2020年05月27日

「強迫心理」下でよくある誤解(道徳論の若干回りくどい説明、、長いよ)

事あるごとに(メンタル問題離脱過程などの”思春期『反抗期』の再現”=仮想単独者状態の時には”いい悪い”論は言語としても使用禁止にしてくれって話、ブログのタイトルにまで書いてんだけども)、”いい悪い”論の持ち込み禁止と厳命してきているワケだが、

ニーチェの『善悪の彼岸』(道徳の向こう側ともで言えばいいかな)じゃないけど、
(※昔はサイドバーの推薦図書で紹介もしていたんですよね)
今や、何が書いてあったのかも記憶の彼方だが(笑
ごめん、ニーチェ先生、、

と、に、か、く、意味を取り違える誤解が多いので独立記事とする

●「相手の立場で考える」って言葉の意味です
たとえば、
「『共同幻想』社会ではこう考えるので、同様行為は彼らにとって(動機分析)親切です。」
 ↑
はい、これが相手の立場で考えるですよね?
(自分の立場ではクソみたいな迷惑な話が、なーんと相手の立場では親切なんだ)

小学生でもわかるような話に見えますが、みえるんですがー
自身の自我に問題意識を持つ自我(略して”メンタル問題”)の場合、
どーーしても構造的に却下される事例が頻発します。

■この仕組みはちょっと複雑なので(ついてきてくださいよ)段階追って進めます
1)メンタル問題と言えば?「強迫心理」
2)「強迫心理」と言えば?子供自我が思春期『反抗期』により一度全否定のプロセスを経ずに、一部あるいは多くが残留してしまった状態
(※ちなみに思春期『反抗期』ってものは、大荒れすればいいってことでは【ありません】。結果として《有れようが穏やかだろうが》「子供時代の自我を一度全否定できているか?」なんです。←大人化してから子供自我の何を”再選択”しても可だが、一度全否定掛かることが重要。→なので道徳含めて一度全否定がかかるので、思春期には非行化が発生しやすいワケ、)

(※ちなみに2)、親などの権威者が、教師や大学教授や警察官や宗教指導者や社長なんて場合外形的に”そのまんま権威職”であるため、思春期の青少年の『反抗期』アイデアで覆せない場合も多くなる《強迫リスク世帯》、近代王族などにあった「帝王学」ってのは、子供時代から「君は特権階級で偉いんだよ」を刷り込むことで《親外形的権威との相対的バランスとって》外形権威リスクを減少させる狙いなのだが、やり過ぎると”親殺して下克上”なんてことになったりもするww)
 ↓
3)子供自我が残留すると「道徳は人類普遍で均一に決まっている」的な傾向が継続する
4)そもそも子供自我は(親が平気で何の疑問も無く”結婚制度”などというものを肯定している人物なら)→ゆくゆく『共同幻想』適応を志向するように仕組まれてます(これが後の「承認欲求」)
 ↓
5)道徳がらみの対人関係トラブルが起きると、
「なんでもかんでも悪いのはどちらですか?」という善か悪の二項対立以外で考えられなくなる
(双方に違う道徳があり、大人の社会は《いいとか悪いは置いとくとして》互いの思惑が相克するのが日常茶飯事だってな概念にシフトできない)
 ↓
6)しかも漠然とした『共同幻想』志向が消えないため、
『共同幻想』の論理などを説明すると?→なぜか反射的に自分が悪く言われていると勘違いします
(いやいや、『共同幻想』論的にあっちの社会事情を説明しているだけなんだが、、、)

●結果論として「(考えの違う)相手の立場で考える事、それ自体の意味がわからない」
(この文章でも更にまた誤解されるので注記しますが、自分の考えを押し付けようとしているって意味ではありません、むしろ【その反対】で、自分の考えを必死に相手に合わせようとするんですよ。)
 ↑
し か し その手法だと構造的に対人関係トラブルが頻発します、
(加えて認知構造『被(こうむる)』によって、無意識に自分が被害者である視点から全体像を見てしまい、対人トラブルの頻度が「承認欲求」をさらに煽るマップポンプ状態となる。)


1)〜6)+●+『被(こうむる)』=相手が悪い筈だ
(自分が被害者である以上、相手は自動的に加害者である筈《自他を含む過失や誤解も想定できない》→過失や誤解の話=直情径行で「相手を擁護している」と認知してしまう。←反射的即レス反論興奮発動←動作が反射的=無意識的反応だから。)

となるため、
(冒頭記載の)以下のように事象を説明した場合
 ↓
「『共同幻想』社会ではこう考えるので、同様行為は彼らにとって(動機分析)親切です。」
などと説明するとこうなる、
 ↓
▼「そうですか、私が悪いっていうんですね。相手はいいですね〜、好き勝手して(私に被害を与えているのに)悪いとも言われず、親切とか言われて」


    っえ?(そんなこと誰も言っていないんだが、どういう謎理論?)


