2016年01月11日

欧州におけるメディアの偏向も相当なもののようで

海外掲示板翻訳ブログなど読んでいて昔から頻繁に欧米ネット世論に登場していた「PC(political correctness:差別的表現の規制を含む政治的・社会的配慮)もいい加減にして欲しい」という言葉の意味・意図するものなんですが、所謂日本で言うところの「放送禁止用語」なんて類の意味では無いようなんですよ。
どうやら彼らの言ってる「PC」って言葉には「報道における左翼的偏向」という意味も含んだもののようで、日本のネット世論の言うところの「(左翼的主張にとって都合の悪い事件を)報道しない自由」に近いのかなと。

うんで「PCもいい加減にして欲しい」という欧米ネット世論に拡大する不満は「全くマスメディアは真実を報道しない」的な意味として「ネット世論からのマスメディア批判」として常態化しつつある。
ネット世論によるマスメディア批判は日本だけの話では無く、下手すると左翼的偏向は欧州の方が本場なのかしらってな事なのかも知れません。
(米国の場合は右派のFOXとかもあるしで左翼的偏向一色って状況には無いと思う。少なくとも欧州と米国においても社会学的背景は明快に異なる。)

以前のエントリーでも触れた「なんだかんだインテリ階層のたしなみ的にアカデミックな左翼化なんちゃらかんたら」な傾向は世界的なものです。
理由は実に簡単で、論理的に『共同幻想』系保守思想は根拠が伝統などの正統性根拠に依存する事が多いので、根拠自体が聖域タブー化する仕組みを織り込むので理論体系化され難いからです。
(『単独者』時代への変遷の中における「確信犯的『共同幻想』選択」となって始めて、再選択時に始めて保守思想は理論的に説明されるので、ネット世論などでは構造的に保守思想の再評価が発生しやすい傾向がある。)
「宗教社会においても学問のように熱心なアレがあるのじゃ」と思うかも知れないのですが、その後のアカデミックに至るアレは「宗教改革」のトリガーとなるようなリベラルでなければならず(てかこの構図がインテリ左翼論の始まりなんだけれど)、保守系の学問は聖域を徹底保守する学問になっちゃうので盛んにやればやるほど原理主義に至るルートもあるワケで、保守思想が素で体系的に研究されるって事は『単独者』化時代への転換期(=『共同幻想』の再選択型)となるまでなかな進まないのですよ。

そして前述記載のように古代から近代においては「宗教改革」に至るようなリベラル主義がアカデミズムへのルートだったため、保守派から見ればその動きは「所謂世俗派的」な格好になります。
うんでー、
現代欧米でも統計的に「多数派が無神論系」なんてDATAを目にすることありますが、実態の過半は「宗教も文化慣習的なもの」という理解のプロテスタントが過半であったりするらしく(彼らが自称「無神論」と分類するのは対象となる原理主義派を念頭においた相対的なもののようで)、
現代社会の欧米ネット世論における「アブラハムの宗教(ユダヤ・キリスト・イスラム)はもうダメダメだろう」みたいな無神論はまだまだ無視論派の中でも尖った人達の論議だっちゅう話(相対的にアナーキストみたいに見られるのかも)。

なんだか話が見え難くなっておりますが、
何を言わんとしているのかと申しますと、欧米社会と中東アフリカを巻き込む欧州・アフリカ圏(地中海文明圏と呼べばいんでしょうか)の問題は、諸外国で「宗教的保守派とリベラル世俗派の相克がどの程度の水準にあるのか」という側面があり、
社会学的変遷として、欧米は世俗化的アカデミックななんとやらでインテリ左翼論的状況がまだまだその基調にあり、
西洋的世俗化に対してイランのイスラム革命みたいな歴史も内包しているモスリム圏は「果たして世俗化ってものを宗教的にどう捉えるのか」みたいな広い意味の文明の相克みたいなものが(まだまだモスリム文化の歴史が浅い分)欧州中世の宗教改革100年戦争みたいな時代に至る変遷期にあって(イスラーム化以前のアラブ文明の歴史は欧州より古く長いんだけどもさ)、そこには社会学的な乖離がやっぱあるんだと思うよね。

