2014年02月19日

『共同幻想』崩壊と所謂民度の関係

時に保守派のみなさんが心配するのが『共同幻想』の崩壊余波で(専ら社会道徳の根拠となる権威が『共同幻想』であるため)社会が乱れるのではないか的なトンチンカンな発想です。
これを根拠に保守派のみなさんが「すわモラルハザードとばかりに」小説・映画・ゲームや漫画からアニメなどの表現規制に至る場合も散見されますが、これは全くの見当違いであるだけでなく、下手に反動系で保守ネジ巻くと逆効果になりますのでちょっと書いておこうと思います。

『共同幻想』が崩壊する時系列は「先進国化による余裕すらある生活の豊かさと高学歴や社会資本の充実」にあります。
原始時代に話を戻せば、発端となる『共同幻想』の”発明”ってのは(少々乱暴な表現使いますけど)野蛮人バリバリの無知蒙昧な”群れ”などに対して「衛生の概念通知から通俗的慣習の共有化や法的概念の通知」に至る(文盲率過半数以上の状況を前提とした)「社会心理応用型の原始プロパガンダのようなもの」であって、結局そこには何らかの権力なり権威なりが成立の過程に関与して(場合によっては当該権力の統治構造的に利用するため)成立したものです。
この権力なり権威なりって側面は「ニワトリか卵論」と同じでどちらが先なのか論争しても意味の無い事です。
少なくとも言える事は、
当時の民衆にとって、天文学的に秋分の日だとか夏至だとかを知る(種まきの時期を的中させる)神官やシャーマンのポジションは「神の啓示を聞く預言者級の人物」になりますから、文明そのものが(優れた科学は魔術と区別がつかないの逆で)魔術であったり宗教的奇跡無しに説明のつかなものだった事です。
「話を誇張して伝えたのか?話がどんどん神話調に誇張していったのか?」そんな事を考えてもあんまし意味ないのであります。

つまり『共同幻想』の崩壊バックグラウンドが「先進国的豊かさを背景にした高い民度」なので、
民度が高くならなければ、『共同幻想』は崩壊しません。
(権威性の社会道徳論から→各個人の道徳哲学的”考え”なり”美意識”なりに代替される仕組みです。)下世話な話になりますが、マスメディアの煽りのせいで「現代社会は考えられない猟奇的犯罪が増えている」などと勘違いされる方も少なくないと思いますが、戦後から犯罪件数は”大幅に下がっており”、言うならば『共同幻想』もまだまだバリバリの時代の方が犯罪は多いワケで、外れな論議です。

■この辺の論議は「メンタル問題発現のなんとか」と相似です。
メンタル問題ってのは基本的に『共同幻想』抜きに発生しません。
そして、『共同幻想』崩壊過程においては一般化するというぐらい拡大します(先進国においては”精神的になんとか”などから門外漢という人を探す方が難しい)。
フロイド以前ともなれば、メンタル問題などというのは皇帝病だったり宮廷や貴族階級の話でありまして、『共同幻想』の崩壊だとか弱体化ってのは「神話性のネタバレ崩壊と同義」ですから(神話性などの)バックグラウンドを知る知識階級の間では昔からメンタル問題は発生してきたと考える事できます。
広く市民にメンタル問題を知らしめるキッカケのひとつは戦争後遺症としてのPTSDかも知れません。
この戦争後遺症としてのPTSDにしても、ピカソのゲルニカ的に戦争がトンデモ規模になってしまったというそっち側の文明化も同様に関係してきますけれど、更に大きな原因は民度の高い国民にとっては徴兵などで軍部に入っても軍人としての『共同幻想』の自我上書き率はどうしたって大きくなりません。どうしたって各人の『自意識』は相当部分が抑圧される事無く温存されており、戦禍の現実をそのまま目にする事になります。『共同幻想』により視野狭窄的マスキングされることで『自意識』が安全圏に留まるような心理構造は難しくなります。
(市井の若者がいきなり徴兵されて戦争にいきなり投入されることは、誰が考えても無理筋ですから。←もう一度解散総選挙してくれって話です。)

言うならば先進国になればなるほど戦争は「プロの職業軍人にしか務まらない」ハードな現実になります。理由は簡単で先進国における「プロの職業軍人」という選択が、『共同幻想』社空適応で選択されるのでは無く、『自意識マター』として確信犯的に選択されるからです。
(社会的保守では無く、個人が安全保障への関心や保守的政治思想などを哲学に持って職業選択されていくという方向性、)
この方向性は「職業軍人の更なる練度向上」に繋がりますから、余計一般素人の新兵などまかされても軍人さんも迷惑になります。
(正直本土防衛というか、自分の命は自分範囲の射撃練習だけしといてくれたら十分。)
 ↓
現実問題、MADを背景とした核抑止のある現代社会の戦争は「国家間の全面戦争」はほとんど考え難く、実際の戦闘行為は更に限定的・局地化すると考えられます。軍事部門においては「様々な用途に特化した専門性の高い特殊部隊の有用性」と「休戦に至る政治力」がよっぽど重要で素人の歩兵が何人多いからだとかによって「想定される戦況に大きな影響を与える」とは到底考え難いんですよ。
冷静に考えれば「特殊部隊のみなさんの労働条件の向上」←ここが防衛政策上もっとも重要って話になります。
(※先進国化という枠組みで言えば、武器に関しても高度な性能になりますから、その典型例として「戦闘機操縦できないんじゃ意味無い」的な高度技術を必要とする専門性も拡大するって事です。←これに対して戦国時代なら竹槍一本・俵背負う労力だけでも有力な戦力になった。)


