そんな中ネットの世界ではまだ、オウム関連やアルファーブロガーの暗闘が終わる事無く続いている。
まるで、ネットにおける表現の在り方を模索するかのように、
そして又、エポックな事件も起きている
無謀にも、社民の福島党首(いくら何でもコメント欄開放でネット上で発言するなんて無謀すぎる。この人は自分の評判がネット上でどうなっているのか知らないのだろうか)の書き込みを掲載したブログで「福島党首エントリーが大炎上」した。
http://blog.so-net.ne.jp/venusheart/2006-04-06-1
これは無謀を通り越している、
よもや社民党の関係者は、自分達(特に福島党首に関しては「人気者」と言ってもいい批判的捉え方が既に常識化している)がネット上でどのような存在なのか全く知らないのだろうか。。
まさかと思うが、もしも、もしもそうなら「こりゃ救えないデジタルデバイドだ」ってか、世論を軽視するにも度が過ぎている。
そんな中ようやく小沢が民主党党首として登場した、
おそらく9月の党首選はシャンシャンで続投だろう(管に大差をつけた意味は大きい)、暫くはこの体制で固まる事は間違い無いだろうから「小沢野党時代の到来」と考えていい。
政権取るって話にはとてもじゃないがならないだろうから「小沢野党時代」でいんだと思う。
早速、小泉首相靖国問題にこれまでと全く違う角度から批判を行った。
自民が昔から動き、実現しなかった「A級戦犯の分祀」に言及した訳だ、
彼の事だから(信教の自由もあって政治的圧力は難しいとされている)、何か勝算あっての発言だろう、
そもそも小沢がどうして左巻き元社民系とそりがいいのか考えてみたい。
元々彼は自民の主流派でありPKO派遣にGOを出したのも(実質)彼、そして「普通の国」的主張はマスコミに右寄りと批判された。
その判断が間違えだって事は、彼が「田中派」である事だけでも理解できる。何せ日中国交回復やってのけた派閥の後継者だったのだから、
田中派ってのは地方への利益誘導という形で所得の再分配に熱心だった派閥であって、元々政策的には左翼っぽい部分がある。そして田中のオヤジは、アメリカの承諾無しに日中国交回復をやったツケとしてロッキード事件(ほとんどアメリカの陰謀)によって日本の政治の表舞台から排除されたのだから、アメリカ追随なワケが無い。
そこから見ると、元自民主流派でありながら彼の得意な政治姿勢が見て取れる。彼は決してタカ派ではなく、所得の分配と独自外交路線がメインなんだろう。外交的にアメリカ主導ではなく国連主導で考えているのは、国連に信頼感があるという意味ではなく、アメリカ追随からの脱出が狙いだからで、戦争の歴史と憲法による集団安全保障の解釈から言えば「国連主導でしか選択肢が無い」ワケで、国連の問題は国連改革として考えていけばいいって見方も出来る。
そもそも、国連が未来永劫今と同じ体たらくって事でもないだろうし、
日本の将来の形ってところからは、確かに彼の考え以外主だった選択肢は無い、そして自衛隊から独立した国連軍を創設させれば、自国の防衛を自国の国連軍によって守る事ができるので、体外的にも軍拡とは見られる心配も無いのに「対外的には強大な抑止力にもなる」。これ心理的な一石二鳥、
そもそも軍隊なるものは「使わない」事が最も有能な運用で、使いやすいとかって技術的側面より「心理的抑止力」がもっとも大事なんであって(典型例が『核抑止』)、軍事オタクサイドの批判は戦術論に偏りすぎだろう
田中派は、地方への所得分配の見返りとしてバックマージンを受け取りこれが金権政治として批判された背景がある。
その後対米関係では貿易摩擦が起き、日本の内需拡大が一時期の政治的テーマだった(前川リポートとか)、小沢はそんな時代の中心にいたのであって、高齢化時代の社会に対する新しい所得分配として「年金改革」をその政策の中心に据える事は、彼らしい判断でもあるし、心理的にも「将来の不安を解消する」年金改革は、経済政策としても正しい。
既得権益の破壊や、閉鎖的な日本経済の開放が小泉政権の役割なら、小沢がその後「年金の一本化」と「国連軍創設」で、内外政の基本を固めるって流れは「流れてきにもアリ」で、個人的意見としては「小泉政権→麻生政権→小沢政権→阿部本格政権」となるのが最も好ましい。
この日本の政治体制の巻き直し(前原は最悪だった)は、「永田メール事件」によってもたらされた。
永田メール事件の全貌はネットの世界が完全に表のメディアをリードする形で動き、これを原動力に前原は飛んだ。
ネットの世界では小沢も批判的に見られているが、その批判は「政策論争的」な範囲になるので、ダメを押されているとは考え難い。
ひょっとすると「本来あるべき健全左翼(これまでに一度もこの国に存在した事が無い)」が小沢なのかも知れない。
そっから見ると、昔随分と彼を批判的に報道していたマスメディアの似非左翼ぶりが浮き立つってもので、
ネットの存在によって、マスコミがその批判の対象になったことはロッキード以来歪みつづけたこの国の政治を「ほんの少しだけ挽回させた」のだと思う。
今ネットの世界では「情報の有料化」が進んでいるし、「マスメディアのニュース配信有料化」の流れも加速している。
フリーである事が一番馴染みがいい業界にあって、次に求められていくものは広告代理店機能(スポンサーが付けば無料で継続できる)だろう。
表のメディアから広告会社が足の置場をネットに移す時、「新聞を殺す」なんて話は再燃するかも知れない。
そもそも駆け出しの記者が、何人も重複して記者クラブに属し「全く同じ一時情報を元に記事を書く」ってのはあまりにも非効率だ。これまでの大新聞的報道は、通信社に全部任せてもいいのであって、ジャーナリストとして自分なりの取材が出来ない記者は自然淘汰されていくだろう。
通信社の配信にコメントをつける機能はネットの方が強い、
しゃべくりが苦手な小沢にとっては、そんな世界の到来は好都合だろうし、正直ちょっと面白くなってきたと思う
2006年04月12日
2006年03月30日
『ネットの世界=無意識』から表層の現実を考えてみる
ブログの世界で起きた「松永英明=河上イチロー=オウム事件」が、一部で大変な騒ぎになっている(笑
事件の経緯は、ググればわかると思うんだけれども、簡単に言えば世論操作を目的としたと見られているも仕方のないパワーブロガーがオウム系陣ブルである事を、これ又ブロガー(雑誌系ジャーナリストだが)が告発し、追及されたブロガーが自らオウムとの関係をブログ上で公表した。
彼は民主党のネット関係の懇談会に出席し、前原党首と懇談会上で会食していた、
この事件はネットの世界では大事件だったが報道される事も無く、表の世界でデジタルデバイド下にある人々はまったくその事実を知らない。
『暗闘』と言えばいいのか表現は難しいが、この事件の経緯を刻々と追いかけている時には下手なTVドラマを越える緊迫感があった。
ネットの世界は下手すると現実というリアリティー(=「ティー」なのでヴァーチャル)を越えている。
匿名性が高い事も(かくいう俺の戸籍上の名前は岩原だが、ファミリーネームと言うか複雑な経緯で陰割も事実関係を踏まえた名前なので厳密にはkagewariは匿名ではない)「輪をかけて剥き出しの自我のぶつかり合いの場を生み出している」。
しかも、このやり取りは掲示板形式のダイレクトなものではなく、それぞれのブログ上で展開された。
これはネットの世界に有機的な関係性が成立している証明で、社会的関係を前提とする現実社会の関係性を超えている。
どこかかしか、テレパシーじゃないが「まったく社会的関係性の無い他人のブログの情報が、自分自身が発信している内容と被る部分がある時、グーグルがそれを結びつける事が不可避である」と言い換えていも良くて、ここには一種の恐れすら感じた。
そんなネットの世界から覗くと、表の世界は児戯に等しいというか「なんとかゴッコ」にさえ見えてしまう。
表層の曖昧さと、内面の頑なまでの実存
これは心理学的自我の構造そのものでもあり、デジタルに親和性のある人々だけが内面のリアルに触れその情報を取り込み、内面であるデジタルに対し親和性のない人々は、内包する実存を知る事無く曖昧さを理由に表の世界に漂う風評に流れていく。
果たして「現実の世界における認識等というものは蜃気楼に過ぎない」という岸田の唯幻論ってものが、際立ったアイデアであった事を再認識した事件だった。
事件の経緯は、ググればわかると思うんだけれども、簡単に言えば世論操作を目的としたと見られているも仕方のないパワーブロガーがオウム系陣ブルである事を、これ又ブロガー(雑誌系ジャーナリストだが)が告発し、追及されたブロガーが自らオウムとの関係をブログ上で公表した。
彼は民主党のネット関係の懇談会に出席し、前原党首と懇談会上で会食していた、
この事件はネットの世界では大事件だったが報道される事も無く、表の世界でデジタルデバイド下にある人々はまったくその事実を知らない。
『暗闘』と言えばいいのか表現は難しいが、この事件の経緯を刻々と追いかけている時には下手なTVドラマを越える緊迫感があった。
ネットの世界は下手すると現実というリアリティー(=「ティー」なのでヴァーチャル)を越えている。
匿名性が高い事も(かくいう俺の戸籍上の名前は岩原だが、ファミリーネームと言うか複雑な経緯で陰割も事実関係を踏まえた名前なので厳密にはkagewariは匿名ではない)「輪をかけて剥き出しの自我のぶつかり合いの場を生み出している」。
しかも、このやり取りは掲示板形式のダイレクトなものではなく、それぞれのブログ上で展開された。
これはネットの世界に有機的な関係性が成立している証明で、社会的関係を前提とする現実社会の関係性を超えている。
どこかかしか、テレパシーじゃないが「まったく社会的関係性の無い他人のブログの情報が、自分自身が発信している内容と被る部分がある時、グーグルがそれを結びつける事が不可避である」と言い換えていも良くて、ここには一種の恐れすら感じた。
そんなネットの世界から覗くと、表の世界は児戯に等しいというか「なんとかゴッコ」にさえ見えてしまう。
表層の曖昧さと、内面の頑なまでの実存
これは心理学的自我の構造そのものでもあり、デジタルに親和性のある人々だけが内面のリアルに触れその情報を取り込み、内面であるデジタルに対し親和性のない人々は、内包する実存を知る事無く曖昧さを理由に表の世界に漂う風評に流れていく。
果たして「現実の世界における認識等というものは蜃気楼に過ぎない」という岸田の唯幻論ってものが、際立ったアイデアであった事を再認識した事件だった。
タグ:ブロガー
2006年03月16日
「ネットの世界=無意識」と定義した場合の、ネット右傾化現象を考える
言わずと知れた事だが2chを筆頭にネットの論議は圧倒的に右寄りだと考えていい。これは何故なのか?
