2020年07月14日

人種差別が論理的にナンセンスなのは小学生でもわかることながら(アレコレ)

そもそもこの偏見や対立は「『共同幻想』VS『共同幻想』の構図」で起きることなので、話を凄く単純化すると、同じ業界の法人同士がしのぎを削るシェア争いをしている様子と同じです。
営業マン的には「競争相手のA社にはこんな問題があり、それとは”違う”わが社で是非」って話なのだけれど、実際の現場としては自分が所属する組織の利益を最大化することが自己の利益や生存を保障するのだから、「A社が実際どうなのどうでもいいことで”まず敵”なワケです」。
しかし営業的には業界内で「わが社が上であるべきだ」というヒエラルキー競争しているのだから、
※「上位権威の主張=道徳的優位」→オートマチックでA社の蔑視となります(下位階層だと思っているワケだから)

この動きが顕著に観察できるのが、金融危機などの時に見られる「吸収合併です」
そら吸収された側の社員は「何々者の人間だった」という経歴(民族なら血統)により全員が蔑視されたり、負けてたまるかと内部対立が発生したりします(金融業界では「カルチャーの違い」と表現される)。
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これ絵的にもその構造も人種差別と全く同じ


人種差別は広範にどこから見ても理不尽に起きるので、なんつーか”悪目立ち”してるだけで、
『共同幻想』社会に起きる”自然現象”です。
『共同幻想』崩壊プロセスにおいて、
論理的には放っておいても「そういう意味の差別や偏見は自然に減衰」します

だって根拠の無いレッテル貼りなどの現象は、どうしてそうなのかわからぬまま(考えなしに)上からの共有事項は「だよね、そうだよね」と無条件で追従してしまう構造があって初めて成立すんだからさ、


逆説的に、米国南北戦争であるとか、大東亜戦争なんてのは、
厳密に言えば人種差別を解消しようとしたのでは”無く”、「ある特定の上部構造の元に当事者を同じ階級として並列にぶら下げようとした試み」であって、
(米国においてはWW2中に日系人を収容所送りにしたし、日本も戦中欧米人を”鬼畜米英”と呼んでいる。当該社会の権威上位構造の接続が無い集団は、下位に相当する敵なワケで、『共同幻想』バリバリな世界で人種差別撤廃と言っても論理矛盾が起きてしまうワケさ、)


■さて、『共同幻想』崩壊時代は「社会の(左翼を意味しない)リベラル化(世俗化)」が必然として起きます
それは同時に『単独者』ネットワーク社会の台頭や、
【ここ重要】→”確信犯的再選択者:(文化伝統としての)ネオ・コンサバティブ”などへの分岐も起きます(少数派に転じますがハードコアな保守派の台頭となる)。
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この後者は「皮肉っぽく言えば、自分たちを(違いのわかる何者かとして)むしろ差別して欲しい」ことになります。
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意味わかり難い?
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これでどうです?(ある意味インチキ集団なんですが、極端な事例の典型ではある)
”急進的菜食主義過激派のヴィー〇ン”とかですよ
(これ宗教系反動勢力なので、原理主義《ファンダメンタリスト》に近く、差別と言っても上位者として認定しろと脅迫してくる構図になりますがww)

”個性化の尊重は違いの尊重ですね”
”違いには、そら人間だから好き嫌いの自由もありますね”
カテゴリとしての人種差別は無くなっていくだろうと思いますが(近代以前と違い”文化的個性と人種が一致しなくなってきている”)、”再選択者同士の棲み分け”だとか、特定集団(残存していく『共同幻想』適応者を含む)に対する「好感や悪感はむしろ明瞭になっていくだろう」と思います(後述しますが”それでいいんだろうと”)。
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これが「アイデンティーポリティクス論」だとか、「グローバリズム否定としてのナショナリズム論」をより明確化・論理化させていくような気がしている→だってアイデンティーとか言ってるぐらいだし、
(※世界政府の統一で人類幸せなんて話になれば、どこぞのメイソン陰謀論と同じになってしまう上に、社会学的に不可能だから。←結局それは独裁全体主義でしかない、)
注1)『歩留まり』層は界隈でバリバリ行く『共同幻想』に嘘で調子合せる(世俗的追随の)達人
注2)『単独者』は界隈でどんな確信犯的保守が押し出していても、関係の無い部外者(美意識的にアリなら、部外者として応援することすらある)


●これは心理学なのかわからないけれど、
「何ぃ〇〇だって?俺は〇〇が死ぬほど嫌いなんだっての」←このセリフってさ、
同時に(ある意味だけれど)最大限相手(の個性:違い)を尊重する言葉ですよ。
だって先方からして「お前だけには好かれたくネーよ気持ち悪い」などの要望もアリアリじゃん
(※外から見れば、巨人VS阪神なんて「随分と仲のいいことで」を意味し、昔の言葉に「喧嘩するほど仲がいい」ってあるじゃん)
上記の”〇〇が”の部分が統計学やら社会学的に”無理のあるくくり(単に民族で差別するなど)”は「現代的には暴論なのでNG」でも明徴に確信犯的選択の母集団を特定するものなら”『自意識』が前面に出た自己責任担保の主義主張”として有効ですからね。
※勿論、当該対象が未だ後発国で『共同幻想』世俗化のプロセスを経ていない場合は”民族性”なる論議も有効ということになる



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posted by kagewari at 22:37 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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