2016年09月22日

「面白さ」と”甲斐”や”鬱”

それは同時に”賭け論”なのかも知れません。
(ちなみに『共同幻想』論的な”甲斐”は次回記事化の予定)
原則論的な意味の”甲斐”ってのは、つまるところ「動機形成=行動企画の可能性」であり、
そこで”賭け論”がそこを補完するワケですが、結果の可否は”賭け論”が成立している以上「どうでもいいこと」になります(賭けは利益目的の”投資では無い”ため)。
宝くじじゃありませんが賭けは究極「夢を買う」ものであり具体的成果を希求するものじゃありませんから。

不思議なもので日常生活の食事や睡眠など身体上の本人が自然に欲求する行動はその動機形成も案外地味で(面白いことがあるとそっちのけになる)、たとえば食事に関して「面白い事ジャンル」となれば”おいしいもの”のとうな別のフラグが立ちます(同時に行為の賭け論も成立する)。

さて、ここで考えるべきは、
「面白い(外部事象がある)から動機形成されるのか」「その動機形成が(アイデアとして)面白くて行為としての賭けが自然派生するのか」みたいなところです。
内容的には前者は微妙に『被(こうむる)』っぽく、後者は自立系『抗(あらがう)』っぽい位置づけとなります。そのまんま断定するのはアレかと思いますが「前者は幼児系であり、後者は大人の自我マター系である」分類でしょう(あくまで大まかな分類ですが)。

ちょこっと補足すると、HPテキスト関連事項ですが、
「”やりたいこと”など無い」「”おいしいもの”などない」それは抽象概念だからみたいな話に被っても来るんですが、「これ面白いんじゃないか」的主体性の中でアイデアとして「これやりたいかも」だとか「おいしいものかも(おいしそう)」←こっちはあるんです。
 ↓↑
HPテキスト的に”やりたいこと”が見つからない論の話は、「それはやりたくないが権威的認知としてやるべき事項だ強迫に対する(抑圧された)自意識の薄っすら忌避感じゃないの?」的説明になっていたかなと思いますが、
本来自意識が抑圧や拘禁や拘束状態に無い場合(本来の生業として)、放っておけば充足されてしまう欲求(生存するため行動発現を促す生体的ストレスの総称”広義の性欲”)こいつをなんとかしなければ欲求不満ストレスにまで及ぶので、「なんか(面白いこと)ないの」と動機形成を探します。
飢餓状態の第三世界なら「穀類発見」だけで脳内快感物質(興奮による快感代謝)全開となりますが、飽食の先進国の場合食欲の運営的にですね、てんこ盛りの白米だけ目にしても脳はさっぱりカタルシス的振舞に至らないワケです。これを放置すると別の意味にもいかようにも変質する欲求不満ストレスなる別の意味の話にまで発展します。
意味わかりますよね?→特に専業主婦のみなさんならよーくわかる筈です。
「今日何食べたい?」←この投げかけは「今日の”これおいしいかも”は何?」つー意味なんです(はい、自意識は”思い付き業務”をしてくれと)。
そこでいろんなものがぐる〜っと逆転して更に180度ほど旋回すると→「そうだな、何かおいしいもの作ってよ」などという答えで夫婦離婚の危機なんて〜なことにもなるワケです(それを仕事してと投げかけているんだろ?そんな返され方したらこっちが反動化しちゃうだろーが!みたいに)。
 ↑
『共同幻想』末端でもある夫婦における原則的な強迫構造的に専業主婦のみなさんは『被(こうむる)』側である宿命を帯びる側面も合わせて考えるとわかりやすいかなと。

さて、そんな話を踏まえつつ戻ります。

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posted by kagewari at 03:46 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月08日

『シン・ゴジラ』のネットレビューから見えてくる”別のもの”があるのです

それって一部「海外の翻訳サイト」にも通じる部分あるのですが、
市井の人の知識や評論水準の”想定外の高さ”、そこに本当の意味の(リテラシーがどうこうでは無く)『単独者』の台頭って姿を現実のものとして見ることができます。
動画レビューで一番驚いたのが、某アマチュアボディービルダーさんの「試合に負けた脱力で特別企画でゴジラの解説を」みたいな評論で、それがすこぶる内容がいい。
昨今の私は映画館で映画を観ようって体力がもう完全に枯渇しておりまして(思春期の頃嫌ってほど観ましたから十分です)、実際ゴジラ観るのははDVDになってからかと思いますが、数々のレビューを見て読んで、おおよそ脳内では一回ゴジラ観た状態になっております(伊達に心理学やっていないので脳内シミュは大得意ですから)。

今回のゴジラは「右派には右派の、左派には左派の見方で楽しめる」という卓越したシナリオを特徴としており、『共同幻想』崩壊以降大ヒットコンテンツという概念が構造的に不可能となった現代において3.11災害モチーフによる半ば強制的に不特定多数の人が共通体験する事案を使うことで(だから見た人の感想が無数に分岐している)エンタメ性と高収益を両立させた稀有な作品です。
10年いや20年に一度の金字塔的評価も目立ちますが、その理由は「そんな頻繁に大災害も無いから」という連想もあるのだろうと(そこまでリアルな災害体験として映画化に成功した)、そんな風に思います。

