2006年10月07日

ニュース23のモナ問題って又民主か、

これが大打撃らしい、
衆院神奈川16区大阪9区で補選を控えての、まじぃスキャンダルになった。
確かに、ニュース番組としてはニュース23も打撃だが(既に信用落ちてるとも言えるが)、女性票を集める細野豪志衆院議員の女性スキャンダルであってこれまた

「何故か奥さんが地元で頭下げる」という政治家以外の人間にはちょっと理解しがたい状況が又彼の評判を又下げるという悪循環。
※政調会長代理を10月5日に辞任、

小沢の入院は別段驚かなかったが(この人命かけている雰囲気アリアリなので)、前原全代表の時の側近が又不始末じゃ「前原人脈一掃しておきゃよかった」って評価に繋がっても仕方が無いだろう。つまり民主党若手全体の信用にダメを出したなこれ、
不倫が問題とかなんとかそういう意味じゃ無く、危機管理の意識が低すぎる。
これで、件の永田メールの時から何にも変わっていないってのがバレた
さて、この前原世代は『ブログのコメント欄開放』ってところだけは見るべきところがあった、盟友の長島昭久議員(前原執行部時代の影の内閣防衛大臣)と一緒に永田メール事件の時に”大炎上”したんだがそれでも踏ん張って(この時の対応としては長島議員がぐっと名をあげた)、「ネット=双方向」を唯一実現している稀な政治家だったんだが、

「だったんだが」よ、

永田メール事件の時の炎上は、そのコメントになんとか答えそして耐えて来たってのにだ。

え?モナの不倫騒動は永田メールより重大事件なのか・・・
なんと、この両人このスキャンダル騒動以来示し合わせたようにコメント欄を閉鎖した。
せっかくブログのコメント欄を開放する珍しい政治家だと思っていたのに「モナで閉鎖か」これね〜、そりゃ無いんじゃないかね〜
細野のブログ最後のコメントは9月23日、コメント欄閉鎖についての”コメント”無し。永田メールの時にもその誠実さで評判となった長島は正直な男で、コメント欄閉鎖の”コメント”を残している。
長島昭久 WeBLOG 『翔ぶが如く』
ついにコメント欄閉鎖・・・10月1日
なお、コメントの一部に常軌を逸する表現がふくまれ、これ以上コメント欄を維持することに一日本人として到底堪えられなくなりましたので、誠に残念ながらコメント欄を閉鎖させていただくことと致しました。約1年間、双方向メディアとしてのブログの特性を活かした政治活動を追求してまいりましたが、私自身の力不足もあり、このようなことになってしまったことは甚だ無念です。
ここの「一日本人として到底堪えられなくなりました」で何故か笑ってしまった。続きを読む
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2006年10月02日

堀江裁判の続きなんだけれども

記事の一部を1日にちょっこっと編集した。
松尾邦弘検事総長は、”日経シンポジウム『法化社会の企業責任』”の引用のあたり。
この辺見直していて「ちょっとこりゃ別に書いたほうが良さそうだ」って考えた。

で、こっから続き、
検察首脳は、既存TV局や媒体(の現首脳陣の権益)を守るのが秩序を維持する事だと意図的に捉え(ライブドアは本当にフジテレビが欲しかったのであって最初からグリーンメーラーでもないのに)、市場取引に検察が介入する方法を研究した。
簡単に言えば「どういうシナリオでしょっぴけば有罪になるのか」、
なんか刑事検察の民事介入みたいな雰囲気もするが・・・
そして「国民のコンプライアンス意識、あるいは企業のコンプライアンスの意識が広がり、事件が少なくなっていけば」とコメントしている。
重要なのは「国民や企業のコンプライアンス」とコメントしている部分で、
不十分な法整備があるのなら立法府である国会が新しい法規制を整備すべきって立場である筈。しかもこのシンポジュウムにおける前段(検察が研究始める動機部分)は「企業のM&A防衛策が商法上の特別背任の疑いがあるため」だから、これがどうコンプライアンス(法令損守)にすりかわるのか?
又、このシンポジウムの全体の流れは「日本の司法もアメリカ的になりつつあり」である。ここには小泉改革としての新保守主義的な経済環境に対応しようって意味もあるのだろうし、現実堀江の弁護士も参加し進められている「日本版陪審員制度」と裁判のスピード化も進行中。
しかし、アメリカの司法では「起訴した事件の99.9%が有罪」とか「代用監獄とも呼ばれる長期に渡る取り調べ拘留」なんてものは存在しない(アメリカの場合「法律は大枠」であって詳細は実際の裁判の中で”判例”として積み上げられていく)。
その部分の改革(無罪の事例が増えるとか、長期拘留をしないとか)についてのコメントが無い。
つまり検察も「コンプライアンス意識」を考えなくちゃいかんでしょうって、

無罪の可能性があるからこそ、捜査手法や証拠集めの方法、立件する再の条件等詰めておかなければ検察首脳の判断で「コイツは何が何でも有罪にする」って事例がどんどん増えてくる。
堀江弁護団が「それならば無罪の事例が増えてくるのも妥当」と考えるのは自然だし、テレ朝ニュースでコンテーターのヤメ検堀田が「日本発のアメリカ映画のような法廷劇になる」というのもここから考えると納得がいく。
そして、この検察の「コンプライアンス意識の問題」を追求するため「大鶴基成部長や取り調べ検事ら三検察官の証人申請を求めた」と考えてもいい。
面白いのは今回のライブドア事件の立件手法が宮内・野口に対する司法取引(日本では証拠能力無し)っぽいって部分、確かに司法取引といえばアメリカの司法じゃよくある事だから、全体に流れているのは新保守主義的経済実体に合わせて、司法もアメリカ化しつつあるって考えるとわかりやすい。
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2006年09月30日

