケだからww)
 ↓
「手品みたいに便利な方法は”無い”」

どれほど緻密に説明しても、
説明の完成度が高ければ物事動いてくれるワケでも無く
(営業の説明が本当で、矛盾なくの購入利益を証明しているからと言って「売れるか売れなのかは別の話だ」←でしょww)

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タグ:強迫心理
posted by kagewari at 16:46 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月27日

タイトル脇の注記に書いてあるにも関わらず”いい悪い”論持ち出す例が後を絶たない


ので、
■『道徳』の構造を(過去に何回も書いているんだが)しつこく説明してみる

そら言語だから、性能が”イイ”とか、このオーディオは音が”悪い”ってのは単なる修飾語だから勿論この話には無関係。
ここで言っている「”いい悪い”論」ってのは、
「誰々さんはあんなことして悪いと思います」みたいなさ、『共同幻想』適応に自信あるタイプの小学生が得意とする台詞に登場する『道徳』判断のことです。
(要約すれば”道徳的にいい・悪い論”)

で、どうして『道徳』が=権威性認知で、『共同幻想』社会の専売特許なのかと言えばだ、

そもそも”いい悪い”ってのは子供時代「自分の行動を規制する概念」として刷り込まれる、
子供が自分の創意工夫で『道徳』編み出したとか”無い”ワケです。
つーか、仮にそんな事あれば「神の啓示を聞いた預言者ムハンマド」と同じ構造になる。
 ↓
●でーそれが(フロイトで言えば超自我に相当する)『自意識』の上位概念となるんだけど
(自己を規制だから=抑圧と構造は同じ)

同時に、周囲に(『共同幻想』論で言えば共有多数派の形成が必要だから)適応し「(事実所属社会の構成員がそうだと言っているのだから)誰それはいいとか悪い」って言葉になる(多数派をバックにしているから”同一社会内部”に限り有効な概念となる)。
「だよねそうだよね」の票を集めたり、親や教師から「そのとおり」の承認を受けると、権威的裏付けの確認が取れ「絶対こうだから」などの揺るぎない概念となる。

※軍隊のような規律にシンパシーあるような『確信犯的保守選択者』系の自我は(多数派認定や権威者にお伺いを立てるのでは無く)、文化伝統を自ら学び「歴史的集合知」的に「なるほどこれかっ!」のように揺るぎない自己を形成する人で(ぶっちゃけ”サムライ”)、中身は全然別物となり、むしろ自我の建付けは後述の『単独者』に似てる。


●逆説的に言えば「個人の自由主義」(政治的にはリバタリアンみたいなもんだよ)を旨とする『単独者』の場合、そもそもが「アンチ権威主義」なので、『道徳』の概念は自我にインストール”されない”。
加えて、『単独者』にとっての超自我ってのは「自分を俯瞰で見るジャーナリズム(客観的現実認知そのものが合理的判断を考える根拠となる)」みたいなものなので、個人的美意識がそこに座る。
(簡単に言っちまえば”いい悪い”では無く”好きか嫌いか”だけになるってこと)

故に『単独者』が、他者を”いいだの悪いだの”言うことは無い。
(そもそも『単独者』が多数派コンセンサスを得るため認定や承認を得ようとする筈も無い)


<<<<ことほど左様に>>>>

”いい悪い論”ってのはガチ『共同幻想』系の概念であり(権威的上下関係無しに成立しない)、
仮に当事者が”非社会適応”の場合(権威的裏付け無くもっぱら自己を抑圧する概念となるため)、自動的に「強迫心理」となる。
加えて、”非社会適応”なので「だよね、そうだよね」通信によるアップデートも行われないため、その成立時の(子供時代の概念)ままであるケースが大半なので、
 ↓
「誰々は悪いと思います」みたいな知恵の付きだした小学生が言うような台詞が多くなるんです。
(暗韻として発音されていないが、その語尾は「ですよね先生」だとか「だよねお父さん」)

だ か ら 自分の自我にメンタル上の問題意識のある場合(メンタル問題)、

ほぼほぼ確実に「強迫心理」が関与しているので、
「”いい悪い論”をひとまず強制的にNGにして」って説明してんです。
(それのが早道だから)

