2009年07月28日

不安の確率

実はこの話の元ネタには以前話した”今岡論”、
http://kagewari.seesaa.net/article/54232807.html
ある時気が付いたんだけれど、数量化する事が難しい心理学において(フロイドが力動論で詰まったみたいに)「自意識や無意識を目の当たりにする」事は少ない。
ところが、プロスポーツなる非常にメンタルの位置付けが重要な世界ではそれが数字に表れる。
今岡論の時には「無意識と自意識のバランスによる逆転する現実の在り方」を見ることができたのだけれど、今年のプロ野球の世界には新しい”奇妙な数字”が各チームのファンを悩ませている。
阪神新井と楽天中村ノリの二人だ、
この二人ともに”腰痛に不安を抱えている”共通項があるので、両者のプレーにおける結果が酷似している背景にも何らかの共通項があるのかもしれない。

現在の両者の成績は以下
阪神新井選手規定打席32位:打率.216 打点38 HR9 得点圏打率.232
(規定打席到達者下から数えて2位)
楽天中村選手規定打席35位:打率.225 打点26 HR2 得点圏打率.256
(規定打席到達者最下位)
両者ともにFA移籍選手でご存知のように名選手として知名度も高い
一般的には成績不振の原因は両者ともに”腰の不安”とされているのだけれど守備に関して故障からくる不安な動きを見せる事は無いので、プロ野球特有の「五体満足でプレーできる事なんて滅多にないよ」の中で状態悪い方程度という事になる(本当に状態が悪いと試合には出られないし、両選手ともに状態を理由に言い訳をしない選手)。

所属する各チームで最大の悩みは先発オーダーを外すギリギリの数字で”安定しちゃっている”ところで、
両者の打率は「好調に転じて打ち出せばいつでも2割5分を超える範囲」に留まっている。
しかも重要なのは『2割2分前後の数字で極めて安定しいてる』ところだ、
ここで思い出して欲しいのが今岡論に登場する
「やろうと思っても常人には真似のできない確率の不思議」
体調の問題から不調に陥ったにしても”波”があるもので、数字は前後するものなのだけれどこの両者は(打率上位の選手が真似できないほどに)、
■「極めて安定的に2割2分前後を”ほぼ完璧にキープ”している」

これは常人に真似できない、
両選手が名選手として技術的にハイレベルにあるからこそできる芸当なのだと思う。
言い換えると「スポーツとしての技量のレベルはプルーフされているので、この数字が表現しているのはメンタルの実体そのものではないか?」という推定だ、

『調子が悪いことは無いが万全ではない』
プロ野球選手がこの心理になった時に想定される打撃成績は?
『いいところでなかなか打てないが一試合に一本もヒットが打てないほどではない』
好不調の波があれば4タコ5タコや数試合無安打も自然にあるプロ野球の世界において、極論両者は不調になった事も無い
→コンスタンスに一試合一本のペースでヒットを打っているが決して好調にはならない

この現象は何だろう?
両選手の固有のキャラクターとして「いいところでなかなか打てない」の意味に微妙に差異があるので、記述しておくと
「新井選手は打点や繋ぎ(金本選手)を評価している(タイムリー)」
「中村選手は(本音)本塁打を評価している(中日時代からは繋ぎもあるが)」
※この方向性は現在の所属チームの期待にも沿っている
打率以外の両選手の数字のバラつきは上記の差異によるものと考える

話は戻るけれど、
心理的な無意識リードの予言『いいところでなかなか打てないが一試合に一本もヒットが打てないほどではない』は実現するのだという典型事例のひとつだと思う。
今岡選手には自意識無意識の断層的な関係性があり
新井・中村選手には自我の不安(強迫ほどではない)保守構造があるのじゃないだろうか、
キッカケは腰の不安で(その腰の状態が大きな改善無く”安定的に痛みがある等”)、
予知夢のようにその不安を”実現”させてしまっている。