某知識人あたりの考えは「ネットの世界がアングラだけの偏狭な存在なので、デカイ話をしたがって云々」とからしいんだが、
そうとは言えないだろ
ネットの世界における右傾化はサブカルチャーとしての意味合いの方が濃い、わかりやすく言えば「表のマスメディアに対する反動」だ、
それだけ表の世界が歪なぐらい左傾化してる証明で、これは表の世界がインテリ左翼的(表面だけの人道主義って言い換えてもいいかも知れない)な階層社会構造だからと考えていいのじゃないか、
頂点は団塊世代のエスタブリッシュメントって事なんだろう
※背景としては、政権交代の無い保守与党に対する権力批判の形がマスメディアの左傾化を定着させてしまったという歴史的経緯もある
前回民主党の長島議員のブログにおいてのコメント欄の話を取り上げたんだが、そういったネット世論の顕在化は各所に表出していくのではないだろうか。
わかりやすく言えば「新聞社の社説」「ニュース番組コメンテーターの発言」等が、何らかの方法(2chの掲示板だと、カテゴリーとして2chの枠内に収まってしまう)でブログ形式でアップされ、そのブログの存在がニュースとして顕在化するだけでも画期的だ、
これまで民主主義とは「その一票をどの陣営に入れるのか」程度の非常に不十分なものだったが、ブログコ形式のメント欄が一種の政策的方向性に集約される等の将来性を持つなら、民主主義そのものの在り方が随分と変わってくるだろう、
何故なら、そういうネットの世論等というものを表のマスメディアも無視できなくなる時、同時に表のメディア自体がネットの世論にさらされる事にもなる、
表のメディアとしては「そう簡単にそんな事が起きちゃ困る」。しかし、フジVSライブに見られるように(結論フジ側が地検特捜部をつっついて国策捜査でライブを潰すってまでにエスカレートした)表のメディアとネットの世界はどうにも親和性が悪い(有効に機能しているのは「ニュース配信」だけだろう)、ある意味デジタルデバイドが広がっている状態。
ネットの世界がそれなりの力を持ち始めた今(少なくともTV番組内で視聴者の意見の部分だけでもネットに解放すれば状況は大きく変るだろう)、むしろ注目すべきなのは表の世界の対応って事になる。
ところが表の世界には「そのデジタルデバイドのせいで、ネットの世界に訴える有力な手段をもたない」、どうする事も出来ない状況で、結論乖離の幅がどんどん広がる事になる、
ある意味、ネットの世界の右傾化がより強くなる可能性があるとも言える。
それが建設的結論とは言えないだろう
そんななかでちょっと面白い話題がある
「ウィニーの情報漏洩」だ
そんで又ネットは怖いなんて風評が立ちはじめている、これをどう見るのかだけれども、ネットは危ないってよりも「ネットの世界自体が怖い」って感じではないか?
これって永田メール事件(ごく普通にPCでメールのやりとりしている人間なら“テキストのコピー一枚”を信用する事自体考えられない)にも言える事で、政治評論家辺りのお偉いさんあたりがナンセンスなコメントする度に「そんな事もわかららないのか」的反応があった。
しかし、彼らが「ネットにおける最低限の知識を学ぶ」って姿勢は無い
事ウィニーの話はもっと過激で「パソコンは怖いので、紙媒体の方がいい」なんて話に、
それこそネットが怖いのか、現実セキュリティー関係の話になるほうがそりゃ現実的だろうに
この辺も、個人における自意識と無意識の関係にとても似ている。
自意識における抑圧構造の原動力が「ステレオタイプな道徳」であるように、社会における無意識の抑圧構造は「エスタブリッシュメント(既得権益を持つ支配階層)」になり、保守構造は無意識の内容を解釈して取り込むのではなく一義的にはより深く抑え込む方を選択する。
「結果無意識からのストレスが激化し、自意識が破綻するまでなかなか潜伏する問題点が表面化しない」
そんな中、実はあんまり大きなニュースにはなっていないのだが、今自民が「公職選挙法改正」に着手している。選挙活動にHPを使う事を解禁するという内容(ダイレクトメールは禁止)に落ち着くらしい。
これが社会をどんな方向へ向けるのかはわからないが、民主党長島議員のブログに起きた小事件から考えるなら、今までとはまるで違った角度(検閲や恣意的操作が行われる事が最も嫌われるし、論議の内容が甘ければ簡単に論駁されてしまう)の変化が期待できる。
この時、ネットの世界に背を向けたマスメディアは、当初の権力批判的民意の代表という立場から、免許制による自分自身の既得権益を組織防衛する偏狭な媒体と化してしまう、
まさかメスメディアがそんな立場になるまで堕落するとも思えない。
ネットの世界の右傾化から見るなら、マスメディアは「ネットの世論は危険な右傾化思想」とでも定義してより左傾化を強めるのか?
やはりそこは「新しいメディアの登場で淘汰される」方向な気がしている、ライブドアとUSENの業務提携発表が、そんな新メディアの萌芽になるなら今後の動きに目が離せない(堀江がパクられた事も意味があったってオチになるかも知れないし)、
これはちょっと面白いんじゃないかと思う。
某知識人あたりの考えは「ネットの世界がアングラだけの偏狭な存在なので、デカイ話をしたがって云々」とからしいんだが、
そうとは言えないだろ
ネットの世界における右傾化はサブカルチャーとしての意味合いの方が濃い、わかりやすく言えば「表のマスメディアに対する反動」だ、
それだけ表の世界が歪なぐらい左傾化してる証明で、これは表の世界がインテリ左翼的(表面だけの人道主義って言い換えてもいいかも知れない)な階層社会構造だからと考えていいのじゃないか、
頂点は団塊世代のエスタブリッシュメントって事なんだろう
※背景としては、政権交代の無い保守与党に対する権力批判の形がマスメディアの左傾化を定着させてしまったという歴史的経緯もある
前回民主党の長島議員のブログにおいてのコメント欄の話を取り上げたんだが、そういったネット世論の顕在化は各所に表出していくのではないだろうか。
わかりやすく言えば「新聞社の社説」「ニュース番組コメンテーターの発言」等が、何らかの方法(2chの掲示板だと、カテゴリーとして2chの枠内に収まってしまう)でブログ形式でアップされ、そのブログの存在がニュースとして顕在化するだけでも画期的だ、
これまで民主主義とは「その一票をどの陣営に入れるのか」程度の非常に不十分なものだったが、ブログコ形式のメント欄が一種の政策的方向性に集約される等の将来性を持つなら、民主主義そのものの在り方が随分と変わってくるだろう、
何故なら、そういうネットの世論等というものを表のマスメディアも無視できなくなる時、同時に表のメディア自体がネットの世論にさらされる事にもなる、
表のメディアとしては「そう簡単にそんな事が起きちゃ困る」。しかし、フジVSライブに見られるように(結論フジ側が地検特捜部をつっついて国策捜査でライブを潰すってまでにエスカレートした)表のメディアとネットの世界はどうにも親和性が悪い(有効に機能しているのは「ニュース配信」だけだろう)、ある意味デジタルデバイドが広がっている状態。
ネットの世界がそれなりの力を持ち始めた今(少なくともTV番組内で視聴者の意見の部分だけでもネットに解放すれば状況は大きく変るだろう)、むしろ注目すべきなのは表の世界の対応って事になる。
ところが表の世界には「そのデジタルデバイドのせいで、ネットの世界に訴える有力な手段をもたない」、どうする事も出来ない状況で、結論乖離の幅がどんどん広がる事になる、
ある意味、ネットの世界の右傾化がより強くなる可能性があるとも言える。
それが建設的結論とは言えないだろう
そんななかでちょっと面白い話題がある
「ウィニーの情報漏洩」だ
そんで又ネットは怖いなんて風評が立ちはじめている、これをどう見るのかだけれども、ネットは危ないってよりも「ネットの世界自体が怖い」って感じではないか?
これって永田メール事件(ごく普通にPCでメールのやりとりしている人間なら“テキストのコピー一枚”を信用する事自体考えられない)にも言える事で、政治評論家辺りのお偉いさんあたりがナンセンスなコメントする度に「そんな事もわかららないのか」的反応があった。
しかし、彼らが「ネットにおける最低限の知識を学ぶ」って姿勢は無い
事ウィニーの話はもっと過激で「パソコンは怖いので、紙媒体の方がいい」なんて話に、
それこそネットが怖いのか、現実セキュリティー関係の話になるほうがそりゃ現実的だろうに
この辺も、個人における自意識と無意識の関係にとても似ている。
自意識における抑圧構造の原動力が「ステレオタイプな道徳」であるように、社会における無意識の抑圧構造は「エスタブリッシュメント(既得権益を持つ支配階層)」になり、保守構造は無意識の内容を解釈して取り込むのではなく一義的にはより深く抑え込む方を選択する。
「結果無意識からのストレスが激化し、自意識が破綻するまでなかなか潜伏する問題点が表面化しない」
そんな中、実はあんまり大きなニュースにはなっていないのだが、今自民が「公職選挙法改正」に着手している。選挙活動にHPを使う事を解禁するという内容(ダイレクトメールは禁止)に落ち着くらしい。
これが社会をどんな方向へ向けるのかはわからないが、民主党長島議員のブログに起きた小事件から考えるなら、今までとはまるで違った角度(検閲や恣意的操作が行われる事が最も嫌われるし、論議の内容が甘ければ簡単に論駁されてしまう)の変化が期待できる。
この時、ネットの世界に背を向けたマスメディアは、当初の権力批判的民意の代表という立場から、免許制による自分自身の既得権益を組織防衛する偏狭な媒体と化してしまう、
まさかメスメディアがそんな立場になるまで堕落するとも思えない。
ネットの世界の右傾化から見るなら、マスメディアは「ネットの世論は危険な右傾化思想」とでも定義してより左傾化を強めるのか?
やはりそこは「新しいメディアの登場で淘汰される」方向な気がしている、ライブドアとUSENの業務提携発表が、そんな新メディアの萌芽になるなら今後の動きに目が離せない(堀江がパクられた事も意味があったってオチになるかも知れないし)、
これはちょっと面白いんじゃないかと思う。
2006年03月02日
ネットの世界(無意識)の顕在化現象は間違いないみたい
ここんとこ「ライブ・検察・マスコミ」ってとこに着眼していたんだが、ネットの世界(無意識)が、顕在化していく現象は間違いないみたいだ。
プロ野球なんかでも盛んだが、政治家のみなさんも最近はブログを始めだしていて、コメントを書き込めるブログもある。
これは画期的な出来事で、インチキマスコミの提灯記事じゃなくて、ダイレクトに批判のコメントも投稿可能。
結果検閲削除やら、コメントのコントロールやらもあるんだが、無防備なサイトがあってネットの世界でちょっと有名になった。
民主党「次の内閣」防衛庁長官:長島昭久のブログだ
http://blog.goo.ne.jp/nagashima21
当然2chあたりからも相当流れているんだけれども、それなのに書き込みはいたって真剣なんだなこれが、
スレッドの中で一種の“内輪”が形成されているのじゃないから当たり前とも言えるけれども、これは画期的
しかも、長島議員は「コメント読んでます」とコメント。
表の世界である国会議員に声が届くって雰囲気が彼のブログにはあるんだなどっか(彼のブログに対する書き込みが突出している)、
で、おそらく今回の騒動で彼の名前を始めて知った人まで書き込んでいる。
ちょっと政治家のブログじゃ考えられない「1日あたり700件」のコメントがよせられている。
で、そこのコメント欄の論調は「マスコミ報道なんかと全然違い、過激なまでに辛辣で批判的」、
この現象が正に「無意識がストレスとなって自意識に押し寄せるように」表出している。
言論ってものをどう定義するのかにもよると思うけれども、市場調査や世論調査でもこれだけの意見が集まる事は無い、下世話な話(1日7万件に達したアクセス数もそうだが)これ金額にすると膨大な額になるだろ。
フリーソフトやゲームのダウンロード、ソフトの開発(リナックス)、情報交換、HPの閲覧って世界が、小さな火山が噴火したかのように表の世界に噴出している。
ネットの世界ってのは、大雑把にいえば「属性の無い世界」とも言える。
社会的地位や、バックグラウンド、年齢・性別、そんなものがHNやその匿名性で意味を失い「語られる言葉や情報の確度・有用性、内容」だけが剥き身で流れている。ひょっとすると親友や同僚・家族にすら語られない言葉がそこに流れていて、共同幻想への対抗軸のような、無意識のカオスを形成していると考えていい。
それが長島議員のブログで小爆発した。
そこから何がわかるのかって、共同幻想の崩壊過程ってのが意外と早まるかも知れないって事。
ここに重要なキーがある「地上波放送の廃止2011年」、TV媒体はデジタル化するんだが、衛星アンテナつけて見る人よりCATV回線や光ケーブルによって視聴する人、PCで番組を見るって動きが加速する事は間違い無い。
ここで本気の爆発が起きるかも知れない、
多チャンネル化ってのは、番組情報を必要とするからネットの情報と親和性が高い、そして既に実験的ネット配信番組も多く、TVを録画した海賊放送サイトも既に存在する。
各ポータルのニュースサイトも関連ブログのリンクをつけてたりして、マスメディアの崩壊はそう遠い話じゃ無いだろう。マスメディアの仕事自体が膨大なチャンネルのマネージメントに変容するからだ。
多チャンネルを選択する事自体「個人の意思表明」になるのだから、ネットの世界の自立的存在感はより増していくと思う。
今NHKですら、放送でブログサイトを紹介したりしている。
(携帯へのブラウザ搭載も大きい)
その結果、表の世界(社会)がどう変るのか?
