自分で書いておいて何ですが、再三俺が「精神分析は一時的に不快だ」がよくわかってもらえる内容になっています。
非難でも、批判でも無く「妙な不快感」を伴います、よく精神分析に批判的な臨床心理関係者の論評に「トラウマに近づける記憶重視の分析は危険、という見方が的外れだ」への回答にもなってるのじゃないか、
俺は再三『トラウマ論』で、トラウマの危険性は「前提となる自己嫌悪方の現実認識への、証拠として突きつけられる事後的な記憶である」と話している。「間違いないのだ」と暗黙の他者や自分自身を批判する「一種のスキャンダル(政界のスキャンダルのような)」的使われ方をしていて、それ以前に悩みが無い場合でも、「潜在的な葛藤を偶然の事件がトリガーとなって、、」と見るのが合理的だから、
俺の分析は「何かの事件や嫌な記憶を克服し」なんて記述は一度も出てきません、むしろその原体験は脇役で、法廷における状況証拠に近いものとして扱っているので、その記憶に直面する必然性はありません。
『それが妙な不快感のコアになります』
なんとなくわかっていただけると助かるのですが、
反対にここが『妙な不快ではないと』臨床心理士関係者の批判は「あたり」になるのです、
状況証拠(トラウマ)を物的証拠だと分析者が太鼓判を押すことは、悪循環になってしまうから(分析が中途半端で)です。
進捗は順調です、8月中にHPでupする事を確約します。
2004年08月01日
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