2020年10月30日

『単独者』の雑感「もちろん人種差別主義者では無いのだが」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)



拡張機能で「youtubeチャンネル・ブロッカー」入れてる者なんだが、
(youtube検索時にSPAMみたいな迷惑チャンネルを表示させない奴)
昨今、音楽のリアクション動画を定期的に視聴していると、
リアクターのほとんどが白人になっていくんだよね、、、
(一部東南アジアのモスリム系ロック女子とかは文化研究的に意識的に残しているけれど)
そういうつもりは無いのだが、だいたい以下の理由からだと思う


・黒人社会固有の「意識的にバカなDQNのふりをしなければいけない」同調圧力
(これは白人の友達とコンビなどで登場する場合には、彼らは人が違ったようにインテリ化《オバマ化》するところからもほぼ間違い無いと思う→バカな黒人野郎のフリしないと彼らは「何白人気取ってんだよ」みたいな黒人社会から攻撃を受けるのであります)
・昨今激増しているアジア系リアクターの編集能力(音が悪すぎなど)
・リアクター評価として、音楽関係者だとか固有の知見やヘッドフォンの水準なども重視しているため
・アニメなどの言語を半ばバカにしている語彙で使用するのは本来白人階層のが多い筈なんだけど、これは確実にPC(ポリティカルコレクトネス)だろうね、同時に白人のがそこが”ぬかりない”

半面以下の傾向もある(これも別の意味の同調圧力なんだと思う)
・ミュージシャン系リアクターの大半は(ロック系ともなれば)全身イレズミ者だったりするんだが”悪そうな容姿”に反し、解説はえらく知的だったりする(笑
(その”悪そうな”ってのがお約束の偽装なんだろね)
・日本語のちょっとした理解や日本人のイントネーションなどがOKなのも「なんだかんだ白人階層のが多い」←これは彼らがラテン系英語や欧州系英語のイントネーションにも慣れているからだと思う
(ラテン系諸国の人は、英語訛りのスペイン語には慣れていると思うけど、日本語訛りのスペイン語はあまり聞く機会も無いだろうし、日本語訛りの英語もしかりかと、)


●結果として(人種差別とかそういう意図は全く無いのに)
長い歴史の中で白人文明が蓄積してきた「ずる賢さ」ってのは”やっぱ伝統文化だね”と思うワケだ、
(悪いい方すりゃさ「流石植民地手練れのベテランだね」って)
=きっとそれは(宗教の拡散やシルクロードから大航海時代へ至る道筋の)”グローバリズム系『共同幻想』”なのだろうと、

皮肉な事に、なんだかんだ言って文明の橋渡しというか、
(たぶんペルシャ文明圏含む:現イラン)”媒介者として白人文明の役割”は(近代以降においては主として英米が広範に英語を広めたこと含め)
長い歴史の中で不動のものとなっている(バベルの塔の末裔かww)

音楽リアクション動画のチャンネルブロック状況を眺めつつ、
そんな風に思うのであった。




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2020年10月29日

確かに「世俗化VS原理主義」で考えるとわかりやすいかも

ISみたいなさ、宗教原理主義(狭義化)は”神話や奇跡の退行主義”(エンタメ復興主義)と言い換えてもいいよな、
これに対し(フランス革命はやり過ぎ殺し過ぎだが)
世俗化(広義化、大人化)っつーのは、エンタメ性が劣るワケだよ
(言えば”貴族文明の庶民化”→”日常化”だもん)

宗教の(世俗化による)エンタメ性崩壊は。
求心力の低下=遠心力の増大だから、
(もちのろんで『共同幻想』崩壊プロセス)
このままいったらこの宗教が終わると保守派が危機感持つのもごもっとも
 ↑
●この状況は個人心理でも同じな、

子供時代に思った夢は、反抗期(ネタバレ崩壊期)を経て世俗化(大人化)する
現象としては”家幻想”なる宗教の崩壊であり(自立独立)
(求心力の低下=遠心力の増大)
このままいったらこの家(乃至血族の『家幻想』)は終わると保守化は危機感持つ
(言うまでも無く、現代社会では「家督相続」なんての死語なのでとっくに終わっているんだが、、)


