2019年01月19日

宗教論も逃げずに考えないといかんなと(2)

前回の続き、
宗教論も逃げずに考えないといかんなと(1)
http://kagewari.seesaa.net/article/463633602.html

話しの前提:「パスカルの賭け」的に”神や宗教など”の”あるかも知れない興奮ネタ”の存在に賭けることが、(同ネタにレスポンスする自我にとって)自我経済的に証明可能。
しかし、
■何故一生を賭ける事案なのに『共同幻想』の代表選手である「宗教」の選択は
(仲間に「結婚や分譲マンション他」)
リスクヘッジを全く意識しない(または抑止されてできない)
賭け率的に最も無謀な”探勝一点買い”なのか?
しかもリスクヘッジ行為は(二股宗教、二股恋愛や重婚、中古を含む廉価な住宅購入の追及などなど)、『共同幻想』強迫性の原動力でもある「道徳的な禁忌扱い」となっているのだろうか?

加えて、所謂市井の市民が多数派である『共同幻想』適応人格は「ド・Mな破滅論者でもなければ、一発勝負の勝負師人格とも思えない」のに”かかわらず”だ。
 ↑
だいたいPart1における論議のまとめはこんな感じ。



■さて今回はこれを転じて「いったいぜんたいそりゃどういう心理なのか」を考えてみる
ズバリ結論からいきましょうか

ほ と ん ど の 人 は

「神や天国やあの世など」 まったく 信じていないので 

賭け を やっている自覚すらない

 ↑
ここに尽きるでしょうよ。
(そして続きがあります)
そ れ は
皮肉な事に、唯物論の代表選手である物理学者の素粒子論や多元宇宙論やら時間は存在しない定説などなどの学問的テーマの発想以上に(ことほど左様に根拠も無しに)「あるワケが無い」と思っている。
※結婚なんてものの未確定さも十分承知しているし、分譲マンションの無理筋購入もアホみたいな行為であることを”実は自覚している”。

しかも(笑っちゃいけないが)、
腹の底では信じていないのに、所謂『共同幻想』適応系人格は
表向き宗教儀礼に熱心であったり、意味の分からない結婚式のセレモニーを(悪い酒の一気飲みの勢いで)それでいんだと流してしまったり、購入後の分譲マンションでしみじみ多額のローンで胃が痛くなるワケです。
 ↑
何をやっとんのか?
※説明するまでもなくこれらの行為には『共同幻想』の強迫構造ハマってますから、従わないものには道徳的罪悪感を感じさせる仕組み(罰)もセットされている。


●流石のド・M人生慣れしている『共同幻想』適応人格でもマジに被れば自我が耐えられないレベルです。←この場合ある意味彼らの選択肢は『歩留り』諦めしか無い。
そのまんまだと、そりゃストイック過ぎます。
ここには”ひとつのレトリック”がはまっていると俺は考える。

自分が死ぬって事をどこか(無意識に)現実味の無い話だと思っているのではなかろうかと、
※結婚が破たんする確率はよく知っているがなんとなく自分は大丈夫だと思っている。
※アホみたいな分譲購入がナンセンスだとわかっているが自分は勝ち組なのだと自己啓発している。
 ↑
その全てが「実際の確率論(極論”死の確率100%”)から言うと無理筋」だってのもポイント。
逃げの手を打つために、妄想世界に耽溺しているようなものです(彼らこそが二次元世界に逃避している)。


ネタが割れているから『慌てる』んですよ(或はやけっぱちに暴走する)

 ↓↓↓
■アンチエイジング、(実は寿命が縮むかもしれないのに)人間ドック、TVCMは保険勧誘で賑わい、結婚ビジネスはやけっぱちにアレになり、分譲マンションもタワー型購入など(欧州ではファミリー向けとされて”いない”)ナンセンス度合がさらにやけっぱち化している。

※結婚強迫に関しては非婚晩婚で舌ベロ出す離脱層も続出、働き方改革と地方への移住シフトなど都心分譲マンションバカみたい論も静かに進行するだろう(流石に賃貸上等が天下取る勢いあるとはいえないが)、そりゃ『共同幻想』崩壊過程なワケだし、

しかしだ、”プチ賭け”っていうのかな、
スケール小さければ少々インチキ度高くてもエンタメ性あればウケるみたいな、
(セルフ・インセンティブというか)
「やれパワースポットだ、(信心も無い癖に)お守りだ、占いだのと」
いやいや、、、どっから考えても伝統宗教以下でしょなネタに食いついてしまうこともある。

(確かに『共同幻想』適応人格の生き様ってのは「椅子取りゲームのインセンティブ」つーか、かなり理不尽な不条理な摂理に基づくので、選択する人はさらっと「わかっていたことだから」と答えるのかも知れないのだけれど。)


思うんだが、
”プチ賭け”みたいな話って「パスカルの賭け」が滑ってしまっているが故の”興奮獲得損失の埋め合わせ”であり、
(ここってガチ保守派が言うところの根源的堕落的批判点になっているよね)
以前から注目しているポイントだけれど、
そこが「どうにも人類は不死への夢に手を付けるだろう」という、
隠しようの無い潜在需要の高まりを文明化の中で抑えられないのじゃなかろうかの推測に繋がる。

と、ここまでは『共同幻想』論みたいなことになっておるのだが、
ちょっと待ってくださいよ

<実はここからが本題>
伝統宗教で神の声を聞いちゃった人、この人達の「どうにも避けられない謎」を論じなければならない(てかこの話は、、、なんつーか有料読者限定みたいな自主規制で一部限定公開としたい気持ち山々なんだが、そういったweb管理もやってないのでww、ままよでやってみようじゃないか)

Part3へつづく



<オマケ>
今回のEDは時代的に「昭和の映画」でいってみましょうか(ダークヒーロー編)
現代で言うところのダークファンタジーが、昭和の時代においては犯罪だったのかなと。
(そのネタ元はフィルム・ノワールだったワケだし)

松田優作といえば(高倉作品にも言えることですが現代的にはそのアクションシーンが予算的に十分と言えない作品が多いのが大変に残念で)
やっぱ”らしい”のは大藪原作『蘇る金狼』でしょうか

(この世にIFがあるのなら、実銃と《gun殺陣師もトビ―門口じゃなくて、、》ハリウッドスタッフの殺陣でリメイクさせてあげたいものです。)

個人的に一番光っていたのがこちらかなと、
同じく大藪春彦原作『野獣死すべし』から
Story Of Rip Van Winkle

(この役のため奥歯を抜き減量し、10分間一度もまばたきしなかったという伝説のシーン)

俺の厨二時代と言えば「大藪春彦」でしたが、
今から考えれば大藪先生もコミンテルンじゃないけれど、共産主義的論法で破壊と犯罪を正当化していたナイーブな部分もあってだね、残念ながら時代を超えた的位置付けの作品は無かった。
(案外『汚れた英雄』の前半部分「高度経済成長期におけるモータリゼーションの夢」みたいな、そっち系オタク世界のが”素の大藪春彦”だったのじゃないのかなと思ったりもする。)


ちなみに、俺は全盛期のヤクザ映画時代の高倉より
この頃のが好きです
映画『野生の証明』からテーマ「戦士の休息」

(この作品は角川も《最強は『人間の証明』や『犬神家の一族』でしょうけれど》随分予算使って、海外ロケでAR18とか実銃使っているのに、”それなのに”音響さん「銃声をマズルフラッシュに合わせていないという、、、致命傷でしょ、、」凄く残念です。)




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posted by kagewari at 04:32 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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