2016年08月18日

「確信犯的選択」の内容ってのを具体的に考えてみる

なんだか文字面からもの凄く仰々しい決断みたいに思われる方もいらっしゃるかもですが、
元ネタは「苦闘の思春期『反抗期』の後に僕は家業を継ぐくことを決めたのでした」みたいな戦前から存在していた『共同幻想』社会適応近代モデルみたいな奴でありまして、
言うならクラシックなタイプですよ(勿論諦めによるそれしかない選択も含む)。

オンザレールな「なんちゃって『共同幻想』社会適応」のが後発であり、戦後55年体制のインチキなプロレス政治にも似た、「サラリーマン社会」なる似非っぽい(高度経済成長は長く続かない経済現象なのに)、そして詐欺っぽい与太話でもあったのです。
「言う事聞いていれば悪いようにはしない」なる『共同幻想』の言葉には「女子は全員一般職で高学歴でも女子大止まり、男子は全員終身雇用なので黙っていても大人しく勤務していりゃ30前後にエレベーター方式で役職付けるから。それまでは社員旅行で温泉街のコンパニオン付けて遊ばせてやるし、接待費の枠で残業帰りに飲ませてやるから会社の命令は絶対な、」←こんな”レール”は女性差別と高度経済背帳抜きに成立しないのです(ですから速攻『共同幻想』詐欺ネタになった)。

■同時にそれを可能にした最大の要因は
公務員で想像するのが一番わかりやすいのですが、労働力に依存する一時産業的な重農主義経済(故に原始時代からこの時代まで奴隷制度の有用性も高かった)、ここから産業革命を経て機械化経済になって以降のホワイトカラーってのは”民間公務員”みたいなもので(笑、IT業界のプログラマーにしても近代までの通訳翻訳業みたいな存在とも考えることもできるので、「ぶっちゃけ人が働かなくてもいい時代へ突入していた」のですよ。

ILOの勧告だけでなく、各国は「高所得可と出生率の低下による労働力化年齢人口の自然減と、休日増や週休二日制導入」に代表されるように(働かなくてもGDPの生産が可能となった割合に呼応するように)労働時間の短縮を進めていたので体感できなかっただけです。
そんなもん数学的に考えれば(後にワーくシェアリングなどとドイツが導入した6時間労働もそうですが)誰の目にも明らかな経済成長のプロセスであり、むしろ現代社会は「経済の労働集約率の低下(ぶっちゃけ働かなくてもいい経済)」から労働市場が機能せず(急速な需要の低下)、所得の分配率の低下によるデフレ経済が課題になっているぐらい。
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うーんとこの現象、サプライサイドの頭の固い人は「昇給ばかりしていたら企業は存続できない」みたいな救いようの無いバカな論議を始める人もおりますが、、、
「やれデフレだインタゲだって論議は”マクロの話”」だって事忘れちゃいけません。
全員の基本給が上昇すれば競争他社の人件費も同率で上昇するので、企業間の競争にはなんら影響が無いのです(目論見どおりマクロ経済がインフレ基調になるだけ)。
 ↑↓
●ところがこの動きがスムーズにいなかなかった。
理由は「グローバリズム覇権主義」って奴で、労働市場の外に「外国2部の労働基準法鄭鴎外市場」みたいなものが織り込まれたからですが、これ厳密に言えば限りなく違法なんですわ(極端に言えば公害対策でめんどくさい国内には工場を作らずに規制の弱い海外に公害垂れ流しの工場を作るのと似たようなもの)。
ILOなりWTOが「人件費ダンピング」として違法認定すべき話だったんですよ(国際労働ナントカ基準を設けて本社のある国の最低賃金を下回る雇用を禁止すべきだった)。

この市場経済を無視する国際化なる近視眼的バカな動きで(そのやり方じゃ最後に先進国側の首がしまることは誰でもわかることなのに)、時代の変革は停滞しちゃいましたが、
上記の中途半端な停滞は「それでも尚、なにゃかんやと人件費を支払続けていた(労働時間の更なる過少化や所得分配の経済学が確立していなかった)」旧態依然な経済体制によるなんとやらだったのでありまして(味方帰れば独禁法違反なのかもしれない)、


■「文字通りに戦後のオンザレールな社会適応」ってものは社会運営側にとって、そのままってわけにはいかない(いつか確信犯的選択を必要とする)社会体制だったワケで、

「今後どうすんの?」
(女性の場合はその前に”男女雇用機会均等法”施行時にも違う意味の「さあどうしますか」という社会規模の選択がありましたが)
この件は「オンザレールな『共同幻想』与太話を信じちゃった人全員がいつか問われる話」だったワケです。
(なんでしょうね「東京六大学の体育会系サークル入っておけば、OBのいる商社に自動的にいける」みたいな”物語”は口約束ですら無く、「そもそも中東とかいきたくねーよ」や現代社会において幻想ですたな無くなったのであります。)

そんな話は地方の寒村にいたる通津浦々に至る全土に(インチキなオンザレール幻想なんですが)あたかも堅い選択の社会適応常識として拡散しており、
現在経済が「働かなくてもいい時代へ変遷している実態」すら殊更意識されてもきていなかった。
(ちなみにですが、この労働の概念も、近代以前の労働集約型一次産業の時代には「高い達成感」のような快感インセンティブも明解に存在していたんですが、現代は「どうしてあの人がこんな給料高いのネタ」や「そもそも粗利50%以上のこの商品の売り子やっていても罪悪感でまったく労働の意義を見出せない」だとかもろもろアレなことにもなってくるのであります。)


●そもそも自らの自我選択の土壇場で「ちょっとお話いいですか?いい話がありますよ」な勧誘にふらふらついていっちゃったみたいなノリで現代的な『自意識』領域の拡大(プライバシー重視な時代)、個性化って方向性にシフトできる筈も無く、

「どうやって食っていくかな」って命題に対し、その時の政治選択を含めて、
「まずはこのようなアレでいってみたい」←このような好き勝手な(その答えを誰に依存するでも無い)思いつきのようなものが、確信犯的選択ってものの実態です。
(ここには「ベーシックインカムなども見据えて”働かない選択”」も方針としてあり得る。←何もとくべつなことでは無く、高齢者の場合「年金収入だけでいってみるか」と企画意図は同じ。所謂給与所得と関係の無いところで「どんな仕事(趣味を含む”仕事量”の意味の仕事)をやっていくかな」な企画を考える方式。)

そして、確認。
「本当に(自らの意思で)抑圧無しの『自意識』マターでそれを選んだってことでいいですね?」

その局面や内容自体は実に軽量なものでありまして(笑
■であるが、『自意識』で自ら選択したものなので重い自己責任(選択行為の著作権・所有権)がその後の人生の指針となるって話です(自らの”想定”を名言することで、言い訳できるところとできないところが明解にもなる)。

時に「それは私の責任ですか?」って言葉ありますが、
(なんらかの不始末の責任なら気持ちもわかりますが)
「私の責任領域ってのは(責任者出てこいのアレと同様に)”私の権利・権限”」も意味しており、
確信犯的『共同幻想』選択を行う場合(自らのポジション宣言的にも)なくてはならないものです。

●「あまりにその選択の後不都合があったらどうするのでしょうか?」
考えるまでもありません(てかそこ人に質問することかいなって話でしょう)、
契約破棄→(どこで下手踏んだのか自らの企画選択の問題を反省して)「再選択」すればいいのです。
(勿論再選択が「やっぱ『単独者』か」でも「ネガティブな事も個性のうち『歩留り』選択でいきますか」な方針転換も可。)


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