『週休二日スト』とでも呼べばいいのか。
選手会の戦いはマジな次元になってきて、マスコミは巨人のパ入りなんとやらで(滝島がセ・リーグ各オーナーへのあいさつ野跡で「元オーナーの個人的意見」と火消しに回ってるらしいが)大騒ぎだが、選手会が問題にしているのはあくまでも近鉄・オリックスの合併であり、実は論点がズレている。
原則論で論陣を張ってるのは選手会、現実問題で右往左往しているのはオーナーサイドとマスコミって形だろう。
そして、原則論を唱える選手会が『現実に実力行使の準備を整えた』ここにMLBの労組が全面協力の姿勢をみせている。
http://www.sanspo.com/baseball/top/bt200409/bt2004090501.html
古田君はこことも接触していて、可能性として資金協力もありえるかも知れない。(年俸の低い二軍選手には死活問題だろうから。損害賠償にも備えなければならない。)
この選手会の動きが「密室談合で近鉄・オリックスの合併していいのか」という原則論に論点を引き戻す事が出来るのか?そして、古田君サイドに『ライブ・ドアーズ』参入カードが手に入るのか?
意外と落としどころは、『新規参入12球団』かも知れない。
ライブドアの新会社(球団)設立の動きが気になる、恐らく損害賠償の話が出ると、連合も共産党も大問題だとして大きな動きを見せるだろう、ナベツネの存在感がどんどん遠くへ消えていっているような気がするのは俺だけだろうか。
ぐっすん「泣けるぜ広島」一番の貧乏球団なのに、なんていい奴なんだろう、この前のヤクルト戦勝ち越し許す!
http://www.nikkansports.com/ns/baseball/f-bb-tp0-040906-0040.html
2004年09月06日
2004年09月05日
自己嫌悪の再考2の前に「言葉」の謎を考える
時々「あの一言が無かったら」なんて台詞を耳にする(テレビ局の過剰演出のシーンには頻繁)こりゃ何だろう。
『目から鱗』なんて言葉もある、『思いもしなかった』も近い線か、
「妙に納得させられて自ら開眼」のようなイメージだと思うが、これは不思議な話だ。この反対に「理屈では無い」とか「言葉で言われてもわからない」とかがある、
さて、この両者は何が違うのか?
ここは話を随分と強引に説明するのが、わかりやすい
「あの一言が無かったら」なーんて演出に登場する言葉は特に飛び抜けて予想だにしない言葉じゃなかったりする。
「開きが早いんじゃない?」
「渡り鳥だからだよ」
「この方が取りまわしが楽なんだ」
「それって、同じ意味じゃない?」
「なんとなく傾いてる気がするなぁ」
「同じものが並んでるとも言えるよ」
なんでしょうかこれ?
これに呼応する言葉に『発想の転換』って言葉がありますが、この意味は「発想の前提を間違えた」で、「考え方によっては自分でもそのアイデアを思いついていてもおかしくなかった」ということになる。それを証明するように、「あの一言」を言った当事者は殊更アイデアを出したつもりではなく、ふとした会話の中で(ある事が頭から離れない方の当事者が)「!」っと勝手に気が付きそこから思いもしないアイデアを思いついたりします。
つまり「知っている筈だったり、思いつくポテンシャルがあるのに思いつかない事がある。」
ここまでは誰しもが思う事で、精神分析の出番もさっぱりな話なんですが、続きが肝心。
では「思いつかせなかった障壁は何?」、
これが『無意識の関連付け』常識ほど自覚的ではないが、自分自身の発想をも拘束する与件(or余談or憶測or思い込み)です、その障壁は「ふとしたきっかけ」で瓦解し、アイデアを生み出すのですからたいした障壁ではありません。
しかし、「ふとしたきっかけが無かったら」延々それに(なんと知っている筈の自分のアイデアに)気が付かないんですから、ナントカは盲目とかそういった状態は誰にでもあるんだって証明で、
この仕組みをちょっとひねってみます。
「あの一言」を次から次へと否定したらどうなるのか?
自分自身の発想を完全黙秘する事も可能です。
これが、悩みに終わりが無い構造のシンプルな形になります。
問題は、どういう理由でこの「あの一言」を否定するのかってことになるでしょう。この理由に最も都合がいいのは「常識や倫理、道徳」です、「ナイナイナイ」「ありえない」。これで自分自身の視野を限定的に縛り、ハプニングを抑える(今までと違う事を思いつく可能性を封じる)ことに成功するのです。
『目から鱗』なんて言葉もある、『思いもしなかった』も近い線か、
「妙に納得させられて自ら開眼」のようなイメージだと思うが、これは不思議な話だ。この反対に「理屈では無い」とか「言葉で言われてもわからない」とかがある、
さて、この両者は何が違うのか?
ここは話を随分と強引に説明するのが、わかりやすい
「あの一言が無かったら」なーんて演出に登場する言葉は特に飛び抜けて予想だにしない言葉じゃなかったりする。
「開きが早いんじゃない?」
「渡り鳥だからだよ」
「この方が取りまわしが楽なんだ」
「それって、同じ意味じゃない?」
「なんとなく傾いてる気がするなぁ」
「同じものが並んでるとも言えるよ」
なんでしょうかこれ?
これに呼応する言葉に『発想の転換』って言葉がありますが、この意味は「発想の前提を間違えた」で、「考え方によっては自分でもそのアイデアを思いついていてもおかしくなかった」ということになる。それを証明するように、「あの一言」を言った当事者は殊更アイデアを出したつもりではなく、ふとした会話の中で(ある事が頭から離れない方の当事者が)「!」っと勝手に気が付きそこから思いもしないアイデアを思いついたりします。
つまり「知っている筈だったり、思いつくポテンシャルがあるのに思いつかない事がある。」
ここまでは誰しもが思う事で、精神分析の出番もさっぱりな話なんですが、続きが肝心。
では「思いつかせなかった障壁は何?」、
これが『無意識の関連付け』常識ほど自覚的ではないが、自分自身の発想をも拘束する与件(or余談or憶測or思い込み)です、その障壁は「ふとしたきっかけ」で瓦解し、アイデアを生み出すのですからたいした障壁ではありません。
しかし、「ふとしたきっかけが無かったら」延々それに(なんと知っている筈の自分のアイデアに)気が付かないんですから、ナントカは盲目とかそういった状態は誰にでもあるんだって証明で、
この仕組みをちょっとひねってみます。
「あの一言」を次から次へと否定したらどうなるのか?
