2006年07月12日

北朝鮮問題を考える

ザクッと心理的なことを考えれば金一族をめぐる家庭環境はお世辞にもマトモではない。心理学的にも、その後先進国の核家族にその現象が見られるようになる『葛藤や脅迫(強迫)構造』は、元々が特権階級における特異な現象だった。
強いエディプスコンプレックスと対象性を持つ反動形成を原因とする『覇権欲求』や、極論『世界征服願望』。
この辺が伊達に専制君主としての権限を持つと洒落では済まされなくなる、
元来権威の外部化に成功していた文明では(ナチュボーンの政教分離)、文化としての宗教的な理に王が従う形になるので、王家ですら強固な共同幻想に保守されていて、精神的な強迫構造が発生する頻度はそうそう高くない。
文化的に特権階級意識が強い中世のヨーロッパでは、政教分離(教会は独自に強大な権力を持っていたので)があるにせよ、問題のある貴族によって紛争が絶えないのだけれども、当時は国家の概念も今ほどではないので、「○○家と○○家の戦い」みたいなもので当時の兵士はそれぞれの王家に雇われた傭兵なので、戦は長期化したけれども国家VS国家の構造ではない。

んなもんだから、ヨーロッパにとって第一次世界大戦は衝撃的で、欧州の宗教革命以降国家権力なるものが一義的な権威となった結果教会の権力を根拠にする政教分離は形骸化した(宗教の権威性が失墜した)とも言える。
ある意味国家権力は、宗教的権威をも内包しここに「独裁者」が登場すると=「強迫構造を持つ人物」を意味していると言ってもいい。
※そもそも独裁国家は、その独裁者が自分の希望で政変を起こして発生するもので、自然発生的な独裁国家は存在しない
第二次世界大戦の日本の環境を見るととてもわかりやすい、
西欧列強と対峙するために、国家権力の権威性幻想を「日本は意識的に演出した」
これ心理学的な実験に近い。
結果何が起きたのかと言えば、国家構造における反動形成を助長する構造ができあがってしまい、脅迫的な欲求を国家の覇権主義が吸い上げた。
第二次世界大戦は、勝者と敗者を分ける戦争で、この覇権主義的な国家は勝者においてさらに拡大した。「アメリカとソビエト」の登場、皮肉な事にこの両者は「核兵器による抑止」によって、以降直接対決する事は不可能になり、経済的な拡張を争うしかなくなる。当然これでは欲求不満に繋がり、アメリカとソビエトはガス抜きのために代理戦争や地域紛争に介入する、
この冒険主義は、ベトナム戦争に象徴される挫折によって双方によって終焉を迎え、ソビエトは経済的覇権の敗北を原因に崩壊しロシアに先祖がえりした。(覇権主義のダメ出しが足りなかったロシアはチェチェン紛争によってダメを出した)

現在アメリカは、金融や市場原理というようなもので覇権を握っている状態で、反動形成を実現してしまった状態にある。
神経症特有の不安から、テロリズム等による攻撃を恐れ「本気で正当防衛の前倒し」として軍事力を行使する国になった、
あまり重要視されていないけれども、アメリカはクリントン政権時に軍事的な欲求を合理化する方法を模索している。
この時アメリカは国連に賭けた、
本気で国連の要請で、内戦に苦しむアフリカの平和維持に軍事力を使うんだけれども、ここで大失敗する(ソマリア「ブラックホーク・ダウン」)。
現実問題世界大戦規模の戦闘行為を行う動機形成はアメリカには無いし(経済的な覇権という世界がかなりの反動形成を吸収している)、それに堪える動機は世界的にも無い。イラクで他国の援助を必要としていたのはマジな話で(第二次世界大戦直後なら戦闘行為に干渉される事自体拒否しただろう)、現在のアメリカを評すとするなら「攻撃はしたいが戦争は御免だ」という状況にある。

国家の権威が「デフレ」によって崩壊するのは、上記の構造による。
デフレ後の本格的な先進国には国家が反動形成を吸収するような構造を持たないので、精神的な問題は各家庭の範囲にスケールダウンする。
ここいら辺をわかりやすくすると、権威が外部化され文化として固有の伝統を持っていたり、国家が反動形成を吸収する構造があると、権威は見かけ上普遍的(幻想)になり各家庭における権威性はあまりにも矮小なので、何か不安感があったとしてもこれを隠蔽(社会的地位や所得なので隠しようが無い)しくいし「家庭」そのもに対する親の不安も少ない(家庭の雛型がはっきりしている)傾向を持つんだけれども、これが文明化の結果によってそのメッキが剥がれてくると(そもそもが幻想なので)「スケールダウンした家庭内問題」となる。これが先進国特有の心理的な問題の背景だといっていい、ここからわかることは「情報公開と透明性」こそが切り札であるのがわかる。
話は逸れるが、デフレ後の日本は所得の順列ですら社会的地位を意味しなくなっている(偶然就職先が倒産すれば元エリートでも再就職は難しく、貧乏でも知識階層だって事も珍しくない状態だから)ので、社会の風通しはかなり良くなった。現在起きているのは「過去の権威性の残滓」のようなもので、これは社会現象としてのノスタルジーと考えてもいい。

さて、そんな中で北朝鮮のある特異な家庭が、現在独裁者として国軍を率いている。
その軍隊には、通常兵力の全面戦争を遂行する力が既に無い(石油を含む物資の不足)が、「噂段階の核」と「弾道ミサイル」「ゲリラ戦専門の特殊部隊」を持つ。
この先進国の時代に、近代国家が共存しているようなものなんだが(中国ですら先進国化の過程にある)、国際的にも重大な不安定要因であるのは間違いない。精神的な葛藤や脅迫(強迫)構造が発生しやすい環境であっても、必ずそうなるものではなくあくまでもそれは「情報伝達や認識における緊張感」のバランスで決まるもので「確立が高い」という話に過ぎない。
しかし、国家自体の構造に権威的反動形成傾向があるなら、その権力者が自分の意志だけで政策決定する事も不可能になる(弱腰と呼ばれたり、2.26のようなクーデターまがいの事件が起きたり、ナチスのような勢力が台頭したりする)。
今の北朝鮮にはこの両者のリスクが共存している、