話を戻しますが、
■前述の
「戦争後遺症としてのPTSDにしても、ピカソのゲルニカ的に戦争がトンデモ規模になってしまったというそっち側の文明化も関係してますけれど、大きな原因は民度の高い国民にとっては徴兵などで軍部に入っても軍人としての『共同幻想』の上書き率はどうしたって大きくなりません。どうしたって各人の『自意識』は抑圧される事無く、その現実を目にする事になり『共同幻想』によりマスキングされてある意味『自意識』は安全圏に留まるような心理構造は難しくなります。」ってな部分。
現代メンタル門団のなんとやらってのは、もっぱらここの『共同幻想』の上書き的な部分に似た話なワケですよ。
自我構造における『自意識』と『共同幻想』との関係(自我と超自我でもいんだけどさ)、
幼児期の環境から親側の人格から「ガチっと『共同幻想』がハマり、後の大規模反抗期に委ねられる」という初期構造が、ガタガタなっちゃうワケですよ。
人権派のみさんからの批判覚悟の暴論で書いちゃいますけど、先進国は未開人でも野蛮人でも無いワケで(識字率100%でほぼ全世帯新聞からインターネットから自主的に閲覧して情報取得可能)、親世代の『共同幻想』のハマリかたもその内容も「ぶっちゃけ個人に任されている領域がどんどん大きくなる」事になります。(=個性化期待値)
しかし、政治もそうですが社会なりの動向は”後追い”ですから(タイムラグが無いのであればゆとり教育なんて試行錯誤は50年前に始まっていてもおかしく無い)、そういう裏事情を親世代は「俺は聞いてないから」状況も多数発生しますし、幼児期から高い教育水準だったり整備された保育園から幼稚園とやらで社会的刺激を受ける幼児の側も「けっこう早期から自我の萌芽がみられる」ので、ぶっちゃけ『共同幻想』は中途半端になるのが”自明”で、相対的に思春期反抗期の盛り上がりもイマイチってな事になりがちです。(個性化期待値なる事情の周知も中途半端なだけに。)
更に少子高齢化と核家族なんちゃらで、「子供の自立独立が憲法に保障された権利である」理解も双方にそれほど浸透せず、
●社会が追い付くタイムラグが原因で、その過渡期において「ぶっちゃけ個人に任されている領域が何やら曖昧なリスク領域化する」ってのが現代社会のメンタル問題だと考えてもいい。
 ↑
この様相を更に誤解して保守派論議に至る人いると思うんだけれど、
所謂第三世界的な強度の『共同幻想』ってのは、そのまま先進国でやればぶっちゃけ人権侵害も同然だったりするので(現代社会で武田軍の徴兵などやったら犯罪ですし)、法治国家的に無理筋になるだけでなくその当時それがガチでハマルのは「貧しい、食えない、民度が低い」ってバックグラウンドを条件としているので(アメとムチの経済学的に)社会構造的にも社会学的にも無理なんだわ。
(ゲゼルシャフトをやおらゲマインシャフトまで保守ネジで巻き戻すなどという芸当はハナから無理過ぎ。←少子が仮に無くても高齢高寿命化の部分だけでもう戻らない。相続による経済循環と権威委譲が機能しないため。)

■所謂そういう保守派の幻想は「ノスタルジー的妄想」って事です。
(まー、お気持ちはわかりますが、)
イマイチわかり難い人達に、世俗的に説明すっと、
「インターネットも今まで知ってきた音楽情報も全て忘れて、一大国民歌手に全国民が熱狂する時代に戻しましょう」って話だから。
(誰が考えたってそりゃ無理。←若干似たような事をやろうと着想したのが毛沢東で、文化大革命の名の元に知識人を皆殺しにして本を焼くって事を思いついたって話で、もう大虐殺だったワケですが。)現代社会の保守派の発想は、せいぜいが「学校荒れてきたので全校生徒に茶道や武道を義務付ければよい」程度の水準超える話じゃありません。

