2013年07月11日

言語学的『共同幻想』だとか『単独者』論

前々回だっけか「報復論の誤謬(ルサンチマン化リスクてかそれはトラウマ論か)」の話を引き継いでるんだが、
http://kagewari.seesaa.net/article/367397801.html

まーすごくベタな話なのでマジな言語学の話を期待している人は切っちゃってください。
言うならば「主語だとか言葉の人称の使い方とかで人の心理は変化する」って話の延長です。
「報復論の誤謬(ルサンチマン化リスクてかそれはトラウマ論か)」の時に、
「普通は○○の筈だ、」という表現を使うと自動的に強迫系のフラグを踏むリスクが高いつー話をしたんだけれども、その延長戦です。

一時「米国人が口語でよく使う”you know”にいちいち”I don't know”と合いの手入れると怒るだろうか」というのが一部で有名だった話がありますが(どこの一部だって)、
米国でもこの”you know”の連発は言語として「あんまし内容の無い会話的表現」として評価が下がる用例のようで(日本で言えば「だよね」あたりですかね「ですよね〜」のような主体的意味は無い)、
典型的『共同幻想』系フラグです、
”you”は表面上会話の相手を指している格好になりますが、ご存じの通り”you”には複数形は無く潜在的に「常識だよね」的意味が派生するため(ある意味とても無意識的で)、特に米国人における口語で『自意識マター落ち』の会話で”you know”が連発すると考えられますから、欧米人は個人主義だなどの認識はまー適当なインチキであって、欧米型の『共同幻想』がバリバリ存在している証明になります。
(”You know what I mean?”の” mean?”は正に『共同幻想』系の”何”だろうと→「普通さ〜」)
言語的に関係ありなのか定かじゃありませんが、
日本人が英語を話すとき、日本の世間型『共同幻想』が欧米人には通用しない(阿吽の呼吸で共有されない)事が『自意識バレ』してしまうため、「普通さあれだよね」的口語を使おうとしてもそのままでは使えない(欧米社空じゃ普通じゃないため)、そこで頻繁に主語が”We”になってしまう現象がありまして、日本人心理としては「我が日本人社会では」みたいな意味になるんですが欧米人から見れば「あなたは何かの代表なんかよ」的にこの主語”We”に違和感感じるという事だそうで(お前は政治家かよみたいな)、人称というか主語の選択による言語的『自意識抑圧』ってのはいたるところで起きるんであります。

■欧米人の心理を考える上でもうひとつ特徴的なところありまして、
似たようなTVドラマが確かアメリカであったと思うんですが、
日本の漫画「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」(海外でも翻訳出版されている)がカルト的人気だそうで、アニメ化の時に欧米における2ch的4ch掲示板で原作者に「アニメ化おめでとうございます」の一斉送信しようかなどと日本の知らないところで異様に盛り上がっていたりします。
「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」は典型的孤立主人公が自意識過剰に所謂リア充な『共同幻想適応周囲社会』との間で見当違いな行動に走るコメディなんですが、
以前紹介したゲームの「ペルソナ」における(仲間でプレイ進行するゲーム)『日本的共同幻想』を妙に心地よく感じる欧米心理と同様に、
欧米社会においても孤立感(『共同幻想』を前提にしないと発生しない心理)が想像以上に社会問題的テーマになっており、ますます個人主義などでは無く彼らの『共同幻想(日本のように緩く無い)』は日本と同様に『単独者』との関係性の中で「現在試行錯誤中」である事がわかります。
しかも日本長期滞在者の掲示板発言では「最初の頃は物珍しさで楽しいが友人ができないと辛い」って話がありまして(これに共感多数みたいな)、一般的欧米人が決して個人主義の評判そのままに『単独者』的振る舞いを得意とする雰囲気ゼロなんであります。
(※背景に宗教を抱える欧米の『共同幻想』は硬性なのでなかなか自然崩壊プロセスに入らない→革命的運動や政治的転換をその都度経る必要がある。)
(※海外掲示板では宗教の話が出る度に「日本はキリスト教など特定宗教が国教的なものになることを抑制したのが大正解」的なコメントを必ず見つけることができるのも特徴的です。)


話は戻りますが、
安易に日常表現をそのまま使うとそれがうっかり『共同幻想常套句』となってし以降の話が無意識に『共同幻想』に都合のいい範囲に収まってしまうというような現象も起きるわけです。
(※お笑いの世界はこの辺の言語の式をひっかけ問題的に破綻させ成立しているとも言える)

■なんせ自我はロジックの集合体みたいなものですから、うっかり「言葉使い(づかいでは無”つかい”)」を間違うと『自意識』的には思ってもいない話を自分がペラペラ流暢に語っているなどいう様(誰なんだ俺状態)がそれこそ”普通に”起きるんでございます。メンタル問題などで『自意識』が疲労していたり虚弱な状態だと、口から出た言葉が「誰なんだ俺状態」である事に気が付かないというか、その勢いの飲まれて余計に抑圧にバイアスかかるなんて事も有り得ない事では無いので、
「それは誰がですか?あなたじゃなければ誰が決まっていると何を根拠に証明したんです?」
「みんなってどこのみんなであなたは正式な所属メンバーですか?」
「その普通は”自然に日常的によくある”という意味だけの”普通”でいいですか?」
「その仕事は”仕事量”の仕事ですか?就職して”給与をもらう仕事”の方ですか?」
「私って言いましたけど、どの私ですか?私も私なんですが?(何に対しての私なんです?或いは何では無い私ですか?)」
まさかね、この辺いちいち確認なんかしてたら会話が成立しないのでありまして、
(”you know”にいちいち”I don't know”と合いの手入れると怒るだろうか」ネタになるだけ)
強迫的口語を確認するのは重要なんですが、ある意味メールカウンセリングなどにおいて事後的にしか使えないのであります。
(逆に言えば面談カウンセリングの弱点)