この問題を合理的な政治的発想で考えても結論は出ないだろう、
損も得も、国益もへったくれも無いのだ(第二次世界対戦下の日本の対米戦もそうなんだし)、
国家の構造自体にリスク要因があるのだから、

心理的な意味でも、現在の朝鮮半島の環境は非常に複雑だ。続きを読む
posted by kagewari at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談

2006年07月05日

オシムはノムさんか?そして中田引退

弱小チームの再建にかけては名人、よく似ているのじゃないか?
オシムは茶髪は禁止とは言っていないが、「頭を使って」って部分や「強いチーム相手にも本気で勝ちに行く」なとこは良く似ている。身体能力を大事にする部分も同じ(ノムさんは「足が速い」「球が速い」「守備が上手い」「異様に野球が好き」に突出した選手を使う)、経歴やキャリアや才能だけでは選手を判断しない。
ノムラ語録ならぬオシム語録まである
この二人の共通点は何か、
ってか、忘れがちな話だけれども「弱小チームの選手の心理」ってのを忘れちゃいけない。
ここは、ノムさんがタイガース監督時代に実績を上げられなかったとこが参考になる。野村監督がマスコミのバッシングで辞任した後タイガースは星野監督で優勝するんだけれども、ともかく野村時代には巨人相手の対戦成績だけは良かった。
つまり「エリート意識ではなく自分達が弱小であると認識がある方が結果がいい」(これは反面タイガースの選手には巨人以外のチームに対してはエリート主義であった証明)。
つまり、強いチームに向かっていくという心理は「弱小チームに今自分が所属している存在意義と重なる」からだ、
当然、弱小チームに所属している二流選手的な見方は当事者に面白い筈も無く、そんな時に「このチームで勝つ」とマジな顔で言われれば、心理的には弱小チームの方がモチベーションは高くなる。
そもそもスポーツ等というものは、勝つのが面白いのであって、負ける為にするものじゃない、
ここを前提とすると、
「他球団をクビになったベテランを再生」とか「身体能力の高い無名選手の起用」とかが心理的にもハマルってのがわかってもらえると思う。

さて、今の日本代表は?
どちらかと言えば『エリート主義』
WBC野球の日本代表は「パリーグとイチローのチーム」ここにエリート主義は無い。
よくイチローと比較される中田は?
同じ孤高の存在だが「イチローは今回チームを引っ張り、中田は結果的に浮いてしまった」そんな評価があるが、恐らくそれは180度間違っている、
WBC記者会見でのイチローの発言は微妙な国際関係に影響し、むしろ外国メディアに大々的に報道され極端に言えば失言だった、
極端なガッツポーズも紳士らしくないという文化を持つ野球ってスポーツからすれば、これはWBCチームの目玉として相応しい発言では無かった、
同時に、同じ感覚を持ったチームメートもいただろう。
それに比較して中田の発言はとても慎重で、失言も無かった、
むしろ「このチームでは勝てない」と苦言を呈していた
実際WBCでのイチローは「勝たせてもらった感」があり、そんな尊敬の中心という存在こそがチームをまとめてきたと言える(その意味でNYの松井がいない事は幸運でもあった)。
しかに、サッカー日本代表の選手達には中田に対してのライバル意識すらあっただろう。野球と違って「明解に数字の差が見えないサッカー」は、なかなか「今の自分の実力」を冷静に判断する事は難しい。

ある意味試合を見ている観客にだけそれがわかった。
誰が見ていても、チームの中心は「圧倒的に中田」であり、日本代表を応援していた人達の気持ちは「中田に引っ張ってもらいたい」という気持ちも強かった、

その中田を日本代表は孤立させてしまうチームだったのだ。
WBC日本代表を引っ張っていたのは宮本であり、和田だった、この二人のそれぞれのリーグのベテランがチームを引っ張り、優勝に繋がる原動力は若いロッテの選手や松坂上原という投手の柱であって、実際の試合でチームを引っ張ったのはイチローではない。

試合の中でも孤軍奮闘として、唯一人ベストのパフォーマンスを発揮する中田の存在感が、目に焼きついている。
そう、中田が孤立したのではない、彼だけ抜きん出た存在感を示した
この国のメンタリティーが彼を孤立させてしまったのだ。
日本の文化等というものよりスポーツとしての野球の文化が優先するほどの歴史を持つ野球だからこそ孤高の存在のイチローを溶け込ませる事ができたんだろうと思う。
「イチローがいてもいいぐらい、チームは高度に機能した」
ところが、自由な若い人のファンが多いサッカーは、決して自由ではなく「突出した才能が孤立する日本の社会を引き摺っていた」、

彼の引退を、称える方向の報道は多いけれども、
個人的にはとても悲しい引退だった。
二度と日本代表でプレーする中田を見る事はできない
それが悲しい

サッカー界のノムさんじゃないが、オシムとは相性が良かっただろうに
中田は「仲間には上手く伝えられ無かった」と言葉を残し引退する、
W杯終了後、彼の元には5万通を超えるメールが殺到し、HPは繋がりにくいほどアクセスが殺到した。日本代表を応援していた人の気持ちに、彼は感謝で答え「ここに何か残せたかな」とコメントした。自分はやるべき事をやったんだと、実感したと