その結果、いかにも左翼で無職っぽいおっさんがチェーンスモークしながら1時間以上熱く語るみたいなレビュー動画があったり、報道番組司会者の方が「興奮で昨日眠れませんでした語りたくてしょうがない映画」と絶賛するなど、
『媒体としての映画』のような構造が『シン・ゴジラ』に成立していた。
 ↑
■ここが何を表しているのか。
『共同幻想』リミッター無く「俺はこう思うんだ」的な欲求が(シン・ゴジラをリトマス試験紙として)「もう我慢できない私もカミングアウトだ」のように噴出している。
この様子こそ『単独者』時代の到来を告げるものであり(評論としてしっかり内容のあるものが次から次無数に湧いて出てくる)、
古くから「ひとりで読むスタイルが一般的な書籍や音楽、意図的に上映時暗くなる映画は『単独者』的仮想空間を醸成するというか刺激する媒体」でした。
昭和の思春期『反抗期』などでは文系学生はそりゃ読むわ読むわ、あるいはそこからやれ演劇などへ派生してな〜んて格好で自我の底を開拓するかのように仮想反抗期を過ごしたもので、
 ↓
履歴書趣味欄のトップスリー「読書、音楽鑑賞、映画鑑賞」ってのは、仮想単独者状態(プライバシー全開時)空間を持ってくる媒体の定番だったのであり、

■”マニアの論議”に見受けられるように、同じコンテンツで語れるのは小社会に限定されました。ところが『シン・ゴジラ』は大ヒットしており、エンタメとして誰に対しても勧めやすい。半ば自動的に「マニア論議を広範に語れる」という構図が成立するため、
「にわか『単独者』が強烈な風速で増加した」と考えられます。
勿論、その体験は『単独者』心を刺激したでしょうから、『シン・ゴジラ』を契機として日本の言論空間そのものが構造的にアレする可能性すらあるのではないかと思います。
(それが経験したことのない面白さとして認識されているのではないか。)

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タグ:『単独者』
posted by kagewari at 00:40 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月16日

心理的なんとやらと居住内容の関係

■「メンタル問題などの解決を意識するのであれば、(できれば都会の)一人暮らしが望ましい」
この原則論に関しては”絶対”と言い切るべきところでしょう。
その意味ですが、
素朴に『反抗期』の定番「一人旅でもするか」です。

何度も心理学テキスト記載してきたとおり、メンタル問題からの離脱過程(リハビリ過程でもかまいませんが)、言うならば『思春期』反抗期状態の自我となる「仮想単独者状態」が求められます。
常識や権威性認知による余談などを排し、同時にエディプス的対象人物との関係をひとまず疎遠にして(近くにいれば問題の中核を成す権威性認知や抑圧が刺激されますから)、安心して(或は安全に)ひとりになれる状況の確保が望ましいからです。
付け加えると、私が個人的に定義している「『共同幻想』社会の取り巻き(中途半端な友人関係や知人との関係です)」ここも是非切っておきたいのが本音です。

と、考えれば住環境からして「ひとりぐらし」が好ましく、
可能であれば「それも都会で」がベター(関係者とのアレを踏まえると)。
 ↓
見た瞬間こう思う方が多数でしょう。
●「なるほど昭和の進学や就職で都会にって流れはいろんな意味で王道か」←そのまんまです。
実際のところこれといったメンタル問題を発現せず、まだまだ潜在期状態な自我の多数がその環境でナチュラルに「仮想反抗期状態を醸成し離脱過程を踏んでいるパターン」ってものが想像以上に多かったのではないかと思います(特に文系は有利って注釈必要かもですが必ずしもそこは重要じゃないでしょう)。

※建て前が個人主義と呼ばれる(実際は違うのですが)欧米社会の場合、子供部屋は生まれた乳幼児の頃から準備すべきものですですし、日本の戦国時代やら所謂皇室の帝王学のケースもひとり暮らしじゃありませんが幼児期から親との関係を疎遠としましたし、欧米における上流層の学校は全寮制でなんて世界も世界の帝王学系のアレにおいて(自立を早期から高い強度で促すという意)定番です。

■話を戻しますが、
加えて、現代『単独者』予備軍とも言える「新卒入社で3年以内に3割退社」パターンの自我においても、その居住条件として「都会の一人暮らし」がいろんな意味で優位性が高いと思われます。

●反面『ローカル共同幻想』との関係で言えば、
当該人物が確信犯的『共同幻想』選択や、『歩留り』選択の可能性が高い場合=「批判対象から除外し鉄板の権威(聖域)として『ローカル共同幻想』を位置付ける場合」、地元居住の方が有利となるので「都会の一人暮らし」が絶対とは言い切れませんが、その後の選択は予見できないのですから(確信犯的『共同幻想』選択で『ローカル共同幻想』を重視することになればUターンすればいいであり)、原則論として「都会の一人暮らし」がベターである事に違いはありません。

