2019年03月15日

どうでもいいことシリーズ「リチャード・クレイダーマン」論

ここに尽きるかな?
・キース・ジャレットのソロパート凄いいいとこは1小節前後しかもたない
・他、名だたるギタリストのソロパート珠玉のリフ、実は1小節前後しかない
・CMでもお馴染み、クラシックの名曲『カルミナ・ブラーナ』
”皆さんご存じのいいとこ”は最後の55秒である
(コンサートでは観衆のほぼ全員がここのいいとこを粘り強く待っていると思われるww)
カールオルフ、カルミナ・ブラーナ「おお、運命の女神よ」んところ
そっから再生するように埋め込んでます
 ↓
Carl orff -Carmina Burana /Koninklijke Chorale Cæcilia

(限界までの大音量で視聴ください、冒頭3:16のとこのラッパもカッコいいですけどね)

※他、ドイツ系クラシックによく見られる「サビが永劫回帰リフレインして退屈してしまう(ひつこいぞ!みたいな)」バージョンもありますね。←これも聴く側に胆力が求められる。

●いうまでも無く、現代ポップス作曲手法における
「ザビから入るイントロ」は、サビパートのリフをしつこく聴かせる狙いがある

この論議「どちらが正しい」とかでは無い

アートストが自分をアナクロでも求道者のような表現者として認識するのか?
アーチストが自分を大きくオーディエンスに影響を及ぼしエモーショナルに揺さぶる表現者を(快感代謝的に)求めるのか?
 ↑
個々人のスタイルの違いね。

●リチャード・クレイダーマンは(民主政治じゃないけれど)大衆に自ら入っていった人物
なのですよ。
wiki見るととても面白いのだけれど、
https://ja.wikipedia.org/wiki/リチャード・クレイダーマン
彼はフランスの「パリ・コンセルヴァトワールに入学してからは天才と呼ばれ、16歳でコンセルヴァトワールを首席で卒業する。」傑物です。
どこやらのピアノコンクールでタイトル取ったも同然、クラッシック世界でも食えた筈の天才。

この人物が何故かポピュラー音楽の道を選ぶ。
wikiによるとその事物像も
「大変なはにかみ屋で物静かな人物である。休日も出歩くことは滅多になく自宅でピアノを弾いたり音楽を聴いたり読書をして過ごすことが多い。外出する時も運転手付きの大型車ではなく、愛車のBMWを自ら運転するか友人とバスや地下鉄に乗って出かける。楽屋で用意される飲食物もシャンパンやキャビアではなく、サンドイッチとミネラル・ウォーターとリンゴがあれば充分と答えている。酒やたばこは一切たしなまない。」
こんな人、

俺はね、きっと彼はクラシックに詳しい音楽エリートじゃなければ楽しめない音楽って何か、
みたいな問題意識あるんだと思うのよ(音楽や芸術における「羞恥心の壁」論)。
思ったとおりで、
wikiによると晩年の彼は、NHKの高齢者番組で素人にビアノの講師とかもやってんのさ。

●事実、当時の団塊世代なんかが「ピアノ弾けたらいいな」みたいな流行のキッカケともなった
渚のアデリーヌ

(どことなくアルバムジャケットかな?クレイダーマンの写真も演歌歌手のようでもあるww)

所話のこの時代ってさ、
団塊世代のお父さんが、娘の結婚式でピアノ演奏するとカッコいいかも?みたいなだね、、
虚ろいゆく『共同幻想』の斜陽の中で、僕にも何かできるかなって涙ぐましい抵抗が散見されたりしていたの。


個人的には(『単独者』的には)
「え、クレイダーマンよりこっちこそ練習簡単じゃね?」
 ↓
Satie - Gymnopédie No. 1(サティ:ジムノペディ No 1)

(ちなみにこの動画主のショパンのエチュードみたらそっちは死ぬほど難しいのがよくわかるww)

Satie - Gnossienne No. 1(サティ:グノシエンヌ No 1)

 ↑
娘の結婚式でグノシエンヌ演奏して会場を鬱のどん底に叩き落とすお父さん
あーそんな勇者がいたら立ち上がって「ブラボー」絶叫します(笑


そ、、、そんなことは ともかくにだ、、、
大衆が(最初っから最後まで音楽エリート知識無く)楽しめるピアノの調べ、
これがクレイダーマンな訳で、
「羞恥心の壁」もろともせずその道を選んだ偉人です。

(彼が自身のプライドをそれでも守れたのは既に「コンセルヴァトワールを首席」のタイトル持っていたからなのかなとも思うけれれど。)

●逆説的に言うとどっかでここ書いていると思うけど
ロック界におけるパンクってのがそこに通じていてさ
演奏下手な癖に、悪びれずカッコ悪さをスタイルにして(既にそれが音楽表現形式になって、実際は上手な人もこのスタイルでって文化になるんだけどさ)、
なんつーか音楽エリートに対する反抗みたいなロック魂化にも至るのだが(パンクでフールでルーピーに行こうぜみたいな)、

クレイダーマン的在り方ってのは、
アングラ演劇に対するブロードゥエイや劇団四季的商業演劇の在り方と同じで、
どちらが正しいとかでは無いのね、
音楽の趣味にどっちが高尚とか馬鹿らしい論議だしさ
(どの音楽が好きだから恥ずかしいとか無いから。そしてやれパクリどうこうとかも野暮な話だと思う。)

勿論好き嫌いは大いに自由なワケで、
「なんとかファンなんてクソだ」も自由、
しかし全体の文脈的に
『共同幻想』研究的にも「クレイダーマンってスゲーんだな」って抑えるべきポイントに思う。

(「マツケンサンバふざけて踊ってんじゃネーぞ馬鹿野郎」な気持ちもわかってくるというね)




<<<今回のEDは昭和団塊の世代に捧げるって意味ではないのだが>>>

娘の結婚式にピアノ弾くお父さんの話じゃないけど(笑
団塊の世代の”意識の高さ”がわかる、天才井上陽水による日本最初のミリオンセラーアルバム『氷の世界』(1973)から
(シングルじゃなくてこのアルバムが日本最初のミリオンだった事は日本音楽シーンにおける画期的な大事件だった)
井上陽水『氷の世界』

多分youtubeサイドバーにはこのドキュメンタリーがある筈(それは吉田タクローへの宣戦布告みたいな意味もあったなどなかなか面白い)

そのドキュメンタリーより
井上陽水と言えば『心もよう』だが、
当初A面になる予定だったのは『帰れない二人』の方で、この作品はRCの忌野清志郎氏との共作であり音楽性はこちらのが上だと言われていた(それこそクレイダーマン的判断でA面B面は差し替えられた)、
井上陽水『帰れない二人』(井上陽水/忌野清志郎共作)

(確かに現代ならこっちがA面かもね)


大ヒットする『心もよう』はこちら





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