堀江の裁判がえらいことになってきた

冷静になって考えると、堀江弁護団が押しに押していて検察の重要な証人宮内が完全にズッコケたワケじゃ無いのだけれども、自殺なのか殺人なのかの疑惑を呼んだ野口と宮内がLDの金を個人的に着服していた事は間違いないようだ。

弁護人「その金でファエラーリ買ったろ」
宮内「買いました」
(同時に起訴されて検察の証人となっている部下にも「フェラーリ」)

着服した金を宮内は「借りた」と言っているようだけれども、こりゃどうにもならんでしょう。
そもそも今回の国策捜査の始まりは、「三井環不当逮捕」事件(それ関係の本を出した出版社の社長まで逮捕拘留されている)であってひょっとすると則定衛検事長の女性スキャンダル辞任辺りからかも知れない。
検察内部には前から「検察の調査費の裏金着服汚職事件(これを内部告発した検事が三井環)」と「京大閥VS現在の原田・松尾派東大閥」って派閥抗争もからんでいる。検察に食い込んでいるパチン○系団体とそのバックの警察系政治家、
ライブドアが金融当局の依頼で買収に動いた武富○がらみの京都駅前再開発不動産のなんちゃらやら、ライブが回収して宮内の社長就任が決まっていた不動産会社の元社長が明らかに怪しい所からのタレコミで覚醒剤容疑で逮捕されている件
(ちなみに村上ファンドの弁護人がこの「則定元検事」。件のインサイダー取引事件も公判では徹底抗戦の方針)
まー関係者や登場人物多すぎで、俯瞰から全体像を見る事はほとんど不可能。。

ただこの間の国策捜査と思われる事件だけに絞ると、ちょっとだけわかりやすい。
「三井環事件(検察内部の裏金を告発した検事逮捕)」
「日歯連でっち上げ事件」
「ライブドア事件」
全て物的証拠に欠け、立件は犯罪者と確定している人物の証言による事(三井検事の立件は暴力団員の証言、日歯連の村岡先生のでっち上げは裏金の授受に直接関わった経理関係者の証言、ライブドアでは明らかに横領を働いている宮内証言)、
マスコミリークによる意図的偏向報道を利用している事、

ここでなんとなく、野口事件の背景も推定できる。
宮内の証言から野口は両者の横領事件の共犯である事がわかる(容疑だけれど)、そして中国にいた宮内は、家宅捜索で携帯を没収された野口と連絡が取れずに大慌てで出張先の中国から帰国する。その後野口は行方不明となり「自殺or他殺」、
その後の検察のコメントは「野口氏の自殺で、捜査が1ヶ月前倒しせざるを得なくなった(急がなければならなくなった)」⇒何がなんでも宮内を落とさなければならなくなり、ってか堀江の立件を部下の証言によって立証するってストーリーは最初から決まっていたって意味か?
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2006年09月13日

意外と盛り上がっていない『総裁選』なんだが、

これ日本の命運決める総裁選になる気がする。
それだけ小泉って男の勝負勘は「切れている」って事だったのだろう。
流石に韓国で映画『日本沈没』が興行成績1位となり、その理由が「日本が沈没するところをみたいから」って話には笑ったが、そうそう冗談では言っていられない話もある。
■「韓国、A級戦犯分祀でも靖国参拝容認せず」
韓国の聯合ニュースは16日、小泉純一郎首相ら日本の政治家の靖国神社参拝問題について、A級戦犯が分祀されても参拝は容認できず、問題解決とはならないとの考えを韓国政府が内部で確認したと伝えた。
韓国政府は15日の小泉首相の靖国参拝に対し「A級戦犯が合祀されている靖国神社」との表現で非難したが、今後は分祀問題よりも首相ら政治指導者の歴史認識の改善が最重要との方針で対応する姿勢を示したといえそうだ。
(日本経済新聞)

そして、麻生が提唱し、谷崎あたりも賛成している「靖国特殊法人化案=A級戦犯分祀案」には
■「A級戦犯分祀は税金で靖国神社救済するため」?
「軍国主義の灯を消すな」必死にあがく靖国神社
日本の知識人の中には「靖国国立化(非宗教法人化→特殊法人化)」論議をこんな見方で解釈する人がいる。「A級戦犯分祀」は事実上、靖国神社を国民の税金で救済するための論議だという見方だ。国粋主義的なカラーの強い麻生太郎外相や、安倍晋三官房長官の側近中の側近・中川秀直政調会長が主導している。
実際、靖国神社の国立化は1970年代初盤、「軍国主義回帰」という野党の反発に押され挫折した日本国粋主義陣営の長年の念願だ。野党・民主党の鳩山由紀夫幹事長は11日、「国家神道的で歴史に逆行する発想」と批判した。
(朝鮮日報)