ここがやたら複合的な論議になるのだけれど、
欧米においてモスリム世界との融合も模索する左翼インテリは彼らのキリスト教的保守社会から見ればガチのリベラル主義世俗派なワケですよ。
仮にこの左翼インテリな彼らが現在イスラム教徒だった場合、なんつーか躊躇無く死刑に処されるような立ち居地になると思うのね。実際モスリム社会との融合を主張する欧州の左翼インテリはノーベル平和賞となったマララ・ユサフザイさんを100パー支持していただろうけども、勿論の事この人モスリム保守層からは大ブーイングの人だよね。
ですから、現状の混沌は世にも奇妙なぐらいに皮肉な状況なんですよ。

ひょっとすっと欧州のインテリ左翼の間では、イスラム原理主義保守派がテロリストになっているので、難民層はモスリム社会の世俗派リベラル主義者で間違い無くマララ・ユサフザイさんのノーベル平和賞も支持しているって物語になっているのかしらね。
 ↑
この論旨の方がモスリムの人怒ると思うんだが、、、(あたかもイスラム保守思想主義者はテロリズムの温床だと言わんばかりの勢いになりますよね)。

うーんと、ちょいと横道逸れますがネット言論で目にするコピペテンプレのひとつに、以下動画の文字起しがあります。
「カダフィの真実を知ってほしい」
https://www.youtube.com/watch?v=aggieI4YAVw

そして、ネット世論に見られる保守論壇は上記にあるような逸話とか好きなんですね、これが。

ネット世論が最先端なのだなんていいませんが、少なくともフリーエコノミー的にこの論壇が「所謂マスメディア的ベクトルの偏向から自由な階層」であるのは事実で、
(内容の是非はともかく)
左翼インテリの「ネトウヨ批判」なんつーレッテルが見当はずれなものであることがよくわかると思うのね。

そんなこんなも込みで、欧州に見られる「報道しない自由的なCP問題への不満」ってのは、
更に話をややこやしくするので(支持している人と被支持者の思惑が本音のところで正反対だったりなど)、「いったい何をやっとんのか支離滅裂」になりかねないと思うんですわ。
それはカオスとかじゃなくて、猛烈で積極的な情報弱者のせめぎあいをご覧ください的な絵としてなんつーかダメだこりゃ状態となっているのであり、

ジャーナリズムが偏向するのは大問題だし(キャスターやコンテーターが「私は何派でこのように偏向しとるんですけどね」と断って発言するなら無問題なんですが)、事が「報道しない自由」に至ってしまえば存在意義を毀損しちゃいますわね。
アラブの春的SNSはいまやISの有力なメディアとなっていたりなど(元からSNS媒体はいかんものだろうと思っているワケだが)、フリーエコノミーとネット世論の拡大っつー部分はそこを補完する意味で必須だろうと思うんだよね(それがマスメディアを代替し駆逐することは無いので→マスメディアに影響を与えるオンブズマン的存在として機能してみたいな)。
批判も多いけどさ、日本に2chが存在していることは社会資産として大きなことだと思う。

(※ちなみに日本の保守系思想は江戸時代以前から「なし崩し的な世俗化となんでもありな野放図さ」というか、保守思想のコアが世俗主義だってルール違反みたいな側面があるので(岸田言うところの神様と世間様の違い)、文明化においては西洋ルートで導入を行った関係から左翼インテリ階層みたいな共通性もあるけれど、団塊世代が左翼学生運動からあっさり転向したように(或いは戦前軍国世論が手のひら返して米国民主主義に転向したり)最初っから文化レベルの浅い構造ってのが特徴。ここが日本のドバンテージになっている。ま、融通無碍な特徴は深い構造になるんだがね。)


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posted by kagewari at 13:24 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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