自分自身の発想を完全黙秘する事も可能です。
これが、悩みに終わりが無い構造のシンプルな形になります。
問題は、どういう理由でこの「あの一言」を否定するのかってことになるでしょう。この理由に最も都合がいいのは「常識や倫理、道徳」です、「ナイナイナイ」「ありえない」。これで自分自身の視野を限定的に縛り、ハプニングを抑える(今までと違う事を思いつく可能性を封じる)ことに成功するのです。
2004年09月04日
ロシアでえらい事になってる。
チェチェン問題は、アメリカの中東政策以上に深刻な問題で、民主主義さえまだ未成熟のロシアには当事者能力があるのかすら怪しい。そもそもチェチェンに反ロシア政権がどうとかそういった問題では無いと、俺思う。
何故って、アメリカの言うものではない「今の民主主義」は、NPOやNGOによるボーダレスなもので、ある意味新アナーキズムなのであるわけで、独立も何も意識の中に国家なるものがどれほどの位置を締めるのかってことなんだろう。
国境線って概念自体がある意味ヨーロッパサイドの近代の発想で、自身の古里がアイデェンテェティーになる事があっても発想を「国家としての独立」に置くのはどうなんだろう。
アメリカにも一理あって、アメリカの考える民主主義はさておいて、自由経済のほうが大事なんではないかと思う。地域で自主的に自由に市場やコミュニティーを育てる事が出来るのであって、これを民族主義に結びつける事は無い。
報道によると黒服なる、「未亡人の自爆部隊」の話しまで出ている。(この情報で治安部隊は当初から絶望的な気持ちになっていたという話もある)ガンジー辺りの時代には、第3世界的な「新植民地主義」への闘争ってのもリアリティーのあるテーマだったと思うが、そもそも個人と国家の関係は「そこで産まれた」以外にとりたてて接点は無いのであって、民俗だの国家だのの正当性などというアリもしない幻想に個人がマジになっちゃいかんと思う。
確かにチェチェンにしたら『ロシアが侵略した』という世界の中で自己防衛の戦いを意識するのだろうが、民主主義っていうのはロシアの傀儡政権が喩え出来ても「選挙によっていつかっ、、」て可能性を時間はかかるにせよ残していくのだし、ロシアはもう帝国ではないのだから、いくらなんでもいつまでも選挙までも牛耳る事は出来ないのだし、ともかく傀儡でもなんでも一度許容して、その中で「チェチェンとして私は如何に生きるのか」があっていい。自爆テロは何も解決しない事は明らかで、「如何に生きるのか」って事で実業を起こしたり地道に力を付けていけば、合法的に野党を形成できるのだから。
ロシアの軍事干渉を肯定するつもりは無いが、悪循環はどっちかが切らないと、エスカレートしてしまう。
今回のケースから、状況を静観するより、計画的に治安部隊に突入させる方が被害者が少ないって話になりかねない。ますますアメリカのイラクでの内戦状況をある意味肯定する結果になると思う。(ブッシュの支持率上昇にこの事件は一役買うだろう)
皮肉な事に、先進国では徐々に国家主義自体が形骸化しているというのに、文明化の弊害で伝統的な文化を半分失った国は、今後追いで国家主義であるとか民族主義的な自立(独立)をしようとしている。これが先進国に反動的な(マジな話リアクションとしての武装化)軍事化を生む悪循環になっている。
世界的に「集団化する暴力的闘争自体が不毛だ」というなんらかの表明はできないものか?反対に「こうやって合法的に野党をつくりましょう、その野党が不当に弾圧されないように国連は応援する機関を設けます」とか(そうなるとビルマなんかも話が違ってくるのだろうし)。個人が復讐のために個人だけの判断で、国家に対してテロリズムを試みる事は基本的にあり得ない。
このままだとテロリストの側は、リアクションしてるだけの先進国側に国家主義があるように誤認するばかりだろうし。
そもそもEUなんてのは、一国主義の時代じゃないでしょって提言だった筈なんだが。
国家という共同幻想が一人歩きしてもいいことは何も無い。
何故って、アメリカの言うものではない「今の民主主義」は、NPOやNGOによるボーダレスなもので、ある意味新アナーキズムなのであるわけで、独立も何も意識の中に国家なるものがどれほどの位置を締めるのかってことなんだろう。
国境線って概念自体がある意味ヨーロッパサイドの近代の発想で、自身の古里がアイデェンテェティーになる事があっても発想を「国家としての独立」に置くのはどうなんだろう。
アメリカにも一理あって、アメリカの考える民主主義はさておいて、自由経済のほうが大事なんではないかと思う。地域で自主的に自由に市場やコミュニティーを育てる事が出来るのであって、これを民族主義に結びつける事は無い。
報道によると黒服なる、「未亡人の自爆部隊」の話しまで出ている。(この情報で治安部隊は当初から絶望的な気持ちになっていたという話もある)ガンジー辺りの時代には、第3世界的な「新植民地主義」への闘争ってのもリアリティーのあるテーマだったと思うが、そもそも個人と国家の関係は「そこで産まれた」以外にとりたてて接点は無いのであって、民俗だの国家だのの正当性などというアリもしない幻想に個人がマジになっちゃいかんと思う。
確かにチェチェンにしたら『ロシアが侵略した』という世界の中で自己防衛の戦いを意識するのだろうが、民主主義っていうのはロシアの傀儡政権が喩え出来ても「選挙によっていつかっ、、」て可能性を時間はかかるにせよ残していくのだし、ロシアはもう帝国ではないのだから、いくらなんでもいつまでも選挙までも牛耳る事は出来ないのだし、ともかく傀儡でもなんでも一度許容して、その中で「チェチェンとして私は如何に生きるのか」があっていい。自爆テロは何も解決しない事は明らかで、「如何に生きるのか」って事で実業を起こしたり地道に力を付けていけば、合法的に野党を形成できるのだから。
ロシアの軍事干渉を肯定するつもりは無いが、悪循環はどっちかが切らないと、エスカレートしてしまう。
今回のケースから、状況を静観するより、計画的に治安部隊に突入させる方が被害者が少ないって話になりかねない。ますますアメリカのイラクでの内戦状況をある意味肯定する結果になると思う。(ブッシュの支持率上昇にこの事件は一役買うだろう)
皮肉な事に、先進国では徐々に国家主義自体が形骸化しているというのに、文明化の弊害で伝統的な文化を半分失った国は、今後追いで国家主義であるとか民族主義的な自立(独立)をしようとしている。これが先進国に反動的な(マジな話リアクションとしての武装化)軍事化を生む悪循環になっている。
世界的に「集団化する暴力的闘争自体が不毛だ」というなんらかの表明はできないものか?反対に「こうやって合法的に野党をつくりましょう、その野党が不当に弾圧されないように国連は応援する機関を設けます」とか(そうなるとビルマなんかも話が違ってくるのだろうし)。個人が復讐のために個人だけの判断で、国家に対してテロリズムを試みる事は基本的にあり得ない。
このままだとテロリストの側は、リアクションしてるだけの先進国側に国家主義があるように誤認するばかりだろうし。
そもそもEUなんてのは、一国主義の時代じゃないでしょって提言だった筈なんだが。
国家という共同幻想が一人歩きしてもいいことは何も無い。
2004年09月03日
ナベツネの2リーグ発言で、巨人のパ移籍がマジの話になってきた
ヤクルトファンの俺はそれで結構なのだが、球団営業はそう簡単にいかないだろう。オーナ会議でも反対のポジションだと思うのだが、ちょっと面白い展開も予想される。(ライブドアやシダックスの参入がセ・リーグである事も大歓迎だ)
1巨人戦の視聴率がガタ落ち
2対戦相手も試合内容も関係無いので、落ちてるのは巨人人気
3セ・リーグのイメージダウンも甚だしい
4広島経済界が支援の方向
5球団に資本参加してる(TBS・ベイ、フジ・ヤクルト)放送局が巨人戦の放送から手をひきたがっている
6ライブドアの会談が予定されているのはセ・リーグオーナー
7古田君がそもそもストを構える覚悟をしてるのは、オリックスの近鉄吸収合併であること(言い換えるなら12球団の維持)
8公正取引委員会は新規参入60億を問題にしていて、これにヤクルト主脳がコメントしている
9どう転んでも交流試合の方向は変わらない
セ・リーグの新球団歓迎はパ・リーグだけを対象にしているのか?今後予定されている地上派デジタル化について裏でメディアも動いていて、インターネットTVもその対抗馬である事(光ケーブルの契約は増え、携帯の3G化も進んでいる)。
個人の時代の台頭は、視聴率の分散化を生んでいて、ある意味ゴールデンタイムという言葉の形骸化が始っている(視聴者は早朝と深夜にシフトを始めた)。
どう考えても、巨人のパ・リーグでいんじゃないのか?