そうしないとどうなるかって、
権威の裏付け無しに権威的認知である”道徳的にいいだの悪いだの”の話に終始することになるので、「その発言そのものが対立の発端になる」ワケだよ、
●周囲は発言の中身では無く「信者でも無いものが特定宗教の戒律を我が事のように語る様」にまず違和感を感じる、
「誰に断ってその概念を自分のものとして語れてんの?」って話です
 ↑
仮にそれが「親に教わった、先生に教わった」と言う場合、現在所属の社会に対し”それらの人物”が更に上位権威として成立し得る証明が必要になる(『共同幻想』適応し現在メンバーに予め認定得ていないので権威性の証明のためには更に上位階級の話でなければ説得力を欠く)。
仮にその証明に成功したとしてだ(実は父親が所属社会《会社》のトップ《社長》だとか)、
起きる現象は、
「違和感を感じていた周囲が、ははーおっしゃるとおりです」とひれ伏すってことでさ、
 ↑
逆説的に言えば(そんなつもりが無くても論理構造上)、自分が(バックにしている何らかの権威で)彼ら全員に対し最上位の位置にいる事を認めさせようとしているようなもの。

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posted by kagewari at 07:50 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月26日

ちょっとだけ前回の続き『社会的密室』、閉鎖空間の攻撃側心理

『社会的密室』状態は関係者相互に影響与えるのでたちが悪い
(※前回のおさらいでこの話のキモをおさえておきますが、本能レベルで一撃必殺の牙や爪の無い動物には自らの攻撃衝動を一発沈下させる”機能が無い”っちゅう話。→致命傷攻撃能力が無いので、相手が逃げる結果自分の攻撃がやり過ぎになるとかこの世に起きない前提で本能設計されているため。)

そら攻撃の初期的動機って何よと聞かれれば
「自分の生存権(縄張りの主導権)確保」ですわな、
●攻撃側の心理を絵にしてみれば、
なんつーか、脳内に自分の耕す畑があって大事にレタスでも育てているとする、
そこに”
その場所で何をしているのかも全く無自覚な(何を考えてるのかわからない)異邦人”
あるいは
”そのレタス畑を奪う目的にやってきた侵略者”
はたまた
”そのレタス畑の管理をめぐる内部的競争者”
 ↑
これらを感知した時(一歩間違えば自分の畑を失い死亡するのですから)
【攻撃開始】となります

「いやいや攻撃の主体は性欲、繁殖期でしょ?」なご意見もあるでしょうが、
攻撃モデルとしては構造全く同じです(畑が自分が囲っている異性に代わるだけ)、


■考えるまでも無く(喧嘩の推移がわかりやすいライオンなどの事例でも)
攻撃対象が視界から消えれば完了・終了なんです。
「ほ ん ら い は」
(前述畑のモデルで言えば、更に顕著な話。自分の畑に立ち入る奴がいなければいいのだから。)


しかし?その空間が『社会的密室』だったら?
どれほど攻撃しても、対象は一向にその場を離れず”抗議の座り込みを始めた”みたいなことになるんだよ(動物の本能的には十分合理的に通常相手が逃走する・乃至同様レベルで反撃されたら自分が逃げる可能性も含む水準で攻撃が実行されたのに、【全く効果が無い】)
パニックになりますよね?
こうなったらタガの外れた攻撃せざるを得ないでしょ。
(冷静さも喪失し)アドレナリンON(繁殖期モード)
 ↑
●困ったことにここに二次的利得(副産物的快感代謝)が発生しちゃうのよ、
快感代謝としての『興奮』体験(脳はこれを一度覚えると反射的に再現を試みる→度が過ぎれば中毒化もある)

変な事を覚えて「攻撃『興奮』を味わうための難癖攻撃(パワハラって奴さ)」なんてのにも及びます。


こういうワケで『社会的密室』状況ってのは人類ヒト科全員にとって
「百害あって一利無し」なのです(だから『共同幻想』ですら昔から「逃げるが勝ち」と言った)
 ↑
※『共同幻想』社会はそうならないように「風通しのいい社会を」なんて寝言みたいな事言ってますが、社会心理的には「最低限逃げ道残しておけ(攻撃される側の意識としても”逃げるが勝ち”の徹底教育含めて)」など構造論見据えたガバナンスっちゅうか”ダメダメ組織論の定番”みたいな論議が必要でしょう。

<オマケ>

そら相性問題としてさ、
攻撃される側に「強迫心理」でフラフラと『共同幻想』に近づく承認欲求偏向心理状態の人がいたとしたら?→悪循環MAXになることは誰でも予測つくよね





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詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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posted by kagewari at 22:25 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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