2014年07月30日

『モノが壊れるといい事がある法則』part2

放送大学で実に興味深い統計行動学?とやらの話がありました。そこでpart2はカテゴリを心理学テキストに切り替えてます。
いやはやそんな学問があるんですね、世の中は広いです。
(統計系の経済学やっている人には市場などのグラフ見る時の常識らしいっス)
実際何時見たのか記憶も定かじゃないのですがww、どうやらHPで確認すると以下ですね。
教養学部の心理と教育コース
錯覚の科学('14)
http://www.ouj.ac.jp/hp/kamoku/H26/kyouyou/B/sinri/1528939.html#syllabus

講義概要
私たちの脳が認識する世界と、客観的な世界にズレが生じる現象が、「錯覚」である。心理学の諸研究は、視覚や聴覚といった知覚を中心として、記憶や思考などさまざまな心的過程で生じる錯覚の特徴やメカニズムを明らかにしてきた。これらの研究成果を、心理学だけではなく美術史などの多様な分野から紹介し、錯覚が私たちの日常生活や社会、文化、芸術に与える影響を学際的に検討する。これらを通して、人が世界を認識する独特の仕組みについて理解を深めていく。

放送大学って徹夜明けだとかの何かの拍子に環境音楽的につけることが時々ありまして(建築関係なぞは某別ブログで随分と参考にさせてもらった事あります)、当たりを引くと面白いんですよね。
で、この時の講義は「10.身近な情報の錯覚」だったかなと思います。
■これがフロイド系心理学にも実に参考になる話でした。
(菊池聡教授は詐欺事件の構造的にマインドコントロールやらの理論も説明しているようです。)
興味深い理論に『平均への回帰の錯誤』というのがありました。
それこそ「永劫回帰かよww」って一瞬思いましたが、ざっくり説明すると「グラフを短期で見るか長期で見るか」みたいな認知の錯誤の話です。
水準となる平均値に対して事象は常にランダムな要因があるので、誤差範囲は予測不能です。勿論それは長期的に平均値へ収斂するというか、そこに平均値がある事が長期的グラフではスムーズに認知できますが「短期的現実に直面している自我はランダムに誤差範囲で変化する現実に対して自分の関与を意味づけしようとして錯誤行為を引き起こしてしまう」って話です。
(うーんと簡単に言えばランダムな誤差を含む短期観測〜〜〜〜波形を10倍などの長期間グラフにすると-----------と平坦な平均値を示しているんだが、短期局面の〜の1点を見れば「大きな乱高下が観測されていると思ってしまう」みたいな話。)

■講義では随分面白おかしい事例がいくつか紹介されており、
●某大学のサイコロ実験
サイコロの出目は平均にランダムにしかなりっこないのだが、大学生に「大きな数字が出るように応援してもらった場合の実験」→すると25%もの学生が「応援の結果大きな数字が出ることがある」と思い込んでしまい、中には「こんな事信じていませんでしたがオカルト現象ってあるんですね」なんて話を言いだす始末の学生まで現れるという話。
●褒めて伸ばすか叱って伸ばすかの実験
ランダムな変数でしか無い状況にその都度叱る褒めるのアプローチをしてもらった(現象はこの関与に無関係にランダムなだけ)。この時アプローチした側が「褒めると叱るとどちらに効果があると思い込むか?」などの実験。→事象は〜〜〜とランダムに上下しているので「よくできた時はグラフ頂点で褒める」となり(この場合グラフの次の変化は”必ず下がる”)、「できが悪い時にはグラフ下転で叱る」となり(この場合グラフの次の変化は”必ず上がる”)、被験者としては「褒めると下がる、叱ると上がる」を体感するため→必然として「褒めても効果が無い(下がる)、叱ると効果がある(上がる)」と思い込んでしまうって話。
 ↑
この辺が『平均への回帰の錯誤』

他にも激しく叱責した場合と、最小限度の関与で行動の修正に成功した場合の効果の統計分析なんて話もしており(うろ覚えだけれども効果があるのは最小限との関与の方←分析によると「指摘されたのではなく”自分で間違いに気が付いたと錯覚”するため」との話だったかな?)、なかなか面白かったですよ。
後者の話は心理学的に解釈すれば『依存と自立』なので(過去ログが読めるメールカウンセリングの有効性とも言える=「自分で気が付いた錯覚効果」)簡単には心理学的問題の対処補強に使えないのだけれど、前者の『平均への回帰の錯誤』はそのまんま使えますね。
(※前者の点で言えば「どうやってカウンセリングなどの利用頻度を一定水準までに制限するか」という依存性リスクの管理がテーマになるので、有料メールの単価を切り上げるなどの対処が考えられるのだけれどなんとも難しいところです。有料メールと『公開掲示板』では依頼の動機が違っているので一概に比較はできないのだが、依存的頻度の上昇リスクは無料の『公開掲示板』の方が大きい傾向があるのは確か。その反面『公開掲示板』は公共の場であり不特定多数の視線にさらされている抑制効果もあるため、少額で可能な有料メールの運営を最も問題視すべきかもしれない。『簡易相談』なんかの場合は「街角の占い」程度の水準をベースにしているんだが、詰めて考える部分もあるだろうね。)

