2017年03月02日

DV問題における「関係性」について解説しておこうと思う

DV問題ってのは、心理的にどうしてそうなっちゃうのかって部分無しに理解できない。
関連する事項は説明するまでも無く『共依存』関係の可能性です。
『共依存』は恋愛がらみの局面において、メンタル問題系の典型事例のひとつであり、
(※静の典型に『引きこもり』があるとすれば、動の典型に『共依存』があると考えてもよい)
中でもDV関連の相談事例として「次の男性もDVですか」みたいな状況があれば、『共依存』事例であり具体的状況の前にその「関係性」を分析しなければ全体像を見失う。

よく似た状況としてメンタル問題当事者が過去イジメ関連など人間関係の経験がありながらも「何故なのか(確信犯的選択無しに)『共同幻想』社会に半ば強迫的に関係し、またイジメ被害に合いました」のような現象があり、決して少なくない事例です。

悪循環の解決を優先させるのであれば『共依存』の理解が不可欠となる。

■話が少々複合的になるので限定的にイジメ問題のおさらいしますが、
集団が登場人物として関係しないと(社会的問題としての)イジメ現象は100%不可能です
極論、ひとりではイジメ問題を引き起こすことできない。
階級や組織として形成されている社会や集団には『共同幻想』が存在します。
仮に、その反対となる社会を定義するなら特定集団化を伴わない「烏合の衆状態」でありながらも”テーマや利益関係”で集散している状態となる。
典型例では無いけれどもわかりやすい事例のひとつが2chなどのオープンなネットワーク社会。
イントラネットとインターネットの対比で考るとわかりやすい。
(■■■同じネットワークでもSNSは仮想『共同幻想』なので趣旨が真逆であり要注意■■■)

2chなどでは日常社会以上に罵詈雑言が飛び交うが(ある意味どうしてなのかが明解に言語化されるので)何がどうしてこうなったという事実関係も明確なので(ガチの闘争は起きるが)イジメの構図にはならない(不快なら退出すればよいだけだから)。
 ↑↓
逆説的に言えば、イジメ問題対応初動の鉄板法則は「まず当該社会との関係を絶つこと」となる。

『共同幻想』は血の掟じゃありませんが、共通認識や権威性認知の共有により成立するため(構成員としての忠誠や組織に対する帰属愛)、組織加盟意思の曖昧な個体が参加するだけで集団心理として組織的不安に陥り(典型例が左翼運動の内ゲバであり裏切り者がひとりいる系ドラマ)、集団的防衛反応を引き起こすため、メンタル問題当事者が強迫的に組織に参加した事だけで(極論参加の噂があるだけで)イジメフラグとなると考えておくべき(そもそも『共同幻想』はそういう性質の概念だから)。


■『共同幻想』系の集団組織化って概念自体、古代から近代までの話であって、現代の先進国社会の場合(部活や軍隊などの確信犯的志願制の組織を例外に)既に通用しない話であり(プライバシー保護的観点からみてもNG)、現代社会の先進国においては積極的に『共同幻想』崩壊を前提に考えなければならない代物で(故に現代社会においてイジメやパワハラやセクハラやブラック企業などの問題としてそれが表面化している)、存在そのものからして問題視してもいいスケールの話になる。
ですから、無理筋の関係者を何らかの技術で仲良くしましょうみたいな発想は完全な”ド間違い”。
 ↑
見方を変えると、現代社会における『共同幻想』とは(そこに存在していれば)既に「社会強迫的概念」と捉えることもできる(現存することそれ自体が間違いであり「ブラック企業」の原因)。
(※企業の組織編制もそうですが、本来文部省はクラス《階級》編成による学校運営をとっととやめて大学などにおけるオープンキャンパス的な運営に切り替えないとこの問題は根本的に解決しない。)


さて、話をDV問題とその関係性に戻しますが、
『共依存』関係が成立している場合、ざっくり言えば「エディプス的男性誇示(マチズモ)不安を抱える男性と承認欲求に依存する女性の関係」のような構図となる。
男性サイドは男性誇示(マチズモ)不安があるのだから、従順にどこまでついてくるような女性でなければ”関係そのものを保持できない”。
女性サイドは承認欲求に依存しているため(家父長的権威などに認められたいという従属的欲求)、亭主関白じゃありませんが、権威的な振舞の男性で無ければ関係を保持できない(微妙な表現になるけれども「でなければ恋愛も発現しない」側面もある)。

注:刑事事件に発展するようなケースとして、恋愛関係特有の”誤解”というのが関係します。
DV男性側の勘違いで(実は相手方の女性は全く承認欲求など無かった)関係が早期に解消された場合、男性側がストーカー化し(恋愛における誤解特有の現象として男性側は「彼女は絶対承認欲求系で俺を求めている」であるとか「彼女でなければ絶対ダメなんだ」→「逃げた女が悪者で俺こそが被害者」のように思い込み)反動により防衛反応が二乗化して暴力性がエスカレートする場合があるからです。
警察がちょっと指導したぐらいではそのモチベーションが解決する筈も無く、当事者男性の強迫性そのものにアプローチしない限り目先沈静化しても問題は潜在化しているだけで危険性は解消されない。


