2016年05月16日

権威性認知と依存性の関係

ひとつの因果関係と申しましょうか、
「強迫性」を力学的に発生させる”仕組み”の話をしておきましょう。

依存性と権威性認知の関係は各所でやってきましたが、
(権威性認知に頼る=自動的に・無意識に社会関係を考える上で身分制度や階級制度などのヒエラルキー構造を肯定する事になる。←どうしても論理的にそういうことになってしまう。)
その力関係ってとこを考えてみましょう。

■権威性認知が(認知速度的に)優先させ、現実認知における判断基準として支配的になってしまう場合、相対的な「思考停止」となります。
そういうつもりも意欲も意図が無くてもそうなっちゃうワケです。
何故って、権威性認知の雛形を当て込めばいいのだから主体的には何も考えなくてもいいことになりますから、この時の『自意識』の仕事と言えばせいぜいが「いかに権威性認知が優先されるべきか」など後付の言い訳を適当に考える程度でよいことになります。
(人間の自我は一から十までそう思っていなくても認知速度の速い論理が優先し後から思い直さない限り初見の認知が支配的となる。←故にその天敵は『一拍置いて考える』となる。→「あれ、、ちょっと待てよほんとかよ」って奴です。)

■さて、メンタル問題とはなんぞやと考えると、
多数の事例に「社会不適応」や「人間関係上の問題」として散見されますね。
つまりそれは権威性認知を『共同幻想』でプルーフ(証明)できない事になります。
権威認知による判断を一般化している『共同幻想』社会適応な自我が頻発・連発する「それでいんだよね、そうだよね、だよね〜」技が円滑に使えません(勿論当該社会から「流石にそれはちげーよ」なダメ出しも無い)。
権威性認知を「認知や認識の機軸」としているとしたら、それはともて不安定な状況となります。
しかも、
この時自我は半ば因果関係上の「思考停止状態」にありますから、自力解決の可能性も結果論の構造の中で無意識の内に”ほぼ皆無”となってしまいます。
そこんところの不安の穴埋めは力学的に「自分の権威性認知をプルーフしてくれる『共同幻想』社会を希求する」格好に(そんなつもりも”ないのに”)陥ります。
 ↑
これが「適応強迫」が発生する仕組みです。
(一見真面目で”常識的”な人ほど鬱のリスクが高いなんて話にも符合するとこがこの辺に漂ってますね。)

●困った事にそこに二次災害が発生します。
本筋権威性認知は所属した『共同幻想』社会に適応する中で「だよね、そうだよね、だよね〜」技で確認されたり修正されるなかで獲得されるものですから、
考えるまでも無く「どこの『共同幻想』に所属するのかで内容が変わる」ワケです(国が変われば大幅にそれは変化する)。
さて困った、
じゃあ、自分は今どこの『共同幻想』ともこれといった円滑な関係が無いのに今自分の自我の中にある権威性認知って何だ?→考えるまでも無く、その答えは「家族社会当時に刷り込まれたもの」=「幼児期水準の知識」に他なりません(下手するとサンタクロース幻想まで残存しているかもしれない)。

結果「”何処でもいいから”いかにも『共同幻想』っぽいところがいいのではないか」のような、、あり得ない方向につき抜ける可能性も決して低くないのです。
(唐突にDQNな体育系社会にDV女の原則みたいな形でフラフラとってパターンが起きても驚きません。)
こうなると完璧な「強迫心理」となります。


この話のネタバレは「いやいや順番が逆だろう」って落ち。
そもそも当事者は「権威性認知に平伏することを自己決定として選択していない」からです。
(元ネタは幼児期から子供時代に刷り込まれた知見ですから→無条件降伏以外の自己決定はありえません。→無条件降伏していないのであれば反抗期が現出している証明になるので当該自我は依存性や権威性認知関連の強迫的問題を抱える事は無い。)

メンタル問題などを自覚している年次というのはおおよそ思春期以降の話になっていることが推定されますから、もうその歳になっていれば(唐突にセーラー服や学生服着て反抗期を再起動するとか流石に必要無いのであって)普段の生活で「某特定社会の『共同幻想』を日々刷り込まれる(インストールされる)毎日だ」なんて状態が現在進行系であるとか”無い”のであって(反抗期のプルーフは精神分析などで別途必要になるのはひとまず置いておいて)、
 ↓
とりあえず(今自由なのだし・特定社会に紐付けされているとかもないので)「ナチュボーンの自立的認知(暫定的な『単独者』認知)」で行けるし、そう行くのが自然です。
この状態を私は「仮想単独者状態」などその都度適当な名称で呼んでます。
権威性認知を実働させるためには「どこかの『共同幻想』社会への適応が事前に成立していなければならない」ため(勿論のこと”非強迫的””確信犯的再選択的”にです)、メンタル問題禍中においては権威性認知で自我を動かすとか本来不可能なんです(強迫心理を肯定しない限り)。

その後何を選択するのかは別に、
思春期『反抗期』コスプレじゃありませんが(衣装までやることは無いが)、マインドとして思春期『反抗期』に見られる(とりあえず権威性認知は暫定的に全否定で)アウトサイダー的な(かといって大人の『単独者』として自営業でございます的落ち着きも無しの)「仮想単独者状態の『反抗する人』」みたいなスタンスを保持しないとどうにもならなりません。
(※どうにもならないのというのは、放置すればまたぞろ権威性認知で「どこでもいいから『共同幻想』社会適応しなければ強迫」を反復するばかりの毎日に戻るだけですから。メンタル問題が日常化するって事です。)

しつこく繰り返しますが、
その後『単独者』を選択することが予定されているとかじゃ”ありません”からね。
その後、確信犯的『共同幻想』再選択となる場合だってあり得るのでありまして、
一度「仮想単独者状態の『反抗する人』」になっておかないと後者を選択する事も不可能だって話です。
(勿論そこで自らの自我内において反抗期的現実認知のアップデートが必要になりますが。←子供時代に刷り込まれた権威性認知を大人の今の自我による主体的認知で批判的にプルーフ(証明)していくみたいな流れの事。)



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