2017年03月27日

なんとか学園の理事長は愉快犯的なアレではなかろうか

言葉を探してたとえるなら「サイコパス」か。
「最近右翼が熱い」じゃないけども、、、
そういう波を読んでどこからともなく集まってくる勘違いした輩はどこにもいるもので、
(ここ存外にゴーマンよしのりの「保守派は愛国無罪みたいになって判断力甘いんだよ」の忠言あたっていると思う。)

明らかに強烈な自己顕示欲と、
(森友学園創立者森友寛の娘と結婚し云々からしてちょっとアレな気もするし、実子との関係もなんだかおかしな事になっているとの話もあり、、)
小学校申請の取り下げからどこか吹っ切れたのか(右翼ごっこも終わりみたいに)、上機嫌で「安倍首相も終わりかも知れない」など(外国人記者クラブだかで)饒舌に語る様子を見るとですね、
この人物が『自意識』マターで考えた保守派では”無い”事は明白で、

特に注目すべきは国会における100万円証言のその時、
「夫人は人払いして私とふたりっきりで」←ここ明らかに性的ハラスメント的妄想込みなのが表情や立ち振る舞いに表れてたよ(そりゃ安倍ちゃん怒るよマジ)。
ちょっと恍惚としてたものね。
その様子は非常に気色の悪いものでした。

彼の証言を、そうですねほぼ8割方リアルタイムで聞きましたが、
偽証罪取られないように巧妙に練られた内容になっている。
政治家の関与はあったと思うといいながら(そもそもこの案件篭池氏から政治家に賄賂が支払われるなどの事実関係皆無なので)、自身は何ら具体的請託などを行ったなど言及は無く(神風が吹いたなどと証言)、登場する政治家サイドが自らの意思で(学園設立を応援するため)政治力を行使したって筋書きになっている。
仮にそれが事実でも何ら法的な問題無いのだが、
面白い事に、違法性のあるこの学園の設立に動いた事それ自体が問題だというですね、、
「私に関わった以上、もう政治家終わりでしょうな」と自慢げに語っているような構造になってます。
なんですかこりゃ?

しかも、
(不動産的内容は『住まいの心理学』に書きましたので興味ある方はそちら参照ください)
あの土地取引は決して特別な優遇があったワケでも無く「どうやら適正価格だったと思われる」のですから、問題は何もなかった。
あるとするなら、篭池理事長なる人物が行った「補助金詐欺」であったり「学校申請詐欺」みたいな話なワケです。
そのまんま、
「私のような詐欺師に手を貸したなんて政治家失格じゃないですか」をブラフにして”アホみたいに騒ぐ世間の様”に(俺も大物の仲間入りとばかりに)当人とてもご満悦な様子でありまして(笑

■100万円がどうしたこうしたとなるそれ以前は彼の右翼的教育を絶賛批判していた野党政治家が、証人喚問直前の訪問で「彼をいたわり庇うような随分優しい態度を見せた様」は実に滑稽でありました(小沢ファンとしては買っていた政治家だったのに森裕子にも心底がっかりさせられました)。

左翼の皆さんの視力はどうなってるの?
てか政権叩けそうなネタなら自らの思想信条と真逆の事でも平気でやるんだろうけど。
(これブーメランになって自分の支持基盤を割り込むだけになると思います。私は小沢ファンを公言してますが、小沢氏もそこがわかってない「現代の世論を甘く見過ぎてる」よ。)



<オマケ>
そもそも文系心理学から言えば「サイコパス」って何?
文系心理学にそんな用語はありませんがww
一般に使用されているその人格構造を汲むなら、サディズム系人格って事になるのかしら。
(対人関係や権威者との間で殊更のコミュニケーションを行うための手法としての)
サディズム系人格(退行系というより幼児心理のまま停滞している)
そこににプラス(停滞可能な理由でもあるんだけれど)成功体験というか快感代謝の成立が可能となる社会的実績が幼児期から(偶然であったり周囲の人為的なものであったり)マジに継続してしまい、「幼児の妄想挫折と実利的快感獲得手法への置き換え」という反抗期アップデートプロセスの発動が妨げられ、

発達障害なんて用語も文系心理学にはありませんが、総じてそれ系の枠内(幼児期心理が停滞したまま大人年次になること)における(結果としての)人格障害の一種。

ここも繰り返しになりますが、
臨床・医療系がやんや喧伝する病名は彼らの受診分類と投薬処方上”便宜的”にあるもので、固有にそういう病気が(遺伝病やウイルス感染のように)存在するわけでは”無く”、
wikiなどの解説に見られるように「サイコパス人格」は職業として、社長や弁護士や政治家に多く見られるみたいな感じで(問題提起をするか否かは当事者判断であり)、
●人格として幼児期に獲得したものが、そのまま継続している事それ自体に問題は無い。
(三つ子の魂そのまんまダイレクト人格とでも思えばいい→多かれ少なかれこの傾向が全く無いって人格も”無い”と思われる)

文系心理学が類推する”その後の問題発生リスク”として、
・(幼児特有のデフォルメされた現実認知も温存されるため)当該人物の事実認定は恒常的に現実と乖離しがちになるため、対人関係や現実社会との間でトラブルが起きやすい。
・構造上、発生するトラブルは全て外部の問題に見えてしまうので(自分の現実認知がデフォルメされ乖離していることは自覚されないため)、サディズム的反動が更に拡大しやすい(成功体験のある手法なので更にここをエスカレートさせて問題回避や解決しようとする)。←しかし弁護士職や社長職や政治家などの場合ここ有利になる場合もあるでしょう。
・いずれにしても快感代謝として(脳は成功体験を反復すようとするため)エスカレートしたり、過激な言動に固着(依存や中毒のように)構造化(『自意識』を圧迫)する可能性もある。

などなどありますが、
そのまま行けちゃう場合もあるので(それが幸福なことか不幸なことかはともかく)、
●原始時代のように自然界相手に直で生きている場合は、生存に関わる環境が相手となるためそれが温存されることはまずあり得無いのだけれど、
人為的な環境で暮らす人間社会だからこそ(なんだかそのままいけちゃえば)”逆に”温存される場合もあり(その点だけを考慮すると”運悪く”なのかもしれない)、
多かれ少なかれ「近代以降の人類に特有な傾向のひとつ」でしょう。

ただし「なんだかそのままいけちゃう」可能性は少ないので(当事者の認知が現実から乖離しているのだから)、いけちゃうのだとしたら「幼児期から着想に幾分かの大人びた妥当性を有している」可能性がある(僕はウルトラマンかも知れないみたいなデフォルメ認知を持ち続けるのは流石に至難の業ですから)。
合理的に考えると→知能の高い個体に発生しやすいのかも知れない。
 ↑↓
更に付け加えると、幼児教育に頻発する”躾と称する体罰”が、このタイプの人格には効果が無いどころか(幼児の側の知能が高いため「堂々と正面からの論理的説明」無しに訴えかける効力が発現しない)、暴力による対応は横暴な外部環境の証明となり”逆効果”となる可能性も高い。
(マゾヒスト的にその振舞をやたら悲観したり責められ続ける事を容認するのも意味合いとしては同じ。)



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posted by kagewari at 17:52 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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