実際中国にしても韓国にしても、このへんの「反日ムーブメント」の始まりは日本の左翼によるプロパガンダも大きい。皮肉な事に「盧溝橋事件」じゃないけれども、贔屓の引き倒しってか(ま〜元々日本の左翼にしても本気で中国韓国の国益を考えてる連中がいるとも思えないが)、そもそも中国・韓国の世論が反日で感情的になる事は彼らの国益を損なうだけで、何ら得るものが無い。
歴史的に日本が侵略戦争を仕掛けたって部分には、日本の右ウイングですら異論無いワケで、日本は結果負けたのであって(アメリカにだが)あの戦争自体を容認できない失敗であったとの歴史認識も強い。
『ヒロシマ・ナガサキ』の衝撃と『東京無差別大空襲』は日本を焦土と化し、その後GHQ占領軍の統治下でほとんど植民地みたいな状態も経験しているのであって、韓国中国に負けないぐらい我が方も戦禍にあったのである。
ところがこの国は世界で一番親米、
そしてそれは日本の国益でもあった。
つまり、マッカーサーを容認する事は歴史的にも戦前を誤りと認識しての大転換であり、民主国家で且つ平和国家であリ続ける事が世界に対する責任の取り方でもあった。
この間日本は膨大な海外への開発援助を行い、「この国は戦争に懲りている」という認識を疑う人はいないだろう。
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2006年09月04日

『戦争論』

イスラエルのレバノン侵攻がようやく終結の方向にある
国連レバノン暫定軍(UNIFIL)の主力となるイタリア軍がレバノンに到着した
なんといってもこのレバノン侵攻が「よくわからない紛争の典型」で、なんとなくイスラエルにおけるパレスチナ問題と同じ話かと思うと、これが全然違うワケ

元をただせばレバノンって国が、国としてどうなのってぐらいモザイク国家で(スンニ派・シーア派・キリスト教系)実質レバノン国軍ってのがそれぞれの地域宗派に属していて国軍の体を成していなく、元からがシリアの一部(から独立したのがレバノン)だったもんだから、シリア軍が侵攻したりイスラエルが侵攻したりと紛争が絶える事が無い。
イスラエル国内の印象だと、昔パレスチナゲリラだった時代のPLO追放作戦と今回のヒズボラ(ヒズブッラー)追放作戦は同じ様な目線なのだろうけれども、そもそもヒズボラは「親シリア・親イラン」のイスラム原理主義的革命を考えてるレバノンの組織で、確かにアンチシオニズムの延長でイスラエルにテロ攻撃を仕掛けている事には違いが無いが、大儀と言う点でパレスチナのハマスやファタハ(PLOの最大組織)あたりとは大きく意味合いが違う。

実際今回の紛争でヒズボラが打ち込んだイスラエルへのロケット攻撃の結果、イスラエルでも多数の死者が出ているが、死者の半分は「パレスチナ人」だからだ。
http://palestine-heiwa.org/note2/200608071629.htm

こうなると余計にワケがわからない
そもそもイスラエルのレバノン侵攻に口実を与えた、「イスラエル兵2名の拉致」に関しては、結構レバノン内からも批判があって、ヒズボラの指導者ナスララ師は「あれは誤算だった(イスラエルの出方を読み違えた)」と、今回の紛争がヒズボラも望んでいなかったとインタビューで答えている。
で、イスラエルの軍事侵攻は成功したの?
これがイスラエル国内では「敗戦認識」が非常に強く、オルメルト首相の辞任・ハルツ軍参謀総長辞任を求める声が広がり、イスラエル政府の政権担当能力まで怪しくなっている始末。

裏話としては、これまで世界で最も優秀な情報機関として知られるイスラエルの「モサド」が、ヒズボラとの諜報戦で完全に遅れを取った(大規模攻撃したワリにヒズボラの要人等をまるで捕捉できていなかった)事も話題になっていて、
http://www.janjan.jp/world/0608/0608249998/1.php
極端に言えば、中東でのイスラエルの軍事的優位は大きく後退した。

レバノン側で民間人を中心に1000人以上が死亡、イスラエル側でも民間人を含む100人以上(200人近く)の死者が出たってのに双方が「失敗だった」と、
この人たちは一体何がしたかったのか?

そもそも戦争等というものは、外交上のオプションとしてはナンセンスの代表みたいなもんなんだが、各々の組織防衛(存在意義)が根拠にからむとナンセンスすら超越して何が何だかワケのわからないものになる。
実際戦争の正体がそういった「ワケのわからないもの」なんだろうから、今更の感もあるけれど、ちょっとこの辺考えてみたい。

近代国家なるものが成立する以前の紛争って言えば、簡単に言えば「大地主の領地争い」でしか無く、兵士もほとんどが傭兵であって「戦争」と呼ぶには随分と小規模だったし補給路から考えても「滅多にマジに戦わなかった」。
ほとんどが、双方陣形を組んでにらみ合い「話し合って和平交渉開始」といった具合
日本なんかでも、織田信長がやたらと突出しているのは「マジに戦う人」だったからで、当時だって「え?死人が出るの」な勢いなんだし
世界に衝撃を与えるのは第一次世界大戦から、
国と国が総力戦を行い、徴兵制で兵士が借り出されるなんてーな大殺戮に繋がる近代戦争なるものがこの時以来