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posted by kagewari at 05:30 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

VR技術は世界を変えるでしょうね

開発会社のみなさんいいアイデア企画しますよ。
VRゴルフゲーム『(仮)全英・USオープン』
全方位傾斜機能付きウォーキングマシン・ゴルフクラブギア付属35万円
「定期バージョンアップでコースは改修され続けます、6台の扇風機が風も再現。」
6帖間の空間があれば本当のゴルフコースと同じ歩行距離・運動量、ネット対戦機能付き。
 ↑
絶対売れると思う(笑
これまでゲームに理解が無かった高齢者が腰抜かしまっせ。

これもいいかも
VRマラソンゲーム『ボストンマラソン』
VR釣りゲーム『渓流釣り』『カジキマグロ対戦』(手ごたえ数百キロ・器具の固定が必要です)
VR競馬ゲーム『天皇賞』(乗馬マシン付き50万円・武豊解説動画付き)
VR殺陣ゲーム『宮本武蔵』模造刀二本付き・刀ギアは正確な手ごたえを再現・ボディスーツが痛みを再現40万円(”成人向け”「付録『ゲルマンの傭兵』」)
VRツーリングゲーム『ツールドフランス』(傾斜機能付き室内自転車マシン付き60万円)

そして、
VR『重機で建築』ともなれば本当に遠隔操作で仕事ができるようになるでしょう。

●個人的には「リアル過ぎる本当にシューティングだけのゲーム『ブルズアイ』だとか『シューティングレンジ』(実銃同様の重量と反動のギア付属)」←これ出たら絶対買います。

「室内の家財が全て高級素材に見えるVRゲーム『大塚家具』」だとか、
「世界のあらゆる名画をあなたのお部屋に『ルネッサンス』」だとか、
「室内空間をスキャンしてリアルにペットが飼えるヴァーチャルAIペット『人語を話すよ』」や、
「室内空間をスキャンして死ぬほど怖いホラーゲーム『呪怨』(発売禁止→後に『エア家人』として再販→更に『エアアイドル家人』に至る)」や、
「赤の他人に見える『VR鏡』(性別もチェンジ可能・ボイスチェンジャー機能付き)」だとか、
必殺、VR登校ゲーム『学校』各種学校からハーバードまで「本校に負けないリアル勉強ゲーム」
(これ下手したら放送大学より上かもですぜ。)
VR受験ゲーム『家庭教師』←そのまんま実用可能でしょう。
VR裁判ゲーム『最高裁』本当の判例がDATA化「司法試験に合格するかも」(六法全書付き)


■バーチャルどころか「新しい現実」として認知される可能性すらあります。
社会をどう変えるのかわかりませんが、そこにロボット技術まで組み合わされてきますから、自我の個性化を加速させるのは間違いないでしょう(あらゆる可能性が無現に担保されるようなものですから)。
ちなみにバーチャルな世界の拡大でオタク的な引きこもり度合が高まる云々の話も「ポケモンGO」で完全に払しょくされました。
ヴァーチャルな空間を投影するのは部屋の中だけではありませんから。
ヘッドギアの共有リンクを可能にすれば、複数人で同じ空間なり人物なりを共通に認知も可能ですし「外社会において新たな『共同幻想』構築」も可能となるでしょう。

ラノベの異世界ものじゃありませんが、
異世界に飛ばされなくても現実世界そのものが変容しますので、”VRな現実”をどう定義すればいいのかわかりませんが、いずれにしても世界は変わりますね。
「ポケモンGO」な時に自然界の本物の昆虫への関心あーたらな批判もありましたが、そりゃね勿論「本物の丹頂鶴にしか出現しない”なんとか”」な方向でいかようにもモデファイされますし、
いつのことだったか「なんちゃってペットの声を翻訳するギア」みたいな商品ありましたけれど、それが更に発展すれば、「植物から虫や鳥からあらゆる生物を人語に翻訳」なんて〜なものも登場した時、どうすんのって。

以前google関連会社が研究していた「死者の再現」な話も込みで考えれば、
(俺は現代社会は無意識に『不老不死』への渇望を既に始めていると読んでいるのですが、)
現実社会における死生観そのものが変化していく可能性すらあります。
仕事に関してもホログラフィは無いけれど、ヘッドギア付ければ出社中のアバターを目で確認できることになりますから、自宅SOHO無限拡大の可能性もあります。

どうなることやら。


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2016年07月28日

この話にコメント必要かなと思いましたが「19人殺しの件」

(8/3:訂正と加筆修正)

※大事な事なので最初に書いておきますが
「強迫心理」など心理学で説明される自我に関わる構造や現象というものがメンタル問題や症例そのもののように考えると全く違います。
メンタル問題云々は「あくまでも当人がそれを問題だと認識した時に初めて問題となる」のであって(或はそれが予測される外形事実が合理的に説明される場合)、サイコパス論議によくあるように、社長だとか政治家や弁護士などの職業選択動機には強迫心理などの介在可能性がとても高く、フロイトが昇華とまとめた事例にあるように、プロスポーツ選手や芸術家など当人がその尋常ならざるモチベーションを問題視しない場合、自我の特徴として「強迫性」などの状態が観測されても、メンタル問題となりません(実際フェチシズムなどは個人の性癖分類です)。

