2017年08月12日

基本用語のまとめ(6)「強迫心理」

継続的読者の人はあえて説明を必要としていないのだろうけれど、
新規閲覧者の方にとっては「何のことですか」ともなり兼ねない頻繁に使用されるいくつかの用語を別カテゴリーでまとめておこうと考えたものです。
(重要項目なので予告なく編集される場合があります)

■フロイト心理学的には『抑圧』の方が重要なのかなと思いますが、
「”状態”か”構造”や”構成”か」と考えた場合(フロイト心理学からして構造主義って評価もあるぐらいですから)、図式として抑圧を行う対象である「強迫構造」をメインに据えた方がわかりやすいだろうと(敵が誰なのかはっきりします)、「強迫心理」を「ぐるっと回って『抑圧』を説明する意図」で使ってます。
説明するまでも無く強迫心理により『抑圧』されているのは”中の人”である『自意識』です。

「いやいや人の自我の中身はどうなっておるのかね「強迫心理」なる人物もいるって話は違うのじゃないか」なご意見あると思います。

その通りです。

「強迫心理」とは、固定観念などの言語で知られる”概念”であり、そういう”中の人”が共存しているのでは”ありません”。
たとえば「牡蠣にはレモンだろう」みたいな”定型”、
或は常識論として自我を拘束する(=『共同幻想』です)概念も同じ。
●ぶっちゃけ「強迫心理」の元ネタはズバリ『共同幻想』です。
『共同幻想』からして、組織運営維持のため個人を従属させる概念ですから、重要な機能として”強迫的強制力”を保有してなくちゃ話になりません。
それがダイレクトにメンタル問題とならないのは「その概念が(権威性や多数決や偏差値により)目的とする対象社会において合理性が”名目上”保たれている(”概ね”正解である)」からで、
そこに『抑圧』がかかっても約束されたインセンティブ(利益誘導)により帳尻が合うようになっとると、こういう仕組みです(昭和で言えば「炭鉱町には大規模な飲食店街も栄えていたり・ハードなサラリーマンには結婚相手の事実上の斡旋」があったり)。

●さて、上記の合理的強迫性と、メンタル問題に至る「強迫心理」の違いは何か?
子供時代に刷り込まれる『共同幻想』なんてものは誇大性や妄想性に満ち満ちてます。
「先生に言いつけてやる」だとか、
「それは法律に書いてあるんですかあ」だとか
「何時の話?何時何分何秒!何時何分何秒!」などなど、
強迫性をかさに着て(大人社会で言うならば権力をバックにいばりちらすように)子供特有の強弁ふるったりなど、無茶苦茶なワケです(強迫性の更にその根拠は権威性なのでそれを誇示すると”権力をバックにして”などの図式が成り立つ)。
勿論その方便の強制力は自身にも及んでおり、権威性証明のため過剰に友人関係に翻弄されるなどの問題を併発する(組織構成員の地位を失うことは”ケツ持ちを失う芸能人”同然ですから)。

当然の如く「ハンバーグって本当はお肉で作るんだね」と涙ぐむ姿にあるように、
大人社会に意図的に(便宜的に悪意では無く)騙されている事実関係もあるワケで、
(ここが反抗期における「クソババア」などの暴言に転じるのですが)
刷り込まれてきた様々の概念をガラガラポンでリストラしなければなりません。
サンタクロースの件もそうですが、思春期において決定的なのは、
「子供はSEXしたからできるんだね(両親SEXとかしてやがったのか、、)」
に代表される、子供故にタブーとして伏せられてきた事実の開示です。

子供時代の幻想は(ヒーローになる夢も)ガタガタと壊れ、
現実を前にして大人バージョンにアップデートされます。
■この時、
「ほんとうはかくかくしかじかなんだろう」と不良的アウトローな行き過ぎは厳しく叱責されもするのですがその程度の事は進行の障壁となりません(ぜいぜい青春の彩り程度で)。
この辺のやりとりが’”何らかの事情から回避されたり旧幻想がモデファイされるだけで”旧幻想のネタバレ崩壊を伴わない場合”、
引きずられるようにトンチンカンな子供概念もそのまま温存されます。
(その代表例がフロイト心理学を代表するエディプスコンプレックス「お父さんは絶対神でお母さんは女神なんだね」「僕の選択が認められない時には殺されちゃう《死ぬしかない》んだね」)

極論すれば、
「自分もいい歳なので、まさかサンタクロースがこの世にいると思っていないが(商業主義の捏造であったり『共同幻想』のインセンティブ演出であることもわかっているが)、クリスマスには凄くブルーになる」←これは間接的に”『自意識』ではいないとわかっているサンタクロースが、どうしても本当にいるんだと”思ってしまう構造”と言い換えることができる(素では思ってもいない事に振り回される)。

