2013年11月08日

『自意識』と『無意識』

「自我」って言葉の構成的にどこの何を指すのって話にもなりがちなので、最初に整理しておくと、
大まかに言えば「自我は全体」であり「『自意識』は主体的な意思」であり「『無意識』はシステム上のロジックから記憶領域全般に至る全バックヤード」みたいな図式になる。
ですから「自我があるね〜」などの言葉の場合主眼は口語的イメージとしては『自意識』を指しているようだけれども、統合されたシステム全体としての自我を指しているって事。

更に言うと、この「自我」は現実との関係性で成立しており(地球がやれ太陽系だ宇宙だとかの関係性で成立しているように)、「自我の材料は現実を認識する言語ロジックである」と言っても過言では無いのだから(空間さえない領域に漂う意志みたいな宇宙人的生命体ではそもそも言語ロジックすら構成されないのだから)、「全部自作のロジックです」なる代物でも無い。
なんとなく「自分は自分」として他者との違いを成立させている感覚は(ま〜脳内に自分しかいなかからなんだけどさ)、専ら『自意識』に負うと考えていい。

ついうっかりすると「いかにも人間の『自意識』のような振る舞いは『自意識』だけでやっとんのか」というとこれも大きく違っていて、かなりの時間は「半ば自動化されたモジュールのような前例主義ロボット」みたいなんが動いている(人は自意識ボーっとしていても何気に活動可能だけでなく適当に調子を合わせた会話すら可能←伴奏か演奏かの違いみたいなもんかな)。
更に重大な事だけれど、人間の生命維持機能の主体には「ヨガの達人でも無い限り」『自意識』は蚊帳の外である(心臓は勝手に動いてくれるし意識しなくても呼吸も止まらない)。

自我の仕事のどこからどこまでが『自意識的』で、どこからどこまでが『無意識的』なのかってのも後から考えないと判然としないぐらい実はグレーであって、
■フロイドの『夢判断』なんて着想も、まーねあたかも意思を持つ『無意識』の発見のようなものかもしれない。

■人間と暮らすという特異な環境によって「自我」がかなり発達するペットにおいても自我の振る舞いの面白さっていうか、まーそういうものを確認できる。
ネット動画でかなり有名な二例を見てみよう。

犬に吠えている最中に飼い主に気が付いてニャーと鳴くネコ
http://www.youtube.com/watch?v=FAox2OrJ_3I


犬に向かってワンワン吠えている時のネコは『自意識的』なのか?と言うと、後段「こりゃマズイ飼い主さんに見られた、ニャ〜」んところからが「いかにも『自意識的』」であることが観察できる。

Sleeping Dog Runs Into Wall
http://www.youtube.com/watch?v=z2BgjH_CtIA


思いきし、犬も夢を見ているワケで、その時の行為は「あたかも意思を持つ『無意識』」のような行動を実際行っていて、「ここから『自意識』」ってのは見たまんま走り過ぎて目が覚めて『自意識』驚いてからである。

そんでさ、
自我論的にやっかいなのは、「頭の中の天使と悪魔の葛藤」のように相互に会話とかはできないワケでありまして、はっきり言って「『自意識』は『無意識』のやっとる事がよくわかっているワケでは無い」というところがポイント。
記憶に残る時の『夢』をあたかも振り返るように「自分の事」なのは自覚できるんだけれども、『自意識マター』として発動してないことなんで、動機形成の背景やら『無意識』のやる事はぶっちゃけよくわからないワケですよ。だから「なんでこんな『夢』を見たんだろう」などと『自意識』にも背景がわからない事も少なく無い。

そこでこのへんの関係性を案外当てている台詞を出してみましょうか、
映画やドラマなどにおけるどちらかと言えば陳腐な台詞にこんなんありますよね?
「自分を知る」
(知らない人なんかよっ!って話でもありますがww)
まー意図してんのは、よくわからん『無意識領域の自分』を認知しどういう人なのか考えたりするって意味です。←そんだけ通常は「よくわからないところ」があるからです。
(なんつーか推理小説に登場する犯人の動機を推理する的なアプローチが「自分を知る」ってことですよ。)

■そんでー
フロイドは「ははーなるほど」的に、と、。まー心理学が始まるワケなんだが、
『自意識』『無意識』の関係性とかよくわからない人は別段難しく考えずに、
「自分である意識はあんだけども、この自分がどうして”こういう人なのか”って部分を考えた事はないわな」的に捉えてもらっても、それほど違いは無い。
逆に言うとさ、
フロイドの発見は「何故そうなるのか」って自我ロジックの動きを「これって分析するとわかるんだ(バレバレとかになるんか)」つーところを発見したところのが偉大かも知れない。
それ以前は「人のする事など誰にもわからんよ」だったんだからさ。

紹介の動画に見られるように、案外「『自意識』参上」のシーンの典型的な場面は『謝罪』だとかさ、案外格好悪いものでありまして(寝起きだってそうでしょうに)、なんつーか『自意識』レベルで常時理論武装続けるってのも領域的に限界あるんで(実際は案外場当たり的なんだからさ)、ざっくり言えば『自意識』なんてものはたいしたものではないっていうか、知性的にはかなり馬鹿であると思っておいた方がいいのであり、
見ようによっては前例反復主義・官僚主義的ともいえる『無意識』のが下手したら知性的だったりするんですよ。
これがまた話をややこやしくする要因でもあるんだけどさ。


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posted by kagewari at 19:49 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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