●勿論関係対象者を発見できず、単身である状況も多数あると想定されますが、
(注:それでも一方的なストーカー化は可能であり、ストーカーをDVの一類型と見る事もできる)
積極的に関係を求める情動(ベタな欲求不満)がある場合、両者は引き合う事になり、「やっとDV男と別れたのかと思ったら次もDV男なの」問題も確率論的に”起きやすい”。
仮に、いずれかの対象者が全くメンタル問題の無い自我の場合、
男性は殊更男性誇示の必要性も無く、配偶者が殊更に従属的振舞を見せれば「何故なんだい(そんな必要も無いのに)」となり、
女性は承認欲求など無く、配偶者が殊更権威的であれば「いつの時代の九州男児なんだお前」となり、メンタル問題の継続を関係者であるが故に余計解決すべきテーマと考える。
(結果、深い関係に至らないか速攻解消されるケースも多くなる。何故なら「強迫心理」はその解消を意図する一方的な関わりに対し一次的にはほぼ確実に敵対的に反発するから。)


そこで問題です
■「強迫心理」に関わる諸トラブルが明解にあったとしても、自我には説明するまでも無く(プライドに関わる事項と認知)自己保存欲求があり、自我は「それが強迫心理であったとしても」温存をベースにするのが筋論。
(強迫心理とは一種の退行現象でありそれ自体自我の防衛反応である→退行の発端となる部分の分析無しにただ強迫心理を解体してもキッカケとなった不安が復活するだけなので解決とならない。)
『自意識』が自ら問題意識を持たない限り強迫的認知の継続を模索するのが自我です。
(それが「強迫構造」とも呼ばれるのは「強迫心理」が『自意識』を抑圧してしまえば、構造的にこれを解決できない状況に自我の置かれた状況が固定化してしまうため。)
「問題があろうが無かろうが」まずは現状の継続を模索するのは当たり前の事です。
 ↓
”無意識に”DV加害男性はDV被害女性を求め続け、DV被害女性はDV加害男性を求め続ける悪循環に至る可能性は実際に存在する。
これを『共同幻想』社会とイジメ被害者の関係に置き換えると?

”無意識”にいじめ問題をいかにも始めそうな『共同幻想』社会にイジメ被害経験者が近づいてしまうって状況も「あります」。
後者は『共依存』関係とは言い決れませんが、たとえばですよ、
その『共同幻想』社会に破壊的な『単独者』が関係し『共同幻想』そのものをぶっ壊してしまうなんて事に比べれば、当該『共同幻想』にとってもイジメ的安全保障自己保存行動が(『共同幻想』崩壊時代の中で)組織固めにもなるので、あながち『共同幻想』サイドの不利益にもならないのですから共存的見方をすることもできるでしょう。

(実際学校など青少年のイジメ問題の場合、被害者が何らかの事情で対象からから外れると”次なる被害者が選ばれる”状況があるのも事実。この場合当該『共同幻想』はそれ自体が権威認定において不安定な存在であり組織防衛上イジメ的排他的行動などを必然としている理解になる。←故にこの場合”お家断絶”的な意味で組織解体を図るのが正しい処置になる。)


■イジメ問題には更なる背景もあり、本題から外れるので詳細は割愛しますが、
メンタル問題の背景に「強迫心理」が関係しているのだから→自分こそが道徳的正統性があり加害者は道徳倫理的に罰されるべきだみたいな発想(実はこのアイデアも権威性認知ですから「強迫心理」そのものであり拘れば拘るほどメンタル問題は悪化する)→今度こそ私こそが正義である事を認めさせるみたいな流れで”動的”に、いかにも(イジメ加害反応をやらかしそうな)ガチ『共同幻想』社会に(自らチャレンジするように)フラフラと近づくってパターンもあるワケです。

普遍的権威などこの世に存在しませんから(それが訴訟欲求化する場合もあるけれど)、その行為から得るもの何もないように見えますが、やっかいなのは結果として「強迫心理」を権威的に正統であると顕示する行動になるので(防衛行動が組織固めになるのと同じく)、強迫性は悪循環化します(「強迫心理」にとって望ましい行動になってしまう)。

■関連事例に「メンタル問題における交友関係の危うさ」ってのもありまして、
抑圧により自由に本音を発現する事に困難な状況にある自我の”現状の友人関係”、もう怪しいですよね。交友関係は「強迫心理」を温存するために寄与する”取り巻き”になってちゃっている可能性が高く、彼らがメンタル問題離脱に繋がるアイデアを聞きつけようものなら速攻「違うと思うよ、きっとこうだよ(いかにも『共同幻想』道徳論的助言)」な反応をしてくれるありがたーい交友関係になっている状況が予測される。


タモリじゃないけど「友達なんていなくてもいんです」
(こちらが王道)
タモリ的視点で「関係性」を論ずるなら、
「暴力騒ぎの話はまた別として、恋愛恋愛また恋愛明日も恋愛昨日も恋愛ってさ、アタシみたいな色恋沙汰と縁の無い人からしたらどうしたものかしら」だったりもするワケですよ…。

中段説明のストーカー化の危険じゃありませんが、やれ自分が何らかの社会的行動をどうにかすれば何かがどうなるなんてことは”ほとんど意味が無く”(そんな事は後から考えればよい)、
「まず問題視すべきはその関係性の内容や実情(どうやったらとっとと関係を絶てるか)」である。
それは簡単なことじゃないけれどね。

(安直に動が静に転じて形骸的に関係性を絶つだけであれば、「強迫心理」が反動形成により鬱状態に転じるケースもあるため、まず関係性の問題意識なり理解なりを前提とする。)



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コメント欄の削除があった件(関係障害について)
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posted by kagewari at 18:10 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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