2016年09月22日

「面白さ」と”甲斐”や”鬱”

それは同時に”賭け論”なのかも知れません。
(ちなみに『共同幻想』論的な”甲斐”は次回記事化の予定)
原則論的な意味の”甲斐”ってのは、つまるところ「動機形成=行動企画の可能性」であり、
そこで”賭け論”がそこを補完するワケですが、結果の可否は”賭け論”が成立している以上「どうでもいいこと」になります(賭けは利益目的の”投資では無い”ため)。
宝くじじゃありませんが賭けは究極「夢を買う」ものであり具体的成果を希求するものじゃありませんから。

不思議なもので日常生活の食事や睡眠など身体上の本人が自然に欲求する行動はその動機形成も案外地味で(面白いことがあるとそっちのけになる)、たとえば食事に関して「面白い事ジャンル」となれば”おいしいもの”のとうな別のフラグが立ちます(同時に行為の賭け論も成立する)。

さて、ここで考えるべきは、
「面白い(外部事象がある)から動機形成されるのか」「その動機形成が(アイデアとして)面白くて行為としての賭けが自然派生するのか」みたいなところです。
内容的には前者は微妙に『被(こうむる)』っぽく、後者は自立系『抗(あらがう)』っぽい位置づけとなります。そのまんま断定するのはアレかと思いますが「前者は幼児系であり、後者は大人の自我マター系である」分類でしょう(あくまで大まかな分類ですが)。

ちょこっと補足すると、HPテキスト関連事項ですが、
「”やりたいこと”など無い」「”おいしいもの”などない」それは抽象概念だからみたいな話に被っても来るんですが、「これ面白いんじゃないか」的主体性の中でアイデアとして「これやりたいかも」だとか「おいしいものかも(おいしそう)」←こっちはあるんです。
 ↓↑
HPテキスト的に”やりたいこと”が見つからない論の話は、「それはやりたくないが権威的認知としてやるべき事項だ強迫に対する(抑圧された)自意識の薄っすら忌避感じゃないの?」的説明になっていたかなと思いますが、
本来自意識が抑圧や拘禁や拘束状態に無い場合(本来の生業として)、放っておけば充足されてしまう欲求(生存するため行動発現を促す生体的ストレスの総称”広義の性欲”)こいつをなんとかしなければ欲求不満ストレスにまで及ぶので、「なんか(面白いこと)ないの」と動機形成を探します。
飢餓状態の第三世界なら「穀類発見」だけで脳内快感物質(興奮による快感代謝)全開となりますが、飽食の先進国の場合食欲の運営的にですね、てんこ盛りの白米だけ目にしても脳はさっぱりカタルシス的振舞に至らないワケです。これを放置すると別の意味にもいかようにも変質する欲求不満ストレスなる別の意味の話にまで発展します。
意味わかりますよね?→特に専業主婦のみなさんならよーくわかる筈です。
「今日何食べたい?」←この投げかけは「今日の”これおいしいかも”は何?」つー意味なんです(はい、自意識は”思い付き業務”をしてくれと)。
そこでいろんなものがぐる〜っと逆転して更に180度ほど旋回すると→「そうだな、何かおいしいもの作ってよ」などという答えで夫婦離婚の危機なんて〜なことにもなるワケです(それを仕事してと投げかけているんだろ?そんな返され方したらこっちが反動化しちゃうだろーが!みたいに)。
 ↑
『共同幻想』末端でもある夫婦における原則的な強迫構造的に専業主婦のみなさんは『被(こうむる)』側である宿命を帯びる側面も合わせて考えるとわかりやすいかなと。

さて、そんな話を踏まえつつ戻ります。
 ↓
ここまでの論議でわかるとおり「面白さ」に関わる話は鬱との関係が深い事項です。
■ざっくりまとめてみると
メンタル問題に発展しがちな自我傾向にある場合、エディプスコンプレックスに代表されるように権威に対して常に受け身、所謂『被(こうむる)』系認知構造が過半を占めます(全部が全部ではありません→個別具体的なトラウマ論もありえるため)、どうしたって構造論的に「内的発案で概念として”面白い事”を押し出す流れは発生しにくい」ワケです。
そこに鬱発症のトリガーともなった”何らかの悲観的事項”の影響で認知が外に向かなくなってきた場合、(内的に面白いことを押し出す傾向は元々弱いのですから)意欲的に動機形成するプロセスそのものが落っこちてしまいます。
そもそも論的に、鬱発症トリガーとなった事象そもものが「最大の外的面白さ事案」であった場合(ペットロスやお祭り命の一本松がお祭りを奪われたなんて事例がその代表)、ちょっとしばらく立ち直れないことが当人にも明解に自覚されますので、やっかいな話になります。

結果として「どうかねきっと面白いよ」的な外的刺激が効果的に流れとしては見えるのですが、
”見えるのですが”
当事者の自我に強迫傾向が強い場合(元々メンタル問題を内在している)、喪失したものに権威性認知が被ってますから、「お父さんが死んだって時に「どうかね素敵なナイスミドルを紹介しちゃうよ」とかどういう意味なんですか!」みたいなww、えー逆効果となってしまうのです(なんというか「負の反動形成により失格」みたいな話)。

基本的には『抗(あらがう)』系な自意識の通常の自立性を回復させていくべきで、
仮に当該人物が『共同幻想』適応系自我で歩留り的に『被(こうむる)』認知を外せないのだとしても(ちなみに確信犯的選択とは「この『共同幻想』面白そう」とも言い換えられるので)、戦略的というか大枠としての主体性は失っていませんので、まず(何をするのかでは無くて)自意識を立ち上げることが肝要になります(或は疲れた自意識の疲労回復を促す)。

しかし、ガチでメンタル問題系の強迫構造(=強迫により『自意識』を抑圧する構造)がある場合、
「それは鬱というよりも、事の是非はあっちにおいて継続してきた”権威的依存対象の喪失”ですよね」と考えたほうが事象を正確に説明している場合があるっちゅうことです。
上記の場合、鬱状態であるって部分は二次派生的な結果論であって、本質的解決の糸口は別のところにあります(そもそも依存関係が恒常化していたことのが問題である)。


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posted by kagewari at 03:46 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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