2011年04月18日

『日本の風景』(2)

これは又オカルトとしか言うほかなかろうと、、

1941なう。70年前と同じ。RT @jakopapa: 真珠湾と全く同じじゃないですか!@Casey_Matsuoka 低レベル放水は、諸外国に、その予定があるとは通知していたが、その実施の通告はやったつもりであったが、なぜか実際には徹底されていなかった。

11:51 AM Apr 16th twiccaから
uesugitakashi
http://twitter.com/uesugitakashi/status/59086467733000192

【わかった速報】日本政府が長くメルトダウン情報を隠蔽していたことがわかった。総理補佐官が認めた。RT @Casey_Matsuoka 細野総理補佐官、BS朝日に生出演。格納容器からの漏れでありメルトダウンと考えていたが、そう積極的に発表する気分にはなれなかった。

11:47 AM Apr 16th twiccaから
uesugitakashi
http://twitter.com/uesugitakashi/status/59085461100044288
(引用されている内容は細野豪志首相補佐官がBS朝日の番組で語った内容です)

衝撃なのは真珠湾の方ですな、、
おかしくなるぐらい歴史は繰り返す。
心理学的というか『共同幻想論』的に言えば、事に関わって事実関係を左右する立場にある人間の振る舞いが同じ行動原理にあれば、似たような事象が繰り返されるのは驚くような事では無いのだけれど。

(詳しい経緯は以下のようなものだったらしい)
韓・露「汚染水放出」説明会を欠席 事前通告聞き逃す
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110418/dst11041809310010-n1.htm

日本政府が今月4日、福島第1原発からの低濃度汚染水放出の数時間前に開いた在京大使館向け説明会に韓国とロシアが欠席し、放出の事前通告を聞き逃していたことが分かった。
放出後、韓国とロシアは個別の事前通報がなかったと不満を示していた。説明会欠席を「棚上げ」した形の姿勢に日本政府内からは「批判は一方的過ぎる」との声も上がる。しかし、欠席した大使館に通告が伝わったのは放出後だったこともあり、明確な反論もできなかった。

話は戻って”歴史は繰り返す”を解説しますと、
『共同幻想』は一種の強迫心理です。
これが不快感を伴う問題として表面化しないのは、集団によって(美し言えば民主主義的に)合理化されているため不合理や不条理を体感する可能性が低く抑えられているからで、「強迫心理と道徳意識の構造論」から紐解けば、
「それは幻想なのだが絶対多数によって歴史的に常識化されてしまえば現実にもなる」という封建主義的な(元ネタは帝国主義などの権威性社会なワケですから)ビヘイビアであって、
なんといってもやっかいなのは「事実は幻想」に過ぎないのであって、社会心理的にというか多数決的に「リアリ”ティー”」としてその捏造に成功したとしても肝心要のところは「やはり幻想」に過ぎないところで、
個人心理学にける問題と同じように、当該社会はそれを仮想事実(リアリティーの”ティー”)として強固にするため(ここで目的と手段が逆さまになる)、意地でも「それは常識である事を確証させる結果」を無意識に求めます。
(リアリティーという言葉の問題は底が深いので別のエントリーで詳しくやります)

勿論それはハナから無理のある話なので各方面に無理がかかって齟齬をきたすワケで、
当事者は本物の興奮渦中にあるので激論飛び交う状況なのですが、スーッと引いたところから第三者がこれを見ると素で「いったい何の騒ぎなんだか」のような状況になってしまう。

原発の状況も敗戦を認めないばかりに悪循環化してしまい(おそらく菅首相が乗り込んだのが間違いで事故が判明した時点で東電にはこれを解決する当事者能力は無かったのであり”東電の白旗”を早期に認めた方が解決は早かったのでは無いかとも思います)、肝心要の『宣戦布告(汚染冷却水の放水)』の通告事務処理がいい加減だった。
(個人心理学で言えば「自分の頭の中では重大な結論が既に出ていたのだが、その切迫した状況を前に結論を表明する機会を失った」的な齟齬です。←結果的に重大な決断の意味がまったくなかったみたいな、)


普通に考えれば広島長崎と被爆国である日本は原子力に対しては相当以上の慎重さが必要だったのであって、その真意に国防族的思惑があるのであれば”原子力の平和利用”などという欺瞞的な表紙を使うのではなくその是非はともかく堂々と『核武装論』を展開すべきで(なものだから彼らの関心はいつでも核武装可能な技術力にあって実際の原発の安全管理の事を忘れてしまう)、日本の安全保障がそうであったように、反原発運動も左翼的方向に流されがちだった事は半ば共同正犯のように本質的問題の隠蔽に手を貸してしまった。
(ここは安全保障論において右は米国従属派で左は非武装や親共産圏など→よく考えると右にも左にも”自主独立防衛論が無い”というマスキング体質によく似ている。)

広島長崎と被爆国である事実に配慮するあまり『核武装論』を表舞台から隠すために”原子力の平和利用”というキーワードを拾ってきたら、原発(が利権化してしまい)の安全管理への興味は中途半端で「被爆ではないが被曝した」。
こういうワケのわからない話が登場するにはどっかで目的と手段が逆さまになるような認知や視点の問題(強迫や反動)無しに説明できないワケで、
つまり現在の日本政府の意思決定プロセスは「明治維新以来の構造的な問題を抱えたまま」なワケで、簡単には解決しません。
(小沢ならなんとかなるみたいな簡単な話では無い←政界において小沢氏が一番それをよくわかっているんだとと思いますが)

マスメディアの話も酷いもので、

あらま RT @uesugitakashi 朝日50、時事60。随分マシ。RT @amneris84: 福島で被災者支援にあたっているNPOの代表者の話。某テレビ局が同行取材を申し入れながら、断ってきて、その理由を「社内規定で、原発から40キロ圏内には入れない」と説明された、と

19:04 PM Apr 18th webから
amneris84
http://twitter.com/amneris84/status/59920287633903616
前回に引き続き青木理氏がメディアについて語ってます。
 ↓
ニュース解説 眼 4/7(木) 電力会社とメディア


(上記レポートでは触れられていませんがTV局に関しては地方系列局と首都圏親会社との関係に大きな問題があって、事実上地方局は地方に立脚した形で独立することができない構造にあるなど『放送網』と呼ばれるネットワーク上の問題を抱えており、中央集権化が構造化する形になっている。新聞メディアが世界的に異例な”全国紙展開”が行われているのとワンセットで歪な形が構成されている。)

いわばメディアは『無理のある共同幻想』を第三者の視点から(ジャーナリズム)社会に対し『自意識バレ』を行う一種の共同幻想自浄作用(市場原理における金融当局の監視のような)となるべき存在で、
これが機能しないとなると社会にとって認知すべき問題が報道されず(無意識化)、仮想上『無理のある共同幻想がそのまま構造化』され→社会に実問題(不快感)が表面化してもそれを自力で解決(認知)する方法論を保持できない事になってしまいます。
事実上強迫心理と等価となる。
選挙の時の演説だけでこれをひっくり返すなど到底限界があり(そもそも政治家はジャーナリストでは無い)、

現代社会におけるフリージャーナリストの台頭は『フリーエコノミー』の潮流の中で(ユーストリームなどのフリーな媒体を獲得し)ようやく始まりだしたと言える。
心理学的に言えば、メスメディアに対してフリーメディアは経済規模から言っても結果論的に単独者化しているため(本来はマスメディアにおいても記者は単独者じゃないといかんのだけれど:署名記事)、大きな構造としてもカウンター的立ち位置になる。


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タグ:共同幻想
posted by kagewari at 21:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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