こればかりは、全然予想がつかない
プロ野球なんかでも盛んだが、政治家のみなさんも最近はブログを始めだしていて、コメントを書き込めるブログもある。
これは画期的な出来事で、インチキマスコミの提灯記事じゃなくて、ダイレクトに批判のコメントも投稿可能。
結果検閲削除やら、コメントのコントロールやらもあるんだが、無防備なサイトがあってネットの世界でちょっと有名になった。
民主党「次の内閣」防衛庁長官:長島昭久のブログだ
http://blog.goo.ne.jp/nagashima21
当然2chあたりからも相当流れているんだけれども、それなのに書き込みはいたって真剣なんだなこれが、
スレッドの中で一種の“内輪”が形成されているのじゃないから当たり前とも言えるけれども、これは画期的
しかも、長島議員は「コメント読んでます」とコメント。
表の世界である国会議員に声が届くって雰囲気が彼のブログにはあるんだなどっか(彼のブログに対する書き込みが突出している)、
で、おそらく今回の騒動で彼の名前を始めて知った人まで書き込んでいる。
ちょっと政治家のブログじゃ考えられない「1日あたり700件」のコメントがよせられている。
で、そこのコメント欄の論調は「マスコミ報道なんかと全然違い、過激なまでに辛辣で批判的」、
この現象が正に「無意識がストレスとなって自意識に押し寄せるように」表出している。
言論ってものをどう定義するのかにもよると思うけれども、市場調査や世論調査でもこれだけの意見が集まる事は無い、下世話な話(1日7万件に達したアクセス数もそうだが)これ金額にすると膨大な額になるだろ。
フリーソフトやゲームのダウンロード、ソフトの開発(リナックス)、情報交換、HPの閲覧って世界が、小さな火山が噴火したかのように表の世界に噴出している。
ネットの世界ってのは、大雑把にいえば「属性の無い世界」とも言える。
社会的地位や、バックグラウンド、年齢・性別、そんなものがHNやその匿名性で意味を失い「語られる言葉や情報の確度・有用性、内容」だけが剥き身で流れている。ひょっとすると親友や同僚・家族にすら語られない言葉がそこに流れていて、共同幻想への対抗軸のような、無意識のカオスを形成していると考えていい。
それが長島議員のブログで小爆発した。
そこから何がわかるのかって、共同幻想の崩壊過程ってのが意外と早まるかも知れないって事。
ここに重要なキーがある「地上波放送の廃止2011年」、TV媒体はデジタル化するんだが、衛星アンテナつけて見る人よりCATV回線や光ケーブルによって視聴する人、PCで番組を見るって動きが加速する事は間違い無い。
ここで本気の爆発が起きるかも知れない、
多チャンネル化ってのは、番組情報を必要とするからネットの情報と親和性が高い、そして既に実験的ネット配信番組も多く、TVを録画した海賊放送サイトも既に存在する。
各ポータルのニュースサイトも関連ブログのリンクをつけてたりして、マスメディアの崩壊はそう遠い話じゃ無いだろう。マスメディアの仕事自体が膨大なチャンネルのマネージメントに変容するからだ。
多チャンネルを選択する事自体「個人の意思表明」になるのだから、ネットの世界の自立的存在感はより増していくと思う。
今NHKですら、放送でブログサイトを紹介したりしている。
(携帯へのブラウザ搭載も大きい)
その結果、表の世界(社会)がどう変るのか?
こればかりは、全然予想がつかない
2006年02月21日
今ごろライブドアの報道を総括してみよう
今や民主党の永田議員の『例のメールは本物か』的な話が盛り上がっている始末で「なんか面白いネタ」と化している。
堀江極悪人だの暴力団が暗躍だのピンとの外れた偏向報道は「みょ〜に修正されている」、野口氏の他殺説にいたってはマスコミ側から沈静化の方向にあるようで、マスコミ報道で妙に興奮した人の矛先がマスコミに向かうなんて奇怪な現象にまでなっている。
マスコミに関しては田原総一郎の発言が大きかったと思うのだが、予想に反して「世論のウケが良くない」って事に気がついたのか(この事件で言うところの被害者「ライブの株主」が抗議の電話しているのは、ライブの上場廃止しようとしている東証で、ライブドア社ではない)、な〜んか空ぶっている事にようやく気がついたのか良くわからないが、
「ニュースとしての価値が無くなった」らしい(笑
この報道に乗っかって、小泉政権を追求しようって民主党の動きが激しすぎて微妙に話の焦点をズラせてしまったと見ることもできるかも知れない。
時期を同じくして、反小泉の急先鋒である自民の古賀元幹事長が「小泉政権のようなポピュリズムが続いてしまう危険性があるので、選挙制度を中選挙区制にすべきだ」なーんて乗っかり方まで出て来る始末。
そりゃマスコミには分が悪い、
小泉叩きまでやる“企画”じゃないんだし、メディア(自分の会社)の敵「IT産業のM&A屋を、ここぞとばかり潰しにかかりたい」って本音を逆に見透かされてしまった。これじゃ間接的に「自民守旧派を応援している」とか「小泉叩きの材料としてホリエが使われている」みたいな印象に、
一番笑うのは、このメール事件で初めて塀の内側からのコメントが出た事だ。
「そんなメール出してネェよ」
このメール事件で初めて検察側からの“リークではない発表”があった事だ。
「そんなメール知りません」
妙に笑える、
そんなこんなな裏で、ネットの世界でも妙な話が持ち上がっている。
ネット内メディア(所謂『有名ブログ』や『ネットジャーナリズム』)で、論争が起こっている事だ、
「野口事件の背後に暴力団の影が」なんて話の次に、そんな記事を公開しつづけているブログの裏に「左翼系ジャーナリストが」なんて話。
もうねぇ、こうなっちゃうとそれまでの話全体の信憑性失っちゃうからね〜、何やってんだかとも思うが、
そもそも政治家の陰謀とか、暴力団が関与とかって「既にセンセーショナルなネタじゃない」でしょ。
UFOネタとまで言わないけれども、落合ノビーネタみたいなジャンルで(だって経済社会で政治家秘書との関係や、暴力団との関係って『総務部マター』なんだし、よっぽど外資の合法的金融大手の方がマジなネタでしょうって)、だからどうしたのって話。
なんか「市民派的な表の論理がネットにも」な、なんて言うかな似非っぽい正義感というのか、にゃーな話がお互い潰しあってズッコケてたりする。
※耐震偽装マンション事件において「ヒューザー小嶋氏は、マジで偽装を知らなかったのじゃ?」って話が、だーんだんもれ伝わってくると、マジでヤバくなると踏んだのか報道が自然消滅してきているのも「あ〜あ」な話で、総研の内川氏への追及は最初からマスコミは淡白だったし(マジでおっかなかったのか)、この事件でもピントが外れていた(てかTVの人って、単に手間隙掛けて取材や調査するのが面倒なんじゃないのか)。
そんな中で(俺はライブの肩持つワケじゃないけどさ)注目の記事があった、一部のネット関係者からは「まったく信用されていないライブPJニュース(笑」
記事はこれこれ
◆「東京地検によるライブドアへの強制捜査の際の堀江氏の様子や、社員の表情をカメラの前で語ってほしい」と、まずは丁寧な口調で話し始めた。記者が「強制捜査は先月16日。すでに時がだいぶたっておりますし、取材される意味が見いだせません。申し訳ありませんが、堀江の様子や社員の表情についてのテレビ取材はすべてお断りしております。これは、日テレだけではなくTBSやフジテレビなどでも同様です」と返答した。
すると、そのディレクターの態度が豹変し、「くだらない週刊誌にそのことをおもしろおかしく書いておきながら、なんでテレビの報道取材は受けられないのですか。おかしいじゃないですか。事件を起こしておきながら取材を受けないのですか。これは報道番組ですよ」と詰問してきた。「週刊現代」を下劣な雑誌だと断定し、しかも記者を犯人扱いしたのだ。こんな取材依頼は初めてであった。
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1709251/detail
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1712051/detail
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1714984/detail
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1718482/detail
野村バッシング、サッチー報道の時から個人的にどうにも我慢ならない番組『ザ・ワイド』なんだが、ついにきたかと思う。
まーライブのPJにつていはいろんな意見があると思うが、個人とはいえメディアの側から公然と『番組名名指しの報道被害の記事』が掲載された事はあまりにも画期的、
これ『ザ・ワイド』番組内で反論されているのか知らないが、反論の放送があるんなら是非見てみたい。
これこそネットとマスメディアの融合か!
最近は、ブログのネタが発端の報道があったり、逆に報道に対するネットからの批判があったりと「少なくともネットの世界で起きていることが顕在化している」。
電車男や、2chのモナーが勝手に使用された辺りから始まっている事のようなんだけれど(殺人事件なんかとネット関わりは「顕在化」じゃないだろう。これは昔「事件の背景にTVゲームが」と同レベルだから)、なんかグズグズの体を成していて妙にリアルだ。
なんだかんだと、今回のライブドア報道は「社会の無意識と言える、ネットのアングラなエリア」が、共同幻想(表のマスメディア)の崩壊過程で顕在化(自我に取り込まれるように)し始めるポイントになったのかも知れない。
それにしても最近一番笑えたのは、このニュース
◆東京地検特捜部副部長で「分析力もあり緻密(ちみつ)」と評判のベテラン検事の取り調べに対しても「そうじゃない。まったく違いますよ」「細かいことは覚えてない」などと反論、また反論で切り返し、、
接見している弁護士に「検事と議論してやり込めてやった。検事に勝ったよ」などと自慢するふてぶてしさを見せているという。
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1709329/detail
あー絶対そうだろうな〜と、その様子がリアルに想像できるので笑える
大事件と意気込む検事もワケのわからない状態になってるだろう、
果たして表の世界は、アングラを取り込んでいるのか?取り込まれているのか?
