2020年06月16日

ちょっとあれがあれなので人種偏見のことも書いておきますか

人種が何である以前に『個人』だから《終わり》


、、、で終わっちゃしょうがないので、
根本的な矛盾というか無理のあるとこ書いておきますか、
(結局、長々とした駄文になってしまった。長文苦手な人はスルーで)

某中国スパイも喧伝されている実業家コメンテーターみたいな某人物がいるんですが、
その中国贔屓の論説は別にして、
凄くわかりやすい解説していましたよ。
(話の趣旨は大人しいから日本人はダメみたいな意味もあるんだけれど)

「人種差別言われるけど、最近の偏見程度の差別なんざ”なんとも思わない”アルよ。だってあれでしょ僕も仕事で米国とか行って普通に差別されることあるけども、だから何ってことなんですよ。やられたらガーッと文句言ってやっつけるワケ、無茶苦茶大声で文句言います。するとさ”ああそうなのか”みたいに向こうも態度変えるからね。中国人はそんなことなんとも思わない。なんかこんな差別受けたからどうとか何をしみったれた事言ってんのかさ、バカなのかと思うアルよw」
(※ズケズケ物を言うし、決断がめっちゃ早いので、実際ビジネスなどの現場で「中国人と米国人は相性がいい」って話も有名。)
 ↑
■問題の本質表しているとこあるんだよね

近代以前の法的に人権無視が制度化されていたような時代とは”違いますからね”。
人種偏見であーだこーだ(法的には人権など保護されている国においてでも)言うってことはさ(個人が人種偏見ある奴を嫌うのはあったり前の話とした上で)、自分を個人である前に”特定カテゴリーの母集団の一員です”と自ら宣言してしまう決定的な矛盾を招いてしまう。

どういうことかって
「俺を個人として誰なんだと見る以前に、俺をナントカ人種としてみなさいな」←自分でこのように言っちゃってしまうことになるんだわ。
時に、この論議は民族や「人種のアイデンティーを否定すんのか?」のような誤解にもなるけど、
それ全然的外れなんだわ、
自分のアイデンティティーなんざ個人情報・プライバシーですよ、
(だって同じ民族やら人種だからって全く同じ概念を共有しているとかあり得ないだろ?←それこそ幻想としてしかそんな論議にはならない。)
 ↑
単純な話です、
それを横で見ている同じ人種の別人が
「おいおい、お前いつからナントカ人を代表したような口が利けるんだ、俺は全く違う考えなんだが」言われた瞬間アウツじゃん。
 ↑
●現代で進んでいる”特に欧米リベラル同調圧力のヤバいとこ”は、そんな異論があると(何人であろうが)「レイシスト」のレッテルを貼って猛抗議するため(彼らはレイシストに対しての暴力は肯定されるとまで言うからね)。
企業なんかは妙な不買キャンペーンでもやられては叶わないと(実際テロ行為みたいなこともあり得るからね)、しっぽ巻いて「おおせのとおりです」なんて事ありますが、
思い切りヤクザの総会屋に絡まれた時の対策じゃん(笑


<<<話を戻すとさ>>>

人種差別を殊更訴える人の論旨を逆さまにするとさ、
「白人だからいい目にあってますね(翻って”自分も白人なら人種が白って理由だけで出世できる”)」
なんだか穏やかじゃない話になるワケさ、
小学生が考えても「そんなワケネーだろ」ってことになるじゃんか。

個人としての自分があかたかも実存していない話になってしまうリスクがあんのよ。
(自分は何人だから何をしても意味が無いので、何もしません的な→レイシストを殴るしかないんです)
いやいや、
それは個人の尊厳を否定しとるだろ?
左派リベラルがよく言う表現の自由ってのはさ、個性差があるからじゃん。
(どうやら彼らの発想だと、人種が最もミクロな個性らしく《同一人種単一個性論》)

で、実際社会の現場で、
それほど仲の良くない知人程度の関係性の場合、
個体差って(互いに知りもしないのだから)外見や容姿や性別や年齢など特徴で”まず大雑把に分類認知”するって自然現象でしょうに。
この認知のカテゴリー分類がけしからんと、「その件は見えなかったことにしろ」ってさ、、
無理ありすぎだろ?

●繰り返しになるけど、この話の前提は「人権など法的問題が解決している前提」だからな
「何人は奴隷で」←みたいな法律があるんじゃ、個人としての生存や自由って個性化の前提が拘束されるだろ?この場合何人って種としての利害が大きく一致するため「何人の権利回復運動」という”幻想では無い共通の利害の一致”が個としてどうこう考えるより優先される上位概念問題となる。
この場合の闘争は「何人として」で全然アリなワケ、
 ↑↓
それに対して法的問題が解決されている先進国における論議は全く別の話になるのさ
(※しつこいようだが、この話は「カナダにおける警察が先住民集落でレイプなどを伝統行事のように恒常的に行ってきた事件」のような話とは次元が違うからな。根拠となるDATAは過去記事読んでくれhttp://kagewari.seesaa.net/article/475572123.html


●冒頭の中国コメンテーター氏の発言ってのはさ、
(既に日本なぞに暮らして自由の中でゴリゴリに個性化している俺をだな)「お前中国人だろみたいなカテゴリー階層の下部分類でしか存在してないような目でみるとかケシカラン、既に俺は何人とか離れて”俺”なんだってのをわからせてやろうじゃないか、いいか聞け俺はなー!」←ってことなのだよ、
故に、彼は人種として中国人が差別の対象となるような民度は民度として(バカは死ななきゃわからないだろうからお前の民度はどうでもいい)、俺を中国人のカテゴリ被せて見んなやって部分に怒っているため、
彼はどんなにその場でガンガン文句言っても、相手をレイシスト呼ばわりしていることに”ならない”のさ。
「人種差別に怒っているワケじゃないから」
 ↑
意味わかるかな?