セ・リーグのオーナーもその辺に気がついているのだろうから、コアな野球ファン(有料でも見るってタイプ)や、新規(子供たち)の野球ファンにはそれで理解が得られるのじゃないか(ドラフトを含めてあくまで野球ファンであることが第一義であって欲しいし)。巨人のパ・リーグ移籍を巨人ファンが反対していくならそれはそれで応援したいが、これまでの巨人を巡る問題を一度整理するのなら、巨人のパ・リーグ移籍はいい転機なのかもしれない。
しかし金融再生機構じゃないが、金融サイドにまである特定の球団の合併を他球団のオーナーが(コミッショナーでは無い)働きかけるってのは、次元の違う問題だと思う。
1巨人戦の視聴率がガタ落ち
2対戦相手も試合内容も関係無いので、落ちてるのは巨人人気
3セ・リーグのイメージダウンも甚だしい
4広島経済界が支援の方向
5球団に資本参加してる(TBS・ベイ、フジ・ヤクルト)放送局が巨人戦の放送から手をひきたがっている
6ライブドアの会談が予定されているのはセ・リーグオーナー
7古田君がそもそもストを構える覚悟をしてるのは、オリックスの近鉄吸収合併であること(言い換えるなら12球団の維持)
8公正取引委員会は新規参入60億を問題にしていて、これにヤクルト主脳がコメントしている
9どう転んでも交流試合の方向は変わらない
セ・リーグの新球団歓迎はパ・リーグだけを対象にしているのか?今後予定されている地上派デジタル化について裏でメディアも動いていて、インターネットTVもその対抗馬である事(光ケーブルの契約は増え、携帯の3G化も進んでいる)。
個人の時代の台頭は、視聴率の分散化を生んでいて、ある意味ゴールデンタイムという言葉の形骸化が始っている(視聴者は早朝と深夜にシフトを始めた)。
どう考えても、巨人のパ・リーグでいんじゃないのか?
セ・リーグのオーナーもその辺に気がついているのだろうから、コアな野球ファン(有料でも見るってタイプ)や、新規(子供たち)の野球ファンにはそれで理解が得られるのじゃないか(ドラフトを含めてあくまで野球ファンであることが第一義であって欲しいし)。巨人のパ・リーグ移籍を巨人ファンが反対していくならそれはそれで応援したいが、これまでの巨人を巡る問題を一度整理するのなら、巨人のパ・リーグ移籍はいい転機なのかもしれない。
しかし金融再生機構じゃないが、金融サイドにまである特定の球団の合併を他球団のオーナーが(コミッショナーでは無い)働きかけるってのは、次元の違う問題だと思う。
2004年08月31日
いよいよプロ野球再編問題が山場になってきた
古田君サイドの動きは一定の成果を挙げて、裁判所で差し止めとなれば万全の構えで交渉できるし、ストの合理性を担保できる。前例の無い事だから、裁判所がオリックスの近鉄営業権譲渡(吸収合併が正体だった)を認めたとしても理事会が裁判所の要請で待ったをかけたこと自体、不確定な要素が多くこの合併が早計に判断できない事例である証明だと言える。
選手会が求めているのは、合併の撤回では無く「1年間の凍結」であり、この線での選手会の主張には合理性があるし、ストライキによる交渉が、批判される事は無いだろう。
むしろ日ハムの「ストの場合、損害賠償も、、」のトンチンカン(「労組と認めない」をごり押しすれば、本格的に連合を含めて政治問題化する)な発言もオーナーサイドに危機感がある証明で、これに巻き込まれるセ・リーグ球団はたまったものではない。
近鉄中村ノリの発言から、6日に近鉄オリックスの合併承認を強行した場合7日からスト発動の可能性含みだって事になる。
この一週間が日本のプロ野球の存亡をかけた戦いになるのではないか?選手会にはライブドアの新球団加盟カードで(12球団維持の)次の選択を迫る事もできるだろうから、連携といってはおかしいが、ライブドアの堀江にはこの一週間で各球団代表との会談を進めてもらいたい。報道によればパ・リーグにも新規参入を認める球団があるらしいので、この話にも現実味が出てきた、ライブドア参入を否決するのが某特定球団になるなら、今回の1リーグ問題の背景が明解になる。
「ただストをやればいい」ということでは決してないので、古田君が戦術面でこれからどうでるのか(国会議員を通してコミッショナーへの圧力も効いてると思う)、これから毎日ニュースから目が離せない。
さて、裁判所はこれをどう判断するのか。当面の焦点はここか、
選手会が求めているのは、合併の撤回では無く「1年間の凍結」であり、この線での選手会の主張には合理性があるし、ストライキによる交渉が、批判される事は無いだろう。
むしろ日ハムの「ストの場合、損害賠償も、、」のトンチンカン(「労組と認めない」をごり押しすれば、本格的に連合を含めて政治問題化する)な発言もオーナーサイドに危機感がある証明で、これに巻き込まれるセ・リーグ球団はたまったものではない。
近鉄中村ノリの発言から、6日に近鉄オリックスの合併承認を強行した場合7日からスト発動の可能性含みだって事になる。
この一週間が日本のプロ野球の存亡をかけた戦いになるのではないか?選手会にはライブドアの新球団加盟カードで(12球団維持の)次の選択を迫る事もできるだろうから、連携といってはおかしいが、ライブドアの堀江にはこの一週間で各球団代表との会談を進めてもらいたい。報道によればパ・リーグにも新規参入を認める球団があるらしいので、この話にも現実味が出てきた、ライブドア参入を否決するのが某特定球団になるなら、今回の1リーグ問題の背景が明解になる。
「ただストをやればいい」ということでは決してないので、古田君が戦術面でこれからどうでるのか(国会議員を通してコミッショナーへの圧力も効いてると思う)、これから毎日ニュースから目が離せない。
さて、裁判所はこれをどう判断するのか。当面の焦点はここか、
2004年08月29日
小学生の校内暴力調査(文部科学省調べ)について
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200408270390.html
続けざまに事件があったこともあり、注目される話題には違いないが、朝日の新聞紙面上でも「届出の件数、内容など調査報告の違い」等も指摘されており、03年度27%増の根拠ともいえるのだろうから極端に先鋭化してるとは言えないが、それが沈静化や激減しているのでは無く、そもそも小学校で生徒による暴力沙汰があること自体問題で、一部に「事件の生徒だけが暴力を」という勘違いもあるだろうから、この27%増の数字は額面通り受け取るべきだろう。