つまり、我々が知っている「いかにも戦争」な戦争が始まったのは、歴史的にもつい最近からの話で、決して国家における普遍的な原則でも無いし、ベトナム戦争以来「国内で反戦運動が起きる」事が戦争遂行に大きな影響力を持つため政府は世論調査を横目に作戦行動の立案を行うことも常識になった。
ヒロシマ・ナガサキで第二次世界大戦の方が強い印象をを持つが、社会的には第一次世界大戦とベトナム戦争がターニングポイントであるような気がする。
実際戦争後遺症と呼ばれるPTSDの症例も第一次世界大戦以降に始まった話で、軍事的にも飛行機や戦闘車両の登場、大殺戮に繋がる転換期だったのが第一次世界大戦になる。

事心理学的には、とてもわかりやすい話
中世では傭兵、現代社会では職業軍人にとって戦争は仕事であって経験から、後が起きてからの戦闘行為の内容はある程度織り込まれている。
事実上戦闘が始まってからの徴兵や志願兵では、仕事としても無理がある状況でもあり、現代の戦争の実体は「職業軍人と地域紛争」が主たる内容となった。
そもそも近代国家と国家の正面衝突はヒロシマ・ナガサキ以来事実上在り得ないし、あったとしても「6年戦争」のような総力戦はちょっと考えられない。
極端に言えば「大地主の領地争いという基本に戻った」とも言える。
だからこそ、大義名分は大幅に後退し「近代兵器による大喧嘩」としての側面や、国際法上非合法な戦闘集団に国軍が「警察行為的に戦う」という構図になっている。
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2006年08月21日

例の『SAD』のCMありゃ大問題だぜ

あのCM見て、なんか嫌な感じしている人多いと思うけれど、「妙な公共広告だな」と思って調べてみた。
公共広告かと思ったのはとんでもない勘違いで、これ製薬会社がスポンサーのよくわからん団体の営利目的のCMだって事がわかった。こりゃ大問題でしょう、あのCMの演出は明らかに「公共広告のパクリ」だし、しかもキャッチコピーは「SADの可能性があります治療できます(当然投薬)」。
ここのブログで何度も説明しているけれども、心因性の悩みっていうのは広義で言えば『神経症』であって、狭義であっても『自律神経失調・躁鬱傾向・人格障害・分裂傾向』って大まかな分類があれば十分で、それさえ「診断する側の診療方針の標準化や均一化」のためでこれってもっぱら投薬する時の処方箋のためにあるようなもので、精神分析的には「ほとんど意味がない」。

「心臓が止まったので:心不全」とか、「本来なら特定の原因因子があるだろうに:風邪ですね」とか、そもそも病名ってのは診断する側の技術的分類で「そんな名前の“病気”が実際あるのでは無い」。
それだけでなく、投薬のほとんどのケースは(解毒剤とか血清とかワクチン、抗生物質等の所謂「特効薬」)「不快な症状を抑える対処療法」で、これまた不快な症状には「自己治癒のための免疫系の反応」まで含まれてしまうので(特に有名なのは風邪薬で、あれは免疫系の反応による「咳痰鼻づまり」を“抑えて”しまったり、ウイルスの増殖を阻むための「発熱」を“解熱”してしまったりする)、程度問題でそもそも本来治癒のための薬じゃなかったりするので、症状が緩和したのを治ったと勘違いすると余計に悪化する事もあるのはご存知のとおり(幼児等一時症状を安定させて体力の回復を待って体内反応としての自己治癒を促すのが本来の目的)。

病気の概念にしても、同様で「ナントカ病」とかの分類も主に症例による分類に過ぎなく、全ての病名に「ナントカ病菌」なんて原型があるのではない。特に心因性のものについては遺伝性のものやアレルギー性のもの以外はほとんど「厳密に言えば病気ではない」。しかし社会的な無理解(理解できたら心理学の専門家になってしまう)のため不当な扱いをうけるとこれまた問題なので、簡単に説明がつくように「鬱病です」等のキーワードが必要なんであって、そういう病因因子は存在しない。
心因性の悩みは、病気と言うよりもどちらかと言えば「骨折」とか「椎間板ヘルニア」とかの障害に近い。当然障害があるのだから、会社を休職したり或いは退職し回復を待つという意味の生活保護の適応等は必要であって「病気じゃ無いならナマケ者か」なんてナンセンスな論議は、既に一般的でさえ無い。

これもPCのソフトで考えれば一番わかりやすい
バグはウイルス感染によるトラブルではないが、「バグがありますよ」ってのをソフトに理解の無い人(会社や家族等その他大勢)に説明する上で「○病なんです」と説明する方が早いってだけ。
そして、バグの治療をまかされている組織の一つに病院があるのであって、事病院ってとこは「病気じゃないと患者として取り扱わない」のだから、何が何でも病名をつけなきゃならない(そうじゃないと「健康です帰ってくれ」と言わなきゃならない)。
しかもロジカルなテーマに属する心因性の問題を投薬でどうにかするって事はナンセンスで、本来「これは対処療法で症状を抑えているだけです、心因性の問題が発生したこころの問題は専門外ですからカウンセラーが対処します」とかのインフォームドコンセントが必要になる。
ところが、医学部サイド(理系)では心理学的文型分野が実証面で馴染まないため、ロジカルなテーマにパッチをあてる的なフィードバックを行うプロセスは存在しない。
対処療法が原則であるのだから、症状に悩む人を徹底的に検査して、特有の傾向が無いか調べる事が優先される、

ここに結果として「脳内情報伝達物質のバランスが崩れていますね」と、
そんなもんね、極度の緊張状態などの非現実的な精神的なストレス環境に長くいる人の脳内情報伝達物質のバランスが崩れているのは「当たり前だろーが」。暴飲暴食の結果高血圧で悩んでいる人に「太っているのが原因です」と言っているのと同じだろう、じゃ「痩せ薬(なんてないけど)」、違う違う原因は『暴飲暴食』でしょうが。
糖尿病なんかの生活習慣病とほとんど同じような日常生活に関するケアを必要とする話だってのに、これがなんで「投薬主義」なのか?