更にメンタル問題発症(自己申告乃至確実に問題化する外形事実がある場合)、その後カウンセリングなどを経て『歩留り』選択の可能性も再三説明しているとおりです。
『歩留り』選択とは、「自我の強迫性も俺の個性だから(ここからここまでは関係する不都合も受け入れますよ)」と理解した場合の話ですが、その根拠も前述の「問題視されない場合がある」「強迫性そのものが病気(疾病)みたいな判断は間違い」だからです。
(※『共同幻想』社会適応を無意識に選択する心理からして「強迫心理」なのですから。)

同じメンタル問題の”背景事情”でも、それが問題化するしないの差異は人それぞれで(それ原則論としても当人の個性は抑圧されている本音の方で派生で出てくる「強迫心理」では無い)、兄弟の事例にあるように環境が同じでも人の認知が均一になるなんてことはありません。

※しつこいぐらい今度も書きますが
私は「刑法39条に反対」ですし、刑法39条は心理学的にも全く根拠の無いものだと断言しています。
理由は簡単で、確かに反動形成の中に(反抗期の不良化などが典型)アウトロー的スタンスが浮上することはありますが、それは動機形成された犯罪の実行とは全く別の概念であり、
犯罪とは言い換えれば自営業の起業なみの”固有の””犯罪という特定の”動機形成を必要とする行為なので(衝動的に行われる万引きなどの軽犯罪は別)、重犯罪の企画実行はメンタル問題のある自我にはほとんど不可能であり(鬱病患者はフルマラソンが得意みたいな飛躍である)、正確な統計はありませんが「メンタル問題などの問題を抱える自我の犯罪発生津は一般社会適応者より低い」という説も実際にあります(前述とおりそれは心理学的にも論証されている)。

要約すると「強迫心理や強迫傾向」というのは(心理学的に本音と違う人格傾向となるのは事実だがアイデンティティー論的には個性でもある)誰の自我にも含まれる要素であり、
「メンタル問題」とは(あたかも生物と共存している常在菌が炎症起こしたみたいな話で)、「強迫心理や強迫傾向」が原因で派生する精神的不快感が恒常化している状態のことで、
フロイド心理学的にも「エディプスコンプレックスそれ自体が病気とか無いから」です。
(その後の派生の方が心理的負担の直接の原因だったりする)


■■<ここから本題ですが>■■
下記説明に、「強迫心理である」だとか「メンタル問題(と同様の自我構造の意)に至る可能性」などの文言は出てきますが、19人殺しの犯人がメンタル問題を抱えていたなどの意図では”ありません”。
(報道によればむしろ犯人は社交性も高く友人関係もあり、生活上のメンタル問題に関わるいかにも症例のような状態に至っていない。当人も問題性を認識していない。)

■この話にコメント必要かなと思いましたが「19人殺しの件」
何故書くのかといえば、
いつものごとくで、報道などの犯人の分析が「あまりにも的外れなトンチンカンな話」であり、
関係者がこのブログを読むとは思えませんが、
突拍子もない勘違いが拡散することを0.00数%でも抑制できるなら記事として書くことの社会性もあるのだろうと判断したものです。

現状補足できる情報から類推されること。
(情報不足なので以下の説明はあくまでも推論であることをお断りしておきます。)

「両親が権威職(教師)」「父親が権威職(教師)」=メンタルリスク家族構成である。
(8/3:訂正と加筆修正、新しい情報で母親が作家?という話があるため訂正。加えて「父親に溺愛」の情報もあり、この点もメンタルリスクであることを付記しておく。)

(8/3:以下追記)
・他情報に、友人の話「彼はひとりでいることが得意なタイプではなかった」とあり→依存性リスクの可能性を示唆しているとも言える。

・「某四流大卒で教職(養護の教師志望)」=この段階でも既に彼は挫折・妥協的選択を行っていると類推できる(エディプスコンプレックスの類推)。

・「大学在学中に入れ墨などの謎のマチズモ系アウトロー化(それを明るく説明していたりする)」=思春期反抗期的な不良化もなんちゃっての不発で(教師志望の人生観は何故か反抗の対象外)、あたかもファッション?のような曖昧性の中で男性誇示的な自己顕示だけがひとり歩きしている。

・「教職の実習時、子供たちとは仲良く楽しげでも、保護者などと揉めた時に激昂するなど不安定な様子もあったとの情報」=彼の仲良く楽し気な振舞は周囲が時に理解できないハイテンションな場合も目だっていたようで、そこから類推できることは「強い承認欲求」の表れである。
●認められるために過剰な無理(ハイテンションなど)をしているにも関わらずそれを認められないと「こんなに頑張っている僕を何故わからないのか」的な反動性”梃の原理”でバチンと現実と乖離した激昂などに至る。

