2015年08月29日

犯罪心理のボーダーライン(2)

過去エントリーはこちら
http://kagewari.seesaa.net/article/420975511.html

今回は『犯罪心理の経済学』って感じで進めてみましょうか。
時折報道などを目にして「何故こんな酷い事を」的意見を耳にしたり、私自身も思う事ありますが、いえいえ心理学的には非常に合理的側面ってものがあるのです。
それは=「日常性の危うさ」そのものであり、人間の自我ってものの怖さそのものでもある。

犯罪的行為選択の反対は「法治国家」だったり「法令遵守」の姿勢になりますね。
この合法的選択から考えてみましょうか。
合法的選択の合理性ってのは、ゲームや生存競争などの正統性基準みたいなものです(公正さ・中立性の担保と言い換える事ができます)。
「100mを走った時に誰が一番早いのか」←この競技を争う場合、ズルして勝っても意味が無いですから(100m競争の公正な勝者であると自認できない)、積極的にルールを破る理由も根拠も動機形成に発生しません。
「将棋の勝負でどっちが強いのか」この時に、双方自前で関係無い駒を持ち込んでいいのであれば、もうどちらが勝ったにしろそれは競技として将棋でもなんでもないのですから意味が無いのです。

一般社会において最も違反事例が多いのが道路交通法でしょう。
仮にこれが「レースのレギュレーション」であれば、確信犯的にそれを破るものはいないでしょう(勝つために隠れて破る事はあり得ますが、この場合もスポンサー獲得など別の目的がある場合で仮にそれで勝っても本当の勝者である体感を獲得する事はできない)。
一般社会で道交法が破られがちなのは簡単な理由です。
車の競技をやっているのでは無く、移動手段として車を使用しているのだから専らその利便性利益の方が高いからです(公正な争いや勝者のタイトルも関係が無い)。幅広い安全基準が道交法なのでゲームや競技のルール的な法律の本質からやや離れたとこにありますからね(便宜法とでも呼びますか)。
しかし「暴走族の論理」はどうなるでしょうか?

暴走族の論理は「専ら道交法に違反して”いなければならない”」のであり、「合法的に走行していたら暴走族では無い」のです。
つまり「暴走族足るもの維持でも全ての道交法に違反しながら走行しなければならない」(便宜的に自己都合で違反したりしなかったりしているのでは無い)。

この心理は何かって、
『暴走族』という犯罪選心理のボーダーラインを超えているので(超える時に合法性の世界を何らかの事情で捨てているのですから=合法的に開催されるレースなどに勝ちたいワケでは無い)、「犯罪者人生を生きるとなれば、デカイ事をやらない事にはやり甲斐が無い」のです。
ここは努力の法則と同じ、
犯罪者にとって、レベルの高い犯罪は仮に捕まれば刑期も重く高いリスクになります。
合理的に考えれば「工夫して軽犯罪に留めておくのが賢い選択」と思えます。
ところが(自立的・主体的選択と同様に)生物の幸福とは「不快選択」により実現します。
何々を獲得しようと何々の自己責任を”賭けた”←わかりやすく言えば掛け率の法則です。
自立的・主体選択の場合は、それは=自分のやりたい事なのだから(どれだけ辛い不快を伴っても)努力すればするほどやり甲斐を体感できる(結果と関係無く)。
つまり、動機形成・意欲として『暴走族』を選択した場合、高いリスク(重犯罪)を取る行為こそがやり甲斐になります。←「工夫して軽犯罪に留めておくのが賢い選択」なんて合理的思考であるなら、そもそも犯罪心理のボーダーラインを超えず、合法的世界で生きていればいんですから。

微妙に違うかもですが、似通った心理的経済学に以下のようなものがあります。
本来は一皿600円の焼肉、合法的心理なら「焼肉は食べたいが予算の範囲内でいかに肉食欲求を最大化するか」なーんて思考が一般的になりますわね、
しかし、そのお店が「掟破りの食い放題」をやっていたらどうでしょう。
一皿幾らの合理的判断などはすっ飛びます「”せっかくだから”(日常のボーダーラインを超えているだから)一番単価の高いメニューから食べはじめる」←こうなりますね。
犯罪心理のボーダーラインも同じです。
「破り放題となったからには、重犯罪じゃなければ甲斐が無い」←実に合理的選択なんです。
(この辺の法則には「事の結果には何ら意味が無い」が関係しています、犯罪者にとって「結果としての重大な犯罪に目的があるのでは無い」からです。その動機形成において快感原則上の”不快選択(投資)”、この動機形成のプロセスが重犯罪を志向するる結果を導いている。)
「都会に出て、立身出世を目指すのであれば社長にならなければ男じゃない」←えーとこれを考えた人物(勿論動機は地方コンプレックスとその反動形成や強迫性です)、この人物は「こんな事業をする会社を起業したい」と考えているのではありません。権威性偏差値的に”社長の身分を獲得したい”と考えているだけですから、際限が無いんですよ(どこまでもエスカレートする=潜在的構造的誇大性)。
「こうなったら掟破りの、、」この選択がある場合、人の選択は無限にエスカレートし際限を喪失します。

まだその選択が『暴走族』のようなガチ『共同幻想』であれば、その犯罪は「主に道交法に限定されます」が(焼肉食べ放題だけなら合理性無用の高いメニューからの注文はその店舗内に限られる)、漠然と「もう全ての行動選択において私は犯罪心理のボーダーラインを超える」となった場合、
当該人物は「こうなったら悪魔の所業」のような行為選択をしないと「(軽犯罪に留めようなんな発想は)馬鹿みたい」と考えてしまうのです(てかそう考えるのが心理的経済学として合理的な選択になってしまう)。

しかしこの世の『犯罪者』と呼ばれる世界には、誰もが制限無しの重犯罪を志向しているなんて事もありません。
この犯罪心理の経済学はどのような差異に基づくのでしょうか。
<つづく>

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posted by kagewari at 05:34 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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