2017年06月19日

基本用語のまとめ(2)『単独者』

継続的読者の人はあえて説明を必要としていないのだろうけれど、
新規閲覧者の方にとっては「何のことですか」ともなり兼ねない頻繁に使用されるいくつかの用語を別カテゴリーでまとめておこうと考えたものです。
(重要項目なので予告なく編集される場合があります)

■『単独者』と言えばアルベール・カミュに代表される「実存主義哲学」の用語であり、更に言えば同哲学における「反抗的に生きる」なるテーマが『被(こうむる)』『抗(あらがう)』論における重要な鍵にもなっています。
(『単独者』論は岸田心理学で説明されるものではなく『共同幻想』論の関連する派生として展開されている概念)
何故にこの概念が登場するのかって、実に簡単な話で、
社会学的意味で前回説明した吉本隆明氏による『共同幻想』論が語られはじめてきた折に、ドドーンと出てきた論議が実存主義哲学であり、そのまんま『共同幻想』崩壊後のプライバシー重視社会の個人の実存を表す概念を実存主義が都合よく『単独者』と定義し説明してきたから。

つまるところ、『共同幻想』論を展開するなら『単独者』論に繋がるのは自然の流れであり、
『共同幻想』論の延長やその派生、『共同幻想』論を社会学的変遷を織り込みこれをを補完するもの。
(※参考にしているのは社会学で言うところの鉄板法則フェルディナント・テンニースが提唱した、文明発展過程における「ゲマインシャフト(血縁遅延社会 Gemeinschaft)」から「ゲゼルシャフト(利害関係社会 Gesellschaft)」への変遷であり、その先に「プライバシー社会」を当て込んむ形でその概念を応用した。)

注:岸田心理学において『単独者』論に至っていないのは、岸田教授の著作などを読めばわかりますが、彼の研究のリソースは「日本の戦争の歴史」などの研究からもっぱら『共同幻想』論による心理学の展開にあったからで(最大の功績は国家意識のような集団心理すら個人心理学のように分析を試みたこと)、教授自身が鬱病であったことも有名な話ですが、思うに『単独者』論に展開が及ばなかったこともその一因かなと思っていたりします。

注2:『共同幻想』社会はこの時代の変遷を、『共同幻想』らしいリミッターのかかった認識として「個性化」というキーワードで理解しようと(押し込めようと)している。


<語彙的には>

そのまんま、現代用語の「おひとり様」だけでなく「お宅やニートの台頭」や「晩婚非婚化」「ブラック企業批判」や「新卒社員の3割が3年以内に退社」など諸般の社会現象にその端緒が見られる、「単独行動プライバシー優先主義」な(所謂個人主義とは異なる)、「アンチ『共同幻想』的無頼で奔放な自由主義者」の事(エキセントリックな行動をするなどの意味は”無い”)。

時代に関係無くアバンギャルドな芸術家や浪人文化であるとか、ハードボイルド文学など連綿と続いていた(見方によってはニヒルな)単独行動自由主義だが、『共同幻想』崩壊時代の変遷の中で、社会環境としてその背景が蓋然化する過程により自然な形でその選択が模索される人格モデル。
あくまでも概念であり「完全な『単独者』、究極の『単独者』」のような表現や使い方は間違い。
完全な『単独者』なんてものが存在するなら(フリーJAZZ実験の失敗のように)、言葉すら自分だけの”何語?”となってしまい、コミュニケーションすら不能となりナンセンス。
(言語の使用法的に「単独者系の人格ですね」などはアリ。)

用例的に
「時代に関係無く浪人文化であるとか、ハードボイルド文学など」における『単独者』代表例が
・ハメットやチャンドラーなどの探偵小説における主人公
・黒沢映画用心棒シリーズ『用心棒』『椿三十郎』に登場する三船扮する主人公
・パニック映画『ポセイドンアドベンチャー』においてジーンハックマン演じる牧師
・女性主人公としてはジーナ・ロランズ『グロリア』やタランティーノの『ジャッキー・ブラウン』
・ご存じイーストウッドの『ダーティーハリー』
(『共同幻想』への反抗として時代の転換点を如実に捉えている例といえば)
・問題作『タクシードライバー』のデ・ニーロ演ずるトラビス
・当時映画音楽などでも多用されたJAZZ
(現代の若い人が『共同幻想』崩壊時代を前にその選択を模索するラノベ文学と言えば)
・『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』
(見方を勘違いししまったかも?の事例は←勿論その結論は出ていないが)
・ニーチェの「超人論」
・フロイトの「昇華論」
(参考となるヒト以外の生物は)
・イエ猫


<詳しい解説は以下>

■前項の『共同幻想』説明の以下の部分
>注2:ざっくばらんに言えば、『共同幻想』は「無知蒙昧な大衆を前にした時の王家賢人の知見」でもあるため(儀礼やまじないなどの根拠は自然科学や公衆衛生の知識だったりする)、
無知蒙昧な大衆が、高学歴の庶民への社会学的に進化すると(元ネタを)そのまま各個人が知識として獲得、義務教育制度により周知できるため、先進国化や文明化により『共同幻想』が崩壊していくのは自明であるだけでなく、「プライバシー重視社会」の到来のように”集団化”から”個人単独の自由”が重視され、大きな枠組みで言えば『共同幻想』成立目的(集団化や知見の共有による均一化)そのものが変容し、個人単独の自由がベースとなる社会へと変遷する(次項『単独者』参照)。