・逮捕後の証言「意思疎通のできない人達」とは、自分の頑張りに対して好感や感謝を表さない人たちの意味である(弱者に対しても承認欲求が満たされるどころか関係悪化していたことが類推される)。

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posted by kagewari at 15:39 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月12日

国際政治というか安全保障の原則論

法治国家として法の縛りが機能するのは”国内”だけであり、
確かに”目安”としての国際法や国際ルールはありますが(時にこれが国を超えた拘束力を持たせる条約もあるけれど)、基本それが憲法なり国内法によりその遵守を定義されない限り「全く拘束力はありません」。
努力目標だったり、多国間調停する時などの目安です。
(安保理による制裁議決についても基本的には集団的安全保障の延長上にあるもので、実際の運用も関係国のコンセンサスで可能となっており、国連決議が努力目標を超えることはありません。)

そりゃそうです、国連だとか国際機関のその担当者の権限なりは世界が投票したものでもないのであり、それ系の組織に顔の効く官僚だったり名誉職だったりに過ぎないワケですからね、
まさかそんな国際機関に各国の主権を超える司法権限があったら大変です。
基本的には大国相手に「話をすることができる調整役」を超えることは無く、何を実行するにも加盟国(とりわけ加盟大国の)賛同なしには進みませんから実態は「集団的安全保障の応用」です。


■国際関係とは原則「無法地帯」という認識が正しい。
各国の憲法にはおおよそ「国民の生命と資産の安全を守る」云々の記載があると思います。
ぶっちゃけ「その大前提を守るため、国民に選ばれた権力者は躊躇無く他国民の生命の存否に関する判断を躊躇しない」つーのが国際関係の原則です。
 ↑
なんだか随分ひどい話に思えますが、
たとえば、
国民が飢餓で苦しむに至るまで他国に食糧援助してはいかんのです(憲法違反)。
他国が飢餓で苦しんでるとしても自国民の生命の危険に及ぶほど大規模な援助をしてもいけない。
どの国にも自然権として自衛権が存在するように、所謂正当防衛として他国の軍隊を攻撃して(仮にそれで他国軍人に)死人が出ても、憲法により権力者は防衛行動の選択に躊躇してはいけません(外交関係も国益なのでそこの兼ね合いは別途ありますが)。
下世話な表現で言えば「自国の憲法の規定により権力者は躊躇無く他人を殺害する判断ができなければならない」のがリアルな国際政治の姿です。

■これまたそんな無茶なみたいに思われる方もいらっしゃるかもですが、
国内法においても、ハイジャックなどの現行犯である場合半ば超法規的に「射殺命令」を出せますわね(時々死刑廃止国家はどういう根拠でテロ実行犯を射殺しているのかわからないのですが)。
権力に従事している側の責任としては上記と前述には大きな違いはありません。

ですから、某国が自国民の生命や資産保全のために(或いは当該国が無政府状態の大混乱とならないため目先を逸らす目的でも同じって言えば同じ)他国を侵略するオプションを持つことは国際政治においては”当たり前”の話です。
●日本の憲法9条が異例なのは、前述の国際法規定を自国憲法により上位概念と規定しているみたいなアレで、他国を攻撃する云々の「自主的な選択オプションを放棄する」ものです。
 ↑
隣にISみたいな国が唐突に登場したとして、盛んにテロリストを養成し送り込んでいるのがバレバレな場合でも日本から自主的判断によって攻撃することは原則不可能です。

可能性としてありそうな話と言えば「(オウム真理教のような)過激派が隣国の保護の元でIS並みの軍事力を備え、テロリストも養成している(十分に軍事力を整備した後にその隣国でクーデターを起こし宣戦布告の準備中)。」なんてことになっても、現行憲法だと可能な対応はとても限られています(自衛官の武器の使用はほとんど警察官のそれと法的規制が同じ)。
極論そんなテロ国家が近所に存在しても、じっくり時間をかけて戦力を整えるまで(後に100%宣戦布告してくることが確実でも)経済制裁以外に有力な対抗策はありません。
第三世界の部族間紛争などに実際よくある話かと思います。

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posted by kagewari at 05:05 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月25日

英国のEU離脱は当たり前の話

かくいう私はEU設立時から「ダメだろうこりゃ」と書いてきました、EUなんてものは域内ブロック経済そのものだし、(私はそういう事にまでなっていると思いませんでしたが)法的な上から目線の拘束力はTPPの比じゃないらしく発足当時の想像以上にとんでもない代物だったようで、
英国のEU離脱当たり前でしょう。米軍地位協定級の話と考えればわかりやすいでしょう。
(※EUと言えばユーロですが、当初私は各国が金融政策の独自性を放棄してしまう程度の話かと思っていました。ところが何々条項のような形で「EUの取り決めが国内法の上位概念となる」図式が各方面に及んでいるのだそうで、)
こんなじゃ「ローマ帝国を模した皇帝無きEU帝国が各国を植民地にしている様」そのものです。
故に英国のEU離脱派は「独立運動を自称している」ことになっているワケであります。