参考リンク
平均への回帰wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/平均への回帰
回帰の誤謬wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/回帰の誤謬



■『モノが壊れるといい事がある法則』ってのは端的に言えば”逆説”なんですけれど、
『平均への回帰の錯誤』つー話と理論的には同じようなものですわね(『結果論に意味が無い』の証明にも一部関係していると思う)。
いえいえ、誰にでもわかる「悪いことばかり続かないさ、いい事あれば悪いこともある、悪い事あれば次にはいい事もあるさ」みたいな話じゃありません(笑
確率論や統計分析上、人は短期的変化に対して何らかの関心を持つ場合(たとえば自分の事や関心事項の事)「もうこの瞬間から『平均への回帰の錯誤』発生リスクを抱える」って話です。
単純に言うと「自身の関与に対して間違った解釈をしてしまう」つー事。
逆説的パッチが常に有効とは限らないけれど、うっかりすると認知の錯誤が放置され(もっぱらこれをしでかすのは無意識なんだけれど)、後追いで自意識がこれに追従(個人心理における『共同幻想』追従会話みたいなもの)する形で「現実と乖離した話が既成事実化する」ってプロセスに至る場合がある。ここで自意識が「ちょっと待てよ」のような自立的・逆説的関与することで(現代的に言えばリテラシーですわね)偏向認知を抑制できるわけで、認知に対して自意識が主体的に関与することの有用性や重要性が再確認されるわけです。
殊更意味をもたせようと認識すればするほど(或いは状況に対して切迫感があるなどで)「現実認知の解釈を間違えてしまう法則がある」ワケですよ。
木を見て森を見ずの典型で、近視眼的『視野狭窄(或いは狭義)』は第三者的『俯瞰視野(或いは広義)』と正反対の結果を導きやすいため予定された認知上の錯誤が発生する。
 ↑
ちょっと掘り下げますが、
これは前回エントリーにおける「『共同幻想』の会話」とも関係しています。
「『共同幻想』の会話」のような予定調和の追従型認知(保守システム)というのは個人心理の中にも存在していて(個人で言えば前例主義や判例主義や”範例”主義という奴)、超自我や強迫心理に対して無抵抗に追従・追随してしまう自我の様子として観測されます(個人自我内において抑圧された自意識が従属的に追随する様)。
その前例や判例や”範例”そのものに前述の『平均への回帰の錯誤』がある場合、構造的に「現実との乖離が織り込まれる」事になってしまいます。

■主体性って論議はですね、自分の自我に対して自意識が第三者的に自立するって意味でもある。
個人自我内部においてですね、
『共同幻想』調和型の会話を続ける事は一件自我統合上好ましく思えるかもなんですがー、
そこに固定化されてしまえば『共同幻想』の保守構造同様に、自我はあたかも安全保障として「どんな誤謬や錯誤があってもそれを一切認識しない(それどころか誤謬や錯誤に強い正当性があると思い込んでしまう)」かのような事になっちゃいます。
(『共同幻想』社会の構成と個人心理における「自我内部での超自我と自意識の力関係」みたいなのには相関関係にある。勿論強迫心理的問題を抱える場合その自我バランスは『共同幻想』型特有の保守傾向・保守機能が解決を難しくしていると解釈する事もできる。)
『馬鹿か俺』技にしても、
『結果論には意味が無い原則』や『モノが壊れるといい事がある法則』などの応用にしても、
これらは局面の戦術であり(ミクロ的対応や逆説)、戦略的には(マクロ的対応やスタンスとして)『一拍置く』事の有用性って話になる。

どう言えばいいスかね、
自意識の独立性というものを考える場合、構造的にそれは保守に対して反抗的ポジションになります。(社会的に言うとジャーナリズムのスタンスが基本反権力じゃないとバランスしない論と同じ)
そこが哲学論における『単独者論』と反抗的にナントカって話と符合するのであり、
いやいや難しいところは何もなくて自然に考えればそのまんまの話なんだけど、、、。
現代社会における個人自我において、超自我(無意識全体に及ぶ関所みたいなもの)と自意識の在り方を問いかけているってことでもあると思うワケです。
(先進国における個性化の時代論は事実上『単独者』系社会の到来を示唆している。)

ちょ〜と話があちこち飛んでいるんだけれど、
「強迫心理と関係無く人間の自我固有の傾向として発生しがちな誤謬の法則」ってのは踏まえておかないといかん部分だわね(そこに強迫心理が関係して更にって要素もあるのだから)。


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