上記の流れのままだと、自然な流れで『単独者』人格へのシフトが進行するのだから、
「アンチ『共同幻想』」のような角度がつくのはおかしいのではないか?
などの疑問が予想されるところだが、
概念の基本構成そのものが「ことごとく相反するもの」なので、アンチテーゼとなるのが自然。
 ↓
●更に加えて言えば『単独者』の概念には「自由のジレンマ」のようなものが被っている
「自由のジレンマ」とは「新しい道を開拓」だとか「流れに逆らっても進む」だとか「ストレッチしたらすっごい自由に伸びた」などのように厳しい環境などに挑戦し、『抗(あらがう)』スタンスやその疲労感や徒労感すら自由体感の快感代謝上のカギであり(実存主義哲学における「反抗的に生きる」というテーマも同軸の話)、
果敢に自由を求めて挑戦する時の「高い山を前に」だとか「広い海を舞台に」などのように(殊更『共同幻想』が仇敵になるのでは”無く”)、自由な選択の前にある「踏破すべき典型的環境」として意識される方が自然だから。

(群れる草食動物に対する単独行動の捕食獣のように理解される場合もあるのだけれど→古い言葉で「一匹狼」。そうなのだけれど捕食獣では無い。→何故なら『単独者』への変遷は社会福祉も充実した先進国化の果ての話なので「食事の心配の無いのんきな捕食獣」がモデルとなるため、他の動物に例えれば「イエ猫」となる。「吾輩は猫である」的にも、)
・反権威主義
・単独行動至上主義
・価値の原則論である希少性(マイナーであるとかユニーク)への傾斜
・シューシュポスの神話的”不条理”志向
・反遺伝子継承主義(非婚)
 ↑
こんなんなったら人類滅亡するのではないか?
などの疑問が予想されるところだが、
将来の文明がどのようなものかは不明なので、なんとも断言できないが、
先進国が「更なる高寿命化やアンチエイジング社会」を模索する中で(或は外国からのニューカマーも予測されるため”それ以上に”)遺伝的関係性や、家族意識などの『共同幻想』構造に”よらない”、各個人の間における情報伝達が人格の一部をそれぞれの自由意思による知見として継承や認識される社会への変化が起きつつあり(故に現代社会は個人が情報発信する時代である)、

少なくとも旧来の伝統的家族意識による『共同幻想』”家族”が崩壊過程にある中、「単純に人類滅亡する」みたいな疑問は筋立てとして無理があるのは事実だと←ここが答えになっている。

■メンタル問題リハビリ過程で「仮想単独者状態」などの説明が行われる場合がある
これは、
フロイト心理学における重要なターニングポイントとして定義される『反抗期』を考える時、
人格の形成に重大な影響のある「思春期の『反抗期』」などの人格状況が、世界への反抗繋がりで『単独者』のスタンスを模倣し(『単独者』になるワケじゃないが)社会を総批判的になどなど、その特徴と条件が「仮想単独者」的なものであるため。
 ↓
メンタル問題の離脱過程は、思春期『反抗期』を補完・追体験・やり直し・ジャーナリズム的検証するものなので(典型例がエディプスコンプレックス)、「強迫心理」に向き合う望ましいスタンスとして「仮想単独者状態」などの説明が行われる。

■『単独者』は(基本というか概念として)何人にも共有・共感されない独自の価値意識を持っているので、『共同幻想』適応人格曰く「おおよそ常人には到底理解できない変人」であることを目指しており、一見するとその不条理な志向があり得ないほど非合理的に見られたりするが(本人にとっては独自の価値意識に応じた”超合理的判断”)、その行動は妥協する余地無く厳格と言えるぐらいに首尾一貫している。
(『共同幻想』社会の認知促進バイアスである権威性よりも『単独者』の自己決定は自我に対する拘束力が”強い”→自分が決めた方針を曲げない。)

■語彙的説明の部分にある
>完全な『単独者』なんてものが存在するなら(フリーJAZZ実験の失敗のように)、言葉すら自分だけの”何語?”となってしまい、コミュニケーションすら不能となりナンセンス。
ここを補完すると。

●重要なポイントですが、
「ある意味全ての『単独者』は、なにがしかの『歩留り』選択者である」と言ってもいい。
法律まで無視すればアウトサイダーどころかアウトローになってしまうし(犯罪者になりたいワケでは無い)、
通過の信用や主要言語まで捨てる事に意味が無いなど(空気を吸う事否定すれば死んじゃうし)、
『抗(あらがう)』対象と意識さない概念は(挑戦も何も「それは山だったの?」みたいな)、共有されていようが共通認識であろうが、『単独者』的振舞いに関係が無いので温存される。
「そのJAZZはどこまでフリーなの?」さじ加減じゃないけれど、

「そのへんも適当に好き勝手に決めてます、初詣なんか俺行っちゃうので、よろしく」みたいなロックンロールなのところも『単独者』なのであり、

次項は『歩留り』選択とします。


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