オシムにとって、今の日本代表は「タイガースのノムさん状態」に近い
だからこそ、メンバーの選考は彼の思うままに選考してもらいたい。
オシムが日本代表メンバーを招集した時に、今後の姿が見えるだろう
中田が引退によって残したメッセージはあまりにも重い
とにもかくにも、ここは哲学者オシムに期待するしかないか・・・
posted by kagewari at 05:02| Comment(0) | TrackBack(1) | 精神分析時事放談

2006年06月20日

表情ってものを考えてみたい

最近の話題で一番わかりやすかったのはサッカーW杯FWの柳沢の表情だ。
前から思っていた事なのだけれど、柳沢は代表チームのFWとしてはちょっと無理じゃないのかって話。彼の顔は骨格からするとK1なんかで有名になったキックボクサーの「マサト君」に似ているんだけれど、そこを参考に彼の表情ってものを見てくれると違いが良くわかると思う。事は技術的な話ではない、柳沢君の技術に関してはかの中田が太鼓判で、中田が最も買っているFWのひとりだから。
そりゃプロの選手だから技術的にレベルが上の者が選出されるのが好ましいように思うけれども、試合と練習は別物でこれブルペンでいい球ほるけどマウンドではからっきしダメな野球選手でなんとなく想像つくと思う。
勝負強い顔の代表のひとりオリックスの吉井の顔を思い出して欲しい、このベテランピッチャーは昔は剛球投手だったが野村ヤクルトの経験から球威の落ちた最近は完全な技巧派になっている、
ところが、この吉井の投球の基本は『真っ直ぐ』だ、
彼には「ビビリ」という言葉は存在しないらしく、140Kにも満たない直球で攻めの投球をする。技術的にはバッターが踏み込んでくるタイミングでシュートかけてのけぞらせるって作戦なので「冷静な状況判断」がその攻めの投球の根拠になっている。

テーマは「攻め」って事だと思う。
攻めの投球と、攻撃の要FW
不思議なもので、球威と攻めの投球の気持ちは比例しない。プロ野球界だと「西本、山内、星野、鈴木啓志、東尾、伊藤(ヤクルト現ヘッド)」この辺思い出してもらうとわかるんだけれど、とにかく当時球威がNO1だったワケでは無い、むしろ遅い部類だ。そしてことごとく「厚かましい顔(笑」なんだなこれが、ここ分析するとわかると思う。投げる前から厚かましい顔していられるのは「その後を計算している」からで、あれは根拠のある自信からくるものだった。これを簡単に「強気」と呼ぶのは間違い。
共通するのは遅い直球を「これでも食らえ」と自信満々に投げる事で、ここが大事(若手の子でやたらと速い球を投げる子がいるのだから、これってある意味本人「恥ずかしい」のよ)
さて、話をサッカーに戻すと、一昔前の日本代表FWで鳴らした人物に「ゴン中山」がいる。彼の登場も技術的に元サブだった彼が業を煮やした監督が起用し「気持ちの問題」とばかりに活躍した事に始まり、知らない間に彼は日本FWの切り札となった。そう、彼技術的に評価が高かったのではない、
顔を思い出して欲しい「ゴン中山」、ゴンにはマサト君風の厚かましさがある事わかると思う。
ここでも見過ごされがちのポイントがある。そもそもマサト君が神経質で繊細な男だって部分、そして猛烈に練習する。
実は前述遅い球王として鳴らしたプロ野球の先人もやたらと練習する人だった、彼らは実戦のシュミレーションが完全にできて「予測による自信」を獲得するまで納得しない人間だったってのが結論。

今のサッカー日本代表メンバーには、顔が攻めの顔じゃないのじゃないか?が他にもいる。中村君だ、
ここも前からの伏線があって、確かトルシエだったか中村君を代表に選んでいない筈。随分と批判あったと思うんだけれど、決め手はその「雰囲気」にあったのじゃないかと思う。
野球と違って、サッカーの場合所属するリーグによってレベルや内容が激しく違う(野球は「1位米メジャー2位日本の一軍」とまーはっきりしている)ので、活躍したとしても「その人物の技術レベルだと練習同様の緊張感でしかない」って可能性が常にある(ヨーロッパ組みが一流って根拠)。果たして最高レベルで実力を発揮できるのか(勝負強いか)は本番まで未知数なワケだ(そういった意味でサッカーではW杯が本当のスカウティングの場であり、ここからスターが誕生する)。そうなると監督の代表選びにはかなーり勘ってか、その監督の人を見る目ってのが大事になってきてマスコミの批判は無視するぐらいで丁度良かったりする。
現実これに近い事は、野球の世界大会でも起こった「ソフトバンク松中と、日ハム小笠原」だ。彼らの技術を疑う人いないと思うんだけれど、とにかく世界大会とか(松中にいたってはプレーオフから弱い)大事な試合でプレッシャーがかかると弱い。
彼らもこの前のワールド大会ではそれなりに活躍したんだけれども(そこに辿り付くまで彼らはとても苦しみ、屈辱的な経験をしている)彼らの実力からすると「あんなもんじゃない」事はファンの人なら良くわかると思う。
似てませんか?「ちょっと遠くを見るような視線が」
泳ぐような視線って言えばいいか(それを自覚している小笠原君はひげと目深に被ったヘルメットでその表情を隠している。あのフルスイングはクレバーな彼が編み出した解決法に違いない)。続きを読む
posted by kagewari at 14:09| Comment(0) | TrackBack(1) | 精神分析時事放談

