2007年07月20日

人類普遍の問題として考えてみる

とにかく人類は動物学的に見て特異な存在だ。
ミッシングリンクの話をしようとは思わないが、生殖・行動様式・容姿・進化のプロセス、何処を取っても『サルの進化としては失敗作』としか言えない不可思議な特徴を持つ。
ここで、動物学的な云々を書くつもりはないので(笑
その特徴から類推される人類に普遍的な心理学的問題なる部分に焦点を合わせたい。

心理学的に捉えるなら、「他の動物と比較できなほど肥大化した性的ストレス(年中性交可能な哺乳類はほぼ人類だけ)」「オーバークオリティーのロジカルな処理能力(肥大化した頭はは幼児の自力活動能力を失わせているほど)」「野生で自給自足するには著しく身体能力や装備(毛皮)が劣る」「その結果文明との共存無しに独立して生存する事それ自体が難しい(本来の動物なら早々に動物園的環境から脱出して自然に還る事がハッピーエンドなのに人類の場合ドロップアウトとか落伍者等に分類される)」等々枚挙にいとまが無いが、アブノーマルな生物であるのはガチで間違い無い。

そんな人類特有の普遍性を”前提”にこれを心理学テーマとして(避けられないんだし)考えていかなければここはしょうがないんであって、
『落しどころとして、どうしたものか』ぐらいに考えてもちょうどいいぐらいだ、
そんな厳しい環境(人類が人類である事)の中で決定打とも言えるのが『動機形成』だと言える。
つまり、心理学なるものは動機形成の学問だと考えて間違いじゃない。
生物学的に
「その始まりには、強烈なモチベーションでその危機を脱出しなければならない環境」だったのかもしれないし。
ダーウィニズム的に
「殺人(チンパンジーなんかのサル殺し→祭り→肉食は有名)淘汰とも言うべき人類タイプの競争によって旺盛なモチベーションを持つ種が残った」のかもしれない。
この両者に共通しているのは、とにもかくにもモチベーションだ。
つまり心理学的に人類はそのモチベーションを動機形成としてスムースに代謝できないと、自家中毒よろしく恒常的なストレスにさらされる事になる。
そのストレスは野生の動物であれば「動物園のぽっくり死」であってもおかしくはないのだけれども、事、人類はこのストレスにも猛烈な耐性がある(これも強烈なモチベーションを爆発させるための”タメ”として備わっているのかもしれない)。

とにもかくにも「動機形成に困らない人は幸せ」と考えてもいいのであって、趣味人や異様に仕事する人(これ自主的にね)等心理的にはすこぶる健康って事になる。
保守的思想の持ち主で「家族第一」も同様、
鬱構造なんかの場合にこれを当てはめて考えるなら、「仕事ができない」であったり「社会的なフェーズに不安感が多い」「外出できない」という現象面に目が行くのだけれども、一番大事なのは「その結果動機形成が阻害される」事で、心理的な苦痛の直接の原因は専ら後者である場合が多い。
行動療法的な「スケジュールでも何でも口実をつくって、とにかく何か活動する」事が有効なのは「補助輪付きで、動機形成を代行」するからで、ある意味直面している問題はむしろ文学的な要素が大きく(ここはロジカルな自我の問題なので)、力動的には「とにかく(これが別段何でもいいとこがポイント)行動する」事が重要になる。
※直線的には「仕事」や「人間関係」が本質的に重要なのではない。「仕事」や「人間関係」に問題が多いと動機形成時の選択肢が”やたらと減る”のが問題なのだ。

そんな風に考えると、この自分の動機形成ってな何だろうと考えたりする。
犬が野原で疾走するように、人間も時にはロジカルを全開にしてやらないと”らしくない”という事か、
タグ:動機形成
posted by kagewari at 07:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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