なんの事情があって云々は精神分析の出番となりますが、
今回のテーマは用語説明「強迫心理」です。
事情はともあれ、ここでは「どうして強迫性が『自意識』の上位概念のように振る舞うのか」を以降詳細パートで説明していきます。


<語彙的には>
”中の人”『自意識』が思う事をくじき「こうでなきゃいけない」と強制する概念の事。
重要なのは、そもそも『自意識』が思う事すらそれ自体を抑圧し(想像する事すら禁忌だみたいな嫌悪感のような要素も込みで)、実際自分の本音はどこにあったのか?すら経験・体験的にも蓄積されず『自意識』の交渉上の引き出しというか、経験値がまったくダメダメとなってしまう可能性で、「強迫心理」解体後も、自我が安定軌道に入るには(『自意識』体力回復のため)一定のリハビリ期間を必要とするところ。


<詳しい解説は以下>

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posted by kagewari at 09:43 | 『基本用語』の解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月28日

基本用語のまとめ(3)『歩留り』選択

継続的読者の人はあえて説明を必要としていないのだろうけれど、
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■「どこまで『単独者』なの?」じゃないですが、、、
前項で説明のとおりで、
「ある意味全ての『単独者』は、なにがしかの『歩留り』選択者である」
なのです。

その『歩留り』って何かと言えば”そのまんま”なのですが、
「工場などの生産時に不良品を除く完成品の比率」というもので、
勿論「どこまで『単独者』」を不良品云々で語ろうという趣旨では無く、
「どれぐらい単独志向?」な趣旨で捉えているものです。
フリーJAZZの失敗に代表されるように、この世の全ての『共同幻想』に対峙し反抗してしまうと「国籍も、言葉も、お金も、人間であることから空気を吸う習慣ですら全反抗」みたいなこととなり、ナンセンスなんですね。←これじゃもう『単独者』の概念ですらありませんから。

流れはシンプルなもので、『共同幻想』と名札を下げてその概念が成立している訳でもありませんので、単なる便利で合理的な”共通認識”の中で、自らの自由意思と単独行動において”意識されないもの””関係無い分類のもの”は、幻想性(権威性認知)を発現していないのだから、ある意味当該人物個人にとってはそれは『共同幻想』では”無い”のでありまして。
(わざわざ、荒唐無稽なトイレの使い方を「俺は独自に」とかやる事におおよそ意味があるとは思えないですからねww)

●しかし、この『歩留り論』は心理学的にとても重要なのです
どういう趣旨かと言えば、そこは下段詳しい解説に書きましょう。


<語彙的には>
自我選択として『単独者』志向の人物が、反抗(『抗(あらがう)』)対象、山登りで言えば山脈であり、水泳で言えば水の抵抗であったり、ゲームにおける難易度など、どこまで自分独自固有路線を選択するのかの”度合”のことであり。
メンタル問題も自分自身に問題提起が無い限り”個性”と認識することも可能であり、
当該人物が(よく似た代表例は癖やフェチシズム志向など)「諸般の問題が時々あっても、これも俺の個性だな」と認知すれば、それはメンタル問題では無く個性選択となる。
これを『歩留り』選択と定義している。
(注:当事者の基本的スタンスは『単独者』である)


<詳しい解説は以下>

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posted by kagewari at 15:14 | 『基本用語』の解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月19日

基本用語のまとめ(2)『単独者』

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■『単独者』と言えばアルベール・カミュに代表される「実存主義哲学」の用語であり、更に言えば同哲学における「反抗的に生きる」なるテーマが『被(こうむる)』『抗(あらがう)』論における重要な鍵にもなっています。
(『単独者』論は岸田心理学で説明されるものではなく『共同幻想』論の関連する派生として展開されている概念)
何故にこの概念が登場するのかって、実に簡単な話で、
社会学的意味で前回説明した吉本隆明氏による『共同幻想』論が語られはじめてきた折に、ドドーンと出てきた論議が実存主義哲学であり、そのまんま『共同幻想』崩壊後のプライバシー重視社会の個人の実存を表す概念を実存主義が都合よく『単独者』と定義し説明してきたから。

つまるところ、『共同幻想』論を展開するなら『単独者』論に繋がるのは自然の流れであり、
『共同幻想』論の延長やその派生、『共同幻想』論を社会学的変遷を織り込みこれをを補完するもの。
(※参考にしているのは社会学で言うところの鉄板法則フェルディナント・テンニースが提唱した、文明発展過程における「ゲマインシャフト(血縁遅延社会 Gemeinschaft)」から「ゲゼルシャフト(利害関係社会 Gesellschaft)」への変遷であり、その先に「プライバシー社会」を当て込んむ形でその概念を応用した。)

