2017年06月01日

憲法典と慣習法

法学部出身の方には「いまごろ何の話か」って事でしょう。
改憲論議において2chであるとか右派経済評論家の上念司氏なども触れているネタです。
原則論として憲法は慣習法であり、所謂日本国憲法などは憲法典と呼ばれ「大事なところを明文化しました」的存在である(有名どころでは英国には明文化された憲法は無い)。

そこで慣習法は何かって言うと、
代表例が不動産賃貸などの礼金敷金仲介手数料などに見られる「その細目は法律に明文化されていないが(契約の斡旋や仲介手数料には法定上限の定義はありますが)裁判などで商習慣や長く慣習として合理的打根拠として認められる」バックグラウンドの部分。
「明文化されていないが慣習法として存在するもの」みたいな話です。

若干婉曲的解釈になりますが、
憲法9条の定義は自然権としての(ある意味究極の慣習法)自衛権を放棄する規定は無いので(また憲法典として明文化されるのはその一部なのだから)、領土拡張など侵略も可能な軍事力の保有を認めないが専守防衛の軍事組織は否定していない。みたいな解釈です、
で、
明文化された憲法典原理主義は、慣習法としての憲法の原則論から逸脱しており、
(てか憲法典原理主義になっちゃうと永久に憲法改正できなくなりますから)
自然権として認められている専守防衛の軍事組織として実存している自衛隊について、
「大事なところを明文化しました」に書いてないのは問題だろうってのが安倍自民党総裁の主張で、9条で言えば「1項2項の制約がある軍隊ですよ」と定義しようって話です。
(ちなみに私は個人的にもこの水準改憲に賛成。)

専らの背景には、自衛官の社会的身分というものが不当に貶められているのは人権侵害であるって論旨もあり、明文化されていないために、自衛隊法が意味不明にがんじがらめになっており(警察官基準の延長上にある)、自衛隊の本旨である専守防衛に特化した合理的内容になっていな上に具体的論議も詰められない状況にあり(最近は左翼論陣の方もここ主張してます)、
いろんな意味で無理筋なワケです。

■ある意味この慣習法としての憲法論ってのは『共同幻想』論に深く関わっています
概念が明文化されておらず、しかも発端となった根拠の明示も無い。
慣習として現実に継続している存在をもって法的にも合理的根拠となり得る(正統性が担保されているのと限りなく同じ)。
どうしてそうなったのかなど理念もわからなくてもその正統性は存在により成立しちゃうんです。
そのまま、それは保守思想の根拠でもあり(理由は問わず)慣習として当該社会に成立しているものは、この段階で(具体的論議を抜きに)正統性は発生する。

『共同幻想』特有の無知や知性というものは、上記背景によるものです。
始まりの合理的根拠は不明で、迷信じみた一見非合理的概念も慣習として成立している段階で”もうその権威性は成立する”→故に何故そうなのかを問う行為そのものが権威として成立している概念に対する兆戦であり(戦時中の日本において天皇の正統性を論議することすらタブーになるアレ)、
そこに(無知のまま)無条件に恭順することが社会適応のルールとなる。
(現在で言えば、左翼政治思想の「護憲」なんてのも構造はガチの保守主義になります。)


■この伝統に挑戦することがリベラリズムであったり(元祖はフランス革命)、
先進国への過程で変遷していく民主主義社会の在り方なワケですが(なぜそうなのかを論議し討議する社会)、この段階で伝統保守『共同幻想』は既に壊れ(有無を言わせず絶対服従は封建主義社会までの話なので)、少なからず反抗期的再選択により保守すら確認が必要な社会となる。故に現代社会の保守主義はリベラリズムを内包しないと成立しないし「安倍政権ですらそうである」(なんて言い方すると安倍支持者の方に叱叱られそうですが)。

ですがー
民主政治などにより常にプルーフされる国家や政治と違い、そこいら辺に自然派生している小社会における『共同幻想』にはそういった検証制のシステムが存在しません。
(たとえばDQNの不良グループやママ友グループなど)
あたかもそこだけ封建社会然として存続してしまっているワケです。
つまり、
社会学的にも本来先進国社会においては「そのような小社会の『共同幻想』はとっくに崩壊し、同じ共同幻想でも民主的再選択型になってなければ嘘」なワケだけれど、
流石に友人知人関係や家族や仲間社会などに選挙や政治論議はありませんから、大本の慣習法的背景が変化していても身近な小社会の『共同幻想』が「社会学的に言うところのゲゼルシャフトにシフトしていない問題」を残している。
 ↑
ざっくばらんに言えば”民度”などとして認識されている事項なのだけれど(昭和から都会の一人暮らしのような概念がそこ引き上げようとしてはいるんだが)、地域ローカル『共同幻想』同調圧力やら思うように解体・再構成が進まない部分もあるワケです。

勿論のこと、
メンタル問題における「強迫心理」関連の現場において、そんな小集団の(封建主義かよって)旧型『共同幻想』社会との接点に軋轢が発生しないワケが無く、
(この軋轢は相対的なもので、「強迫心理」だけを原因としていないことは明白で)
結果として、
メンタル問題リハビリ過程において「可能であれば都会の一人暮らしを模索してください」というのが定番化する背景ともなっている。



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posted by kagewari at 22:05 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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