2019年12月12日

リクエスト関連(隣の芝生さんから動物の話)


隣の芝生さんから
>少なくとも愛犬や愛猫には自分は嫌われてるかなんて思ってないし、自分のこと以上に大事な存在でした。なのに彼らの変化に気づけませんでした。人の気持ちを分かろうとしないとか自分のことしか考えないとのことですが、人のことを考えて分かろうとしてるのに察するのが困難な発達障害も多いですよ(同時に見抜かれやすい) 。https://asdlife.net/blog-entry-503.html あとは感覚の違いで誤解されるとか(例えばデブは一般的には失礼ですが、言ってる本人は太ってる人が魅力的で誉めてる)。

所謂(心理学としては臨床系の全ての判断を由としているワケでは無いが)
臨床系の学会の見立てもその線にあるんですってば、
彼らはそれを原因というか因果関係として見る視点が無いからかくかくしかじかって話になっていないだけで、
臨床系というより教育者サイドの見解に、
●たとえば学習障害と呼ばれる現象と知性には全く関連が無く
教育の進め方(数式がアレなら図形でなど)認識の偏りを逆読みする形の試行錯誤で、バリバリのアイビーリーグに進学する成功収めるなど(そら米国の事だから特別な支援無しでは難しい高額な組織じゃないかと思うんだが)実績を上げている。

話は戻るが、
臨床系も因果関係の説明ができないだけで(心理学の知見が無いから)、
その状況は観察しているワケ(それを彼らは症例にまとめてしまうので”そら違うだろ”って話をしているのさ→臨床系がリハビリに無関心でいいかね?って)、
●彼らの観察というのも「特定事項に強い関心を向けるため周囲への関心が落ちる」←だいたいこの辺を特徴として報告してたりする。

でURLの個別具体例にエビデンスとしての意味があるのか微妙なところあると思うけれども
上記の臨床系の観察を裏付ける証言をしている。
ここですよ
>自助会などであえて観察させていただいていると、まず、アスペルガー症候群者では表情に着目する習慣を持たない人が多い。
 ↑
習慣になるほど意識的にリハビリ行うことで効果が期待できると、
自ら証言しているのと同じだ。
(それにしても文中に登場する”定型者”って表現の嫌な感じが気になって仕方がない。明らかな差別表現だと思うんだが。)


<<<<あなたは何を勘違いしているのかわからないんだけれども>>>>
また、話にいい悪い持ち込んでるんだと思うよ、、
とにかくさ、この世に道徳など無いし、いいとか悪いとかそういうのが好きならどうぞご自由にと思うけれど、少なくとも俺の論旨には道徳的判断全くありませんので(小学生じゃないから)。
「あのすき焼き不味いんだよな」って印象あっても「それを悪いんだ、いやいやいい事だ」とかトンチンカンな発想してませんから(そういうイカレタ宗教なら別かも知れないが)。

●改善の可能性が十分見込めると心理学だから示唆できる要素がありますよと、
(そこはそれ臨床系は事実上心理学否定派だから、その意味もあってリハビリ的な事に関心が無いのだろうけれど←彼らの関心は投薬の臨床だから。)

そこを心理学的に詰めてみるとどういうことが言えるだろうかって論説書いてるんであってだな、
、、、くだくだ書いてても仕方がないか、
●さて、リクエストの趣旨として一般読者に向けて書いていきますけど、
特定事項への強い関心は【興奮を伴う認知】を意味します。
 ↑
ここが重要なんだよ、
だとすると『興奮』が起きるプロセスを個別に考えるのが得策。
(臨床がナントカ障害と呼ぶカテゴリの定義がまーあまりにも大雑把なので特定のナントカ障害を前提にしないで読んでいただきたいのだが)
なぜってその『興奮』がいくらか沈静化すれば、その分周囲が見えるんだから。


この話は今下書き原稿書いている某記事に被るので、
どこまで書けばいいのかしらってあるんだけれど、
『恐怖症』(や不安症)なんてのもその典型で、
大きな被害なり失敗なりの想像やフラッシュバックが(エンタメ効果で)『興奮』を呼んでいるのであって、高さに比例して恐怖や不安が発生しているのではありません。
(お化け怖い子供なんてのもそのパターン←不安が本当となった時の実被害想定がトンデモに現実と乖離している)

五感だとか人体としての本人に対して『自意識』が過剰な場合(※典型例が自律神経失調だよね)、
なんて言えばいかな?慌てている人に対して、あえて厳しく「ウルサイ、少し黙れ」って場面あると思うんだけれど(目を醒ませって奴:昭和のドラマシナリオなら決まってビンタだった)、
狙いは黙るだけでもエンタメ想像が制限されるためで、人はそこ経験的にわかってるよね。
例えば鬱なら「何々になったらどうしよう」というような”言語表現や発言”をまずストップさせる。それに成功すれば一定の効果が期待できることを意味していて(暴論さるぐつわでもいんだよ)←座禅であるとか読経《これは関係無い文章を延々朗読させることで「どうしよう」的な”発言時間を強制的に消す”のが目的なんだけどさ、
(『自意識』がやらかすエンタメ的煽りを止めるだけでも一定の効果があるってことさ→TVが煽りのフェイクニュースばっかりやってるならさ「まずそのTVを消せよ」って、)
 ↑
つか、前述の(過剰となる)『自意識』の振る舞いは「自由意思の『自意識』マターでは無く」、
所謂『自意識』共犯って奴ね。
(フェイクニュース煽りネタを提供しているのは「強迫心理」だから)