増加率でみると、生徒間32%増を越えて、教師に対する39%増が気になる。つまり学校にあった「家族⇒地域⇒知り合い⇒仲間」等の(先生=権威、はとっくの昔に失墜している)共同幻想は既に「ほとんど存在していない」。
いわゆる「小学生の常識」の雛型を暗示する雰囲気が既に「無い」のであって、依然とは違い教師の猥褻事件も連日ニュースで当たり前に報道されている、家庭でそれがどう論議されているのかわからないが、学校について「心配な場所だ」的な雰囲気が流れているのは事実だろう。
何年も前から、勉強する場所の地位は学習塾にシフトし(おそらく共同幻想化している)学校の存在意義は「獏と理不尽なモノ」へと貶められている。
共同幻想の模倣として「小学生らしさ」を意味不明に先生が説いても、親としてもバックアップできないだろうし、親としても「学校に何を求めるのか」今は曖昧だろう。(親の本音は「無事」を求めているぐらいか、、)
子供にとっては同世代のサロンとしての利益は今でも大きく(大人的に考えれば、合コン。小学生レベルでは「異性間意識」が希薄なだけで、構造としては同じだろう。)休みの日に遊ぶ交友関係や、情報交換の場として有益な場所で、「必要悪だ」との指摘はあたらない。この点から考えるなら、先生は「結婚サークルなどのイベントを仕切る会社の社員的仕切り」が求められているのであって「学校という場の秩序を、利用者のニーズに合わせて確保する事に勤める」べきで、「いうことをききなさい」ではまるで見当違いな反発を受けるだろう。
実際生徒間の争いにしても、調査にあるように「いじめの報告数の低下」が「校内暴力」とバーター関係になっている事がわかる。つまり「無意識的な問題の表面化」として考えるなら思春期以前に心理的な問題が表面化しているだけ早期発見に繋がり、事件の等の問題に発展する以前に(暴力に思春期がクロースすると、その度合いはエスカレートするので)問題点が表面化しているのだから、見方を変えれば「顕在化しただけ」と言える。
学校における重大な問題は、せっかく「顕在化」した「早期発見の心因性の問題」を解決するシステムをまったく持ち合わせていないことだろう。
自我トラブルは「大人としての問題意識」となんら代わらない証明で(それだけ自我が発達しているからこそ、心理的な問題になっているのだから)「小学生だから先生」なんてまるで根拠の無い構造で解決の処方箋を考えても全く意味が無い。
地域が壊れ、家族の閉鎖性は先鋭化しているので、社会の存在意義はオープンであることに尽きるのだから、問題解決については「会社員の心理的問題」を抱える会社の対応と全く同じでいい事になる。
現在退職警官の学校への配置が検討されているが、それは社会秩序の存在をアピールする効果はあるだろうが、解決の仕組みには繋がらない。
学校はカウンセリングを含む心理的な専門家の研修や、連携を強めていくべきで、一組織(学校)だけで孤立して対応を内部だけ(職員室)で検討するなら、背景の孤立する家族と構造はまったく同じになってしまい、生徒諸君の投影を招き逆効果となる、ここは広く社会的に(オープンに)対応していくべきで、「何故そうなるのか」について「考えられない」等のまるで無責任なコメントがポンと出るような状況は少なくとも「無し」にしてもらいたい。
家族に話を聞く前に、生徒の言動から「どんな家庭か」につてい話を聞く前から「あたりがつく」ぐらいじゃないと、家族と話しても建設的なものはみつけにくいだろう。
「おそらくこういう家庭なんでしょうが、実際その内容はどんなもんですか」ぐらいで丁度いい。
家庭に問題がある事はなんら恥では無く(昔それを担保したのは社会で、家庭自体のデキが良かったからではない)、いかにも現代的にどこにでもある話なので「じゃあどうするのか」に絞って問題点を考える事に遠慮は必要無い。
続けざまに事件があったこともあり、注目される話題には違いないが、朝日の新聞紙面上でも「届出の件数、内容など調査報告の違い」等も指摘されており、03年度27%増の根拠ともいえるのだろうから極端に先鋭化してるとは言えないが、それが沈静化や激減しているのでは無く、そもそも小学校で生徒による暴力沙汰があること自体問題で、一部に「事件の生徒だけが暴力を」という勘違いもあるだろうから、この27%増の数字は額面通り受け取るべきだろう。
増加率でみると、生徒間32%増を越えて、教師に対する39%増が気になる。つまり学校にあった「家族⇒地域⇒知り合い⇒仲間」等の(先生=権威、はとっくの昔に失墜している)共同幻想は既に「ほとんど存在していない」。
いわゆる「小学生の常識」の雛型を暗示する雰囲気が既に「無い」のであって、依然とは違い教師の猥褻事件も連日ニュースで当たり前に報道されている、家庭でそれがどう論議されているのかわからないが、学校について「心配な場所だ」的な雰囲気が流れているのは事実だろう。
何年も前から、勉強する場所の地位は学習塾にシフトし(おそらく共同幻想化している)学校の存在意義は「獏と理不尽なモノ」へと貶められている。
共同幻想の模倣として「小学生らしさ」を意味不明に先生が説いても、親としてもバックアップできないだろうし、親としても「学校に何を求めるのか」今は曖昧だろう。(親の本音は「無事」を求めているぐらいか、、)
子供にとっては同世代のサロンとしての利益は今でも大きく(大人的に考えれば、合コン。小学生レベルでは「異性間意識」が希薄なだけで、構造としては同じだろう。)休みの日に遊ぶ交友関係や、情報交換の場として有益な場所で、「必要悪だ」との指摘はあたらない。この点から考えるなら、先生は「結婚サークルなどのイベントを仕切る会社の社員的仕切り」が求められているのであって「学校という場の秩序を、利用者のニーズに合わせて確保する事に勤める」べきで、「いうことをききなさい」ではまるで見当違いな反発を受けるだろう。
実際生徒間の争いにしても、調査にあるように「いじめの報告数の低下」が「校内暴力」とバーター関係になっている事がわかる。つまり「無意識的な問題の表面化」として考えるなら思春期以前に心理的な問題が表面化しているだけ早期発見に繋がり、事件の等の問題に発展する以前に(暴力に思春期がクロースすると、その度合いはエスカレートするので)問題点が表面化しているのだから、見方を変えれば「顕在化しただけ」と言える。