なんとだね、このSADのCMやらかしている製薬会社のサイト上に明解に記載があるんだなこれが、
「社会不安障害(SAD)がどうして起こるのか?残念ながら、その原因はまだはっきりとは分かっていません。」
オイオイ、わかってネーのかよっ
これで、SSRIでのセロトニンの再取り込み阻害なんてな本来脳内で起きている生理現象を対処療法で「形だけバランスとる」なんて行為には危険が伴うのは当たり前だし、他にも精神系の薬ってのは「ほとんど覚せい剤」も多く、薬を抜く時にも半減期に合わせて離脱症状(簡単に言えば「禁断症状」)を考えなくちゃいかんって事はある意味「中毒になる可能性を示唆している」のであってさ。
簡単に言えばメンタルへルス系の薬には「副作用の無いものが無いぐらいリスクが高い」、
そんな診療行為を「原因もわからずに治療と称して、製薬会社が売りまくっている」ってのはどうなのよ、しかも気味の悪いCM(あれは実際不安を抱えて悩んでいる人を傷つける内容だと俺は思う)流して『煽っている』んだぜ、
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タグ:メンタル
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2006年08月14日

世間の熱が冷めた頃なので、今ごろ亀田問題を社会問題として考えてみる

なんと言っても事実関係についてはジャーナリストの『勝谷誠彦の××な日々』が詳しい。フジTVが○○団との関連でPRIDE関係者の出演を一切禁止し中継の契約を解除したいきさつをなぞらえて、大丈夫かおいTBSってな論調だ、
http://www.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=31174&log=200608
プロスポーツでも、○百長の無い聖域のような伝統を誇ってきたボクシング界もあの日に終わったと言ってもいい。
実際のところ協栄ジムに亀田三兄弟の興行権兼所属が「グリーンツダジムから3000万で競売」によって売り渡されるって話自体が、一体何が起こったの?なんだけれども、実際シナリオを書いているのは、TBSスポーツ局の菊池伸之プロデューサーなんだろう。

asahi.comの2006年8月11日の記事によると=======================================

ボクシングの試合は、所属ジムによって放送するテレビ局が決まる慣例がある。
興毅選手が所属していた関西のジムとTBSは付き合いがなかったため、関係
が深い東京の協栄ジムを通じて交渉。04年3月、第2戦を深夜に首都圏のみ
で放送することに成功した。その後、興毅選手は同ジムに移籍することになる。

TBSスポーツ局の菊池伸之プロデューサーは「ただのボクサーではこの視聴率
は出ない。亀田家の人間的な魅力が支持されているのだと思う。
とっぴなパフォーマンスも、彼ら自身が注目されてなんぼ、と意識してやって
いる。テレビの演出ではない」と語る。

TBSは今月20日に大毅選手の試合を放送する。興毅選手の初防衛戦を、大み
そかの紅白歌合戦にぶつけるのでは、といった憶測も飛び交う。前代未聞の騒
動となったが、「一般的には印象が悪かったことは確か。でも、テレビ局が判定
を左右することなどあり得ない。今後も亀田一家を応援していく」と
菊池プロデューサーは断言する。


==============================================================================

で、上記の紅白歌合戦での話を耳にしてカチンときたNHKは、あの世界戦の終了直後に「焼け跡から生まれたチャンピオン〜ボクシング 白井義男とカーン〜」を放送した。
わかりやすく言えば、○百長批判というか、ボクシングという歴史あるスポーツに対する侮辱と考え、これに反論する形での放映だったんだろう。

そもそも世界戦の前から紅白歌合戦裏番組での『チャンピオンとしての防衛戦』が事前に計画されえるのだから、推して知るべしだ。
そこに疑惑の判定と聞いて、ボクシングファンなら知らない人のいない協栄ジム、
あからさまな○百長は無かったのかもしれないが、それに人の心が糾合する紙幣がいろんなところでいろんな意味で飛んだだろうし、
あれだけ建設的な批判(決して中傷では無かった)具志堅氏は圧力がかかったのか「ノーコメント」だった。
それこそアメリカでタイトルマッチと言えばラスベガスなんだし、興行=ショーとしての側面がボクシングにも伝統的にあるのは事実なんだろう。

しかし、日本の国民性はこういった演出を嫌う、
視聴者としてバカにされた気分になるからだ(そんな事で喜ぶのだろうと思われている事に)、ショーとして確立しているプロレスを見てもわかる。随分と日本のプロレスは元々リアリティー重視で、アメリカで行われている演出は「笑うぐらいに極端で」どうにも日本人の感覚としてはついていけないものがある。
なので、日本ではプロレスでさえも時折「ほとんど本気の試合」すら存在した、
だからこそ、ボクシング等というストイックなリアルスポーツに求める公正さには、一種独特のものがあった。
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posted by kagewari at 01:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談