2006年06月13日

終盤に弱いワールドカップの話はともかく

まぁちょっとは触れないといかんか、、
日本は伝統的に終盤に弱い。確か野球の国債試合でも同じだった筈、どのケースも僅差での終盤ってとこから考えると試合中にかなり精神的に緊張していた事を証明しているのと同じだろう、
ミスが多くなるのも疲れが原因と考えるとわかりやすい。
随分前から、日本人には「外国コンプレックスがある」とされてきた。
理由はそれこそ岸田辺りの論文が詳しいけれども、開国までの流れとそれまで鎖国だった事、元から島国で外国=海外である事なんかが関係している。同時に戦後のGHQの存在、映画大国だったところにハリウッド映画とかいろんな分析がある、

この辺全体わかりやすくまとめると、
■『日本一』を最大と考えるベース(共同幻想)がまだ生きている。
となるのじゃないか?
元々日本は中華思想的な大陸の覇権に無関係な場所にあって(島国なので)、情報いいとこ取りの国が本旨。外国人の流入も多く民族は基本的に全員混血の黄色人種という特徴を持つ。ある意味「日本でいいじゃない」な側面があって、そもそも動機形成で『世界一』って概念が別個のものになっている、これ欧州なんかになると「果たして国境ってか隣国は、明解に違う国かってのが曖昧(なもんだから戦争も多い)」、一国主義的な「ポルトガル一」(一瞬なんて読むのか戸惑うね)なーんてモデルは無いだろう、世界一の概念も「前提の想定されている世界の定義」が違ってンじゃないかと思う。

実際世界の国々って人口も経済規模も全然違うので、『国対抗の世界一を決める大会』ってこれ実は凄く不公平なワケだ。
ところが、この不公平な大会で国力に応じて成績が比例するなんて事は起きない、だから面白いんだけれども。事スポーツで考えるなら「対決するのは9人対9人とか11人対11人」なので、国力の違い(人口の多い国が100人出場なんてことにはならないからね)っより、その国柄を代表する人物の指しの対決って側面が大きい。
そんなこんなで各国は、代表選手=象徴化だから、感情移入もバリバリで声援を送る事になる。
ついこないだ野球はどさくさに紛れて(笑)、世界一になった。これみんな薄々「チョーさんがいない事(日本一じゃなくて指揮を取ったのは世界の王)」と「イチロー(最初からメジャー志向)」の存在で勝ったって気がついていたんじゃないか?
イチローの存在は、メジャーリーグって「リーグがあるんだよ」を紹介する事で、世界というより隣の国の面白いプロリーグを紹介した効果が大きい。元から世界の王は世界での評価が高く、なんか最初から『格的に勝っても良さそうな感じ』があった。

実は今回のワールドカップについても似たとこがあって、本来勝ってもおかしくはない。
「ナカタ」と「世界のジーコ」(野球思い出して欲しいけど、決して王は采配において名監督じゃないから)、条件はよく似ている。
今セリエAにしてもプレミアリーグにしてもブンデスリーグにしても「そんなリーグがあるんだよ」的な定着はあるんであって、そうそう緊張するような背景は無くなっている。
ここから考えると、スポーツも文化だから先進国の在り方として、「ちょっと面白いものは普及しているんじゃない?」であったりプロスポーツなんだから「面白きゃプロリーグがあるんじゃない?」の延長にある。プロって事は「人に見せるぐらい上手い人」なのだから、自分達が面白いと見ている国内プロリーグや海外プロリーグで活躍してる選手が出るのだから、「そこそこ勝って当たり前でしょ」と思って不思議ではない。
何故って簡単に負けるのなら「普段プロリーグとして応援しているの俺らは馬鹿なのか?」って落胆になる。(そういう意味では余計にオーストラリアに負けるのはマジィだろ)
これ選手も同じで、けっこう勝ちそうなのだから、さてどうやって勝つとこ見せてやるか?になる。そりゃガチで勝ちたいから戦術考えるのもマジになるし「いいとこ見せたろ」と普段以上のパフォーマンスを発揮してもそれが自然。

なんだけれど、お家芸の「終盤に追いつかれる」⇒「ショックでさらに失点」と大失態を演じた。
※ここは野球のワールドクラシックと同じだよね、
ところが今回は内向的悲劇とは言われない。
「何やってんだよ、バカじゃネーの」な辛辣な批判が起きてる、
これいいきっかけになるかも知れない。野球の場合には日本一的発想の巨人世代ではなく、ロッテ世代の存在が大きく、サッカーでも欧州組みってもレギュラーじゃないんならはロクでもネーだろ的な新しい世代がある(ルマンの松井は何でいないの?)
ここはあれだよ、イチローじゃないが「プロ生活最大の屈辱」とかの表現が欲しいとこだ。
確かに今回の負けでは悲劇報道は無いので、そーーんな雰囲気あるんだろうけれど。
しかしブラジルといい勝負しないと決勝トーナメント進出が厳しいのは「本当に厳しいな(笑」

ってほとんどワールドカップの話か、
posted by kagewari at 22:16| Comment(0) | TrackBack(2) | 精神分析時事放談

2006年06月06日

村上の記者会見は凄かった

ガツンと検察と戦わないとこの国は終わりだと思っていたんだが、それを超える記者会見だった。ほとんど検察相手に(向こうがリークのメディア戦略なら、こっちは記者会見で自首作戦)喧嘩売ったようなもんだ
「肉を切らせて骨を断つ」ってのは、この事か、
大々的に記者会見して自首するって話し自体前代未聞で、その発言内容が痛烈だった
「検察の言い分には疑問もあるが、2年も争うと各方面に迷惑もかかるし弁護士と相談した結果検察の言い分を飲む事にした。」
ここで、検察の言い分がかなり言い掛かりに近いものだと宣言し、

「それは、検察の解釈ではなくて、プロ中のプロを自認する僕がやってはいけないミステイクだからで、この部分は“僕”が悪かった。僕が悪かった。その責任を取って市場のプレーヤーから退場する、」
ある意味、検察にケチをつけられるようなミスをした自分が許せないので退場すると宣言、