堀江極悪人だの暴力団が暗躍だのピンとの外れた偏向報道は「みょ〜に修正されている」、野口氏の他殺説にいたってはマスコミ側から沈静化の方向にあるようで、マスコミ報道で妙に興奮した人の矛先がマスコミに向かうなんて奇怪な現象にまでなっている。
マスコミに関しては田原総一郎の発言が大きかったと思うのだが、予想に反して「世論のウケが良くない」って事に気がついたのか(この事件で言うところの被害者「ライブの株主」が抗議の電話しているのは、ライブの上場廃止しようとしている東証で、ライブドア社ではない)、な〜んか空ぶっている事にようやく気がついたのか良くわからないが、
「ニュースとしての価値が無くなった」らしい(笑
この報道に乗っかって、小泉政権を追求しようって民主党の動きが激しすぎて微妙に話の焦点をズラせてしまったと見ることもできるかも知れない。
時期を同じくして、反小泉の急先鋒である自民の古賀元幹事長が「小泉政権のようなポピュリズムが続いてしまう危険性があるので、選挙制度を中選挙区制にすべきだ」なーんて乗っかり方まで出て来る始末。
そりゃマスコミには分が悪い、
小泉叩きまでやる“企画”じゃないんだし、メディア(自分の会社)の敵「IT産業のM&A屋を、ここぞとばかり潰しにかかりたい」って本音を逆に見透かされてしまった。これじゃ間接的に「自民守旧派を応援している」とか「小泉叩きの材料としてホリエが使われている」みたいな印象に、
一番笑うのは、このメール事件で初めて塀の内側からのコメントが出た事だ。
「そんなメール出してネェよ」
このメール事件で初めて検察側からの“リークではない発表”があった事だ。
「そんなメール知りません」
妙に笑える、
そんなこんなな裏で、ネットの世界でも妙な話が持ち上がっている。
ネット内メディア(所謂『有名ブログ』や『ネットジャーナリズム』)で、論争が起こっている事だ、
「野口事件の背後に暴力団の影が」なんて話の次に、そんな記事を公開しつづけているブログの裏に「左翼系ジャーナリストが」なんて話。
もうねぇ、こうなっちゃうとそれまでの話全体の信憑性失っちゃうからね〜、何やってんだかとも思うが、
そもそも政治家の陰謀とか、暴力団が関与とかって「既にセンセーショナルなネタじゃない」でしょ。
UFOネタとまで言わないけれども、落合ノビーネタみたいなジャンルで(だって経済社会で政治家秘書との関係や、暴力団との関係って『総務部マター』なんだし、よっぽど外資の合法的金融大手の方がマジなネタでしょうって)、だからどうしたのって話。
なんか「市民派的な表の論理がネットにも」な、なんて言うかな似非っぽい正義感というのか、にゃーな話がお互い潰しあってズッコケてたりする。
※耐震偽装マンション事件において「ヒューザー小嶋氏は、マジで偽装を知らなかったのじゃ?」って話が、だーんだんもれ伝わってくると、マジでヤバくなると踏んだのか報道が自然消滅してきているのも「あ〜あ」な話で、総研の内川氏への追及は最初からマスコミは淡白だったし(マジでおっかなかったのか)、この事件でもピントが外れていた(てかTVの人って、単に手間隙掛けて取材や調査するのが面倒なんじゃないのか)。
そんな中で(俺はライブの肩持つワケじゃないけどさ)注目の記事があった、一部のネット関係者からは「まったく信用されていないライブPJニュース(笑」
記事はこれこれ
◆「東京地検によるライブドアへの強制捜査の際の堀江氏の様子や、社員の表情をカメラの前で語ってほしい」と、まずは丁寧な口調で話し始めた。記者が「強制捜査は先月16日。すでに時がだいぶたっておりますし、取材される意味が見いだせません。申し訳ありませんが、堀江の様子や社員の表情についてのテレビ取材はすべてお断りしております。これは、日テレだけではなくTBSやフジテレビなどでも同様です」と返答した。
すると、そのディレクターの態度が豹変し、「くだらない週刊誌にそのことをおもしろおかしく書いておきながら、なんでテレビの報道取材は受けられないのですか。おかしいじゃないですか。事件を起こしておきながら取材を受けないのですか。これは報道番組ですよ」と詰問してきた。「週刊現代」を下劣な雑誌だと断定し、しかも記者を犯人扱いしたのだ。こんな取材依頼は初めてであった。
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1709251/detail
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1712051/detail
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1714984/detail
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1718482/detail
野村バッシング、サッチー報道の時から個人的にどうにも我慢ならない番組『ザ・ワイド』なんだが、ついにきたかと思う。
まーライブのPJにつていはいろんな意見があると思うが、個人とはいえメディアの側から公然と『番組名名指しの報道被害の記事』が掲載された事はあまりにも画期的、
これ『ザ・ワイド』番組内で反論されているのか知らないが、反論の放送があるんなら是非見てみたい。
これこそネットとマスメディアの融合か!
最近は、ブログのネタが発端の報道があったり、逆に報道に対するネットからの批判があったりと「少なくともネットの世界で起きていることが顕在化している」。
電車男や、2chのモナーが勝手に使用された辺りから始まっている事のようなんだけれど(殺人事件なんかとネット関わりは「顕在化」じゃないだろう。これは昔「事件の背景にTVゲームが」と同レベルだから)、なんかグズグズの体を成していて妙にリアルだ。
なんだかんだと、今回のライブドア報道は「社会の無意識と言える、ネットのアングラなエリア」が、共同幻想(表のマスメディア)の崩壊過程で顕在化(自我に取り込まれるように)し始めるポイントになったのかも知れない。
それにしても最近一番笑えたのは、このニュース
◆東京地検特捜部副部長で「分析力もあり緻密(ちみつ)」と評判のベテラン検事の取り調べに対しても「そうじゃない。まったく違いますよ」「細かいことは覚えてない」などと反論、また反論で切り返し、、
接見している弁護士に「検事と議論してやり込めてやった。検事に勝ったよ」などと自慢するふてぶてしさを見せているという。
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1709329/detail
あー絶対そうだろうな〜と、その様子がリアルに想像できるので笑える
大事件と意気込む検事もワケのわからない状態になってるだろう、
果たして表の世界は、アングラを取り込んでいるのか?取り込まれているのか?
2006年01月28日
ライブドア強制捜査とマスコミについて考える(2)
あんましその後が面白いものだから、話を続けることにした。
何が面白いって、ライブドアの後継社長が弥生会計社長の平松氏が選ばれて全体の構造が一変した、
フジの日枝会長は何故かニヤけて喜んでいるし、ナベツネに至っては「エールを送る」なんて話になった。
このライブの人選、誰が考えたのかわからないが、情勢を一変させた
つまり、マスコミはライブ本体へのネガティブキャンペーンをする理由を完全に失い、ポイントは堀江個人の「黒か白か」だけに絞られた
実際今回の騒動でもっとも世間を騒がせたのは、世界的な証券相場を揺るがせた検察とマスコミで、所謂「堀江ライブドアの粉飾で大損害」を被った“被害者”のコメントはない。
今回の強制捜査が原因の株安(今のところ報道されている検察の「偽形取引」「粉飾決済」のスケールや数字はこれほどの株価の変動に繋がるネタでは無い)の被害者のコメントばかりだ。
■千葉県の無職男性(66)は「ああいうやり方はだめだ。金を稼ぐには汗水たらさなきゃ」と不快感をあらわにした。(共同)
市民の声って「千葉県の無職男性(66)」ってこの人は誰なんですか
これがニュースのテキストになっている事自体が理解できない
(このコメントはネットの世界じゃで既にお笑いネタになっている)
マスコミがこれを載せたかったのは、今回の強制捜査の旗振りやっている検察幹部が就任時にコメントした内容まんまだからで、、
この千葉県無職男性は、検察の人なんでしょうか。。。
被害実体を考えるなら、そんなライブの姿勢で買収された企業が被害者なのかもしれないが、堀江の後任社長は買収された弥生の社長ときたもんだ。挙句に立派にライブドアグループの社長として、日枝会長と会いナベツネにエールを送られている。損害賠償騒いでいるのはフジで、そのフジが一番ライブ叩きやって株価下落に貢献しているのはどう説明すりゃいんですか、、
で、ライブ本体は今後公正な情報を開示し健全な企業として日常業務に専念云々。マスコミの報道では『虚業』じゃやなかったのライブ社って?
ネットの世界では今回の強制捜査が「国策捜査」である事は常識となっている。話が堀江個人が黒か白かって話になると、本来の「堀江は技術的には明解に白だと判断し業務していた」との認識なんだから、裁判で今後「果たしてどっちなんだ」の戦いになる、
だ〜んだん、常識の推定無罪報道の原点に戻らなければならない事になり(検察の判断した「社会的制裁=堀江ライブ潰し」という狙いはあっけなく実現した)、単に「あるちっこい会社の売買は偽形取引なのか?そこに風説の流布はあったと認定できるのか?」「一般的な企業でもよくある“グループ内の黒字の付け替え”はそもそも粉飾決済か?」「合法な株式分割をある流れで行うと法律違反に繋がってしまうなんて事があるのか?」この争いだけに集約された。
堀江の貢献は結構デカイと思う、
検察には応援どころか、抗議の電話が殺到し堀江的なベンチャー否定は世界的に見当違いって認定は検察もよくわかっただろう。
そもそもが検察の人事異動に合わせて春までに決着するのが目標なんて捜査なんだからIT関係のみなさんは今後検察に狙われるんじゃないかと心配する事も無い。
そんな意味でも堀江が速攻社長と取締役から身を引いて、ライブ社が新しい人事を発表したのはヒットだった。
堀江が社長のまま残りつづけると「釈放されたら堀江ライブは継続する」んであって、堀江ライブ叩きキャンペーンもネタに困る事も無かっただろう。
そんな中、ライブ社のPJは同じ国策捜査の結果無罪になった三浦和義のインタビューを掲載している(マスコミ被害として)。
そんで又、検察スジからの話だと昨年からの調査開始のネタってのはライブ社内のアンチ堀江からのリークと、マスコミからの情報(フジか?)って話。これじゃまるで、検察はライブ社の人事(結果的に堀江色一掃)争いの一派の手先だったのか?とも見られてしまう。
ライブ社長後退劇、誰が筋書き書いたのかわからないが、強烈な一撃になった。
そんな中こんな意見もあって、
http://facta.co.jp/blog/archives/20060126000061.html
いよいよ検察・マスコミ双方分(ぶ)が悪い
マスコミに至ってはライブバッシング報道を自粛というか、出来なくなっている(今や「あの騒ぎはなんだったの?」)。
元々が人気TV局だったフジの失点は大きい(個人的にもプロ野球ファンだったから「プロ野球ニュース」で御馴染みのフジは好きなTV局だった)
これボディーブローとしてジワジワ効いてくるんじゃないだろうか。
公正中立なんていう公共性を錦の御旗に免許制で守られている護送船団方式のマスコミ(特にTV業界の広告費は2兆円とも言われ、この免許制によって守られている既得権益は途方も無くデカイ、それこそ虚業?)は、どんどん今の日本の現実から乖離し、あっちの世界に漂っているかのようだ。
現実の話だが、堀江のブログを引用したニュースでは
「マスコミって何でもありなんですね・・・」
この一文だけ抜き出して、なにやらケシカランてな報道があったがもとネタははこれ
http://blog.livedoor.jp/takapon_ceo/archives/50042983.html
これはネットにアクセスできる人間なら全員が「それは違うだろ」と確認可能なのに、そんな質に問題がある原稿がチェックされない(下手すると恣意的にそんな原稿が書かれている)、これ世の人はネットも見ていないとでも思っていない限りあり得ない。
「この原稿は問題アリでしょ」そんな事すら言えない社会がTV局なんだろうか。
いったいどうなっちゃうのか?
