2017年02月23日

地域紛争の可能性はどこにでもある

実際ウクライナでも起きたんですからね。
地域紛争スケールの紛争なら世界のどこで起きてもおかしくないのです。
「戦争は外交の延長」なんて話ありますが、ピンとこない人もいるでしょう。
しかし、
国力に応じて外交上の交渉力だったりその影響が甚大であることを理解できない人はいないでしょう(それこそ沖縄米軍基地問題じゃないけれど)。
その国力とは何かっていざ戦争になればえらいことになるって部分を背景としており、普段の外交に常にダイレクトにそれは関係しているのです。

左翼思想な方が好むワードに「ソフトパワー」なんてのもありますが、
ありますが、それも当該国の安全が何らかの方法で担保されている状況を背景に可能なもので、「どこどこ国は道徳的にいい人ばかりだから特別に国際関係で有利になるんだね」なんてお花畑な話は世界のどこにも存在しません。
交渉力を可能とする経済や文化などの国力の話も「潜在的には(やろうとしていないだけで)強大な軍事力も保有可能な側面」がちらつくからそうなっているのであって(友邦国が多いとか味方が多いなんてのもこれガチ安全保障の話です)、世渡り的に平和主義を標榜するなら”すき間産業”的な狙いによる棲み分け論あたりしか方法ありません(モナコみたいな小国ならいざ知らず大国には無理)。


■商取引においても各法人が自身の利益を前提にするから最大均衡(最適化)するのであり(自然界の法則的にそれ無いと種の存続バランスからして崩れてしまうのと同義)、過剰な投資や過剰な在庫により破滅的大恐慌にもなるワケで、
心理学的に言えば『抗(あらがう)』スタンスそのものがソレですからね。
(アウトプットされない欲求はオルタナ展開《面白い事探し化=個性化》でもしない限り、反動化や内面に向き鬱化する。”悟り”で自由自在に上下したりするものでは無い。)
スポーツの世界に「手抜きや八百長の美学など無い」ってのも同じ。

仮に人類が自然界の法則からも自由になるって話を想定するなら、
宇宙に出てもの凄い人口密度の低さの中(どこまでも棲み分け可能な)すき間だらけの無限拡散の道でも選んだ時に初めて可能な話であって、それが可能になるには繁殖による生存から外れてなければ絶滅してしまうのだから、人間というより生物の法則離れた時の話って事です。
(しかし、この想定も「自然界の淘汰圧力や動機形成の最大化みたいなプロセスが崩壊している」ワケだから、歪で不均衡な思惑がカオス化する事も考えられる。キャンパスのサイズが消失した無限空間に絵が描けるだろうか?みたいな状況に突入するって話。)

国際関係に置き換えれば、
周辺諸国との間で安全保障を含む緊張感を生むか?はたまた国内に大混乱が発生するのか?って相克が国家であり、
「願わくばその相克もフェアで民度の高いものでありたい」ってところがその理想の限界ですよ。
地殻のプレートがどうこうだとか活断層と地震の関係と同じです。
(願わくば大規模地震では無くジワジワとソフトランディングするような変動を願うみたいな。)

時折無人島のような離島における領土紛争にいかほどの意味があるのかって人もいますが、大陸などで国境線を接する国で考えればわかりやすい話で、どこの国だって国境線ギリギリの僻地に人口都度の高い都市があまり無いだけで、離島だろうと国境線を突破する他国の侵入は国境線枠組み全体に及ぶ侵略行為となるので当事国はどうあってもそれを容認できないし容認してもいけない。
(プレート繋がっているのに離島で起きた地震を「本土には関係が無い」と無視するような話。ルールの適応にルーズなプロスポーツなど無い。)


■不安定な状況(=均衡に乱れがある状況)がある時、いつ地域紛争が起きてもおかしくない、
そこには日本の異様な軽武装も含まれる(米軍が傭兵のように鎮座しているから形だけはなんとかなっているけれど)。周辺国にとってもそれは迷惑な話であり、あまりにも防犯意識が低かったり防火対策にルーズな店舗があれば行政が指導するように(一度火が出ればその店舗だけの話では収まらないのだから)、極論日本の異様な軽武装は国連からちゃんとするように指導があってもいい水準。

『単独者』化が進む先進国では(『抗(あらがう)』スタンス人格が相対的に増えるので)、民主政治がダイナミックに機能し始めるので(組織票の消失)、裏工作や談合的な政治は難しくなる(不安定度は拡大する)。政治には「民主主義のコスト」って言葉があるけれど、それは計画経済から市場経済への推移にも似たものだから小さな衝突は増えます(ダイナミックになる)。
反面、先進国になるほど「少々の衝突があっても驚かない」方向に変化することになるので、
当事者責任的に「紛争は起きるがそれを拡大しない知見」が求められる。
政治サイドにも全ての選択肢を否定しない弾力性が必要になり(リアリストとしてのリベラリズム)、そこには安全保障政策も含まれ、自由に中身を討議できる法体系であるべき。
(先進国化以降の「憲法9条権威性認知依存的思想」は『共同幻想』としての合理性を欠き→筋論としては社会的強迫概念も同然の状況と言える。)


●論点として面白いのは、
先進国が現在置かれている状況は、技術的に高度化が進み「一国だけでは主力戦闘機の開発も難しい」状況があることで、多国間による安全保障体制を進める原動力にもなっています。
『単独者』化社会の実現は経済的に豊かな先進国を背景にしている部分とよく似た状況で、『単独者』化はバラバラって意味じゃないよって話にも通じる。
(バラバラってのはカオス化した『共同幻想』崩れのことですから)

決して世界が破滅的危険に脅かされているとか、そういう意味じゃない(むしろその可能性ははるかに東西冷戦時代より下がっている)。日本も先進国となって犯罪発生率が急激に下がっているように(米国もやれ分断などとメディアは騒いでいるが60年代のデモや騒乱と比べればお遊び程度の水準)、世の中が国際関係含めて「より平和になっているのは事実」です。
(だからこそうっかり忘れがちなのだが)
しかし「自然界の法則」まで形骸化するのではありません。

人間も生物に過ぎないのだし、国土は自然環境の上にあり、地方自治や地方文化の多様化のためには行政区や国境は必須のもので(所有地の境界が曖昧になれば自由な改築もできない)、
どんなに世界が平和になっても”不均衡な状況”が発生すれば、いつでも地域紛争は起きるのであり、
大きな戦争に発展する可能性が(確率は大幅にダウンしたが)ゼロになることはない。



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posted by kagewari at 22:05 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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