「ライブの宮内が言う話を、彼には失礼だが実現性のは無い話だと思ったが、彼がニッポン放送株の話をした時の印象は確かに覚えている」
自分は無罪同然だが、全てこの立件はライブの宮内が検察の都合のいい話をベラベラしゃべったからで(これこの前の公判から考えると、今になって宮内が証言翻す可能性もあるんだが、法廷で彼が証言する前にその様子を詳細話してしまうことで、ある意味「宮内を許さん」という結論を出してしまった)、これは検察の恣意的な「宮内落とし」の結果起きた話だと言い切り、

「一生懸命仕事して、沢山税金納めた人間が評価されない世の中でいいんだろうか?堀江君が僕は好きだし、僕みたいな歳よりは引退しても未練は無いが、堀江君が活躍する事無く今みたいな状態になっている事は日本のためなんだろうか。このままチャンレンジャーが守旧派の圧力で(検察使って)潰される日本が正直嫌になったのでシンガポールに拠点を移した」
これこそ特捜検事部長の決り文句「額に汗して仕事する人間がバカを見る世の中論」を意図的に批判したもので、ほとんど皮肉だと言える。

「本当は阪神には近鉄が、、」
グリーンメーラーとしての批判に対し、最近の敵対的買収は「フジのTOB」「阪急のTOB」等の企業合併を促す行為に「僕はファンドとして力を貸した」って話で暗にニッポン放送株のインサイダー無罪を主張しつつ、グリーンメーラーでは無いことを宣言、

この記者会見で検察による株暴落(村上銘柄)をも阻止した。

今の村上に対する批判としては「もの言う株主として日本の株式会社を変えたい」という姿勢から「1円でも儲ける」って姿勢に転じた部分を変節として取り上げているんだが、これも言葉の裏にある意味を読み切れていない。
ファンドマネージャーとして利益を上げるってのは(自分の金じゃ無いんだから)、買収した会社に利益をきちっと上げさせて株主配当をさせるのか、株価を上げるのかの方法で利益を上げればいいのであって、必ずしも「売り抜け」である必然性は無い。
実際企業買収時に、敵対的買収として買われる側の会社がそれを防衛するのを利用して高値で買い取らせるのなら確かにグリーンメーラーだろうが、その価格が「市場で決まっている」のなら、買収先の既存株主にも利益になっている話で、この株価を利用して新たな資金調達もできる(そもそも市場から資金調達する必要がないのなら株価を公開する必要が無い)。
現実村上が狙った会社「ニッポン放送・阪神」には、元々合併・子会社化の動きが予想されていたのであって、それを企業の力だけでやろうとするのには銀行・証券会社・会社首脳・株主と複雑な利害関係がからみ遅々として進まなかったりする。
機動力のあるファンドが数千億動かすって部分はかえって市場をあるべき方向に動かすのであって(阪急のTOB価格は、村上と関係なく値段がつけられており適正価格であると言えるのに、ニュースのアナウンサーが「村上の逮捕が早ければこんな高額のTOBにならなかったのでは」なんてとんでもない事を言っていた。)、所謂仕手筋がやるように「ゴシップ」「事実に反する風説の流布」「総会屋動員」等によって「会社を食い物にしますよ攻撃」「僕達暴力団です攻撃」で、市場に寄らなくても「高値で買い取らせる」なんて商行為をしているのではない。

村上の動きで、既存の阪神・ニッポン放送株主は利益を得たのであって、その本来なら得られる利益を株主に還元してこなかった「これまでの会社首脳は」職務怠慢だった事になる。
「額に汗して仕事する人間がバカを見させていた」のは、この会社首脳部の事だろ。
そもそも堀江ライブのフジ買収は「明らかに企業価値を高めるためで、売り抜けが狙いでは無かった」。

堀江の今後を見ればわかるとおり、裁判所での発言は随分先になってしまう。
それを見越して村上は「一部容疑を認める」事によって、先手を打った、
堀江にも強烈な援護射撃になったんだが、その記者会見を「特別枠」で生中継したマスコミを見ると、何かを変えたいって動きはマスコミにあるのかな?とも思う。
時代の試行錯誤はまだ続くんだろう。
posted by kagewari at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談

2006年06月01日

IBMはIBMなりにトラブルがあるようで、

メインもモバイルも同じマシンを使って仕事しているので、このノートPCの信頼性ってのが死活問題なんだけれども、毎日持ち歩いているのだからこれまたモバイルとしての性能が落ちるのもこれまた困る。
信頼性がパナのレッツだって事はわかっているんだけれども、毎年新型投入(微妙にバッテリーの互換が効かなかったりもする)って開発姿勢にも困る部分があって、どうにもパナには抵抗がある。
実際信頼性のほとんどをHDを定期的に入れ替えるって方法で担保しているもんだから、これまたHDの換装が容易なモデルが適任ってとこで、これまで「突然死問題ありながらもfiva20x系」⇒「IBMs30」と乗換えてきている。
カシオのfiva自体IBMを参考に開発されているから、やっぱIBMで正解なんだと思うんだが、s30には液晶トラブルの持病がある。
しかしHDがフローティングマウントなので、s30がなんといっても最適な事に違いはない(HD乗換えって面からもXP系の最新型には抵抗あるし、とにかくバッテリー駆動時間で適当なのが無い)、キーボードが又いいんだこれが
かといって上位モデルのX40にも同様の持病があるらしく、これバッカは最初から補修パーツ込みで保守していくのが王道らしい。