郵政民営化の次は、TV局の規制緩和なんて話なら面白い。
一時グーグルはブログがあんまりヒットするから、テキスト容量なんかでブログが検索結果に出るのをコントロールすんじゃないかって噂もあったが、今やブログが読めなくなったら大変だ、
「共同幻想の瓦解→社会というもの自体の実存の揺れ→そもそも「マス」ってキーワードのナンセンス化」
こりゃ本格的にそうなのかも知れない。
何が面白いって、ライブドアの後継社長が弥生会計社長の平松氏が選ばれて全体の構造が一変した、
フジの日枝会長は何故かニヤけて喜んでいるし、ナベツネに至っては「エールを送る」なんて話になった。
このライブの人選、誰が考えたのかわからないが、情勢を一変させた
つまり、マスコミはライブ本体へのネガティブキャンペーンをする理由を完全に失い、ポイントは堀江個人の「黒か白か」だけに絞られた
実際今回の騒動でもっとも世間を騒がせたのは、世界的な証券相場を揺るがせた検察とマスコミで、所謂「堀江ライブドアの粉飾で大損害」を被った“被害者”のコメントはない。
今回の強制捜査が原因の株安(今のところ報道されている検察の「偽形取引」「粉飾決済」のスケールや数字はこれほどの株価の変動に繋がるネタでは無い)の被害者のコメントばかりだ。
■千葉県の無職男性(66)は「ああいうやり方はだめだ。金を稼ぐには汗水たらさなきゃ」と不快感をあらわにした。(共同)
市民の声って「千葉県の無職男性(66)」ってこの人は誰なんですか
これがニュースのテキストになっている事自体が理解できない
(このコメントはネットの世界じゃで既にお笑いネタになっている)
マスコミがこれを載せたかったのは、今回の強制捜査の旗振りやっている検察幹部が就任時にコメントした内容まんまだからで、、
この千葉県無職男性は、検察の人なんでしょうか。。。
被害実体を考えるなら、そんなライブの姿勢で買収された企業が被害者なのかもしれないが、堀江の後任社長は買収された弥生の社長ときたもんだ。挙句に立派にライブドアグループの社長として、日枝会長と会いナベツネにエールを送られている。損害賠償騒いでいるのはフジで、そのフジが一番ライブ叩きやって株価下落に貢献しているのはどう説明すりゃいんですか、、
で、ライブ本体は今後公正な情報を開示し健全な企業として日常業務に専念云々。マスコミの報道では『虚業』じゃやなかったのライブ社って?
ネットの世界では今回の強制捜査が「国策捜査」である事は常識となっている。話が堀江個人が黒か白かって話になると、本来の「堀江は技術的には明解に白だと判断し業務していた」との認識なんだから、裁判で今後「果たしてどっちなんだ」の戦いになる、
だ〜んだん、常識の推定無罪報道の原点に戻らなければならない事になり(検察の判断した「社会的制裁=堀江ライブ潰し」という狙いはあっけなく実現した)、単に「あるちっこい会社の売買は偽形取引なのか?そこに風説の流布はあったと認定できるのか?」「一般的な企業でもよくある“グループ内の黒字の付け替え”はそもそも粉飾決済か?」「合法な株式分割をある流れで行うと法律違反に繋がってしまうなんて事があるのか?」この争いだけに集約された。
堀江の貢献は結構デカイと思う、
検察には応援どころか、抗議の電話が殺到し堀江的なベンチャー否定は世界的に見当違いって認定は検察もよくわかっただろう。
そもそもが検察の人事異動に合わせて春までに決着するのが目標なんて捜査なんだからIT関係のみなさんは今後検察に狙われるんじゃないかと心配する事も無い。
そんな意味でも堀江が速攻社長と取締役から身を引いて、ライブ社が新しい人事を発表したのはヒットだった。
堀江が社長のまま残りつづけると「釈放されたら堀江ライブは継続する」んであって、堀江ライブ叩きキャンペーンもネタに困る事も無かっただろう。
そんな中、ライブ社のPJは同じ国策捜査の結果無罪になった三浦和義のインタビューを掲載している(マスコミ被害として)。
そんで又、検察スジからの話だと昨年からの調査開始のネタってのはライブ社内のアンチ堀江からのリークと、マスコミからの情報(フジか?)って話。これじゃまるで、検察はライブ社の人事(結果的に堀江色一掃)争いの一派の手先だったのか?とも見られてしまう。
ライブ社長後退劇、誰が筋書き書いたのかわからないが、強烈な一撃になった。
そんな中こんな意見もあって、
http://facta.co.jp/blog/archives/20060126000061.html
いよいよ検察・マスコミ双方分(ぶ)が悪い
マスコミに至ってはライブバッシング報道を自粛というか、出来なくなっている(今や「あの騒ぎはなんだったの?」)。
元々が人気TV局だったフジの失点は大きい(個人的にもプロ野球ファンだったから「プロ野球ニュース」で御馴染みのフジは好きなTV局だった)
これボディーブローとしてジワジワ効いてくるんじゃないだろうか。
公正中立なんていう公共性を錦の御旗に免許制で守られている護送船団方式のマスコミ(特にTV業界の広告費は2兆円とも言われ、この免許制によって守られている既得権益は途方も無くデカイ、それこそ虚業?)は、どんどん今の日本の現実から乖離し、あっちの世界に漂っているかのようだ。
現実の話だが、堀江のブログを引用したニュースでは
「マスコミって何でもありなんですね・・・」
この一文だけ抜き出して、なにやらケシカランてな報道があったがもとネタははこれ
http://blog.livedoor.jp/takapon_ceo/archives/50042983.html
これはネットにアクセスできる人間なら全員が「それは違うだろ」と確認可能なのに、そんな質に問題がある原稿がチェックされない(下手すると恣意的にそんな原稿が書かれている)、これ世の人はネットも見ていないとでも思っていない限りあり得ない。
「この原稿は問題アリでしょ」そんな事すら言えない社会がTV局なんだろうか。
いったいどうなっちゃうのか?
郵政民営化の次は、TV局の規制緩和なんて話なら面白い。
一時グーグルはブログがあんまりヒットするから、テキスト容量なんかでブログが検索結果に出るのをコントロールすんじゃないかって噂もあったが、今やブログが読めなくなったら大変だ、
「共同幻想の瓦解→社会というもの自体の実存の揺れ→そもそも「マス」ってキーワードのナンセンス化」
こりゃ本格的にそうなのかも知れない。
2006年01月23日
ライブドア強制捜査とマスコミについて考える
前々から、それ関係の話しているんだが、俺は堀江を好きでも尊敬もしていないし特別嫌っているでもない。
実際ヒルズで成功の夢とかな話になっている「勝ち組み幻想」自体は、団塊世代の脅迫に過ぎず(なのでこの世代が最も過剰反応する「近親憎悪」に似た感情だ、ナベツネに至ってはあっちの世界までいってしまっている)、今30代から20代の世代は世代間の関係から言えば、この団塊世代の影響が強く(ヒエラルキーから言えば指導階層になるので)新高度経済成長の幻想としてITベンチャーに繋がっている(高度経済成長時並みのハードワークが特徴)。
そんな中で堀江は時代の寵児に違いなく、彼は潮目にいる人物でもあるだろう、ソフトバンクの孫にしても楽天ミキティにしてもキャラ的には印象が弱い(芸名:村上ファンドはイロモノか)。
なので、プロ野球参入・フジTV買収・国政選挙に打って出るなんざ勢いも「当事者責任」的に見るなら随分と気のいい男だね〜な感想。
堀江は時代に埋没する仲間的関与ではなく、自分の意志をもって動いているのは事実だ。つまりエスタブリッシュメントの匂いがしない、
ここがどこから刺されたのかわからないが、強制捜査を食らった
容疑の内容とか「黒か白か」はどうでもいいことで(ライブドア的にも技術的な問題だろう、元々法律スレスレを自認して売りにしている会社なんだから)、この強制捜査をめぐる周辺のドタバタが見るに耐えない。
面白く思っていなかった団塊世代の連中は「それ見たことか」的な態度に終始し、検察の捜査が入るとライブドアが負け組みの烙印でも押されるかの見方で堀江の逮捕すら規定路線であるかのようなはしゃぎようだ
マスコミに至っては、偏向報道合戦になっている
ニュース原稿は「誘導尋問」のそれに似ていて、「そうらしい」って話を「そんな悪い事をしていたのがわかった」的にまとめているので、あたかも「悪事が暴かれた」かのような報道になっている。
ライブドアが法律スレスレって前からわかっていた事じゃないの、
地検にしても、マスコミにしても「まさか世界の証券市場に迷惑かける」とは思ってもいないらしく、後の祭りというか何というか、えらい騒ぎになっていて『マネックスショック』と相まって(これが暴落トリガーなんだが、誰かが儲けているのは間違いない)、収拾がつかなくなっている。
地検のガサ入れに至っては情報のリークがあった(NHKと日経の誤報。その後NHKは地検から出入り禁止処分受けている)のも事実で、そもそもがこの捜査自体がパフォーマンスなんじゃないかって見方をされてもおかしくない。果たして何の意図で「ライブドア潰し」があったのかとか黒幕探しもバカらしい(○暴関係のネタほじくり返しても「なんとか謀略説」好きオタクみたいな話になってしまう)ので、現象として見てみよう。
マスネディアに埋没する個人の関与「自己責任」だ、
昔々の組織論じゃあるまいし、まさかこの国のジャーナリズムは暴独裁国家のそれではない。だとするならTVニュースならアンカーマン、新聞メディアなら署名記事として、「これが誰の調査の誰の判断による誰の原稿なのか」こいつをはっきりして欲しい。
このままじゃ「報道局の判断」だの「ワイドショーの製作の判断」とかで、
「おいおい責任者出せ」って時の個人何某って人物像が無い、
これじゃ第二次世界大戦の日本の官僚軍部といったいどう違うのよ?
責任ってものは、それを負う人格の見えるもんじゃないと意味が無い、
背景に広告主のために数字を取らなきゃいけない営利性があるってのにだ。
本来なら余計に誰のどんな権限によるニュース原稿なのかってもっと明快でいい筈だ、
人気のあるアナウンサーが原稿読んでるだけで、全く責任論の蚊帳の外だって構成自体が理解できない。記者としてのプライド以前に芸能人的側面が強くなっている昨今、戦前から引きずっている総無責任体性はマスコミを頂点に健在ナリなんて事になりかねない。
本来さ「番組のアイデェンティティーってのは、局からも独立したもの」であるべきなんじゃないの?
表現の自由のために戦う組織なんだからさ、局内では常に表現が特定のイメージに統一されているのは自己矛盾でしょうよ
だいたいさ、この実体「小泉大勝」の時だって顕著だったの誰しもが感じていた事だろうに、
これが野村偏向報道なら、問題になるのはプロ野球ファン程度に収まるけれども、国際証券市場にまで影響与えちゃっていいのかね?