このEU反対派を「やれ保守派だ極右だ低所得層の無知蒙昧が高い理想を持つEUに反対している」かのような左翼メディアによるデマゴーグも盛んに行われていますがとんでもない話です。
EUこそグローバリズムそのものであり(帝国時代を思わせる拡張主義の意で「国際化」という意味ではありません)、一部の高所得階層があたかも貴族階級のように君臨し、しかも皇帝は「左翼リベラル主義風の美辞麗句な概念」ときたもんだですから(そりゃ貴族階級の方々もさぞかしお気楽なものでしょう)「博愛主義を標榜しメディアを動員した強弁により少数意見を(あたかも人権感覚に劣る愚者扱いし)弾圧する帝国」のような話です。
これに反対する市民はもれなく極右過激派の烙印を押されるという寸法。
フランスのEU反対派あたりから「EUこそドイツ第四帝国」と過激な論評されてたりします。

民主国家がこの辺の実態を体感したらどこの国でもいい加減にしろと思うでしょそりゃ。
それこそTPPがあるように多国間の自由貿易協定は別の制度でも可能なんですから、好き好んで国の自主独立権まで放棄することは無いでしょう。
結果としてドイツの一人勝ちの実態まで明らかになれば「詐欺なのか」といぶかる人がでてきても驚きません。
なんでこんな時代遅れの『共同幻想帝国主義』みたいなものを持ち出したんでしょうね。
”その辺境”で起きた紛争であるウクライナ攻防戦なんかロシアから見ればローマ帝国の再興ごっこ以外の何者でも無いでしょう(ロシア嫌いのウクライナの事情もそりゃ別途わかるけれど)。

英国ははなからそこを警戒して通過に関しては統合を拒否しポンドを守っていたぐらいなので、いざ反対となったときの「やっぱりダメだったじゃないか感」も他国に比べてワンランク上だったのでしょう。

報道によると、EUは離脱が他国に及ぶのを避けるために英国離脱に際して強烈な嫌がらせを仕掛けるだろうって話を耳にしましたが(「組抜けるなら指つめろってか?」)、
んな事はじめたら火に油でしょう。
離脱派から言えば「明快な内政干渉」だし、そういう事を決めているEUの官僚の民主的正統性ってのはどこに担保されとんのかと、
次は主力メンバーのフランスって事にもなり兼ねない。

欧州は特有のキリスト教的『共同幻想』から(なんせ歴史的に正統性根拠も重量感も抜群)フロイト心理学を学問として否定するぐらいの「人権なんとか的に一見リベラルのようで中身はガチ保守派」という謎の進歩主義者が「『共同幻想』崩壊プロセスにおける試行錯誤状態」として偏在する事が予見されていましたから(流石に「フランス革命の悪夢をもう一度」って人もいないでしょう)、いかに「歩留まり選択を巧妙にやるか」ってのが合理的選択になるのかなと思いますが、その答えが「大EU帝国」じゃ無理筋杉でしょう、、。
「恐れ入りました」
「離脱派の心情お察しいたします」
としか言えないわね。



※ちなみに完全に間違っていたらゴメン程度の根拠ですけれど(俺は歴史とかそんな詳しくないので)明治維新は昨今2chなどでも論議となっている、靖国宮司さんの「関が原の復讐戦、官軍では無く西軍でしょ」な話で耳にされた方もいるかと思いますが、
この観点から行くと明治維新は豊臣秀吉大阪城政権の復興となるワケで、その後日本が中国まで進攻しちゃう意図がよくわからない関東軍の暴走って話も「ああ秀吉時代の続きをね」的に捕らえることもできるワケで(右翼の人に凄く怒られそうですが…)、
●国家規模の『共同幻想』ってものはスケールが個人から大きく離れる分「あまりかくかくしかじかと現実アップデートもされず」主導するコアメンバーが同じ場合随分昔のやり残しみたいなテーマであってもぽっと浮上しやすいと考えています。

大EU拡張主義が「ローマ帝国じゃね」な話って(それ言ったら独逸第三帝国もそうだったのかなと思いますが)、それほどトンチンカンな比喩のつもりではありません。
(国境を自由に行き来できるナントカ条項なんてのも「我々はヨーロッパ人という上位概念がある」のようなことなのかもですが、それもローマ帝国が「ローマ市民権を他部族・他民族、果ては解放奴隷にも与えた」みたいな話と被ってると思うんだけどね。)


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2016年06月20日

いつか書いたと思うのですが「占いなどがあたっていると感じる心理」

いや〜どっかで書いた自覚はあるのですが、
各方面ググって調べてみても「どこで書いたか覚えていない」とう体たらくで、、
恥ずかしながら残しておいた方がいいログなので書き直しのつもりでもう一度書きます。
(しかしどこに書いていたでしょうね、、、)