いやいやいやいや、立場が違うんだから(こっちはこれから仮想単独者として『反抗期』の再現或いは追体験で「強迫心理」を幻滅しようとしているんだが、、)
「仮想単独者VS『共同幻想』なので利害は敵対(反対になる)でしょ。彼らの親切はあなたにとって迷惑です(ですから彼らとの関係はいいこと無いので関係切るように言いましたよね?)。嫌ですと関係性をきっぱり断れば対人関係トラブルの大半は消えますよ?」って説明しているのだが。
 ↑
これを、そうですね、、、20回、30回説明しても話が通らないこと珍しくないです。


■「承認欲求」も併存するため(意地でも『共同幻想』適応者にならなければ的な)、何回忠告しても『共同幻想』との関係をズルズル続けてしまったり(”取巻き”化や自演不快ドラマ化)、自分が”まずは非『共同幻想』系の立ち位置で”と投げかけられること自体に否定的だったりするんです。
 ↑
だって、その(強迫心理による)否定感(子供時代の権威性認知の否定への反発=結果論としての肯定)が発端で→思春期『反抗期(子供時代の権威性認知を一度全否定)』が、不発だったり不全だったりしたワケで=転向や覚醒や再選択などの手法による大人自我再構築が工事中のまま
 ↓
(ここでぐるーっと初動の精神分析に戻っちゃうんだけど→えーっとエディプスが、権威性認知が、、)

※この辺の”何々時代の自我”というような自制の認識から、退行を促す概念として、
俺は「the ノスタルジー」を定義しているワケ(後ろ髪ひかれるように退行局面《ホームシック不安》へ引っ張られるフラッシュバック的な心象風景:SF冒険ドラマで言えば”ダークサイド”だよ、)。


つまり「強迫心理」がからむと、
利害の違う(道徳上のいい悪いが違う)相手の立場をシミュレーションできない
ので(共感する必要性はどこにもなくて→「へーおかしな奴らだな、彼らはそんな風に考えるんですか」だけでOKなんだが、、)、
相手の動機の理解や思惑の予測ができず、
(とりあえず自分の場合優先『被(こうむる)』で、相手の動機まで考えてしまう)
※すると?対人関係に齟齬が乱発することになります
 ↓
構造的に、恒常的に、対人関係トラブルが発生する(結果論としてね)


この現象は一筋縄ではいかなくて、
「私は個性派で一般的とか普通はこうだからとか嫌悪してますよ」←この人物でも発生します
上記の台詞は、「強迫心理」が残留していても言えちゃうんです。
どういう仕組みで言えちゃうのかというと、
「無意識に自分を道徳的上位に置き(勿論無自覚)、一般的や普通って世界を無意識に差別的に見下している場合(勿論これも無自覚)」です、←当人に自覚は無いが言動に現れる(時々反抗期の中学生のように怒ってしまう・機嫌が悪くなるなど)
 ↑
思春期の”大人は汚い論法”がそのまま継続しちゃっているケースで←子供自我がまんま残留しているのでは無いが、未完の思春期『反抗期』がエンドレス形態で「強迫心理」化していると考えることができる。

(※『単独者』は『共同幻想』社会を毛嫌いしていたり、心底迷惑だと思っていますが、相手の立場を見て無意識に蔑視するなどは無い《蔑視するなら意識的に堂々と》。むしろはっきり敵なんだな《水平的関係》と思うだけです。)


●という経路で、一見個性派を自称している人の自我に「強迫心理」がひそむことはあります。
(上記ケースの見分け方的には、どこかに「ノスタルジーの影」が見える筈)


俺は一番簡単な方法として、
■「無条件にいい悪い論をまずNGにしてください」←とそれを規定にしているのですが、
ダメだと言っても(それがまた無意識・無自覚なものであるがゆえに)何度も何度も持ち込まれます。
長年の研究で、
まずその思考をNGにしてしまうことが早道だと結論出てんですが、
(いいとか悪いの感覚出たぞと思ったら即時「バカか俺」を発動して欲しい、、)

ま、心理学がそんな簡単なら炊飯器のように誰でも使えるってことだわな



<<<<今回のEDは、、ままよでEDも長いよ>>>>

ド・昭和ネタでごめんね、
歌番組夜のヒットスタジオなどでおなじみの(昔はカラオケとかもメジャーではなかった)
「演奏は、ダン池田とニューブリードで」←耳にタコできるほど聞いた世代があります
しかし、ダン池田とニューブリードのバンド編成からわかる人はわかると思いますが、
正体は「JAZZのビッグバンド」ですよね。
(歌謡曲の伴奏が本職じゃありません)

ご存じのTV番組や歌合戦からのど自慢まで彼がどれほど演奏してきたか、
●しかし、本職の自分のバンドのJAZZの演奏で知られることは無かった
そんな高度経済成長時代の音楽シーンに生きた、
「ダン池田の気持ち」はいかようなものだったのでしょう、
(それこそ昼は嫌々白人向けのダンス音楽演奏をやり、夜のクラブで《適当に昼の演奏譜面のコードをテーマにして》憂さ晴らしの即興演奏を始めた「モダンJAZZの始まり」そのものだったのかもしれません)
動画説明には「JAZZも」って書いてあったけど、
違うでしょ、この編成カウント・ベイシーみたいなのやりたかったんだよね?ダンさん。
(毎度だが、違ったらごめんw)

映像はありませんが、演奏音源だけが残っていました
■「ダン池田とニューブリード、ヤ・ゴッタ・トライ」
ダン池田とニューブリード 1978 4 (AUDIO ONLY)



●えー特定世代のみなさんが’よく知っているダン池田とニューブリードの姿がこちら
「リアル、ルパン三世はここですか?」
山本リンダさん、「もうどうにもとまらない、演奏はダン池田とニューブリードです」


昭和って、アバンギャルドだったなぁ


■ダン池田トリビュート的に、勝手に彼が好きだったのかなと、
カウント・ベイシーを紹介してEDとしましょう
Show of the Week - Count Basie and his Orchestra (1965)


(俺はビッグバンドJAZZは聴かないんだけど)
チクショー!カッコいいっ!!てかリズムセクションが強ぇ〜
最後36分からのドラムソロが半端無い、ヒト超えてる、、、

ちなみにこの時代”彼ら”が、カウントとかデュークとかキングとか貴族や王族の称号を名乗りたかった背景に、苛烈な黒人差別があったことは言うまでも無い。



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posted by kagewari at 22:30 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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