これ「いかにも国内問題のノリ」で、朝鮮半島→中国→東南アジアまでいっちゃった軍部の体質とどう違うんだろう。
挙句の果てに「特高警察なんかい」という“国策捜査”に打って出た地検
この国は本当に戦後体制なんですか
巨人の凋落、デフレからニートってな流れに日本の個人の独立・共同幻想離れ「大人化」っていう側面は規定路線として流れているっていうのに、未だに『組織』って奴が足を引っ張っている。
誰かひとりぐらい「いいかげんにしろ」って叫ぶジャーナリストはいないのかね。
ライブドアを擁護しろって話じゃ無い、
今回の強制捜査とその背景をマトモに報道してくれればそれでいい。
せめてニュースの内容についての構造分析ぐらいできないものだろうか、
地検がライブドアを潰すぐらいにやっつけるならともかく、ライブ本体があのまま残る事になれば(少なくとも買収した関連会社は全く関係無く健在)、野村と違って相当のしっぺ返しを食らう可能性もある。ライブドア自体が外資を含む資金で動いているってのに、
「ムラ社会」のやり方は古い手法のままだ
野村が楽天監督で復活って、皮肉も相まって(それが楽天なのが笑える)、このライブドア騒動の顛末ってのは『長いお話』になるんじゃないだろうか?
こっからが面白いんだと思う。
実際ヒルズで成功の夢とかな話になっている「勝ち組み幻想」自体は、団塊世代の脅迫に過ぎず(なのでこの世代が最も過剰反応する「近親憎悪」に似た感情だ、ナベツネに至ってはあっちの世界までいってしまっている)、今30代から20代の世代は世代間の関係から言えば、この団塊世代の影響が強く(ヒエラルキーから言えば指導階層になるので)新高度経済成長の幻想としてITベンチャーに繋がっている(高度経済成長時並みのハードワークが特徴)。
そんな中で堀江は時代の寵児に違いなく、彼は潮目にいる人物でもあるだろう、ソフトバンクの孫にしても楽天ミキティにしてもキャラ的には印象が弱い(芸名:村上ファンドはイロモノか)。
なので、プロ野球参入・フジTV買収・国政選挙に打って出るなんざ勢いも「当事者責任」的に見るなら随分と気のいい男だね〜な感想。
堀江は時代に埋没する仲間的関与ではなく、自分の意志をもって動いているのは事実だ。つまりエスタブリッシュメントの匂いがしない、
ここがどこから刺されたのかわからないが、強制捜査を食らった
容疑の内容とか「黒か白か」はどうでもいいことで(ライブドア的にも技術的な問題だろう、元々法律スレスレを自認して売りにしている会社なんだから)、この強制捜査をめぐる周辺のドタバタが見るに耐えない。
面白く思っていなかった団塊世代の連中は「それ見たことか」的な態度に終始し、検察の捜査が入るとライブドアが負け組みの烙印でも押されるかの見方で堀江の逮捕すら規定路線であるかのようなはしゃぎようだ
マスコミに至っては、偏向報道合戦になっている
ニュース原稿は「誘導尋問」のそれに似ていて、「そうらしい」って話を「そんな悪い事をしていたのがわかった」的にまとめているので、あたかも「悪事が暴かれた」かのような報道になっている。
ライブドアが法律スレスレって前からわかっていた事じゃないの、
地検にしても、マスコミにしても「まさか世界の証券市場に迷惑かける」とは思ってもいないらしく、後の祭りというか何というか、えらい騒ぎになっていて『マネックスショック』と相まって(これが暴落トリガーなんだが、誰かが儲けているのは間違いない)、収拾がつかなくなっている。
地検のガサ入れに至っては情報のリークがあった(NHKと日経の誤報。その後NHKは地検から出入り禁止処分受けている)のも事実で、そもそもがこの捜査自体がパフォーマンスなんじゃないかって見方をされてもおかしくない。果たして何の意図で「ライブドア潰し」があったのかとか黒幕探しもバカらしい(○暴関係のネタほじくり返しても「なんとか謀略説」好きオタクみたいな話になってしまう)ので、現象として見てみよう。
マスネディアに埋没する個人の関与「自己責任」だ、
昔々の組織論じゃあるまいし、まさかこの国のジャーナリズムは暴独裁国家のそれではない。だとするならTVニュースならアンカーマン、新聞メディアなら署名記事として、「これが誰の調査の誰の判断による誰の原稿なのか」こいつをはっきりして欲しい。
このままじゃ「報道局の判断」だの「ワイドショーの製作の判断」とかで、
「おいおい責任者出せ」って時の個人何某って人物像が無い、
これじゃ第二次世界大戦の日本の官僚軍部といったいどう違うのよ?
責任ってものは、それを負う人格の見えるもんじゃないと意味が無い、
背景に広告主のために数字を取らなきゃいけない営利性があるってのにだ。
本来なら余計に誰のどんな権限によるニュース原稿なのかってもっと明快でいい筈だ、
人気のあるアナウンサーが原稿読んでるだけで、全く責任論の蚊帳の外だって構成自体が理解できない。記者としてのプライド以前に芸能人的側面が強くなっている昨今、戦前から引きずっている総無責任体性はマスコミを頂点に健在ナリなんて事になりかねない。
本来さ「番組のアイデェンティティーってのは、局からも独立したもの」であるべきなんじゃないの?
表現の自由のために戦う組織なんだからさ、局内では常に表現が特定のイメージに統一されているのは自己矛盾でしょうよ
だいたいさ、この実体「小泉大勝」の時だって顕著だったの誰しもが感じていた事だろうに、
これが野村偏向報道なら、問題になるのはプロ野球ファン程度に収まるけれども、国際証券市場にまで影響与えちゃっていいのかね?
これ「いかにも国内問題のノリ」で、朝鮮半島→中国→東南アジアまでいっちゃった軍部の体質とどう違うんだろう。
挙句の果てに「特高警察なんかい」という“国策捜査”に打って出た地検
この国は本当に戦後体制なんですか
巨人の凋落、デフレからニートってな流れに日本の個人の独立・共同幻想離れ「大人化」っていう側面は規定路線として流れているっていうのに、未だに『組織』って奴が足を引っ張っている。
誰かひとりぐらい「いいかげんにしろ」って叫ぶジャーナリストはいないのかね。
ライブドアを擁護しろって話じゃ無い、
今回の強制捜査とその背景をマトモに報道してくれればそれでいい。
せめてニュースの内容についての構造分析ぐらいできないものだろうか、
地検がライブドアを潰すぐらいにやっつけるならともかく、ライブ本体があのまま残る事になれば(少なくとも買収した関連会社は全く関係無く健在)、野村と違って相当のしっぺ返しを食らう可能性もある。ライブドア自体が外資を含む資金で動いているってのに、
「ムラ社会」のやり方は古い手法のままだ
野村が楽天監督で復活って、皮肉も相まって(それが楽天なのが笑える)、このライブドア騒動の顛末ってのは『長いお話』になるんじゃないだろうか?
こっからが面白いんだと思う。
2006年01月01日
モバイルPCをfivaからIBMに乗り換えた
乗り換えたといってもwin2000で動いていたfivaのHDDをそのまんまIBMに換装したので、インターフェース(PC本体)が変っただけで、何か大幅な変更があるのじゃないが、fivaはバッテリーのへたりが早かったからIBMがその辺ちっと耐久性があるといんだけど、、
実際CASIOのfivaの設計思想はIBMまんまだったから、上位モデルに乗り換えた感じさえする。CASIOのパソコン事業部が解体されて、後続機種の見込みゼロってとこで仕方がないんだけれども、愛着があっただけにfivaの後継が無いのは残念だ
うんでもって、実際IBMってどうなのってところなんだけれど(法人モデルが大量に中古で出回っているのが助かる。補修パーツの供給がIBMからレノボに代わっても今のとこ続いているしね)流石に使いやすい
fivaからの乗り換え候補は、だいたいがビクターのインターリンク(キーボードもほとんど同じ)ってとこになるんだろうけど、このインターリンクも生産中止。やっとこ最近B5モバイルの需要が増えてきたらしく、皮肉な話だ(遊び向けに開発してしまったので、シャープのミニマサもあっというまに生産中止、東芝のリブ新型も苦戦している)
仕事の内容は、画像の取り扱いは多いけれどもテキストが主体で、最もリソース食っているのはブラウザぐらいだ
実際乗り換えたマシンって何って言えば「中古のs30」メモリーの最大が256Mってな時代遅れのマシンだけれどもwin2000で使う分には十分なスペック。
一昔前にシャープが256Mで十分って姿勢でマシン造ってたのも理解できる、
モバイル用途じゃメモリ電気食うしね
s30だとちょっとデカイんだが、妥協できるレベルでしょ
時代遅れのマシン使っていると(fivaの時もそうだったけど)文明は何なんだろうとしみじみ思う。
IBMのs30って言えば、俺らなんかには当時高嶺の花で本来とても手が出るモデルじゃなかった。皮肉な事にマイクロソフトの陰謀じゃないだろうが新型OSがハイスペックなハードを必要とするので現行モデルが使えないマシンになるのが早くなった(s30もXPで動かすと厳しいでしょうよ)、おかげで新型マシンに乗り換えた法人が旧モデルを大量に市場に供給している。
なワケでs30にも手が届く(実際新型のX40系買ってもバッテリーがもたないのでモバイル用途じゃ使いものにならない)
実際手に入ったs30だが、有名なトラブルの液晶パネルフレキのトラブルを解決する固定金具対策タイプ後期モデルだったのもラッキーだった。
時折文明批判的なことを書いている俺だけれども、文明の進歩があっての今とも言える。ま、トータルで考えればこれほど新型投入しなければいけない環境でなければ、最初の売り出しからもっと安いだろうって見方もあるけどね。
とにかく文明ってのは一面的なものじゃない。
世の中には中古モデル市場ってのがあって(実際fivaやインターリンク買うなら中古しか存在しないんだし)延々とこれ続いているワケ、 表通りで売っている新品買う世界の人と、裏通りの中古屋でセコハン買う人これが共存しているのが都会ってヤツで、お互い共存共栄。
新品買う人がいなきゃセコハン市場なんてあり得ないし、新品だけで世の需要をまかなえるほど新品のヴァリエーションは多くはない(あのテカテカ画面にいったい何の意味があるのか?)。
これは車も同じで、中古の歴史が古い車なんかだと余計に「何年モデルの何」を探して「何とかいう店でOHして」とかの世界は完全に新品買うって世界から独立している。
面白いもので中古パソコンも似たところがあって、新品同様の状態のいいものしか置いてない店や、ジャンク専門の店とかそれはイロイロだ。
パナのレッツノートなんかはR2モデルまでキーボードのプリントがすぐにはげちゃうので「キーボードにテカリあり」なんてレヴェルじゃなくて「キーボード真っ黒な仕事跡(穴)アリ」なんて具合になっている(これもR1の新品キーボード探せる人なら買いなんだろうけど、パナの直売で買えるかも知れない)から、そりゃそうそう売れないだろう(ところが最強のモバイルともいえるレッツノートが4万とかなんだからこれも買いでしょう)。
