2016年08月25日

『賭け率』「統計学的偏差と認知」

●「なんとかパーセントって表示で、ほんとうにそのままなのはバーゲンの割引率だけ」でしょう。
地震発生率0.5%でしたかね?それでも起きた熊本地震なんてのもございますが、予知連的には確率上判定が間違っていたワケではないって見解だったように記憶しております(0とは言っていないんだから的に)。
宝くじにも当選確率ありますが、きっちり20万枚買ったらそれに応じた当選が保証されるとかそういう類のものじゃないこともみなさんご存じかと思います。
ある意味それは賭け率みたいなものだからです。
JRAの競馬でも「的中率」みたいな分析のほかに「胴元のJRAの返金率」みたいなマクロの数字があった筈です。所謂「使える数字は後者のマクロの返金率」って事のなりますわね(自分の負け額がそれ以下なら馬券の買い方に無理があり過ぎと考えるとかね)。

(ちらっとググってみたところ、「宝くじの返金率は46.3%とかだったりしますが、その中で高額当選の設定があるため500万以上の高額当選率は10枚買っても20万分の1、3000円以上の当せん確率でも約11.12%」←こんな感じの数字らしいです。)

さすが日本で最近の天気予報の降雨確率は6割7割近い信頼度かと思いますが、
降雨確率が凄く「その数字のまんま現実化する」理由は実に広範囲に平等にそれが発生するからです。仮に雨って現象が「1000人の中の誰かひとりの頭の上だけに全部降る」となれば、さてそんな降雨確率の中で自分に傘が必要な確率はまた別個になります。
しかし、この場合も降雨確率そのものが変動するワケじゃありません。

■個別各論となれば必ず偏差があるのですから。
逆に考えると実にわかりやすい話でありまして、
「競馬で連勝、流石の”読み的中”といえるな。」
上記のように攻める姿勢で(抗(あらがう))主体的に勝負かけている場合、自分だけ当たりが集中しても(前述の雨が自分の頭の上にだけ降るのと同じ偏差が発生していても)競馬の当選確率が変動したとは考えません。的中率は同じだが自分の工夫でそこに割って入ったのだ、してやったり的な評価となります。
「確率が自分に対してだけ変動している、オカルト現象が起きているに違いない」←このようには考えない訳です。そこに(低い確率は同じ条件)特殊な賭け方やDATA分析を行った自我の関与の方が勝者にとって重要だからです(自慢げに語る上でも)。

ところが、雨の話じゃありませんが、
曖昧な関与で(付き合いで馬券を買っているだけでDATA調べたことも無いなど)、自我が『抗(あらがう)』的に主体的関与の自覚無く「馬券を買い続けてまったく勝てない状況が継続した場合」、認知背景が『被(こうむる)』となった場合ですよ、
「馬券なんか絶対当たりっこない(特に自分は)。付き合いで損しかしないものを買わされてつらい。」なんて認知になります。
その発言の意図にも無自覚なのですが、よーく文面を読むと「あたかも自分だけ当選率が変動しているかのような認知」になっていることがわかります。

更に落ちがありまして、
同じ負け続けでも、自我が『抗(あらがう)』的に主体的に関与して自信満々に購入を続けている場合、「まったくもって穴狙いを続けてみたりだとか、嫌な予感がしてるのに弱気で1番人気外してみたり、馬鹿なんだろうな、笑うしかない」←この人も当選率の偏差があっても自分だけ当選率が変動しているかのような認知は行わない。

●重要な事は「マクロとして公開されている確率的なものが、自分にだけ偏差として発生しても(その結果がポジティブでもネガティブでも)」自我が『抗(あらがう)』的に主体的に関与している場合、背景となるマクロとしての確率を疑うことは無いってところです。
「自分が悪いってことか?」←いえいえ違います。それをやっちゃ〜言外に「自分だけ確率変動している」と言っているのと同じなのです(わかり難いと思っている人は何度か読み返してください)。


■んな状況もあるものだから、
相談事例などによく見られる「わたしだけなんとやら」の話などにですね、「そのような確立は統計的にあり得ませんよ」と総務省級のDATAを提示したとしても「知人に聞きましたが違うと思います」みたいな(もう脱力するしかないような)荒唐無稽な反論がかえってきちゃったりする訳です。
その原因は前段説明の「確率の認知」って現象のあれこれであると。

■賭けの原理原則として
「自我が主体的に関与して腹を決めて選択した場合、賭けってのは買っても負けても(結果に関係無く)面白おかしいものだ(結果に関わらず面白さを体験する)」つーことです。
上記結論部分には、そのまんまですが心理学における「結果論には意味が無い、この世にどーでもよくないことなど無い」が反映しているとこは説明するまでも無いでしょう。

さて、『被(こうむる)』どうした的(追い込まれ状況が)無い場合、
自分の頭の上だけ雨が降るなんてことが仮に連発したとしても?
「ついてねーなー」以外何もありませんわね、
(濡れるの嫌なら雨合羽を買うなり自分でなんとかせーと←深刻に悩むネタみたいに判定していたら認知の偏向を疑え。)
その対策も何も、
「縁起があれかも知れないので近所の神社でもいってくるかな(お守りでも買うか)」的なところがせいぜいで、いちいち気にしていてもしょうがないって話です。

マクロとしての確率はどこも変動していませんから。


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posted by kagewari at 16:10 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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