2007年09月21日

古田引退

本人も記者会見で話していたけれど、思ったとおり球団からは慰留されていたらしい。
「いつ彼は本気を出すのだろう」と同じ年齢という事もあって何回か彼の記事を書いてきたけれど、残念な事にヤクルトスワローズ古田PMが引退・辞任する。
PMと言う形で、監督を引き受けている以上『監督辞任・選手は現役』という事は到底無理だし、彼自身選手としては今年の頭で既に引退を決めていたというのだから彼の希望としても在り得ない事だ。
師匠でもある現楽監督、鶴岡さんともめて(この時も夫人であるサッチー問題)南海のPMを追われ辞任した後に「生涯一捕手」の名言とともに西武ライオンズで捕手として現役を続けた(この時のノムさんのヘルメットが後に清原の愛用のヘルメットとなる)ノムさんとは大きく選択が違った。
一番残念だったのは、古田の右肩の故障だった。
監督としても何も彼ほど捕手として優れた選手は戦後いなかったし、捕手としてなら野村以上であった事も間違い無い(打者・監督としては数段野村が上だったが)。

「捕手古田」これが見られなくなるのが何より寂しい。
それもあって彼のファンは監督をやるにも”必ずPMで”と思ったものだ、理由は捕手古田がそれほどまでに魅力的であったし、捕手の晩年が肩の衰えを隠せないにしてもノムさんの45歳って年齢を超えるぐらい彼ならできるんじゃないかとも思えていた部分もある。
しかし、古田はノムさんの息子であるカツノリが指の脱臼と肩の故障を抱えながら(そもそもバットも振れなければセカンドに投げるのもやっとの有様で)楽天ファンからもヤジとブーイングの中でも一シーズンマスクを被ったのと違い、偉大であるが故に肩の故障をおして試合に出ることは無かった。
今でこそ楽天ファンは藤井の正捕手は無理、頼むからキャッチャーは島で(打てなくてもいいから)な状況の中、藤井より勝率の良かったカツノリを起用したノムさんの起用が身贔屓じゃなかった事を理解しているけれども、当時のヤジは酷いものだったと聞く。

そりゃ今でこそ「捕手古田が見たい」って声は大きいが、打てない盗塁もフリーパスな状況でシーズン当初から古田がマスクを被っていれば、神宮でもさぞかしヤジが飛んだだろう。
ノムさん的に言えば「ええかっこしい」って事にんるんだろうけれど(ノムさんは交流線の時にも盛んに「ヤクルトはキャッチャーが問題(=古田がマスク被るべき)」とコメントしていた)、同世代の立場から見ると古田の気持ちもわからないでもない。
引退会見で、古田は「PMが難しいとは思わないけれど、バリバリの30代でやれたらよかった」ともコメントしている。つまり、選手として衰えた状態で監督の立場のままマスクを被る気持ちは彼には無かったのだろう。

しかし、配給だけで見逃し三振を連発し、ホームランバッターでもないのに一試合4打席連続ホームランを打ったり、これだけ他人にできない芸当を見せる選手は他にいなかった。
長嶋王の全盛期を見る事無かった俺の世代としては、清原桑田江川イチロー野茂以上の選手としてこの古田の存在は「江夏並」だったので、それも今年で最後かと思うとやはり寂しいものがある。
監督としては(どこまでか監督としての采配なのか見えなかったのも不満だったが)、「なんで?」な事が多すぎで、古田が本気出す(自分自身で野球が好きだと本気で認めるまで)まで
まだまだ時間がかかるだろうと正直思ったので、一度外野席に出るのもいいのかもしれないと思う。
これまた、この古田政権って存在と安部政権が被る。
安部が「戦後レジームからの脱却」を政権のテーマにしたように、古田政権のテーマは「野村ID野球からの脱却」にも見えた。
現代のプロ野球界で最強を誇る野村野球(パではSB、セで巨人・タイガース、DATA野球ならパのバレンタインは野村の上、そして楽天の躍進)の上を目指したんだが、安部政権の「戦後レジームからの脱却」が何の事だか意味不明だったように、古田の描いた「野村ID野球からの脱却」は「単に長嶋野球の焼き直しじゃないか?」とも見えた。
※長嶋の前期を見ればその後期好きで大鑑巨砲主義じゃなかっただろうに、
それは何故なんだろう?
安部は安部なりに新しいものを探してノスタルジーのド壺にハマってしまったのかも知れないけれど、まさか古田にそんな失敗があるとは思えない。
辞任会見で両者とも涙するのは時代なのかもしれないが、そこまで同じでは無いだろう。

古田と野村の違い、
やはりその原点は「捕手への拘り」だったのじゃないか、
捕手として試合に出続ける事を監督である事より優先させるような野村と違い、古田は捕手古田に拘らなかった。皮肉な事に最も野村ID野球の体現者が古田自身であったから古田が捕手として試合に出ないなら、そこに野村IDを求める事は最初から難しかったのかも知れない(ヤクルトの黄金時代って「古田が故障すると4位、古田がほぼ全試合に出場すると優勝」を繰返していたのは事実だったし)だとすると、古田にとって野村IDとは「古田に代わる捕手を作れるのか?」に集約されていたと見る事もできる。
おそらく古田にはそれができなかったのだろう、
本質的にはひとりの選手の成績にそこまで左右されるチームは完全とも言えないし、古田時代に古田に代わる選手が実際存在した事は無かったのだからそれを古田が期待すると思う方がむしろ無理があった。
ある意味、古田にとっての「野村ID野球からの脱却」は今の野村楽天のそれに近かったのかもしれない。しかしそのためには「コーチや選手に対して絶対の監督」でなければならず、PMという微妙な立場では難しい事だ。「古田に代わる捕手」にしても他にバッテリーコーチや自分が同時に選手である中で育てるのは難しい。