2006年08月13日

IBMs30のHDを換装した

換装したっても、元々がHDは換装されているので、4200回転から5400回転への換装って事になる。最初のHDはfivaで換装済みだったTravelstar 4K40、信頼性を考えてあえて4200回転のを使ってた。
実はfivaのオリジナルのHDが飛んだ(例の「カチンカチン音」とともに)後に、せっかくだからと一時期5400回転のTravelstar 80GNに換装した事がある。
この時は80GNの個体も悪かったんだろうけれども、パームレストの下にHDを格納するfivaだと、どえらい振動で(手に痺れが残るほど)、その後「カチンカチン」が発生。
この時にはありがたい事に一発で壊れなかったので、やっぱ信頼性でと4200回転の4K40にしたわけだ。
fivaで既にwin2000になってたので、IBMs30への換装の時には以下のレジストリ編集で解決、ドライバは後から突っ込んだ

http://support.microsoft.com/default.aspx?scid=kb;ja;822052
(Windows 2000 におけるエラー メッセージ "STOP 0x0000007B" のトラブルシューティング)

こりゃ別件だけれども、その「80GN」意外と壊れない(笑
時々「カチンカチン」で動作不能になるんだか、一発引っ叩くと再び作動。「こりゃどっか可動部分のガタツキなんだろな」らしく、己の振動も手伝って壊れたようだ。考えてみれば振動ってのはテンションかけると共振呼んで増幅したりするから、fivaの固定方式(片側2本のビスに固定用のフレーム方式)と相性が悪かったのかも知れない。
ちなみにs30は日本IBM独自開発のせいか、IBMには珍しく(通常だとネジ一本でHDケースがストンと外れる)キーボードを外さないと交換できないんだけれど、この当時から「フローティングマウント」って画期的なもので(最新のX60sで復活したらしい)、使用中にHDの振動を感じる事は無い。

話は戻るけれども、
そんなこんなで暫く5400回転の2.5inHDには静観状態で、HDのスペック的な対衝撃性能では1.8inがダントツだったので、マウント改造してでもTravelstar C4K60なんかも面白いと考えていた(IDEコネクタモデルがある)。
そーんなおりもおり5K160って垂直磁気記録方式の最新モデルが登場して、5K100が大幅に価格下がってる事を発見。IBMのX60のデフォが5K100らしいので「こりゃ5400回転採用のチャンスかな」と、
5K100には24時間駆動のサーバーモデルE5K100もある事だし、信頼性もけっこうありそうってとこで5K100への換装を決断。

ちなみに5K160は今秋葉のほとんどの店で売り切れ中(まだ40Gモデルは店頭には並んでいない)。s30にはスペック的な限界あるのでパフォーマンスの向上考えると将来的には5K160化の予定。店頭で新しいマシンはどうなのってX60見てみたけれどもX40とほとんど同じで、どーもパームレストやキーボード周りがチープ過ぎて触手が動かない。まだ暫くs30でいけそうだ、画像編集ソフトの一部の処理以外は仕事上s30のスペックで困る事は全く無い。

で、早速5K100にHDを換装した。
何せ非力なマシンをギリギリまで使っているので、ソフトのインストールだけでなく各種設定やるのも大仕事だし、OSやソフト関係のアップデートパッチもあてまくらねばならない。とてもじゃないがまともにOSインストールして環境を以降するなんてのは面倒だ、
IBMにはこれをスムースにやる(HDをまんまバックアップして復旧させる)ソフトがフリーでダウンロードできる『Rescue and Recovery』。
http://www-06.ibm.com/jp/domino05/pc/download/download.nsf/jtechinfo/TVAN-RNRDL

なーーんだけれども、一度バックアップしてから起動先をバックアップ側にして換装したHDに復元するって方法なので、ちと面倒かにゃと・・・
なんつっても仕事でモバイルノートをメインマシン使っている関係上バックアップするにせよHDのクラッシュだけは避けなければならないので、これに備えて1年周期ぐらいでHDは換装したいところだ。
「コピーソフトを買いましょう」とこいつに決定『CopyDrive』パーティション操作ソフト同梱のプロモデルがお買い得。
これが使える、外付けHDにまんま「ガボッとOSごとコピーできる」。
USB2.0の無いs30だと、IEEEの外付けHDケースが欲しいとこなんだけれも「チト高い(笑」、ままよとUSB1.1接続でやりましょう(本当はIEEEでも使用可能なケースだと勘違いしてUSB2.0のケースを買ってしまったのだ、、ハハっっ)。

ぶっちゃけ「20GのHD(DATAは15Gぐらい)を、コピーするのに5時間」。
夜仕掛けて、朝起きたらコピーは完了しているって感じか、
これは便利だ!