■占いなどが何故あたっていると感じるのか?
結論から言っちゃいましょう。
「占い師にその話を言わせているのは”自分”」だからです。
実際、占い師さんが本物中の本物で魔術師的超能力者だとしたら?
占いって依頼者の情報や生年月日やら見て答える職業ですよね。ですから彼らが本物中の本物であればあるほど「見たまま語っている」ことになります。

「結婚は早いですね」=「結婚は早くしたいと思っている」
「仕事で困難が待っています」=「仕事に心配なところがある」
「離婚するかもしれません」=「夫婦関係がうまくいっていない」
などなどで、

だ か ら よく当たる占い師を評して「(自分の気持ちを)言い当てる」なんてな表現になるのです。

■更にすっごく占い師の言葉があたってると感じるケース
「結婚は早いですね」=「結婚は早くしたいと思っている」
「えーっ本当ですか!私は非婚派で100歩譲っても晩婚派なのに」
すごくあたっていると感じるケースは、表面的に『自意識』がグダグダ語っているところでは無く、無意識に強迫的に志向している何かを言い当てた時です。
心理学的に占い師の言葉を翻訳すれば「結婚願望の強迫心理がありますね。あなたは『自意識』の思惑などどこえやらで強烈に結婚を志向しており、既に相手が誰とかなどどうでもいいほどその心理は強迫的です。予言しますしょうかその早婚において夫婦関係は最悪な事になりますよ。」

いずれにしても、
言われなくてもその占い結果の内容ってものは自分の自我の中にあるものです。
(占いが外れていると感じるケースで考えるのもアリでしょう。全く野球経験の無い人物の占いで「将来メジャーリーグで首位打者を獲るでしょう」と言われても大概の人は「何を言っとんじゃ」としか思わない。)

ひとつの極論ではあるけれど、
本物の千里眼超能力がある占い師がいたとする。
占いを依頼した当人が思いもしない予言をした。
「あるところでボタンを掛け違えなければあなたは成功者となる。」
(まー実のところ未来のことは誰にもわからないので、占い師が自分は千里眼だと言い張ればそうなっちゃうんですけどねww)
超能力占いで、その予言は完璧な先読みだったとしても、
(本当はもっともその言葉を重視しなければならないのに)依頼者は「何を言ってるんだこの詐欺師は」としか思わない。
しかもこの超能力が本物であればあるほど、
「どこのボタンなのか、それを教えるワケにはいかない。それを自分で気が付かない限りその後の成功に繋がらないからだ。」みたいなニュアンスになると思うんですよ。←タイムマシンのパラドックス故に。
 ↓
●職業として人気の占い師となるか否かは「本物の超能力の有無と関係が無い」
自分に超能力があるとして占い師をやって成功するだろうかの命題で考えてみるとわかりやすい。
ひょっとすると、本物の神の使いで人外の存在であるにも関わらず(予言が全て本物でも)、
「トンチキなホラ吹き」として有名になるだけの人。
いかにもいそうですよね(笑
(そんな映画のシナリオあればちょっと面白そうだなと。)

だとすれば余計に「占いなどが何故あたっていると感じる」心理ってものが、
「なんだか”いわく付きのなんとやら”である」とご理解いただけるでしょう。

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posted by kagewari at 03:24 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月18日

現実的や合理的だとか、説得性

裁判なら合理性(”合理的根拠”って表現はある意味法律用語です)、
日常表現なら現実的(”的”なの現実そのものを意味しておらず”現実的可能性”的な未来の予測範囲ですわね←主に『共同幻想』が得意としている概念)
説得性となるとディベートや弁論部、営業職や詐欺師や人質立て篭もり事件専属のネゴシエーターなどのスキルでもあるでしょう。
(音楽における旋律やコード進行組み合わせ技法もある意味説得性かも知れません)


何の話かって「国語」です。

「強迫心理」の力の原泉も(トラウマ論的エピソードな記憶などの力も利用しますが)、言えば”言葉によるもの”です(その仕組みはかなり洗脳と似ています)。
自我からしてプログラムに似たロジカルな存在ですから、何かの実行命令文だとか判断基準のモジュールだとか「結果を特定する縛り」を設けるのも、それを解除するのもなんだかんだ言葉によって引き起こされるもので、

うーんたとえば「特定の言葉使いに対する抵抗感(その反対で志向性)」とかってあるじゃないですか?
簡単な事例で言えば
「男子が女言葉で話す」だとか「スラングに抵抗のあるお上品な方」だとか「横文字使わないと気が済まない宮沢喜一さんみたいな人」だとか「警官や軍人などの特定表現や語尾」だとか「商売人固有の表現」であるとか「下ネタはセクシャルハラスメントだ」などなど、

前回エントリーの「いい悪い論の言語使用的なところから禁止してみる」手法も関連する仕組みの応用になるワケですが、
自分の文章表現なるものが強迫心理に都合のいい文法や表現形式(言い切り表現だとか)となっているケースは「その台詞回しからして何らかの人格傾向を拘束する」可能性とても大きいのですよ。
「ちょっと考え難い話だ」と考える方も少なく無いかもですが、
ドラマや演劇・映画のシナリオ「役に合わせた台詞回しや特有の口調」(物まね芸人さんのデフォルメ)、
ローカル『共同幻想』に欠かせない重要な要素「”方言”」、
上記を考えれば、腑に落ちていただけるのではないかと。