●よく聞く台詞の「どうしてもそう思ってしまう」ってアレさ、


<話を巻き戻すけど>
●「裸の大将」として知られる山下清画伯なんかの話によると、
確か彼はその貼り絵を”後から宿舎などで作画しており”(半ば直観像のサバン症候群的な)全て記憶だけで作品を作り上げていた。
認識力自体はフォーカスしている分凄まじいものがあって(彼は幼児期の病気による後発傷害)、脳やロジカルに何らかの損傷受けても、人体(ワイルド)としての本人機能が健在なら周囲の観察能力それ自体には問題は全く無いのであって(人間のようなハイレベルの自我を持っていなくても捕食獣〜草食獣、魚類に至るまでバリバリにサババイバルしてますから)、

「能力的にできない」と諦める事はおおよそ建設的な話と思えない。
(これもまた逆の意味で差別的だと俺は思っている。→「その必要が無い」なら大アリになるんだけどさ、”できない”って言葉にするとさ”できなくちゃ道徳的によくない”みたいじゃないか?←こんなとこに道徳持ち出したらもう最悪)
てかもう言語としてオカシイ、
能力的にできないのでは無いから
●「能力的には問題が無いのに、どうしてもそうなってしまう」というのが正確でしょう
 ↑
故に、俺は「できないからハイ投薬」みたいなのは違うんじゃないのかと問題提起してんです。
(心理学的判断は合理的に考えた結論に過ぎないワケで、そこに大意は無い。)
 ↓
もう一段活用すれば「しなくちゃいけないことなど何ひとつない」のだから


自分の判断で(道徳抜きで)「やろうと思ったが、かんばしくなく(別にそんなことできる必要性どこにもないのだが)気持ち的にさ、もう少しどうにかなりませんかね」っ時に
■「手が無いワケじゃないよ」って話をしてんの、


「できないのでは無くて、やってないだけだ(何を?)」と考えれば、
『自意識』の出方によってはどうにかなる要素を発見できる。
「どうすりゃいいのか?」って考えられるからね
(人間の脳は片側が欠損してもリハビリで機能回復するんだからさ、そのモジュールが先天的に脳から欠損していたとしても諦めるような話では無い。事実なんとか障害で想定されるのは脳内物質の受容体の変遷などと考えられるので、リハビリの効果は事故などの物理的欠損以上に期待できる。)
 ↑
どの方向でリハビリに注力すればいいのかと考えた時の参考となるから
(※それを個性だと考える方向には生物学的な見地から疑問がある。目先の事象に『興奮』し周囲の観察がおろそかになることは死を意味する。人間だから個性だからと”死の危険を知らせず放置”し、何らかの状況に依存しなければいけない方向に誘導することが合理的判断だとは思えない。←しかも最後は「やっぱり投薬だよね」ってのは違うんじゃないかと※投薬全否定じゃないけどさ、、)


『興奮』のプロセスは様々だけど(この辺は詳しく後日書きます)、
その対処として有効なのは、
言語的”まじない”とでも言えばいいのかね(陰陽師の言霊的な)、
■(『興奮』の反対だから)「まあ落ち着け」でしょ(『一拍置く』)
●そして「バカか俺」であり、
●決して即断をせず(その場では感想を述べず、かぶりをふって寡黙に去り)
「帰り道独りで考える方が正確性が増す」
(規則正しく歩く事でストレスや興奮を鎮静化させるセロトニンが分泌されるから)
(同時に『興奮』で期待されていた快感代謝が欲求不満化しているワケが、歩く事で行動療法的にその一部は運動により代謝できる。←全部代謝するのは無理だが。)

漫画家のえびすさんがその代表だけど(親族の葬式で笑い転げた人)、
「○時から○時の式典終わるまで、無感情の修行」とか枷はめれば、即断でつい声に出るとか自立的に抑制できる。
この繰り替えしで10回に1回後から振り返った時の解釈が”違っている”体験をゲットできればデカいんだよ。「『興奮』返し」があり得るって事だからね。

そして、嘘も方便じゃないけどさ、
ちょっと盛った感じで(カウンターあてて)
「なんかさっきの俺の内心違うくね?」と仕掛けてみる
 ↑
ここも”嘘”なるワードでまた道徳的に興奮する方いらっしゃるかもだけど、
その場合は”ハッタリ”と考えればいんじゃないのかな。

「巨人の江川っつったって、ただ真っ直ぐ早いだけじゃネーか。俺は二流で変化球打てないけど、強直(きょうす)として知られてんだ、馬鹿にすんなよ」
で実際、二流バッターとして有名だった大洋ホエールズの加藤博一がバカスカ打ちましたからね。


●ほらDQNの笑い話として馬鹿にされるけどさ、
ボコボコにされた後で「この辺にしておいてやる、覚えてやがれ」って強がりあるでしょ。
これはとても賢明なカウンターでさ、
嘘でもそれ言うだけで勇気出るってのかさ、実際少し回復すんだよ。
「る、せぇ馬鹿野郎」適度まで、

こんな場面で道徳なんざ持ち出すほど野暮なこと無いだろぅが。


「できないんじゃないの。そもそもする必要もないしワザとやってねーんだよ!」
 ↑
スタンスとしちゃこっちの方が何倍もマシ(楽)なんだってばよ





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