「あっ液晶ちらちらしてんじゃん」から始まったトラブルがいい経験になった。
バカ丸出しって言うのか、次から次へと打った対策がハズレで、次から次へと中古のマシンが新品になる現象に、、
ネットのs30関係専門の掲示板上では「インバータの故障」と「フレキシブルケーブル接続不良」が代表的症状として有名である事を再確認、自分のマシンの症状と照らし合わせる。
画面のチラツキ、インバータ部分や背面フレキシブルケーブル部分を押すと点灯。こりゃ間違いないと、IBMに補修パーツ購入FAX送付(IBMは旧モデルでもパーツの単売をしてくれる)、IBMには保守マニュアル(旧モデルでもダウンロード可能)があってここに詳細な分解方法が記載されているんだけど、ここで分解方法確認、他の液晶関係の修理業者の故障と修理のページを再確認、
購入したのは「インバータカード」
こーれでだいじょうぶ、やぁーIBMってのはいいマシンだ、秋葉原に即効で乗換え同型中古を買いに行ったfivaな日々が嘘のようだねぇ
早速インバータ換装
「なんか、真っ暗なんだけど。明らかに悪化してネーかこれ、、」
すわ接続問題かと、フレキケーブルとの接点をグルグル動かしてみる
時々パチッと点灯するじゃないですか、
「ゲッこれフレキじゃん」
なんとなく補修パーツ購入時に「フレキも買おうか」と一瞬思って躊躇した事を思い出しつつも、まー仕方ネーやとフレキ購入FAX送信、

フレキシブルケーブル到着で、自信満々に完全に組み上げてたばこに火をつけつつ余裕しゃくしゃくでスイッチオン
・・・
「あれ、こういうの真っ暗っていうんじゃねー?」
続きを読む
posted by kagewari at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談

2006年05月25日

筑紫の番組かな?アメリカの報道にも動きがあるらしい

昨今日本の報道のワイドショー化(この始まりは「ニュースステーションでしょ」)が随分と問題になっているけれども(反対にワイドショーの報道番組化の方が昨今著しいか)、報道番組では結構硬派だったアメリカでも報道と視聴率の関係が話題になっているらしい。

これ筑紫が何言ってたのか詳細覚えていないんだけれども、だれだったか製作サイドの人間かアンカーマンだったかが「エンターテイメント(ワイドショー化)を意図しているのではない、重要視しているのはインタレストだ」とそれを筑紫が話していたのが耳に入った。
実際アメリカの報道番組って言っても、随分と昔TBSのピーターバラカンの深夜番組で「48hours」とか「60 Minutes」見ていたぐらいで、後はCNNを時々報道番組の中で目にする程度)だけれど、NHK的ニュース番組とは違い「いかにもジャーナリズムだなぁ」って印象がある。
この辺には、『ピュリツァー賞』の存在も大きいんだろうと思う(日本の正力松太郎賞がプロ野球選手の表彰であるのと好対照)。ジャーナリズムを評価し、受賞でもすれば何らかの(ギャランティーにも大きな違いがあるだろう)利益を個人的に獲得するのであって、日本とは逆に「意地でも署名報道」って事になる。「○○○がお伝えしました」って意味は、自分が取材記者であることを同時に意味していて、芸能人のレポーターって意味では無い。
そんなこんなで、報道する側のジャーナリスト魂みたいなもんが醸成されるバックグラウンドがある

日本では通信社やフリージャーナリスト以外で『ピュリツァー賞』意識しているカメラマンや記者はいるんだろうか?(実際元々独立志向がないと「社が受賞」みたいなもんになってしまう)、そもそも三大新聞辺りは単なるエリートコースのひとつに形骸化している側面も大きい、
そんなこんなで「欧米の報道はジャーナリスティックなんだよね」ってイメージのあるところに「視聴率を重視する」って話が上がっているワケだ。
しかし、ワイドショー化を考えているのではなく「インタレスト」だって部分はどういう意味か?
「インタレスト=面白い」
昨今注目されいいるプライヴェートジャーナリズムにも被るんだけれども、社の命令で取材するのではなく着眼として「自分の意思で取材の可否を決める」って部分はそれこそ「インタレスト」に違いない、
恐らくアメリカのジャーナリズムに起きている事の背景に視聴率があるのは事実だけれども、社会的ニーズなんて曖昧で計れないものを持ち出してもしょうがないんであって、結局は個人の趣向(それこそ数字が悪ければクビってだけでさ)で「インタレスト」なるものを判断する事になる。

ここにも、「社会」ってキーワードの崩壊がかかっているのじゃないか?
今欧米では同時並行で宗教に対するタブー視の瓦解が同時に起きている(欧州の「ムハンマド風刺画事件」も、もっぱらキリスト教圏の先進国における「宗教タブー」の瓦解が背景じゃないのか?)。ダヴィンチコードの封切り含めてこれまで憲法まんまだけれども、信教の自由があるんだから個人が宗教をどのように考えようとその表現含めて本来自由であって、その批判は的外れに違いないのだけれども、以前は暗黙の了解というか阿吽の呼吸というか「宗教タブー」は実際にあったのであって、それが民主主義国家の建前どおりに個人の自由の元に判断され時に新しく解釈されていきこれが表現もされるって勢いは確かに「キリスト教圏の共同幻想瓦解」を意味している。
posted by kagewari at 11:52| Comment(0) | TrackBack(2) | 精神分析時事放談

2006年05月09日

地域と集団心理

共同幻想の正当性を醸成するのは多数や代表的権威による地域(集落)の慣習なんだが、文明化によって核家族化と個人の権利と自由が促進されるので相対として共同幻想が崩壊していくのはこれまでの説明どおり

そんな心理的なバックグラウンドで問題になるのは過渡期における「妙な流行現象」だ。
これ熱が冷めると「ありゃなんだったのか?」ぐらいに無自覚で、経済的な流れや広告、メディアによる風説によって「なんとなく発生する」。
大多数は場当たり的で一過性のものなんだけれども、これが恣意的に行われ結果的にとんでも無い事になると自我(責任)問題って事になる。