必ずしも高尚な文学とは言えない「漫画やラノベ」などの場合も登場人物がそれとわかりやすするために「キャラクターに特定語尾を使わせる」なんて手法もありますね。
更に
こちらも『共同幻想』上限関係認知必須の「(目上や目下や同僚に対する)”言葉使い”」などもその典型で、「謙譲表現で相手を罵倒する」なんてなればかなりの高い水準の国語能力が必要になります。
(『共同幻想』は”言葉使い”のレトリックにより『自意識』の介入を抑止して自動的・無意識に・無条件にその言葉使いにより上限関係や権威性認知を確定させる手法を得意としています)。
「”です”でしょ、いや”ございます”でしょ」←これ現代社会のトンチキなモンスターなんとかだとかクレーマーも使う手法です。


自分特有の口調を変えてしまっては個人のキャラクターまで変わってしまうので、そこまで言葉をあーだこーだ考え悩む事はありません。
前述の「謙譲表現で相手を罵倒する」じゃないですけれど、言語表現のパフォーマンスを意識して損する事はありません(何も広辞苑読んで勉強するみたいな話では”無く”)。
「まだまだその言葉に別の表現や意味を追加できる可能性がある」←ここが大事なのではなかろうかと、
それは各方面に対する『説得性』を高める事になるし(特に人質対策班のネゴシエーターには重要なポイントかと)、強迫的思考の縛りを「ズルして突破する」的な有効性にも繋がると思います(何事も楽な方がいいですからね)。


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posted by kagewari at 21:45 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月09日

発想の逆転とか

どっちでしたっけ?
逆転の発想、あれれ、発想の逆転でいんでしたよね。
(調べてみたら違う意味でどちらも正しい表現なんですね、、なんか適当に使ってきている言葉なので、個別に考えたこともありませんでしたよ。やれやれ言葉って難しいものです。)

えと、今回は「発想の逆転」の方の話です。
「逆もまた真なり」みたいな?
(あれれ、余計ワケわからなくなってきました、、。)
ままよで、話を進めましょう。

■沖縄基地問題にも(実現性に関しては無茶苦茶な話ですが)やろうと思えば一発で解決する方法があります。
『新・沖縄アトランティス大陸』なる人工島を造成し(九州沖無いか小笠原などどこかの島を基点に)土地所有権比率から景観まで限りなく現状の沖縄半島を再現し「全島民を移住」、同時に沖縄県民には無条件で公務員資格を付与し、希望する本土自治体いずれに”転属”することも可能とする。
●米軍基地を撤去するのでは無く、沖縄県民全員が(環境含めて現状とほぼ同条件で造成し沖縄ローカルのアイデェンティティも保障しつつ)移転すればよいのです。
過剰な便宜供与だなど反対意見が出てきたら「沖縄戦の保障」で突っぱねればよい。

いくらなんでも無理な話には違いありませんが、
何故そっちサイドの発想が無いのか不思議です(一部島民という規模でも可能な方法に思いますが)。実際の話、南シナ海をめぐる安全保障上の地政学的部分は(沖縄戦からしてそうだったのですし)米軍が撤退しても変化する事はありませんから、いずれにしても戦争に巻き込まれやすい立地に居住していることに変化はありません。そこを放置したままでは「沖縄と本土の不平等な関係」の根本は変化しないのではないかと思います。

(北海道で言えば「仮に日本が第二次世界大戦において千島列島の防衛に成功し多数の住民が暮らしているが、ロシア軍が常に目と鼻の先で、且つロシアの戦術核原潜防衛含め米軍と海上自衛隊の巨大な基地が存在する状況」のようなものです。←勿論この状況であれば千歳方面の第七師団は道東基地に配備されていたでしょう。)

勿論上記は「発想の逆転」説明のためのたとえ話であり
■沖縄基地問題は過去にも触れてますが、
本質は米国海兵隊が「俺が多大な犠牲を出しつつも勝ち取った海兵隊の領土であり”リゾートだ”という認識」であるのが話をややこしゃしくしている理由で(ホワイトハウスどうこうや国務省どうこうやペンタゴンどうこうでは無くて”海兵隊”と直で話をつけないといけない)、戦略的には米国はグアム防衛ラインへのシフトを明言していますから、沖縄基地の米軍単体の戦略的位置づけは大きく後退しており「交渉次第、話のもっていき方次第」で正攻法で米軍のグアム移転の方向で進展させることが”可能”です。

(ぶっちゃけ米国も「日本からそういう提案が無いからなんとも言えない」というのが本音で、国務省筋も「勿論その提案は海兵隊に根回し済んでるんだよね」的マターなんだと思いますよ。そんな強力な外交力は日本には無いので現状に至っているというところでしょう。)

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posted by kagewari at 22:01 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照

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