学校における重大な問題は、せっかく「顕在化」した「早期発見の心因性の問題」を解決するシステムをまったく持ち合わせていないことだろう。
自我トラブルは「大人としての問題意識」となんら代わらない証明で(それだけ自我が発達しているからこそ、心理的な問題になっているのだから)「小学生だから先生」なんてまるで根拠の無い構造で解決の処方箋を考えても全く意味が無い。
地域が壊れ、家族の閉鎖性は先鋭化しているので、社会の存在意義はオープンであることに尽きるのだから、問題解決については「会社員の心理的問題」を抱える会社の対応と全く同じでいい事になる。
現在退職警官の学校への配置が検討されているが、それは社会秩序の存在をアピールする効果はあるだろうが、解決の仕組みには繋がらない。
学校はカウンセリングを含む心理的な専門家の研修や、連携を強めていくべきで、一組織(学校)だけで孤立して対応を内部だけ(職員室)で検討するなら、背景の孤立する家族と構造はまったく同じになってしまい、生徒諸君の投影を招き逆効果となる、ここは広く社会的に(オープンに)対応していくべきで、「何故そうなるのか」について「考えられない」等のまるで無責任なコメントがポンと出るような状況は少なくとも「無し」にしてもらいたい。
家族に話を聞く前に、生徒の言動から「どんな家庭か」につてい話を聞く前から「あたりがつく」ぐらいじゃないと、家族と話しても建設的なものはみつけにくいだろう。
「おそらくこういう家庭なんでしょうが、実際その内容はどんなもんですか」ぐらいで丁度いい。
家庭に問題がある事はなんら恥では無く(昔それを担保したのは社会で、家庭自体のデキが良かったからではない)、いかにも現代的にどこにでもある話なので「じゃあどうするのか」に絞って問題点を考える事に遠慮は必要無い。
2004年08月28日
ナベツネにはまいる、古田も呆れてるだろ
ここのとこプロ野球の話が続いているんだけれど、これはどうにも譲れないとこがある。個人事業主である選手と大企業の事業主の争いは見かけオーナー対労組の形を取っているが、個人対共同幻想型特権階級の闘争で、こと問題は現代的なんだと思う。
わかりやすく言えば「まっとうなこと言ってる個人の言論が、企業の威光(共同幻想)をバックに自分の力を勘違いしてるオーナーに勝つか負けるのか」って争いで、文明化を突き抜けた後に個人の時代の到来が『自由』という名の元に本当にありえるのかって事を図る試金石になっていると思う。
60年代にずっこけたラヴ&ピースなフラワーな自由ではなく、共同幻想が壊れた事を背景に、ナチュラルな形で発生する自由で
元々がプロ野球人気の背景には、江夏や落合のような一匹狼の「個としての輝き」に魅せられるサラリーマン諸君や進学競争に追われる学生諸君がいた、元々が「個の世界」だった。
プロ野球におけるチームプレーは技術の一部で、ダブルプレーにおける元西鉄の基や、巨人川相の送りバントはプロの個人プレーとして実存していた、共同幻想的な「○○のため」なオートマチックなものでは無い。
江夏の仕事は試合の締めくくりでチームの勝ちの為に終盤のイニングを抑える事で、彼の時代の抑えは今と違って完投目前の先発が急にヤバクなった時、ランナーで塁が一杯な状況で登板した。
いつも一本のヒットも許されない状況で三振をとって無失点に逃げるワケで、その仕事は「みんなの為」に見えるが、これがプロ野球では違う、彼のプライドは、チームの危機で登板する最高のリリーフである事だったからだ。
プロ野球の美しさは、共同幻想に縛られない個人のパフォーマンスにある。ピッチャーはキャッチャーのサインに首を振り、バッターはベンチのサインを自分で解釈する。ランナーは攻撃全体で重要な役割でここでも個人のパフォーマンスが発揮される、内野手は配球を読みサインを見ながら投球と同時に打球方向を予測してスタートを切る(エラーの数で名プレーヤーは見分けられない)
皮肉な事に球団という会社は、そこを見ていない。ファンはそこを見ている。プレーヤーはファンにそれを見出される事を信じている。
この矛盾が一気に1リーグ問題で噴出した。
古田君はプレーヤーだけでない部分に才覚のある希有のプレーヤーで、彼がスポーツお宅だって事は、この個人のパフォーマンスの世界に彼なりの憧れがあるからだろう、だから彼にはオーナーの考えている事が理解できない、オリックスと近鉄の仮契約の時に「あの人たちは何笑ってるんだ」と激怒していたが、この感覚が企業の人間にはわかっていない。
ナベツネが「2リーグ10球団」とかぬけぬけと言い出した。それと調子を合わせるかのように、根来コミッショナーは「2リーグの私案がある」とコメントした。この人達には事の重大さがまるでわかっていない、
そして近鉄の3シーズン撤退
こりゃっ事実上の廃業じゃないか、「買い手がいるってのに廃業」まったく話が形骸化してる。合併交渉の裏に間違い無くなんかある。「企業としての狙い」が
「自分たちは偉い」という勘違いに彼らは一生気が付かないのか?古田君の取れる戦術は実は多くないのだが、「個としてのプロの経営者としての判断を問う」という形の株主代表訴訟を切り札に動いていくだろう、どう考えても近鉄主脳の経営判断は「表に出ている部分だけなら」株主の利益を損ねている。彼らに個人で弁済してもらおうじゃないの、新しい球団の赤字部分を。
今ナベツネは週刊誌を訴えてる。(ガウン姿だったかを写真にとられて掲載されたのだが)プライヴァシーの侵害だそうだ、彼には個としての責任(自分の実存を所有している所有責任)が欠けている。週刊誌は彼を個のプレーヤーとして考えたわけで、このギャップが目に見えるいい例になってる、
自分が何をしているのだかナベツネにはわかっていないのだろう。古田君とこのヤクルトスワローズが首位に近づいている(あの貧乏戦力で恐れ入る)。
皮肉な話だが、ストをやりたくないのは古田君なんだ。これからどうなるのかわからないけれど、この争いは衆議院選挙とかなんかよりよっぽど意義深い戦いだと俺は思う。