■現代社会の保守主義ってのはですね、
『共同幻想』のある意味頂点である「お祭り」で考えればわかりやすい話です。
太古それは本物の『神事』であり(下手すると村人から生贄捧げたり)、共同体の生存そのものがかかった一大イベントになります。←もう命かかってんですよ。
この時代の『ガチ共同幻想』と比較して、現代社会の『お祭り』は「いきなり文明化・科学の時代で神事そのものを止めちゃった」とかにはなってません。
営々とそれは「地域文化」として残ってます。←更に言えば民度の高いところほど立派に存続していると言えるんじゃないでしょうか。
「地域文化であったり、一種の保守思想として地域の個人に確信犯的に文化として選択され」それは残るんです。
(太古の自我に対する支配力と全く別の意味の定着構造になりますわね、)

ですからね、保守ネジで「地域の子供達を全員参加にすれば」とかね(笑
どこの自己満足ですかって話で、、
(全然意味違うからさ。)
クラス全員で美空ひばりを歌うと、国民歌手が大流行した事になるんかと、、

■更に保守派の誤解ってのは末広がりでありまして、
みなさん恒例のお正月の成人式報道に眉をひそめる方少なく無いと思います。
「とっととやめれ」と。
いつの時代から日本の成人式はDQN発表会になったんですか。
(なんとこの時の装飾に、改造車同様に100万超える金額投入される方もいらっしゃるとのことで、、もうね、、、)
なんですか?ここでも保守ネジの方は「全員出席と警察警備で」って話になるんスか。
DQNの皆さん擁護する訳ではありませんが、そりゃお門違いですよね。
『共同幻想』命ってなぐあいで(その趣旨と理解はともかく)情熱注いでいるのはDQNの諸君が一番なんですから。『共同幻想』定着率は彼らの方が高い水準にあります。
 ↑
保守ネジのみなさんの間で問題になるのは、「それは正統保守を激しく逸脱して不良化している」って事になるでしょ。その評価として、
前述のお祭り論と同じで、
「地域文化であったり、一種の保守思想として地域の個人に確信犯的に文化として選択され」それは残るんです。
これをですね、役所だとか歴史的正当性を欠く組織が適当に音頭をとって公民館に集合とかだね、どこにそんな伝統文化があったのさ(この辺の事情詳しく無いけどこれ戦前の名残なんじゃ?)。
ちゃんと正統保守としての文化としてのなとやらが無いからこういう事になるんじゃん。
(役所がやるとか、その時点でアウツだろうに。←伝統文化という趣旨で七五三と比較してみ?それを役所が主催しますかっての、就職用の身体測定じゃあるまいし。)
私は成人式が古来日本の伝統文化なのか否か知りませんが、仮に伝統文化なのであれば、それを役所がやるとかそういう事になった時点で文化の温存的にグダグダの退廃じゃん。←保守ネジのみなさんはこっちを憂いなさいよ。

■歌舞伎なる文化も本来は大衆文化でお世辞にも上品とは言えない習俗も込みだっただろうと思いますが、これは先進国になるに応じて「更なる伝統文化として磨かれ」別物として(伝統の内容も高度に付加され続け)存在してます。
こういうのを正統保守って言うんだよ(言葉的には皮肉っぽくもありますが)。
相撲だってそうなんでしょう。こっちの場合は宗教的儀礼は残しつつも「リアルスポーツ的側面が重視され」現在に至ってます。

考えも無しに、政治的なんちゃって保守派のみなさんが下手な保守ネジ巻くと、
「全国成人式拡大版」みたいな事になるだけだと言っておきます。
日本だけでなく世界的に50年代〜70年代インテリ階層及びメディアが左翼理想主義に偏った部分(これも過渡期特有の現象ですが)、これに対する反動もあって「模倣的保守」がこれも過渡期的とばかりに増えている部分あると思います。興奮しっ放しだと誤解連鎖にこころならずもハマってしまう場合もあるので、「正統保守への期待感」として冷静に論議いただきたいところです。
高度経済成長期の逆で現代的には「総論反対各論賛成(個別政策連合)の時代」になってきてます、各論の詰めが甘いと存在意義疑われちゃいますから。
 ↑
■この辺の支持層って国防関係以外の周辺政策への関心ってのがですね、昭和のサラリーマンにおける「本人関心あるのは仕事仕事で、妻が日々の生活上の話をしだすと”ウルサイそういう事は任せているだろ”」的に逆切れしちゃう雰囲気そのまんまなんですよ。
(福祉関連の政策とか考えた事ないだろって)
時に保守派がそれなりに政治的影響力持つことも今後考えられます。関心無い政策は情緒的に「保守派のノリ」だけでやられちゃうと前述の「誤解連鎖にこころならずもハマるパターン」とかにもなっちゃいますから。(それは保守系のみさんにとっても本意では無いワケで←ここが60年代70年代は左翼インテリやメディアや芸術家にそこをつかれて「右派は知的にもバカのレッテル貼られた原因」なんですから、、、)
結論、現代政治には「右も左も無い」んですけどね(笑
(右派・左派ってのも『共同幻想』ですから。)
各個人の政治信条は政治信条として(本命政策は選挙により選択されるからいいとして)、

関心が低いからと言って周辺の生活上の各種政策の詰めが甘いと、それこそ民度を疑われますよ。


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posted by kagewari at 18:48 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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