代表的なのは政治だ、

日本の場合政治といえば=政治家ではない、政策立案はほとんどキャリア官僚の仕事になるので(ここが日本的社会主義と呼ばれる所以)、天下り以外には私利私欲が絡む事はほとんど無い。
『私利私欲』っていうと何か悪い事じゃないか的な見方があるが、こりゃ大いに間違い。
『私利私欲(実は個人主義の重要な要件)』が関係しないなら、こりゃ当事者意識(サービス受給者のニーズに実感が無い)に欠けるし、失敗しても個人的になんら不利益(個人的利益がまったく関係していないので)を感じないのだから、モチベーションとして「それを自分の事のように考えられない」からだ。

さて、精神分析は第三者的な関与が特徴なんだけれども、これは「分析者」であったり「政策的助言」をするのが機能なのだからそれでいい(政治におけるシンクタンクに似ているポジション)んだけれども、政策の実行行為者としても第三者的なのは反対に問題点になる。
昨今の地方分権に対する考え方も「当事者における判断」が重要だと言う考えで、中央集権的な(全然関係無い人が機械的に考えてしまう)政策立案に対する批判から来ているのだけれども、わかりやすく言えば「当事者=私利私欲が関わる」って意味だ。
「地元が栄える事は自分の利益である」
「地元の納税者が期待するサービスは、同時に自分の期待するサービスである」そんな着眼点になる。

ところがこれが常に計算どおりの結果を生むかというと、そうもいかない。(竹下政権下での「ふるさと創生」の大失敗を思い出して欲しい)
集団心理っていうのもは個人で考えなくてもいいって効率性がポイントなんだけれども、伝統や文化には知恵があっても経験の無い政策立案には手段はなんらアイデアを持たない。
ここが重要で、この集団心理が地域で支配的だと、地域には自立的(新規のアイデア)に考えるって機能が存在しない事になってしまう。

皮肉にも集団心理のアンチテーゼは個人主義だから、個別に違う考えをもっていたり異端の存在を由としたりする『弾力性=いいかげんさ』なんてものが無い社会は転換期に没落してしまう(結果的には地域性自体が崩壊する)。
「健全(そんなもんがあるのか無いのかは別にして)な集団心理のためには異端に肝要であること」
つまりさ「集団心理に拘束されない人間が何人いるの?」って話。
果たして現代の地方に、異端である事を由とする野蛮(野生)さってのは存在するのだろうか?
戦国時代なら「とんでもない殿様」とかあり得たんだけれども、一億中流なんて歪んだ開発の結果、なんとなく合わせるって無責任な集団心理は地方でより加速されていいるのじゃないか?
タグ:メンタル
posted by kagewari at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談

2006年05月03日

「堀江釈放」と検察

こりゃえらい事になってきた。
東京地検特捜部と東京地裁の立ち位置の差だ。
そもそも、堀江を逮捕したのは日歯連裏金献金疑惑で、村岡元官房長官を主犯としてデッチ上げ(もうほとんど無罪でしょうこれは)した男で、村岡元官房長官の公判では裁判官が「ひどい目にあっちっちゃて、ご苦労様でした、今日ぐらいはゆっくり桜を見てください」「検察はもっと冤罪に注意するように、なんで橋龍(と○中)をちゃんと調べないの(実は村岡公判が始まってから、形だけ橋龍(と○中)の事情聴取が行われたに過ぎない)、ダメじゃん」とまで言われている。

そんなこんなで、通常は検察に対して否認を続ける堀江が釈放する事は考えられなかったのに異例の釈放となった。
保釈請求に対する検察側の準抗告を退けたのは、

村岡元官房長官に「ご苦労様でした」と次げた『東京地裁:川口政明裁判長』その人である。

今回の釈放について、川口裁判官は「公判前整理手続きを進めるうえで、被告と弁護人の十分な打ち合わせ時間の確保が必要」としているが、結果的に微罪での起訴しかできなかった(本丸と喧伝されていた「マネーロンダリング」「闇の組織?との関係」「脱税」「インサイダー取引」を立件する容疑事実に違法性は無く、捜査は終結している)検察にとっては「今の段階だけでも分が悪い」
背景を知っているマスコミの報道にも「バツの悪さ」があるのか、堀江極悪人報道は影をひそめ、「才能ある人なんだからこれを反省して立派に出直して欲しい」なんてあの当時の偏向報道を知らなかったような調子。
TV報道をチェックしているワケじゃないけれども、ヤメ険のコメンテーターが「取調べに耐えられなくてゲロしますよ」と「あなたは特高警察なのか」と言わんばかりの調子で話していた筈だが、今回の釈放のニュースでゲストとして呼ばれたヤメ険はいたんだろうか?

やれやれえらい事になってきた。

しばらく『東京地裁:川口政明裁判長』この人から目が離せないね。

それはともかく、堀江はどうするんだろう。
徹底抗戦か(報道被害につていも戦うのか)、或いはこんなことに巻き込まれるこの国に幻滅したのか、それこそ闇の(表の?)組織の恐ろしさを知って暫く潜伏するのか。
いろんな意味で、ゴングが鳴ったな
これから面白くなってくるぜ
posted by kagewari at 18:30| Comment(0) | TrackBack(2) | 精神分析時事放談

2006年04月23日

妙な事件が続いている

家庭を持つ男がマンションから幼児を投げ捨てる殺人事件や、大手マスコミ関係者が出会い系サイトを使い少女をAVよろしく連続強姦したり(彼はカメラマンでもあった)、
そもそもマンション耐震性偽造事件の設計士(妻が自殺)にしても、問題が家庭内で起きたのではなく、「耐震性偽造」という社会において起きた。