わかりやすく言えば「まっとうなこと言ってる個人の言論が、企業の威光(共同幻想)をバックに自分の力を勘違いしてるオーナーに勝つか負けるのか」って争いで、文明化を突き抜けた後に個人の時代の到来が『自由』という名の元に本当にありえるのかって事を図る試金石になっていると思う。
60年代にずっこけたラヴ&ピースなフラワーな自由ではなく、共同幻想が壊れた事を背景に、ナチュラルな形で発生する自由で
元々がプロ野球人気の背景には、江夏や落合のような一匹狼の「個としての輝き」に魅せられるサラリーマン諸君や進学競争に追われる学生諸君がいた、元々が「個の世界」だった。
プロ野球におけるチームプレーは技術の一部で、ダブルプレーにおける元西鉄の基や、巨人川相の送りバントはプロの個人プレーとして実存していた、共同幻想的な「○○のため」なオートマチックなものでは無い。
江夏の仕事は試合の締めくくりでチームの勝ちの為に終盤のイニングを抑える事で、彼の時代の抑えは今と違って完投目前の先発が急にヤバクなった時、ランナーで塁が一杯な状況で登板した。
いつも一本のヒットも許されない状況で三振をとって無失点に逃げるワケで、その仕事は「みんなの為」に見えるが、これがプロ野球では違う、彼のプライドは、チームの危機で登板する最高のリリーフである事だったからだ。
プロ野球の美しさは、共同幻想に縛られない個人のパフォーマンスにある。ピッチャーはキャッチャーのサインに首を振り、バッターはベンチのサインを自分で解釈する。ランナーは攻撃全体で重要な役割でここでも個人のパフォーマンスが発揮される、内野手は配球を読みサインを見ながら投球と同時に打球方向を予測してスタートを切る(エラーの数で名プレーヤーは見分けられない)
皮肉な事に球団という会社は、そこを見ていない。ファンはそこを見ている。プレーヤーはファンにそれを見出される事を信じている。
この矛盾が一気に1リーグ問題で噴出した。
古田君はプレーヤーだけでない部分に才覚のある希有のプレーヤーで、彼がスポーツお宅だって事は、この個人のパフォーマンスの世界に彼なりの憧れがあるからだろう、だから彼にはオーナーの考えている事が理解できない、オリックスと近鉄の仮契約の時に「あの人たちは何笑ってるんだ」と激怒していたが、この感覚が企業の人間にはわかっていない。
ナベツネが「2リーグ10球団」とかぬけぬけと言い出した。それと調子を合わせるかのように、根来コミッショナーは「2リーグの私案がある」とコメントした。この人達には事の重大さがまるでわかっていない、
そして近鉄の3シーズン撤退
こりゃっ事実上の廃業じゃないか、「買い手がいるってのに廃業」まったく話が形骸化してる。合併交渉の裏に間違い無くなんかある。「企業としての狙い」が
「自分たちは偉い」という勘違いに彼らは一生気が付かないのか?古田君の取れる戦術は実は多くないのだが、「個としてのプロの経営者としての判断を問う」という形の株主代表訴訟を切り札に動いていくだろう、どう考えても近鉄主脳の経営判断は「表に出ている部分だけなら」株主の利益を損ねている。彼らに個人で弁済してもらおうじゃないの、新しい球団の赤字部分を。
今ナベツネは週刊誌を訴えてる。(ガウン姿だったかを写真にとられて掲載されたのだが)プライヴァシーの侵害だそうだ、彼には個としての責任(自分の実存を所有している所有責任)が欠けている。週刊誌は彼を個のプレーヤーとして考えたわけで、このギャップが目に見えるいい例になってる、
自分が何をしているのだかナベツネにはわかっていないのだろう。古田君とこのヤクルトスワローズが首位に近づいている(あの貧乏戦力で恐れ入る)。
皮肉な話だが、ストをやりたくないのは古田君なんだ。これからどうなるのかわからないけれど、この争いは衆議院選挙とかなんかよりよっぽど意義深い戦いだと俺は思う。
2004年08月27日
試合でもあんな怖い顔しないよ古田
http://www.sanspo.com/baseball/special/special.html
そうとう怒っている。オリンピックの結果もそっちのけで、彼は今、選手会会長の仕事に邁進してるのだが、前にも一度このBLOGで触れたとおり、古田君はめったに本気にならない男で(必死とは別、自分の思うところを前面に出して「どうなんだいったい」とやるかやらないかって事)、その古田君をオーナー会議とやらが完全に怒らせた。
自らプロ野球改革試案を持ち朝日新聞のコラム(8/26)に記事が掲載される現役選手は後にも先にも彼ひとりだろう。
オーナーサイドの誰があれだけの論説を新聞に書けるのか(ナベツネは別よ、本職がブン屋なんだから)。ダンマリ決め込む宮内は恥かしくないのか?宮内の発言こそ、ナベツネ退場の今こそ最重要なのに、ギャーギャーウルサイ近鉄サイドに反して宮内の発言は慎重(ほとんど何も言わない)で逆に「何かあるんだろうな」とうかがわせる。
まるで談合の、この12球団の体質が現状の結果を招いたのだが、彼らはこの国が自由で民主主義である事を忘れたらしい。『オーナー会議は特権階級のサロンでは無い。』
非常にシンプルな集団心理が動いている。観客動員と収益を考えなければならない時に、銀行の合併の真似事やって何をしてるつもりなのか?球団は大企業というより偉大な少数の選手とファンによって大きな存在なのであって、オーナーが何の貢献をしてきたのいうのか?正力じゃないがそれは『プロ野球のオーナーである事』それに尽きる。日本に過去普及していなかった野球というスポーツのオーナーになること自体が貢献だった。別所さんの時代には巨人軍の選手ですら電車の一般車両で移動してデーゲームやって、、。ここまで築き上げた伝統ってのがある。この国民的なスポーツ(ある意味アメリカのスポーツだからこそ、日本の戦後を意味するスポーツだった)の球団を保持する事に社会的な意味もあった。
で「合併合併、不退転の決意」意味がわからん。
どこから見ても古田君の発言には分がある、彼は一年間の凍結を提案しているので「オープンにその内容の開示を求めているのであって、絶対反対のシュプレヒコールをあげているのではない」。これを拒絶するって事は「話をオープンにできないから」に他ならないからだ。
選手ではない会長としての古田君は、日本を代表する名捕手としての顔より手強いかもしれない。
ちょっと面白くなってきた、近鉄は株主代表訴訟に耐えられるだけの理論武装が出来ていないと思う。(ほんとの合併理由を開示できないのではないか?)