人の暮らしは様々で、それは生活資金をどうやって手に入れるのかってフェーズだけでなく、必需品をどうやって手に入れるのかも含まれる。秋葉原の中古屋周りしているとしみじみ「あ〜あ」っと、自分が暮らす世界がいよいよアングラだぜとしみじみ思う(笑
だいたいが「新品に必要なスペック満たしているモデルが無い」ってのが笑える。
実際CASIOのfivaの設計思想はIBMまんまだったから、上位モデルに乗り換えた感じさえする。CASIOのパソコン事業部が解体されて、後続機種の見込みゼロってとこで仕方がないんだけれども、愛着があっただけにfivaの後継が無いのは残念だ
うんでもって、実際IBMってどうなのってところなんだけれど(法人モデルが大量に中古で出回っているのが助かる。補修パーツの供給がIBMからレノボに代わっても今のとこ続いているしね)流石に使いやすい
fivaからの乗り換え候補は、だいたいがビクターのインターリンク(キーボードもほとんど同じ)ってとこになるんだろうけど、このインターリンクも生産中止。やっとこ最近B5モバイルの需要が増えてきたらしく、皮肉な話だ(遊び向けに開発してしまったので、シャープのミニマサもあっというまに生産中止、東芝のリブ新型も苦戦している)
仕事の内容は、画像の取り扱いは多いけれどもテキストが主体で、最もリソース食っているのはブラウザぐらいだ
実際乗り換えたマシンって何って言えば「中古のs30」メモリーの最大が256Mってな時代遅れのマシンだけれどもwin2000で使う分には十分なスペック。
一昔前にシャープが256Mで十分って姿勢でマシン造ってたのも理解できる、
モバイル用途じゃメモリ電気食うしね
s30だとちょっとデカイんだが、妥協できるレベルでしょ
時代遅れのマシン使っていると(fivaの時もそうだったけど)文明は何なんだろうとしみじみ思う。
IBMのs30って言えば、俺らなんかには当時高嶺の花で本来とても手が出るモデルじゃなかった。皮肉な事にマイクロソフトの陰謀じゃないだろうが新型OSがハイスペックなハードを必要とするので現行モデルが使えないマシンになるのが早くなった(s30もXPで動かすと厳しいでしょうよ)、おかげで新型マシンに乗り換えた法人が旧モデルを大量に市場に供給している。
なワケでs30にも手が届く(実際新型のX40系買ってもバッテリーがもたないのでモバイル用途じゃ使いものにならない)
実際手に入ったs30だが、有名なトラブルの液晶パネルフレキのトラブルを解決する固定金具対策タイプ後期モデルだったのもラッキーだった。
時折文明批判的なことを書いている俺だけれども、文明の進歩があっての今とも言える。ま、トータルで考えればこれほど新型投入しなければいけない環境でなければ、最初の売り出しからもっと安いだろうって見方もあるけどね。
とにかく文明ってのは一面的なものじゃない。
世の中には中古モデル市場ってのがあって(実際fivaやインターリンク買うなら中古しか存在しないんだし)延々とこれ続いているワケ、 表通りで売っている新品買う世界の人と、裏通りの中古屋でセコハン買う人これが共存しているのが都会ってヤツで、お互い共存共栄。
新品買う人がいなきゃセコハン市場なんてあり得ないし、新品だけで世の需要をまかなえるほど新品のヴァリエーションは多くはない(あのテカテカ画面にいったい何の意味があるのか?)。
これは車も同じで、中古の歴史が古い車なんかだと余計に「何年モデルの何」を探して「何とかいう店でOHして」とかの世界は完全に新品買うって世界から独立している。
面白いもので中古パソコンも似たところがあって、新品同様の状態のいいものしか置いてない店や、ジャンク専門の店とかそれはイロイロだ。
パナのレッツノートなんかはR2モデルまでキーボードのプリントがすぐにはげちゃうので「キーボードにテカリあり」なんてレヴェルじゃなくて「キーボード真っ黒な仕事跡(穴)アリ」なんて具合になっている(これもR1の新品キーボード探せる人なら買いなんだろうけど、パナの直売で買えるかも知れない)から、そりゃそうそう売れないだろう(ところが最強のモバイルともいえるレッツノートが4万とかなんだからこれも買いでしょう)。
人の暮らしは様々で、それは生活資金をどうやって手に入れるのかってフェーズだけでなく、必需品をどうやって手に入れるのかも含まれる。秋葉原の中古屋周りしているとしみじみ「あ〜あ」っと、自分が暮らす世界がいよいよアングラだぜとしみじみ思う(笑
だいたいが「新品に必要なスペック満たしているモデルが無い」ってのが笑える。
2005年12月14日
属性について
なんだかんだいって俺も40なのだが、まるでその自覚が無い。
そりゃ無意識に「いい歳なんだから」的な「それはそれ、これはこれ」ってものが無いじゃないが、年齢を意識するって事自体が全く無いのは事実だ。
外面を含めて人間のキャラクターの大半は『属性』で決まる。
所謂「普通の世界」っものは、この『属性』を提供する共同幻想なので、アウトサイドにいると『属性自体が自分だけ』になってしまい「歳相応的世界観」を意識する事が無い、
『非属性』がキャラだと、キャラクターの構成要件から年齢なるものが外れてしまうようで(そういう意味では「普通の世界」にとって年齢が、重要なファクターである事がわかる)、そんな結果なのだろう。
さて普通の世界において『属性と年齢』はどういう意味を持っているか?
「先輩」「上司」「親」「子供」「社長」「OL」「社会人」「OB」「大学生」「姉」「弟」「消防士」「軍人」「医師」「教師」
これほとんどヒエラルキーで、やっぱそんな世界観の中で年齢はキャリアって事になる。
だからこそ、獲得したキャリア相応のってな流れがあるんであって、社長が新入社員みたいじゃカッコがつかない。
しかしここまでの話でなんとなくわかると思うのだが、
昨今の社会現象や事件が思い浮かぶ。
教師が犯罪、保育士が猥褻行為、新聞記者が放火、母親の子殺し、能力主義で出世、非婚、共同幻想の瓦解そのものなんだが結果としてよく考えみると
「最近年齢不詳の人増えていないか?」
どうやら年齢を意識しない人って随分と増えていて、これは社会現象としてどんな意味を持つのだろう、
果たして本当に高齢化社会は来るのだろうか?
なんか昔の方が「いかにも年寄り」って感じの人が多かったように思う。どちらかと言えば「大人ばかりの社会」になるのだろう。
やはり“社会”って言葉自体も解体しかねない、、
余計に年齢(属性)の意味ってのは無くなっていくのだろう。
それにしても最近強烈に痛快だった事件と言えばこれ
「医師免許ないのに8年間も診療」
逮捕された山城英樹容疑者(33)は、97年の都立広尾病院に始まり逮捕された時には「東京都西東京市佐々総合病院の非常勤外科医」「瑞江脳神経外科医院の内科医(逮捕された直接の容疑は同医院での女性患者に対する診療行為)」として勤務していた、偽造した医師免許のコピーを使い派遣会社に登録し“犯行?”は行われ(これまでその犯行は20カ所の医療機関に及ぶ)、年収は2000万だった。
「患者からのクレームはなく、話をよく聞いてくれる優しい先生との評判だった」という、
そんな彼は「定時制高校中退で、医学部で学んだことはない」。
これは犯行なんでしょうか?
医師法違反(無資格医業)の疑いで逮捕されたのだが、患者からのクレームは無いし、仕事はしていたので詐欺でも無い。
彼は97年のスピード違反の際にも「職業は慶応大医学部卒の医師」と答え、恐らく『医師』という属性が、何らかの脅迫(強迫)による反動形成を現実化するために必要だったのだろうという事が推測できるが、
非常勤医師として「手術の執刀経験はなく、薬もほかの医師が処方していた」とは言えだ(これまで外科手術以外の大半の医療行為を扱っていた)、相当苦労しただろう。カルテひとつにしても彼は一体『誰に・何処で』それを学んだのでしょうか。
都病院経営本部によると「彼は97年5月から約1年間、医師に付いて医療行為を学ぶ「見学生」として都立広尾病院に通っていた」のです。
恐らく、彼は見たまま『医師』だったんでしょうね〜
人の属性とは何なのか?考えさせられる事件で、
これ映画になってもよさそうな気もする。。。
そりゃ無意識に「いい歳なんだから」的な「それはそれ、これはこれ」ってものが無いじゃないが、年齢を意識するって事自体が全く無いのは事実だ。
外面を含めて人間のキャラクターの大半は『属性』で決まる。
所謂「普通の世界」っものは、この『属性』を提供する共同幻想なので、アウトサイドにいると『属性自体が自分だけ』になってしまい「歳相応的世界観」を意識する事が無い、
『非属性』がキャラだと、キャラクターの構成要件から年齢なるものが外れてしまうようで(そういう意味では「普通の世界」にとって年齢が、重要なファクターである事がわかる)、そんな結果なのだろう。
さて普通の世界において『属性と年齢』はどういう意味を持っているか?
「先輩」「上司」「親」「子供」「社長」「OL」「社会人」「OB」「大学生」「姉」「弟」「消防士」「軍人」「医師」「教師」
これほとんどヒエラルキーで、やっぱそんな世界観の中で年齢はキャリアって事になる。
だからこそ、獲得したキャリア相応のってな流れがあるんであって、社長が新入社員みたいじゃカッコがつかない。
しかしここまでの話でなんとなくわかると思うのだが、
昨今の社会現象や事件が思い浮かぶ。
教師が犯罪、保育士が猥褻行為、新聞記者が放火、母親の子殺し、能力主義で出世、非婚、共同幻想の瓦解そのものなんだが結果としてよく考えみると
「最近年齢不詳の人増えていないか?」
どうやら年齢を意識しない人って随分と増えていて、これは社会現象としてどんな意味を持つのだろう、
果たして本当に高齢化社会は来るのだろうか?
なんか昔の方が「いかにも年寄り」って感じの人が多かったように思う。どちらかと言えば「大人ばかりの社会」になるのだろう。
やはり“社会”って言葉自体も解体しかねない、、
余計に年齢(属性)の意味ってのは無くなっていくのだろう。
それにしても最近強烈に痛快だった事件と言えばこれ
「医師免許ないのに8年間も診療」
逮捕された山城英樹容疑者(33)は、97年の都立広尾病院に始まり逮捕された時には「東京都西東京市佐々総合病院の非常勤外科医」「瑞江脳神経外科医院の内科医(逮捕された直接の容疑は同医院での女性患者に対する診療行為)」として勤務していた、偽造した医師免許のコピーを使い派遣会社に登録し“犯行?”は行われ(これまでその犯行は20カ所の医療機関に及ぶ)、年収は2000万だった。
「患者からのクレームはなく、話をよく聞いてくれる優しい先生との評判だった」という、
そんな彼は「定時制高校中退で、医学部で学んだことはない」。
これは犯行なんでしょうか?