注:岸田心理学において『単独者』論に至っていないのは、岸田教授の著作などを読めばわかりますが、彼の研究のリソースは「日本の戦争の歴史」などの研究からもっぱら『共同幻想』論による心理学の展開にあったからで(最大の功績は国家意識のような集団心理すら個人心理学のように分析を試みたこと)、教授自身が鬱病であったことも有名な話ですが、思うに『単独者』論に展開が及ばなかったこともその一因かなと思っていたりします。

注2:『共同幻想』社会はこの時代の変遷を、『共同幻想』らしいリミッターのかかった認識として「個性化」というキーワードで理解しようと(押し込めようと)している。


<語彙的には>

そのまんま、現代用語の「おひとり様」だけでなく「お宅やニートの台頭」や「晩婚非婚化」「ブラック企業批判」や「新卒社員の3割が3年以内に退社」など諸般の社会現象にその端緒が見られる、「単独行動プライバシー優先主義」な(所謂個人主義とは異なる)、「アンチ『共同幻想』的無頼で奔放な自由主義者」の事(エキセントリックな行動をするなどの意味は”無い”)。

時代に関係無くアバンギャルドな芸術家や浪人文化であるとか、ハードボイルド文学など連綿と続いていた(見方によってはニヒルな)単独行動自由主義だが、『共同幻想』崩壊時代の変遷の中で、社会環境としてその背景が蓋然化する過程により自然な形でその選択が模索される人格モデル。
あくまでも概念であり「完全な『単独者』、究極の『単独者』」のような表現や使い方は間違い。
完全な『単独者』なんてものが存在するなら(フリーJAZZ実験の失敗のように)、言葉すら自分だけの”何語?”となってしまい、コミュニケーションすら不能となりナンセンス。
(言語の使用法的に「単独者系の人格ですね」などはアリ。)

用例的に
「時代に関係無く浪人文化であるとか、ハードボイルド文学など」における『単独者』代表例が
・ハメットやチャンドラーなどの探偵小説における主人公
・黒沢映画用心棒シリーズ『用心棒』『椿三十郎』に登場する三船扮する主人公
・パニック映画『ポセイドンアドベンチャー』においてジーンハックマン演じる牧師
・女性主人公としてはジーナ・ロランズ『グロリア』やタランティーノの『ジャッキー・ブラウン』
・ご存じイーストウッドの『ダーティーハリー』
(『共同幻想』への反抗として時代の転換点を如実に捉えている例といえば)
・問題作『タクシードライバー』のデ・ニーロ演ずるトラビス
・当時映画音楽などでも多用されたJAZZ
(現代の若い人が『共同幻想』崩壊時代を前にその選択を模索するラノベ文学と言えば)
・『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』
(見方を勘違いししまったかも?の事例は←勿論その結論は出ていないが)
・ニーチェの「超人論」
・フロイトの「昇華論」
(参考となるヒト以外の生物は)
・イエ猫


<詳しい解説は以下>

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posted by kagewari at 00:20 | 『基本用語』の解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

基本用語のまとめ(1)『共同幻想』

継続的読者の人はあえて説明を必要としていないのだろうけれど、
新規閲覧者の方にとっては「何のことですか」ともなり兼ねない頻繁に使用されるいくつかの用語を別カテゴリーでまとめておこうと考えたものです。
(重要項目なので予告なく編集される場合があります)

■岸田心理学にとって最も重要と思われる『共同幻想』から説明していきましょう
元ネタはご存じ著名な思想家でもある吉本隆明氏の「共同幻想論」です。
これが何故にフロイト心理学の「エディプスコンプレックス論」の全てを包含する説明において最重要なのかと言えば、
フロイト心理学のエディプス関連の見立てが(岸田教授曰く)一神教的宗教権威社会を背景にしているのに対し(通称「アブラハムの宗教」)、日本の社会的権威性認知を「世間様かな」と気が付いたことにより、国家社会の文化的背景に関わらずほぼ普遍的にエディプス論を説明可能となったワケです。

吉本氏の「共同幻想論」からして、宗教や国家やら貨幣経済からあらゆる”権威的に認識される概念”を定義したものなので、「アブラハムの宗教から世間様まで」ある意味社会学と心理学を結合させる形で便利にズラーっと説明可能となるワケです。

<語彙的には>

複数の人間に”共通認識”として”共有”されている(この段階で多数性と慣習法上の権威性を付与される)”概念”。権威性認知の一種。
国家や常識、宗教感や部活の理念や小集団固有の方式や(家族意識を含む)、集団心理全般を指す場合もある。その構造上の特徴から組織や小集団における”上下関係”の根拠でもある。



<詳しい解説は以下>

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posted by kagewari at 17:04 | 『基本用語』の解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


『住まいの心理学』
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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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