この関連性に共通するものがある
家庭時代等の過去の脅迫(強迫)により精神的な問題を抱えているにしても、通常内向化傾向による抑圧に起因する精神的な悩みは「表に出るにしても内向き」であって、外からはかわらなかったりした。たとえ外に出ることがあったとしても、そこには明解な投影(自分の子供時代)や、自我の崩壊にもにた衝動としてそれは外に出たのであって、幾分かの自意識の考えの元に社会に対して「いかにも自然であるかのように」それが表に出る(動機形成されていると見た方がいいのじゃないか)ってのは、これまでに見られなかった傾向で、彼らが精神的な問題を抱えているって部分に確証があるのではないが現代の自我と社会の関係を推定する事はできる。

堀江が台頭する時代になってから「漠とした社会の権威性」は地に落ちた。メッキが剥がれたと言ってもいい、
昔なら、絶対的な権力でもあるかのように思われた大企業の主脳が、有能なベンチャーキャピタルに容易に追い詰められ、この対応がまるでなっていない(醜態とも言えるぐらい)有り様なもんだから、余計に(そもそも根拠等無かった)権威の正当性が大暴落した。
この時代に平行して起きた象徴的事件と言えば「国土計画の堤逮捕」であり、「コイズミの自民改革」になる。これ、両方とも旧権威の化けの革を剥がす効果があって、社会等というものが野生に過ぎないかのような現実を突きつけた。
『正に現代社会はフロンティアとなった』

ある意味、「面倒事やヤバイ事をするなら社会へ」
これが合理的になっているのじゃないか?
本気で今、社会は「問題が表面化する前のバッファー(緩衝地帯)」のようになっている気がする。
岸田は「日本における神(欧米的)の概念があるとすれば、それは世間様だろう」と定義したが、今「世間様」等という社会そのものに対する畏敬の念のようなものは、ほぼ完全に消失しているように感じる。

昨今「歩行喫煙の禁止」等、喫煙にまつわる規制が急速に広まっているいるけれども、これもマナーとして(恥ずかしいだろうみたいに)であって、世間様に対する躊躇ではない(この国が「明文法社会にシフトしている」現象)。
日本は元来慣習法によって立つ文明を持っていて、アメリカのような「弁護士だらけで大騒ぎ」みたいな明文法的なくくりが無い(見かけ「順法精神」に欠ける)。なので、慣習法の根拠となる世間様への畏敬がないと、社会に対する自己規制的概念は無力化してしまうのであって、、
『自分の身は自分で守る』みたいな危機意識を持つ事が、不自然じゃ無い時代なのかも知れない。
posted by kagewari at 21:01| Comment(0) | TrackBack(1) | 精神分析時事放談
タグクラウド
QR
住まいの心理学(retour&kagewari)
公開掲示板過去ログ検索ボード
Comments
ここのとこ論議になる事が多い「報道」について考える。
 ⇒ 匿名希望 (02/22)
 ⇒ 匿名希望 (02/15)
 ⇒ 匿名希望 (02/01)
 ⇒ kagewari (01/25)
 ⇒ (2/17削除依頼により編集) (01/25)
HPとかブログ含めて全体のモデファイ始めてます
 ⇒ kagewari (01/03)
 ⇒ 匿名希望 (01/03)
 ⇒ kagewari (01/03)
 ⇒ 匿名希望 (01/02)
カウンセリングと病院の関係
 ⇒ 早恵 (11/12)
 ⇒ kagewari (10/26)
 ⇒ 早恵 (10/25)
暑い夜です
 ⇒ 早恵 (11/09)
テロとの戦い
 ⇒ kagewari (10/25)
 ⇒ 匿名希望 (10/24)
 ⇒ kagewari (10/24)
 ⇒ 匿名希望 (10/23)
バラバラ事件がマスメディアの”ネタ”になっている
 ⇒ kage (01/20)
 ⇒ 佐藤千佳 (01/20)
堀江裁判の続きなんだけれども
 ⇒ kage (11/03)
 ⇒ ゆでた孫 (11/03)
精神分析的視点(5)「出生率低下問題」を考える。
 ⇒ kagewari (09/10)
 ⇒ 得津富男 (09/09)
オルタナティブの前にさらっと前説やっておこうと思う。
 ⇒ kage (12/24)
 ⇒ Momoko (12/24)
ここのとこマシン壊れすぎ
 ⇒ 御案内 (12/14)
search
検索語句

RDF Site Summary
RSS 2.0



wwwSerch Site
TrackBacks
実存主義と精神分析
 ⇒ 思想がたくさんあります (02/17)
メディアリテラシー:Googleがヤバイ事に。。
 ⇒ 大家さんのつぶやき (10/25)
家族社会における心理構造の連鎖
 ⇒ 夜泣きには親にも原因があった−夜泣き (09/07)
 ⇒ 幼児・子育てに成功する方法 (08/27)
モバイルPCをfivaからIBMに乗り換えた
 ⇒ PC組立・パーツ (08/06)
 ⇒ PCパーツのオンライン販売で得する (07/12)
オシムはノムさんか?そして中田引退
 ⇒ 無料データバンク (07/13)
表情ってものを考えてみたい
 ⇒ スポーツ選手名鑑 (06/21)
筑紫の番組かな?アメリカの報道にも動きがあるらしい
 ⇒ 自動車 (06/20)
 ⇒ 出版ドットコム (06/05)
終盤に弱いワールドカップの話はともかく
 ⇒ サッカーワールドカップ2006-FIFAワールドカップ・ドイツ大会特集- (06/19)
 ⇒ サッカーは好きですか? (06/18)
LINK
□心身コンサルテーションHOW's
□ざわ と〜く
□なまずの独り言
□熱狂的マスコミファン
□TBN
□ば○こう○ちの納得いかない
□魚住取材ノートMouRa
■retour&Retour
□etc;;Blog

kagewari01