医師法違反(無資格医業)の疑いで逮捕されたのだが、患者からのクレームは無いし、仕事はしていたので詐欺でも無い。
彼は97年のスピード違反の際にも「職業は慶応大医学部卒の医師」と答え、恐らく『医師』という属性が、何らかの脅迫(強迫)による反動形成を現実化するために必要だったのだろうという事が推測できるが、
非常勤医師として「手術の執刀経験はなく、薬もほかの医師が処方していた」とは言えだ(これまで外科手術以外の大半の医療行為を扱っていた)、相当苦労しただろう。カルテひとつにしても彼は一体『誰に・何処で』それを学んだのでしょうか。
都病院経営本部によると「彼は97年5月から約1年間、医師に付いて医療行為を学ぶ「見学生」として都立広尾病院に通っていた」のです。
恐らく、彼は見たまま『医師』だったんでしょうね〜
人の属性とは何なのか?考えさせられる事件で、
これ映画になってもよさそうな気もする。。。
タグ:メンタル
2005年10月19日
されどプロ野球
「プレーオフらしいエキサイティングな野球だった。両チームとも最高のプレーをしていた。キャンプの時から野球は楽しいものだと言い続けてきた。今、まさにそれを経験している。それがわからない者は、違う仕事を見つけた方がいい(10/16)」
これボビーバレンタインの優勝前日のコメント
バレンタインは今回が二度目の監督なんだが、前は好成績ながら広岡GMとの確執で解雇されている、広岡は優れた野球人だが優れたGMではない。何故なら彼(広岡)は優れた監督であって彼が選ぶ指導者は彼が監督をする時のスタッフになってしまうからだ、
簡単に言うと「広岡以下」
どう考えても広岡が監督するより落ちるワケだ(本来GMはマネージメント・補強のプロで、監督出身である必用は全く無い。プロ野球チーム育成ゲームなんかの腕と、本当の監督としての能力は別のところにある。)、なので監督出身者は「アドバイザー程度の関与」でよくて、マジなGMがいるなら「監督の監督みたいなGMは必用ない」。
そりゃそうだ、広岡と敵対して渡り合える監督が、広岡と同じ考えだったら大変で(まさか「広岡が普遍的に監督の中の監督だ」なーんて筈無いので)、実は解雇されたバレンタインは解雇された故にその存在意義を証明していた。
今やロッテの全権監督に近い関わりをロッテサイドからオファーされている。
「ちょっといい感じのチーム」これが今のロッテの巷の評判
パリーグプレーオフの視聴率は巨人戦を遥かに上回り、プレーオフ中継を決断したTV東京には感謝の電話が殺到したと聞く、
テレ東曰く「巨人人気が消えただけで、プロ野球人気が衰えていない事を証明した」
これ裏で「メジャーリーグのプレーオフやってた」事が大きい、ポストシーズンなる(まるでトーナメントに近い)戦いは、サッカーのワールドカップにも似た勝ち抜き戦で、シーズンとは別物なんだという認知が「メジャー人気」の結果深まったので、交流戦でソフトバンクの異常な強さと、ロッテのカッコよさを知ったプロ野球ファンは、巨人がどうとやらなど関係無く「これは見てみたいカードだ」という気運が熟成していた。
メジャー人気と日本のプロ野球人気が相互に刺激し合った例として、この「パリーグプレーオフの高視聴率」は、画期的な出来事だった(そしてこれが交流戦があったからこそであることを忘れてはいけない)。
とにかくバレンタインという男の存在が大きい。
「北海道・日ハムのヒルマン、福岡・ソフトバンクの国際的強さ」これをバックにパリーグはメジャーっぽいぜって、在り方を定着させたと言っていい。
これアメリカメジャーに似ているって意味では無い、メジャーっスケールの意味をそのまま実現させたって事。
日本のプロ野球界にもメジャーを語るリーグがあるんだって雰囲気といえばいいか、、
巨人人気の凋落と平行して、本当にスポーツを楽しむ感覚でプロ野球が実存しだした。
とにかくロッテの戦術はスマートで合理的、
中には試行錯誤な部分もあると思うんだけれど、低位置からダッシュする擬似前進守備、ホームランバッターではないつなぎの4番サブローの起用、スターターの投手を非常に大事にするローテーション(実は厳しい競争を生んだ)、チームとしてカッコいいんだなんか、スマートなんだなこれが、で監督が憎めない「はっきり言ってかわいらしいとも言える(笑」闘将バレンタイン。
そのロッテの人気は「あの最強軍団ソフトバンクと五分に渡り合う」ところから証明されるんであって、リーグとして今年のパリーグは新時代を迎えたと言っていい。
今やセリーグこそ「どっか時代遅れなイメージ」であり、巨人を筆頭になんかカッコ悪い。
一時スワローズがスマートな野球で成功しかけたが、チーム編成の弱さと「学生野球の神宮球場借りてる貧乏臭さ」が致命傷で、その人気は全国区ってとこまで行かず、野村IDは時代より早すぎた存在でもあったので、結果失敗に終わった(スワローズの強さは周知の事実だが、プロ野球の球団としての在り方は結果失敗だろう)。
人気も無ければ、万年最下位=ロッテ
まさかこれほどまでに伸びるとは、、
そして肝心要の事だが、今のロッテには「スーパースター(特にクリンナップにミスターなんとかみたいに)」がいないのにも関わらずだ、
今のロッテファンってな「チームとしてロッテが好きだ」って感覚でしょう「好きなチームを応援するんだ」って、
現実そんなスマートなチームが地元(千葉)にあることは、千葉県民にも誇らしい事なんだろうとも思う。
それがプロ野球でしょう。
ロッテが優勝、日本野球の老舗タイガースと日本シリーズ
妙に新鮮だね
そして古田スワローズが発表された。
こいつは俺の個人的な希望なんだが、神宮だぜ神宮、千駄ヶ谷にあんだぜスワローズ、渋谷系で最も都会的なチームになれんのかねもっとさぁ。東京音頭もいいけどさ、、
ビニール傘もいいでどさぁ、、
千駄ヶ谷だぜ、、ビニール傘はちょっと、、
プロスポーツの在り方ってのは、現在社会の共同幻想の在り方を写す鏡としては格好の素材で、
新人王のヤクルト青木は「反骨心の男」、伝統的日本野球を背負うのは巨人ならぬ「阪神タイガース(野村・星野と外部取締り役導入)」、「スマートな闘将バレンタインロッテ」、「明らかに国際的に強い王ソフトバンク」、
意外とマトモってか、なんか自然だと思わない?
在るべきキャラだと思わない?
あのストライキ以降流れが良くなっている。
ミキティ(三木谷)がTBSどうこうなんて枝葉末節でしょ、もう二番煎じでライブドアの時の騒ぎと比べたら『経済ニュース』に過ぎない。これ阪神タイガースの村上ファンド(なんでメガネ外したんかね、村上ファンドって芸名みたいやね)も同じ、
ナベツネがなんか言ってもほとんどニュースとしての価値自体が落ちた。
なんか突き抜けたのは間違いない。
さて、そろそろ日本シリーズだ、
「個人的にはバレンタインロッテの検討を祈る」
これボビーバレンタインの優勝前日のコメント
バレンタインは今回が二度目の監督なんだが、前は好成績ながら広岡GMとの確執で解雇されている、広岡は優れた野球人だが優れたGMではない。何故なら彼(広岡)は優れた監督であって彼が選ぶ指導者は彼が監督をする時のスタッフになってしまうからだ、
簡単に言うと「広岡以下」
どう考えても広岡が監督するより落ちるワケだ(本来GMはマネージメント・補強のプロで、監督出身である必用は全く無い。プロ野球チーム育成ゲームなんかの腕と、本当の監督としての能力は別のところにある。)、なので監督出身者は「アドバイザー程度の関与」でよくて、マジなGMがいるなら「監督の監督みたいなGMは必用ない」。
そりゃそうだ、広岡と敵対して渡り合える監督が、広岡と同じ考えだったら大変で(まさか「広岡が普遍的に監督の中の監督だ」なーんて筈無いので)、実は解雇されたバレンタインは解雇された故にその存在意義を証明していた。
今やロッテの全権監督に近い関わりをロッテサイドからオファーされている。
「ちょっといい感じのチーム」これが今のロッテの巷の評判
パリーグプレーオフの視聴率は巨人戦を遥かに上回り、プレーオフ中継を決断したTV東京には感謝の電話が殺到したと聞く、
テレ東曰く「巨人人気が消えただけで、プロ野球人気が衰えていない事を証明した」
これ裏で「メジャーリーグのプレーオフやってた」事が大きい、ポストシーズンなる(まるでトーナメントに近い)戦いは、サッカーのワールドカップにも似た勝ち抜き戦で、シーズンとは別物なんだという認知が「メジャー人気」の結果深まったので、交流戦でソフトバンクの異常な強さと、ロッテのカッコよさを知ったプロ野球ファンは、巨人がどうとやらなど関係無く「これは見てみたいカードだ」という気運が熟成していた。
メジャー人気と日本のプロ野球人気が相互に刺激し合った例として、この「パリーグプレーオフの高視聴率」は、画期的な出来事だった(そしてこれが交流戦があったからこそであることを忘れてはいけない)。
とにかくバレンタインという男の存在が大きい。
「北海道・日ハムのヒルマン、福岡・ソフトバンクの国際的強さ」これをバックにパリーグはメジャーっぽいぜって、在り方を定着させたと言っていい。
これアメリカメジャーに似ているって意味では無い、メジャーっスケールの意味をそのまま実現させたって事。
日本のプロ野球界にもメジャーを語るリーグがあるんだって雰囲気といえばいいか、、
巨人人気の凋落と平行して、本当にスポーツを楽しむ感覚でプロ野球が実存しだした。
とにかくロッテの戦術はスマートで合理的、
中には試行錯誤な部分もあると思うんだけれど、低位置からダッシュする擬似前進守備、ホームランバッターではないつなぎの4番サブローの起用、スターターの投手を非常に大事にするローテーション(実は厳しい競争を生んだ)、チームとしてカッコいいんだなんか、スマートなんだなこれが、で監督が憎めない「はっきり言ってかわいらしいとも言える(笑」闘将バレンタイン。
そのロッテの人気は「あの最強軍団ソフトバンクと五分に渡り合う」ところから証明されるんであって、リーグとして今年のパリーグは新時代を迎えたと言っていい。
今やセリーグこそ「どっか時代遅れなイメージ」であり、巨人を筆頭になんかカッコ悪い。
一時スワローズがスマートな野球で成功しかけたが、チーム編成の弱さと「学生野球の神宮球場借りてる貧乏臭さ」が致命傷で、その人気は全国区ってとこまで行かず、野村IDは時代より早すぎた存在でもあったので、結果失敗に終わった(スワローズの強さは周知の事実だが、プロ野球の球団としての在り方は結果失敗だろう)。
人気も無ければ、万年最下位=ロッテ
まさかこれほどまでに伸びるとは、、
そして肝心要の事だが、今のロッテには「スーパースター(特にクリンナップにミスターなんとかみたいに)」がいないのにも関わらずだ、
今のロッテファンってな「チームとしてロッテが好きだ」って感覚でしょう「好きなチームを応援するんだ」って、
現実そんなスマートなチームが地元(千葉)にあることは、千葉県民にも誇らしい事なんだろうとも思う。
それがプロ野球でしょう。
ロッテが優勝、日本野球の老舗タイガースと日本シリーズ
妙に新鮮だね
そして古田スワローズが発表された。
こいつは俺の個人的な希望なんだが、神宮だぜ神宮、千駄ヶ谷にあんだぜスワローズ、渋谷系で最も都会的なチームになれんのかねもっとさぁ。東京音頭もいいけどさ、、
ビニール傘もいいでどさぁ、、
千駄ヶ谷だぜ、、ビニール傘はちょっと、、
プロスポーツの在り方ってのは、現在社会の共同幻想の在り方を写す鏡としては格好の素材で、
新人王のヤクルト青木は「反骨心の男」、伝統的日本野球を背負うのは巨人ならぬ「阪神タイガース(野村・星野と外部取締り役導入)」、「スマートな闘将バレンタインロッテ」、「明らかに国際的に強い王ソフトバンク」、
意外とマトモってか、なんか自然だと思わない?
在るべきキャラだと思わない?
あのストライキ以降流れが良くなっている。
ミキティ(三木谷)がTBSどうこうなんて枝葉末節でしょ、もう二番煎じでライブドアの時の騒ぎと比べたら『経済ニュース』に過ぎない。これ阪神タイガースの村上ファンド(なんでメガネ外したんかね、村上ファンドって芸名みたいやね)も同じ、
ナベツネがなんか言ってもほとんどニュースとしての価値自体が落ちた。
なんか突き抜けたのは間違いない。
さて、そろそろ日本シリーズだ、
「個人的にはバレンタインロッテの検討を祈る」
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