不安と予測は間逆の存在で、
ノムさんいうところの「最悪のケースから考える」ってのは、ここで長打打たれるは最悪だから優先順位としてまず長打を防ぐ配給をして→・・・
と、実は常に戦術的打開策を考えている。
しかし不安ってのは”無意識的”なので「○だったらどうしよう」と、実は文法上「そうなったら打つ手が無い事象」を想定している事になる。
不安には抗(あらがう)余地が構造的(文法的)に存在しない。

ここだけだよ「よくあるスポーツ心理学」なんだけれど、
精神分析的に重要なのは”自我の保守性”であって、
自己防衛的にこの保守性が(不安に対する)反射として起きてしまうと
■「構造的に不安が高確率で的中(無意識に実現)して継続維持されてしまう」
こういった状況はどのように脱出可能だろうかと、考えてみる。

根本的には治療優先で長期離脱しても調整にあてる方がいんだけれど、
新井・中村選手にこの方法は難しい
『FA移籍選手(=即戦力)』で契約しているからだ、
(ここ仕事関係発端の鬱によく見られる”昇進をきっかけに”と似ていないか)
現実試合に出ようと思えば出られない状態じゃないし、
(新井選手の打席は数多く見ていないけれど)
少なくとも中村選手の打席には「最初から三振が予定されているのだろうか」と真剣に考えたくなるほど不可解な打席(集中力が著しく後退)が時折ある。

又その保守性傾向を表す特徴的な過程が重要で、
「ほぼ100%初球外角低めは球種に関係無く見逃す」事情が見えていない投手がたまに初球ストライクを取り損なうと、非常に中村有利の打席になる(見違えるぐらいに)。
通常(ほとんどミーティングでバレバレなんだと思う)どの球団も
「余裕で甘い球でお約束のように外角でストライクを先行させる」のだけれど、
時折勘違いした投手がストライクを取れない時にこの現象が起きる、
しかもこの時到底届きもしないような外郭クソボールに空振りするのも珍しく無いのに、中村選手はかなりの確率で四球を選んでいる。
(つまりボールは見えている→本質的に外角クソボールに空振りする選手ではない)
◎心理学的に考えると、
中村選手は無意識に「一球ストライクを待つ:追い込まれる」が予定調和のような不安となっていて、この時投手の方が勝手に警戒してボールを投げると、中村選手の無意識が予定したイメージが投手によって壊されるため
→途端に中村選手は普段の力を発揮しているのじゃないか、

時々勘違いした評論家が初球にヒットエンドランのサインを出せばいいと言いそうな状況なんだけれど、ベンチのサインだと”予定されているので”このような悪循環の破綻は発生しない。
あり得ないサインだけれど
「初球にくる外角甘めのストライクをホームラン」
というサインをベンチが出せば無意識が予定する不安が破綻して”途端に素に帰る”可能性あるのじゃないか?

さて、
二人に共通するイメージって風評や報道から推定すると
『体育界系社会への適応の高さ』なのだと思う、
(今岡選手は天才型で体育会のイメージではない)
ひょっとすると、強迫と呼べるほど深い矛盾が無いけれど微妙に不安がある時、
ここに偶然社会適応の高さが自我に備わると、不安も同時に高いレベルで保守再生産されるのじゃないか?
ノムさんが中村選手をして時に「読みが真面目すぎる」と評するのはここじゃないかと思う。仕事関連で鬱になる構図は(実は自我構造における鬱レベルはそれほど強くない)、自我の共同幻想強調保守構造が悪循環の「構造的鍵」の一部を構成している結果(共同幻想そのものが社会的合理性が担保されているだけで構造は強迫と近似しているので)、間接的な強迫構造ができあがってしまうという可能性を表しているのじゃないかと思う。
「レギュラー落ちスレスレの安定的低調さを完璧に再生産する心理構成」

所謂「真面目で几帳面なタイプが陥りやすい」等と評されるタイプの鬱は、
結果論としてこういった『社会的な強迫意識』が大きな影響力を(間接的に)及ぼしているだと考えられる。
posted by kagewari at 04:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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