そこで人種差別だって怒ることは、自分個人の尊厳を損なう論理矛盾になってしまうって話さ。
(怒るなら、自分が何人《母集団》だからでは無く「まず”俺に対して何してくれてんだ”」でなければ個性化《単独者化》した自分個人の尊厳を守れない)
 ↑↓
こんな騒ぎ(やれ人種)を現代先進国で大々的にやるとさ、
「なんか近代みたいな話持ち出すけど、おーそうかい上等だ人種に分かれて戦争だ。負けた方が奴隷な(時代は近代なんだろ)」←こっちのトンデモを引き寄せるだけでしょ。


<<<<更に話は戻って>>>>

●たいして親しくない相手の外見などで所見はカテゴリ認知される件
「だから何?」ってことなのよ、
何故って、ごく親しくなれば解消する問題でしょ。
うんで、たいして親しくない相手ってのは(『共同幻想』時代ならいざ知らず)普段から殊更関係しなくてもいい相手なんだわ。
無駄な関係性を省略すすることは、プライバシー拡大のた、個人的利益なんで、
 ↑
どうでもいいことでしょ。
「積極的に不特定多数との関係性を減らすことが、優先されるべき個人の利益」なんだからさ、
(ここは性行為と性病の関係で整理する方がわかりいいかな)


つまり、
「個性化の時代を否定して、気色の悪いコミュニティーなんとやらで、仲間がいないと死んじゃいますみたいな依存性人格でもなけりゃ、不特定多数のどうでもいい相手の反応などクソの意味も無い」ワケで、
(※『共同幻想』合理性が必然性でもあった、近代以前の農耕社会《集団による作業無しに生産ができない》と現代は違う。経済ファンダメンタルの違いは社会の構成を変えるから、)

妙なカテゴリー偏見で対人関係に意味のわからない線を引いて損するのは”相手の話”ですからね。
(更に赤の他人が自らの自己責任で《人種偏見損》しようが《そいつのプライバシーであり》、こちらの知ったことでは無い《どうでもいい》←例外は腐れ縁などで、ごく親しい間の関係となるが、冒頭説明の通りでごく親しい関係は「論理的に偏見《偏見はよく知らない相手にしか発動できない》とかあり得ない」←勘違いしないでいただきたいのだが、家族は「ごく親しい関係では”ありません”」)
 ↑
結局偏見は個人の民度の問題に収れんされる
(国家や政策ということなら教育やハラスメント関係法整備の問題:偏見は経済合理性を損なうからだ《国家はプライバシーでは無く社会的利益担当だからね》←この場合の問題定義は「人種偏見によるナントカ運動」であって、《今回デモのような》「〇人だからどうこう」とは”主語が違う”。)

●自分自身が個性化の末に「個人としてどうなのか」を最優先にしているならば、面白い奴と知り合う可能性は否定したら損です(何人の本は読まないとか、やれ何人の映画は観ないとか言ってたら面白いものを見つけそこなうかも知れない)。
「私利私欲のために、偏見でものを見なくなる。」←『単独者』的視点ある奴ならそうなる。
それって「うっかり自分の人種がやれ何人だとか普段忘れている」ってことなのさ。

※JAZZ界における「マイルスの白人嫌い」なんてのは確信犯的再選択なので(偏見では無い)例外
(福沢諭吉のナントカ論も同じな《偏見では無い》:民俗学的に何人の傾向などという分析する場合も”歴史的経緯”から、同民族固有の「退行傾向」を研究するワケで、経済破綻や安全保障上の脅威など国家の命運に関わる時にそれが表に出る的な話になる。←民族における強迫傾向の研究みたいな。)


<<<<そこから更に転じて>>>>

■某外国人などと談笑していて、風呂でも箸でも何でもいいけどさ
その振る舞いに
「〇〇さんやはり日本人、様になってますね」なんて外交辞令にちょっとうれしくなる時、
その様子ってのはさ、場面・シーンとして「the ノスタルジー」になってるだろ?
(※演出的には郷愁誘うBGMが流れるシーンさ)
確かに自分は何人だからねって認識は『退行系』なワケ。
 ↑
それがたまに(なんとかのスキマ的に)発生する程度なら問題にはならないが、
継続的、乃至恒常的に発生すれば「強迫心理」となる。

事実、ナントカデモの活動家がやたら引き合いに出しているのは何だ?
(K国の慰安〇ナントカもそうだが)
「昔話だろ?」
今回のナントカデモで象徴的なのは、歴史的モニュメントへの破壊だよな。

お前はいつの時代を生きてんだよ?
(現在の脳内は何時代まで退行しているのかね?)
中断の民俗学がどうこうんとこで書いたけどさ、
「経済破綻や安全保障上の脅威など国家の命運に関わる時にそれ(退行化)が表に出る的な話になる。」
→その反対は?「普段はそんなことに拘るような人じゃないのに」
 ↑
どっちが本当(本人)だ?
「民族的退行傾向」は確かにアイデンティティーのひとつかもしらん(帰るべきところ=ノスタルジー)、しかしだ現実は(時間は)先に向かって進んでいるんだぜ。
連日連夜過去に帰ろうとするなら、現実との時間的乖離は回復不能になる。
程度の問題を超えれば、単なる「強迫心理」でしかない。



●しかもファクトチェック的に「主張する歴史的経緯やらが知識の偏向で事実と異なるとこがあるとか(K国じゃないけどさ)」あったらどうするよ?
(エディプス・コンプレックスの存在=100%《程度の問題が》事実と異なる、人種に対するコンプレックスが自身に予めある場合=歴史的知見が事実と異なりやすい)




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posted by kagewari at 08:11 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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