さて話は戻るけれど、
この辺の用法って案外自我が状況に応じて使い分けているんですよね。
(勿論その代表例が「謙譲語」や「丁寧表現」など”公式””非公式””社会””プライベート”の使い分け)
ここを『自意識』が主体的に舵を切るように自覚的に使い分けていれば(「えーっと」だとか「なんてーか」などのような言語がその方向性を考えている”間”ということになりますが)、全く問題ないどころか優れた会話技法にもなりますが、
『口癖』ってのありますよね?これも一種の「錯誤行為」だと考えられる。
そこには一定のリスクがあると同時に、
歩留り選択的に「これが自分の口調だ」と考えれば個性になり(方言のように『共同幻想保守』を意図する個性もある)、結構奥が深い話でもあります。
(登場人物の多い小説なんかで誰が誰だかわかりやすくするために、各人殊更個性的な口調にするって手法もあるようですが、”歩留りと個性”つーのはここでも成立していると言える。)
(注:前述の「謙譲語」や「丁寧表現」などの用法考えると、誰が考えても『単独者』ほど「誰と話していても口調があんまり変わらない」事になりますから、「謙譲語」や「丁寧表現」はまーそのまんま権威性認知ななワケで『共同幻想』における『自意識抑制スイッチ』と考えてもいい。)

メンタル問題ある場合の対処に、
「ともあれ暫く以下の言語を禁句に」なんて手法を俺は使う事が多いんだが(「いい悪い」使用禁止だとか「道徳的認知自体を禁止」だとか)、『無意識的言語用法・文法に飲まれている状況』がある時には、日本人が言うに困って英語で”We”を連発してしまうような”ネタバレ”で案外簡単に「気が付く」場合もあるので(「今の話主語が俺になってたか?」のように)、
「安易に言語化しない」(一拍間を置く)
「えーっと」だとか「なんてーか」「うーんと」系の(何を使うのか効果的なのか答えは無いが)『自意識マター呼び出し合いの手』をとりあえず言っとけみたいな方法はアリアリだと考える。
これって、或いはメンタル問題とかではなく単に『自意識疲労困憊』な時の対処としても有効だと思う。(失言予防)
かといって『口癖』をやたら自己検閲して「自分流の話し方」が壊れちゃったら個性はどうなっちゃうのとも言えるでしょ。
だから「歩留り的選択」は中途半端という意味では無く(『共同幻想』完全消滅で仏教的悟りに入るなんてことは事実上有り得ないんだから)、それも又自己決定って事でいんですよ。

■ここには「反応速度・認知速度」も関係している
それこそさ、主語でいきなり『自意識』抑圧しちゃえば、何をやっても『自意識』後追いになっちまうのでありまして、「俺」だとか「僕」を取りあえず言っとけというかですね、
メンタル問題ある場合の対処としては「いかにも公式表現の主語」は使わない方がいいのかもしんない。
(個人差あるのであくまでも仮説的な話だけど、)
女性の場合だと「私」が公式的丁寧表現と被っちゃっているため(欧米の”you”トラップみたいに)、「アタシ」だとか(関西なら「ウチ」だとか)工夫必要かもしんない。
女性が「俺、僕」のような主語を使い難い言語体系になっているのは、長らく女性差別的に女性階級を押し込んでいた歴史も関係してんじゃないかとも考えたりする。

まー少なくとも
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください、えーっと、そうですね〜なんてーか」を取りあえず言っとけば『自意識起動までの時間』を稼げるので、メンタル問題ある場合の対処としては「考える暇も無く、いきなり私だとか、間違っても普通はで始まる思考はストップしておくのが吉である」。

随分昔からテーマのひとつだった
「あっ、○○○○」の「あっ、」って言っちゃう心理、
これは何か考えがあるのではなく、とりあえず『自意識だけ立ち上げとこう』というような掛け声なんだと思います(自分に「オイ」”ON”みたいな、)
『自意識マター系』の状況でよく起きる現象で、事実上「考え出てくるのは後なので」「あっ」てのは「えーっと」の短縮形と申しますか「突然表現?」とでもいうんスかね(笑

俺は外国語とか苦手な方なので、全然アレなんだけれども、
考えてみると主語「”I”」がメインの欧米言語ってのは、前述の女性言葉における「私」の問題のように、『共同幻想』飲まれがちの選択肢の狭さがあって(ちゃんと勉強すればスラングとかに「俺」とかに相当するものあるのかなと思うけれど)、
推測だけれど、欧米スラングがあまりにも汚いってかww、そこまで言うかの内容が慣用句になっている様は主語「”I”」をどうにか貶めて「俺はさー」的世界に貶めたいって反動なんじゃないかとも考えられるので(ハートマン軍曹の悪態ってのは『単独者』的俺では無く『共同幻想』中間管理職的な上位者個人の特定のためって事になるのかな)、
日本の『共同幻想』の緩さには(基準を緩くして「参加率」を上げる構造が日本の特徴)、日本語特有の主語選択肢の多さとかも関係してんのかなとか思ったりする。
(※繰り返すけど俺は外国語苦手なのでこの辺の話は推測の域出ないから、間違ってたらスマンです。)


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posted by kagewari at 22:58 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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