HDを換装したってのに「ある意味何にも感じないぞ」、4200から5400になったので「朝起きたらマシンのパフォーマンスが向上していた」な感じ、
んで「5K100はどうなの」っていうと、振動的にも音的にも静かでなかなかいいですよこれは、5K160への換装の前にもう一度5K100でもいいかもって思う(5K160の40Gモデルの価格はわからないんだけれども、今の価格だと5K100が2台買えそう)。
「今ごろ5400か」って言われそうだが、何せ用途が用途だからそこは慎重にいかなあかんわけで、信頼性から考えると一世代前ぐらいがちょうどいい。

B0009RPYZKHD革命/CopyDrive Ver.2 Pro 製品版
アーク情報システム 2005-06-10

by G-Tools

※CopyDriveが原因なのか、換装後に「仮想メモリが60Mになっちゃってた」。しかもシステムのプロパティ詳細パフォーマンスオプション操作しても数値は60Mのまま。これは一度60Mに設定を変更する操作をしてから再起動して、改めてパフォーマンスオプションから「382M−764M」へ修正できた。
posted by kagewari at 05:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談

2006年08月08日

家族社会における心理構造の連鎖

“エディプスコンプレックス”
その名のとおり最初の発見は『ギリシャ神話オイデェプス王』から引用された「男の子が普遍的に持つ父親の象徴との関係」だった。女の子の心理的葛藤も、基本的にはこのエディプスコンプレックスを基本に考えられている(エクストラコンプレックスと表現されるのは稀)。
早い話、心理的な悩みの構造と家族社会は不可分の関係にある。
ここを短絡的に考えてしまうと「鬱などの心理的な悩みの原因は親だ」となるが、これは完全な間違い。
極端に認知を進めるときに、同様の考え方から入るのはアリなんだが、学問的には正確ではない。
ここのところの話も実にわかりにくくて、簡単に言葉にはできないのだけれども、順を追ってここを説明してみよう。

自我の中で脅迫(強迫)的ストレスとなる無意識下のイメージは「象徴的な権威」であったり「象徴的な正当性」のようなもので、このモデルが「ほとんどのケースで両親のどちらか乃至両者である」となるんであって、一次的かつダイレクトな関係ではない。
『幼児のデフォルメ』ってものは、子供時代に遊んだ公園が大人になって訪れると妙に小さな公園だったりするアレで、そりゃ当然『幼児』って、人類の標準から見るとやたらに幼児自体の存在が特異(人類の進化で起きた未熟児出産⇒「幼児化」を発端とするネオテニー)なのであって、本質的に極端な存在は幼児の側にある。
幼児のファンダメンタルに「夜泣き的不安」が普遍であるの事がそもそもの前提である事を忘れちゃいけない。

つまり「幼児と親」という、極めて特異な“社会性”が「ひとつ間違うと大きな葛藤要因になる」原因だと言ってもいい。

実際の葛藤構造の流れは
「自我構造=言語的未熟さ」は、両親の置かれている現実についてそのまんま認知する事が事実上不可能である。両親も個別に個人としての人生を生きているのであって、その人生の中で感じられるストレスを家庭内でどう位置付けるのかについて自分の力だけで考える事が出来ないケースがある。
この時両親の振る舞いは、幼児にとって「ただ不可解」なだけである。
※一般的なイメージの「幼児に対峙する親イメージ」が、笑うぐらいステレオタイプで、まるで自分の個人的本音が一切無いかのような滑稽なものである事を思い出して欲しい。「はーーいママでちゅよ〜」と言葉を発する人物が、本来多重債務に苦しんでる事等どうやっても合理的に関連付ける事は自我には不可能だ。
実は幼児は人間としての自我が未発達であるだけで、類人猿としての感受性は大人と大きく変わらないので、親が(たとえ言葉がわからなくても)「実は私ね」と自分の個人的な気持ちを吐露すれば「幼児はそれは何か自分なりに考える」のであって、その判断を幼児に任せればほとんど問題は起きない。
心理的な問題への関与で最も代表的な行動は『隠蔽』である。

しかし親は、育児イメージからまるで自分の個人的な思いは幼児に対して表現してはいけない(まるで幸せで何の問題も無いやさしい人物であろうとする)と思ってしまうケースが多いため、個人的な問題を余計にわかりにくい形で表現してしまう。
「失言」や「感情的破綻」だ。
ついさっきまでやさしかった母親(実は欺瞞)が、「うるさい黙ってなさい(借金の返済の考え事をしている)」と怒鳴ったとする。幼児は今起きた現実を自力で合理的に考えなくちゃいけない。
そ も そ も が
言語の未発達で、事情がわからないだろうって与件から、親は幼児語を話し且つ深刻な問題を隠蔽しているってのにそうすればそうするほど、幼児は「自分ひとりの力で消費者金融とは何か」を調査した上で認識しなくちゃいけないわけだ。
んな事絶対不可能なので、
「一体何が起きたのか」という獏とした不安に繋がる
不安は強烈な心理的ストレスなので、早急にこれを「解決可能な具体的恐怖」であったり「修正すべき教訓」に処理したいという欲求が生まれる。
「自分が何か“悪い”事をしたのだろうか?」或いは「この人は可哀想で自分が助けてあげなくてはいけないんだ」とか、
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posted by kagewari at 09:13| Comment(0) | TrackBack(2) | 精神分析時事放談

2006年07月27日

事件性について考えてみる

本当はこう言う話は誤解を生むのであまり話したくない部分もあるんだけれども、内容が内容だけにどういうことなのかって検証は必要だろう。
つまり、精神的な脅迫(強迫)構造が関係していると思われる「家庭内殺人事件」に対してだ。
本来精神的な悩みを持つタイプの人格構造の犯罪発生率は、総合的な犯罪発生率より低く犯罪や事件性は精神的な悩みに直接関わるものでも無い。
ただ、事件性のあるケースは報道内容等から若干でもパーソナルな情報が表に出てきたりTVメディアなんかでもどこから連れてきたのか「犯罪心理学専門家」なるコメンテーターも盛んに登場する。さながら番組内で「事件の真相は」=「被告・容疑者の深層心理は」なんて話になる事も多い。