彼らは甘く見ている、選手会の幹部は全員各チームの主力で大資産家でもある事を。
そうとう怒っている。オリンピックの結果もそっちのけで、彼は今、選手会会長の仕事に邁進してるのだが、前にも一度このBLOGで触れたとおり、古田君はめったに本気にならない男で(必死とは別、自分の思うところを前面に出して「どうなんだいったい」とやるかやらないかって事)、その古田君をオーナー会議とやらが完全に怒らせた。
自らプロ野球改革試案を持ち朝日新聞のコラム(8/26)に記事が掲載される現役選手は後にも先にも彼ひとりだろう。
オーナーサイドの誰があれだけの論説を新聞に書けるのか(ナベツネは別よ、本職がブン屋なんだから)。ダンマリ決め込む宮内は恥かしくないのか?宮内の発言こそ、ナベツネ退場の今こそ最重要なのに、ギャーギャーウルサイ近鉄サイドに反して宮内の発言は慎重(ほとんど何も言わない)で逆に「何かあるんだろうな」とうかがわせる。
まるで談合の、この12球団の体質が現状の結果を招いたのだが、彼らはこの国が自由で民主主義である事を忘れたらしい。『オーナー会議は特権階級のサロンでは無い。』
非常にシンプルな集団心理が動いている。観客動員と収益を考えなければならない時に、銀行の合併の真似事やって何をしてるつもりなのか?球団は大企業というより偉大な少数の選手とファンによって大きな存在なのであって、オーナーが何の貢献をしてきたのいうのか?正力じゃないがそれは『プロ野球のオーナーである事』それに尽きる。日本に過去普及していなかった野球というスポーツのオーナーになること自体が貢献だった。別所さんの時代には巨人軍の選手ですら電車の一般車両で移動してデーゲームやって、、。ここまで築き上げた伝統ってのがある。この国民的なスポーツ(ある意味アメリカのスポーツだからこそ、日本の戦後を意味するスポーツだった)の球団を保持する事に社会的な意味もあった。
で「合併合併、不退転の決意」意味がわからん。
どこから見ても古田君の発言には分がある、彼は一年間の凍結を提案しているので「オープンにその内容の開示を求めているのであって、絶対反対のシュプレヒコールをあげているのではない」。これを拒絶するって事は「話をオープンにできないから」に他ならないからだ。
選手ではない会長としての古田君は、日本を代表する名捕手としての顔より手強いかもしれない。
ちょっと面白くなってきた、近鉄は株主代表訴訟に耐えられるだけの理論武装が出来ていないと思う。(ほんとの合併理由を開示できないのではないか?)
彼らは甘く見ている、選手会の幹部は全員各チームの主力で大資産家でもある事を。
2004年08月25日
本気かどうかはともかくだけれど、ノムさんがシダックスのプロ化を促してる。
この人コテコテのパリーグな人だから、それなりの考えあってのことだろう。とにかく最近のパリーグはおかしい、観客が少なかったり、人気が無かったりここ何十年そんなリーグがパリーグで、今や観客席に空席の目立つ広島やヤクルトを凌ぐ(ダイエーとか)球団も沢山ある、そして昔の泥臭いイメージは随分消えた。
客観的に見て西武の台頭以降パのイメージは変わった。
最強のチーム西武を軸に、日本シリーズではヤクルト西武、パリーグのペナントでは仰木近鉄対西武、間違いなくパリーグの社会的認知は以前より上昇していてその後オリックスにイチローが登場する。
人材的にもこの当事の強いチームの関係者が各チームに散っている。何が変わったのかと言えば、社会人野球のチームが半減したように企業の景気動向が大きい。プロ野球の年間赤字補填が10億打としても、苦しい企業も多いだろう。
@その景気も今年から回復基調だ、
そのタイミングで「パはもうダメだ」と言われても「どうダメなのか」ピンとこないし、説明もされていない。
人気の上昇を当て込んで、大阪ドーム福岡ドームというちょっと無理な開発をやらかした事ぐらいで、結局ハウステンボス倒産じゃないが、吸収合併の候補に上がってるチームの名前はこの二者で、野球とは関係無い理由から来ている。
見ようによっちゃ失敗の原因は、「パリーグ人気が高くなってきたから」であって、年俸の高騰は(FA選手を無理に引き止めなければいいのだから)瑣末な理由だろう(FA選手を引き止めないので有名なヤクルトはそれなりに若い子を使って生き延びている)。
スポーツに絞ってパリーグを見るなら現状のパリーグは市場としても悪くない、ノムさんのシダックスが参加すればそれなりに話題になるだろう。
余計にロッテや西武の「不退転の決意で1リーグ」の意味がわからない。1リーグ反対の虎にしたって交流試合を提案してるのであって、巨人戦が欲しくて、、の話も半分は賛成派反対派ともにOKしてるのだから通ったも同じ。
見え透いてくるのは、大阪ドームを含めて(この辺の財務関係はよくわからない)開発の失敗から逃れたい者(且つ補強ミスで戦力ジリ貧のオリックス)と、ダイエー人気が欲しい者、ついでに巨人戦で一気に球団の黒字化。
■不退転どころか、儲け話じゃないの。
これじゃ「不退転の営業」と代わらない
肝心のオリックス宮内が1リーグでゴリゴリじゃないのが、そいつをよく現している。ナベツネに一時抱きこまれたのだが、肝心のナベツネは退場した。
頼みの巨人戦の視聴率はガタ落ちで(ゲーム内容悪すぎで、読売の中継も酷すぎ)これじゃ共倒れへの不退転の決意になる。
どうも胡散臭い。ノムさんがシダックスの話を持ち出したのも、その辺の事情を知ってるからだろう。今なら交流戦で巨人戦のカードは間違い無くあるのだから、新規参入リスクは小さい。
とにかく一部の営業が、「パリーグの球団が全部ダメになるのを救う」みたいな面して裏でごそごそやられるのはどうにも釈然としない。
オリンピックの敗退といい、肝心の野球の内容の方がよっぽど危機じゃないのか?落合中日の美しさを、もっと評価すべきだ。
駒大苫小牧の甲子園での優勝といい、中日のネルソン阪神のウイリアム擁するオーストラリアの決勝進出といい、現実は皮肉にもスポーツとしての『内容重視』に傾いていて、パリーグの観客動員は増えている。
客観的に見て西武の台頭以降パのイメージは変わった。
