2015年12月30日

カタギの人生、ヤクザな人生

なんだか仁侠映画のタイトルみたいな話になっておりますが(笑
いえいえ、ヤクザってのは分類的にカブキ者でもかまやしないのですが古来からの『単独者』ジャンル俗称みたいな意味で使っているのでございます。
ここんところの切り分けがすっごくわかりやすい映画は黒澤の『椿三十朗』でしょう。
劇中最後に三船演じる名無しの用心棒救出した役人が(彼を正式な家臣として登用準備していたのにそれを放り出して宿無しの旅に出て行ってしまったくだりで)「彼もこんなお仕着せ(武士のスーツ)用意されるのは迷惑。こんなものに満足する男じゃないよ。」なんて台詞が出てきます。
カタギ(共同幻想)かヤクザ(単独者)かなどという分類にいいも悪いもござんせん。
また、劇中に三船演じる用心棒が「お前らは大人しく鞘に収まってな。」なる台詞も出てきますが、これもカタギな生活を馬鹿にしているどころか「正しいって言葉があるとするならそっちの世界だ」的な親心なのでございます。
その道をなにが分けるのかなんて殊更なにがどうしたなんて明確な基準もありません。
言うならば自己責任って奴ですが、確かに社会学的に先進国は『単独者化』へ変遷するのでありますが、背景事情は「国が豊かで好き勝手に選べる自由度が高まるから(そして『共同幻想』の最も核となる成立要件である生活の安全保障が確立されているから)」なのでありまして、自然現象な趣もありますが「だからどう」って事でも無いのであります。

やれ『単独者』が上等って話でもありません。
自我心理学では無く、法人のミクロ経済学で考えれば自明の話でありまして、
系列に属する企業体などに所属するのに比べて、自営業のヤクザな生活は「比較もクソも性質が違うから」ってな代物でございますし、
「今だからこそ『共同幻想』選択、いざ七三分けに、英国生地の保守的スタイルの三つ揃えスーツで」なんて選択だって勿論アリアリです(今後少数派になるのですからこっちの選択のがギャンブルかも知れない)。ぶっちゃけ面白ければどちらでもいいのでありまして(自我心理学にとって最大の脅威は”退屈”ですから)、そんな基本を抑えた上で「ヤクザな人生を語ってみよう」と思います。

●「’ヤクザな人生とはなんぞや」
時にいい意味で(大槻ケンジ先生のコピーを借りて)”ダメ人間”なんて呼んだりもしますが、昭和の代表時代劇「遠山の金さん」なんて自称”遊び人”ですからね(笑、どんだけダメなのかって、、。
この辺の機微をわかりやすくたとえるなら、
犯罪映画などでお馴染みの「強奪した札束は全てナンバーが当局に控えられており(ホットマネーとか言いましたっけ)使えないだと」なんて台詞がちょうどいいのではないかと思います。
言うならば、カタギの人生ってのは「ナンバー控えられて印のついた金を正当に稼ぐ暮らし」であり、その反対にヤクザな人生ってのは「ナンバーの控えられていない(プライバシー度最大の)安全な金だけを狙う暮らし」なのであります。ヤクザにとっては安全な金に換えるためマネーロンダリングじゃないけれども「その分手取りが減ってもいい」と考えますから、稼ぎの額面が全てじゃありません。足の付かない安全に使える金が否かが重要なのです。
(なんだかすっごく犯罪モノみたいな話になってますが「たとえ話」ですからね、誤解の無いように。)
極論カタギな稼ぎはヤクザには意味が無いのです(むしろ弱点)。
別の意味の映画の台詞に「金に色はついちゃいないぜ」なんてのがあるように、反対に「色がついてちゃ困るのです」。
「いかがわしい金ならいかがわしいほどいとおしい」←もう無茶苦茶なんだけれど、極端に言えばこんな感じでしょうか。
(誤解の無いように念押しておきますが、『単独者』はちゃんと真面目に税金も納めますからね。昭和のクロヨンじゃないけれど、節税と称して脱税まがいのなんとやらが自営業の専売特許みたいな話をしようってんじゃありません。)
ですから簡単では無いのです。
「簡単って何の話か」と申しますと、時にヤクザな人生に不安を感じて「果たして俺はどうしたものか」なんて非生産的な鬱方向に考えてしまう人物が「俺だって真面目に」な間違いをしばしば犯しますが(いやいや間違いと断定しちゃマズイだろう、、)、えーなんと申しましょうかそれじゃ全く問題の解決にはならんのです。「ナンバーが控えられて色のついている金を幾ら稼いでも苦しくなるばかり」なのですから(『共同幻想』こそクラス社会なのであり「一度足を踏み入れれば容易に足抜けできない」)。
ご当人が「方針転換だ、明日から保守的人生を生きる」と決断したなら全く話は別なのですが、前述の追い詰められパターンがおおよそそういう方向の話とは思えません。

■よくありがちな勘違い。
人間ってのは心底馬鹿なところがあるものでして、
前項たとえの「弱気になる男」の背景には「それ以前」もあっただろうと推察されます。
ええ、うまくいっていた時の話ですよ。
想像するにその時、その男は後日の不安などどこへやら「絶好調です」などと自慢げに語っていたりしたのでしょう。←本来はそここそが間違いの始まりなんであって、
ヤクザな人生ってのはダメでなければいけないのでありまして(笑
なんだかうまくやれている(あたかも自分は優れているかのような感覚もありーので)なんて思ってしまうところからして間違いなんですから。
「そんな事言ったら『単独者』には職業上の誇りは無いのか」なんて話が出てくるのかもですが、
いえいえ、全然そんな話をしているのでは無いのです。
ヤクザはヤクザなりにヤクザである事が誇りなのであり「時の流れでやれうまくいっているだの、うまくいかないだので左右されちゃヤクザじゃない」のです。
(※ここが心理学的原則である「結果論には意味が無い・この世にどうでもよくないことなどない」に被っているのです。)
持たざる者的なすっからかんでもヤクザのプライドは捨てない。
(勿論沢山持っている方が幸せでも何ら矛盾は無い。←ここどうでもいいことの幅内ですから。)
ガッデムスーツでお仕着せよりボロでも自前のがいいってな〜暮らしがヤクザの本性であります。
(就職活動するルパン三世なんて誰が観るっつんですか。)

時々、状態の悪い時ほど本性が出るなんて話もありますが、
むしろ逆なんじゃないかと思うんですよ。
状態のいい時ほど本性が出ている。
自慢げに「ここんところすっごくよくやれている」なんて語っていちゃ〜おしまいなんでござんす。結果論のほとんどが時の運なんですから、
競馬場で「読みどおり」なんで台詞は冗談半分で言うものでありまして、真顔でそう思っていたら危ないのであります(そんな風に考えてしまう時こそちょっと負けが込むだけで途端に、、ってな具合でね)。


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posted by kagewari at 15:37 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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