最初に「そもそも事件性」というものを整理しておきたい。
個人的主観だが「刑法39条(神喪失者の行為は罰しない・心神耗弱者の行為はその刑を減軽する)」には反対であり、少年法についても同様の考えを持っている。結果責任や当事者認定は当該者にとって最も重要な「権利」であって、これを「何人も侵害(「当事者責任無し」等という)する権限を持たない」という考えから、
そこを前提に後述を読んでもらいたい。

事件性には法的なものと、普遍的なものの二種類あるだろう
名文法文化において、その法律は立法・司法・行政当事者それぞれが機能して成立してる『時限的合意形成』なので、普遍性は無い。むしろ「量刑に対する取り決め」と考えておけばいいだろう。
重要な部分は普遍的事件性になる、
人類の性善説とか性悪説って論法から考えてみると
まず「んなもんナンセンス(笑」
この世に善も悪も無い、神様が「これとこれが善デース!」とでも絶叫するなら有り得るかもだが、そういった絶叫を俺は聞いた事が無い。この辺は仏教思想(非宗教的な)なんかにも同じような考えがあって、実存主義哲学の同じ流れ。
そもそも「善と悪を判断する当事者とその正当性を普遍的に担保する根拠」ってなものを定義する事は不可能だからだ。

だとすると、普遍的な事件性ってのは「不自然な現象に対する謎の動機形成」と言うことになる。
何故なら自然(妥当)な動機形成に基づく行動なら事件性が無い事になるからだ。
ってことは、確信犯的な(商売ととしての)犯罪を除く『事件性』とは、何らかの精神的な問題に起因している事になる。
間違っちゃいかんのは、精神的な脅迫構造は全人類に普遍なもので、そこに程度の度合いがあるだけ、
フロイド発見のエディプス・コンプレックスは普遍的な概念であって、個別事例の話ではない。
この脅迫構造をどんな概念でバランスさせるのかって世界観(や『共同幻想』)で各種文明や文化があるのだから、
さて、そうなるとこの事件性はどんな分野に関わるものなんだろうか?
一般に脅迫(強迫)構造は『被(こうむる)』という受身の形を持つ(これが精神的な悩みを持つ人の犯罪発生率が低い理由=内向化だ)ので、能動的(加害)な行為になる事件性についての動機形成は「何らかの反動形成の結果」を見るべきで、「一義的な動機ではない(本旨ではない)」事になる。何故なら内向性と能動性は対立概念だから。

そんな背景でも何故事件は起きるのか?
事件性の典型例は「戦争や革命」だろう、ここに共通するのは「現状に対する拒絶」だ、受け入れがたい現状を自分なりに考える現実の世界から見て「大事にするべきものっていうより、個人的には迷惑である」って感覚になる。
これはとても説明の難しいもので、
本人の感じる現実感が内向的傾向で偏っている時(偏りがないと「葛藤を無意識に抑圧する事はできない」)、構造的に現状に対する「敬意」のようなものは後退する。わかりやすくいえば「どうでもいいもの」、
実際こういう構造自体は何ら事件性に関係無い、
現実を拒絶し、批判的(実は自分自身の実存を批判している)に内向化する結果になるからだ。
この時、膨張する無意識の抑圧が大きすぎると(葛藤の内容的に)このストレスの代謝を仕事にする自意識は「社会や現状に対して批判する自意識単体が“そのストレス代謝的動機形成”を肯定的に過大評価する事がある」、
つまり、「抑圧が浅い(抑圧構造の安定感が弱い)」ため、感じるストレスもダイレクトに近く、薄々自意識にもその内容に自覚があるため、これから距離を置くために極端に「内省的思考を避け、外に問題がある事を証明するために事件性が必要になる」と言えばいいか。
不条理な話になるんだけれども、事件性で補完しないとリアリティー(現実らしさ)が担保出来ない。
そうなると、構造的に事件性そのものがストレス代謝の対象となり、基本的にこのストレスに従属的(構造的に抵抗力が弱い)な自意識にはこれを覆すロジックを「想像できなくなる」。
問題の外部化によって、偏った人格構造と現実をバランスさせて「実存その物を肯定しようという試み」と、見てもいい。

能動性はモチベーションによって引き起こされるのだから、これが自発的なら(人の欲なんてたいしたもんじゃないので)ここに事件性は結びつかない。つまり、一般的に先進的な悩みを持つ人は「パーソナルに悩む」んであって、事件性とは無縁だ。
しかし、このモチベーションが「構造的」だと、その中心(当事者)を自分ではなく「社会として」発現する、
言葉として壊れてしまうんだけれども「社会的モチベーション」、
これが可能なのも、自意識を従属させ葛藤要因を無意識に追いやる原動力が「道徳の形である」部分が関わっている。
つまり、個人的(個性的)自立性を従属させる事ができる概念は「公共的」であり、必然として道徳的形(フロイドで言うなら『超自我』)となる。
皮肉な事に「家族内殺人事件」の構造は、パーソナルな動機形成というより「家族という小社会の、社会性を動機として起きる」。
それは、現代社会において「既に家庭はパーソナルな単位ではない」証明なのだろう。

『道徳的形』であるからこそ、容易に犯罪のハードルを越えてしまうのだ、
posted by kagewari at 05:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談
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