最強のチーム西武を軸に、日本シリーズではヤクルト西武、パリーグのペナントでは仰木近鉄対西武、間違いなくパリーグの社会的認知は以前より上昇していてその後オリックスにイチローが登場する。
人材的にもこの当事の強いチームの関係者が各チームに散っている。何が変わったのかと言えば、社会人野球のチームが半減したように企業の景気動向が大きい。プロ野球の年間赤字補填が10億打としても、苦しい企業も多いだろう。
@その景気も今年から回復基調だ、
そのタイミングで「パはもうダメだ」と言われても「どうダメなのか」ピンとこないし、説明もされていない。
人気の上昇を当て込んで、大阪ドーム福岡ドームというちょっと無理な開発をやらかした事ぐらいで、結局ハウステンボス倒産じゃないが、吸収合併の候補に上がってるチームの名前はこの二者で、野球とは関係無い理由から来ている。
見ようによっちゃ失敗の原因は、「パリーグ人気が高くなってきたから」であって、年俸の高騰は(FA選手を無理に引き止めなければいいのだから)瑣末な理由だろう(FA選手を引き止めないので有名なヤクルトはそれなりに若い子を使って生き延びている)。
スポーツに絞ってパリーグを見るなら現状のパリーグは市場としても悪くない、ノムさんのシダックスが参加すればそれなりに話題になるだろう。
余計にロッテや西武の「不退転の決意で1リーグ」の意味がわからない。1リーグ反対の虎にしたって交流試合を提案してるのであって、巨人戦が欲しくて、、の話も半分は賛成派反対派ともにOKしてるのだから通ったも同じ。
見え透いてくるのは、大阪ドームを含めて(この辺の財務関係はよくわからない)開発の失敗から逃れたい者(且つ補強ミスで戦力ジリ貧のオリックス)と、ダイエー人気が欲しい者、ついでに巨人戦で一気に球団の黒字化。
■不退転どころか、儲け話じゃないの。
これじゃ「不退転の営業」と代わらない
肝心のオリックス宮内が1リーグでゴリゴリじゃないのが、そいつをよく現している。ナベツネに一時抱きこまれたのだが、肝心のナベツネは退場した。
頼みの巨人戦の視聴率はガタ落ちで(ゲーム内容悪すぎで、読売の中継も酷すぎ)これじゃ共倒れへの不退転の決意になる。
どうも胡散臭い。ノムさんがシダックスの話を持ち出したのも、その辺の事情を知ってるからだろう。今なら交流戦で巨人戦のカードは間違い無くあるのだから、新規参入リスクは小さい。
とにかく一部の営業が、「パリーグの球団が全部ダメになるのを救う」みたいな面して裏でごそごそやられるのはどうにも釈然としない。
オリンピックの敗退といい、肝心の野球の内容の方がよっぽど危機じゃないのか?落合中日の美しさを、もっと評価すべきだ。
駒大苫小牧の甲子園での優勝といい、中日のネルソン阪神のウイリアム擁するオーストラリアの決勝進出といい、現実は皮肉にもスポーツとしての『内容重視』に傾いていて、パリーグの観客動員は増えている。
2004年08月23日
仕事を考える2かなぁ〜
仕事してます。その中で成果と報酬をもらっているのだけれど、こいつは取引で、上位下位があるワケではない。商売繁盛の技術のひとつに接客サービスや、営業マニュアルがあるのだろうけれど、自分自身の仕事のスタイルもある。
好き勝手に仕事をするって意味では無く、何をやって仕事とするのかって指針みたいなもので、これと取引が行われるのだから「ギブアンドテーク」が基本で、営利目的に妙なマニュアルが仕上がるのはむしろ企業の論理(共同幻想)って事で、仕事を考えるって枠では無いようにも思える。
そうすると企業の論理の下の仕事は、仕事じゃないのか?って言えば、ほんとの話「それはそうかもしれない」。
そうであるからこそ、なんとなく日常が流れ、精神的な負担も少ない。昔チャップリン辺りが極端な演出で表現した近未来ではなく、調子を合わせればむしろ「楽」なのだが仕事は基本的に面白いもので(楽じゃないが、、)そこが失われたとすると「楽」でも損失したとも言える。ここが難しい選択で、仕事が面白いと楽では無く、楽な仕事は面白くない。
元々は食い物を獲得する事が、仕事の本質で、山に入って木の実を獲ったり、雨風を凌ぐ住居のメンテナンスしたりって事なのだが、ここには伝統マニュアルがあるので、面白い上に精神的に楽で、肉体的には過酷って感じか。そういう意味でもその肉体的な過酷さも少なくて済む南国って地域では心配なのは疫病ぐらいって事になる。
つくづく楽を追求すると、「豊かな土地か」と思う。
自分の暮らす環境も、知らないうちにアイデェンティティーの一部になるのだから、「仕事がキツイな」な時には「この土地を選んだ自己決定なのだ」と思うほうがいいのかも知れない。
好き勝手に仕事をするって意味では無く、何をやって仕事とするのかって指針みたいなもので、これと取引が行われるのだから「ギブアンドテーク」が基本で、営利目的に妙なマニュアルが仕上がるのはむしろ企業の論理(共同幻想)って事で、仕事を考えるって枠では無いようにも思える。
そうすると企業の論理の下の仕事は、仕事じゃないのか?って言えば、ほんとの話「それはそうかもしれない」。
そうであるからこそ、なんとなく日常が流れ、精神的な負担も少ない。昔チャップリン辺りが極端な演出で表現した近未来ではなく、調子を合わせればむしろ「楽」なのだが仕事は基本的に面白いもので(楽じゃないが、、)そこが失われたとすると「楽」でも損失したとも言える。ここが難しい選択で、仕事が面白いと楽では無く、楽な仕事は面白くない。
元々は食い物を獲得する事が、仕事の本質で、山に入って木の実を獲ったり、雨風を凌ぐ住居のメンテナンスしたりって事なのだが、ここには伝統マニュアルがあるので、面白い上に精神的に楽で、肉体的には過酷って感じか。そういう意味でもその肉体的な過酷さも少なくて済む南国って地域では心配なのは疫病ぐらいって事になる。
つくづく楽を追求すると、「豊かな土地か」と思う。
自分の暮らす環境も、知らないうちにアイデェンティティーの一部になるのだから、「仕事がキツイな」な時には「この土地を選んだ自己決定なのだ」と思うほうがいいのかも知れない。
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