つまり彼にとってPMで成功するためには誰よりも「自分が選手として出場する事」が条件で、
去年の失敗を前に、今年の古田の思惑は「自分が選手として出ること(30代のバリバリでやりたかったというコメント)」それを前提に去年一度正捕手にすえた米野のファーム送りだったのかも知れない。
今年に限って言えば、投手がベテラン中心だし(投手中心で配給)、自分が出場できない以上少しでも打力のある捕手をとっかえひっかえする起用もその結果なのかと思えば納得行く部分もある。

しかしそれでも尚理解できなかったのは、古田が本気を出さない事だった、
補強に協力しないフロントへの抗議もあったのかも知れないけれど、脱野村ならロッテのバレンタイン的な用兵が彼に何故できなかったのかと思えばやはり理解に苦しむ。
捕手としても日ハムの中嶋のように『抑えの捕手』という出場の方法だってあった筈だ(特に失点が目立つリリーフ以降にマスクを被れば弱体リリーフを援護する事もできただろうに)。
ここで話はぐるーっと廻る。
■「故障があって無様なところが多くなるにしろ何故彼は試合に出なかったのか?」

”過小評価”だろう、
「控えめ」とかの綺麗な言葉の意味とは裏腹に、彼の自分自身に対する過小評価の根拠は活躍として彼が認めるレベルの高さ(ここが最も顕著なのがイチローじゃないか)にあるのだと思う、結果としてそれは個人意識の高さと同時に自分の実力の過小評価になる。
プロ野球のファンであれば、ヤクルト黄金時代に「古田が元気に試合に出られたらヤクルト優勝」と誰しもが思ったのであって(特にこの論者の筆頭は評論家の豊田)、彼が打てなくても盗塁阻止ができなくても、その存在は余りあるものがある筈だった、
しかし主観ではそれを評価できないんだな〜
ここは心理学的問題であって、メガネをかけたキャッチャーとして一度野球を諦めたのは彼自身であるって歴史的事実(彼は一度高校で野球を諦め、通常の受験勉強をして大学に進学する)がそれを証明している。彼を評価したのは当時の高校野球の監督の方で「あまりにも勿体無い素材なのでよろしく頼む」と大学野球部の監督に連絡したのがきっかけで今の古田があった。

そうなると今年と昨年の古田の”謎の采配の理由”も察しがつく。
つまり「こうだろう」と内心思う前に、ついそれを過小評価して「こうじゃないか(無難な線にスポイルされる)」の方を無意識に優先させてしまったのかも知れない。
その方向性が、自分が監督の立場となって余計に顕著になった(彼の過小評価を修正する”監督”がいなくなった)、
彼の監督しての采配の評価にはここでも安部政権と同じで「お友達采配」と呼ばれたものが随分とあった。これも同じ”過小評価”で説明がつく、
自分を過小評価する結果→自分と関係したベテラン選手を評価する形(彼らの評価の背景には古田自身の評価が投影されれいる)になってしまったと考えれば説明がつく。

ほんとに残念、
『彼が本気を出した時』
このテーマは彼が次にユニホームを着た時まで待つより他は無い。
一般には彼は「TVキャスター」等の江川路線で二度とユニホームを着ないのじゃないか?とも言われているけれど、引退・辞任記者会見で彼がユニフォーム姿で現れ、それを記者に質問された時「(ユニホーム姿?)僕は野球選手ですから」の言葉に、”彼は必ず戻ってくる”と思ったのは俺だけだろうか。


毎日新聞2007年9月19日『古田選手兼任監督が現役引退 監督も引責辞任』
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070920k0000m050017000c.html
 涙の理由は?
「いろいろ思い出すとね。寂しいというよりも、どちらかといえば悔しい方かな。よく分からないです。すいません」
■関係者コメント
▽楽天・野村監督 昨日、本人からあいさつの電話があった。詳しいことはモゴモゴと言いにくそうだったが、一から出直しますと言っていた。(将来)再びユニホームを着る気持ちは、十分あるようだ。


スポーツ報知2007年9月20日『古田兼任監督、号泣退団会見…ツバメ一筋18年に幕』
http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20070920-OHT1T00049.htm
◆ノムさん「何で2年で…」
ヤクルト時代の恩師、楽天の野村監督は、教え子・古田の早すぎる退任を残念がった。前夜(18日)に直接電話を受けていた指揮官は「何で2年でやめるのか。我々の後の(監督の)素材が少ない中で、これから監督らしくなるところ。監督は損な役回りや」と無念の表情。兼任監督についても「やはり、経験者としては名参謀が必要。ある程度、任せられるやつを置かないと。今のヘッドコーチ(伊東)はピッチャー出身だから、しんどいわな」と難しさを指摘していた。
posted by kagewari at 15:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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