<プロセスを各自我タイプ分離にあてこむと>

・ローカル『共同幻想』のような地縁血縁ゲマインシャフトが健在の場合、それはノスタルジー(退行原理主義)を発現するので、オンザレールのまま上部構造(家幻想が帰属ずるピラミッド型階層社会の論理)にシフトすることで継続と保守を試みる(これがオンザレール)
(※但し、現代社会ではその”上部構造”《たとえば高度経済成長型談合社会》がガタガタなので《インセンティブの分配もままならない》、『共同幻想』を既得権益権威社会へバージョンアップするような移行ができず、過半のオンザレールは”崩れ化《DQN化》”するより道が無い)


・フランス革命的に「なんだあれこれ思っていたものは迷信(幻想)や現世利益的な堕落(ネタが割れたら奇跡や神話も嘘やん)じゃん」と思いつつも、既存の社会が(縦割りやら規制改革の遅延で)なんだかんだ壊れた筈の上部構造(エスタブリッシュメントと言い換えてもいいかも)が残り続けている以上、「嘘でも上部構造にシフトして保守のフリをするのが合理的だ」と判断すれば『歩留まり』


・いやいや結局人間はひとりであってだな(無理して合わせないと団体行動できんのだから)、バラけているのが自然体であり、都度何かの事情(用事)があって協力することはやぶさかでは無いが、『共同幻想』(社会的評価による価値論)がまあ言えばまやかしなのだから、価値論の原則(希少性)を認識すべきでしょ(個体のユニークさは同時に”全体の利益”である)、
と考えれば『単独者』(変わっていることそれ自体が《中身を問わず》普遍的実存)


・人間という概念は種であり(身近なイメージなら民族)個人を指す言葉では無い。
人間の多様性やその試行錯誤のプロセスは伝統にあり(歴史に刻まれた知恵が引き継がれる)、そこには現代の人間が知ることのできない英知も隠されているだろう(人が神を評論できないように現在人のみで伝統と言うものを評価することはできない:先祖を含めた”永久比較多数”の正統性)。
「現代に連なるこの歴史そのものが《神話級に》偉大なのだ」(崩壊どころか”本当の神性”は保守思想の中に実存する)私は文化伝統の伝道者となろう、
と考えれば”確信犯的保守再選択者”となる。

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posted by kagewari at 17:11 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月28日

エディプス論議に隠れがちの「相対的幼児性エンタメ」

何故フロイトがそれほど重視していなかったのかわからないだが、
俗に言う「エディプス・コンプレックス」なる(エスカレーション認知の大元)現象を紐解くうえの鍵の一つだと考える。

確かにエディプス論は「大人に比べて子供があたかもハンデキャップのある状況と同じ立場であること」を前提にしているのだから(大人の身長や性器、女性で言えば大人の女性らしい体系を見て恐怖したり劣等感を感じるなどする云々)、”幼児性固有の特徴”を重要な要素としてとらえているのは【事実】だけれど、
●幼児特有の「エンタメに対するレスポンス(”感受性”という言葉は誤解を招きそうなので控える)」なるものがこれまた個別に存在しているでしょ?
 ↓
そりゃ何の事って言えばさ、
赤ん坊はガチャガチャマヌケな音がする玩具で大笑いしたり、
(後の思春期「箸が転んでもおかしい年頃」にも通じる)
「イナイイナイバー」で”快感代謝”するんだぜ?


これを「ケインズの有効需要論における効用」とかで考えるとさ、
(はたまた1960年代の3種の神器でもいいよ)
人間が幼児期に獲得する”体感上の快感代謝は膨大な量に達している”ことがわかる。
■よくいうたとえの
「子供時代に遊んだ公園を大人になって訪れると、その狭さに驚く」ってのあるでしょ
それはつまりさ、
幼児特有の誇大性デフォルメ(些末なことを凄いと驚嘆する様)ってのはさ、
子供の脳内認知的には”リアルにそのサイズ感として記憶されている”って事だろ?
 ↑
何のことって?人いるかもだけど、
「全ての人類にとって幼児期・子供時代の体験は(事の真偽はともかく”脳の記憶として”)神話レベルのエキサイティングなエンタメが実話として成立している」っ可能性を示唆する
(子供であるが故にな)
(宇宙船に乗って”大人成人の星で大冒険した”みたいなもんなんだから)

加えて子供時代の体感上の1年は大人のそれに比べて異様に長い、
小学生時代の夏休みは「永久に続くのか」ってぐらい長く感じたものだが、
大人社会の「8月の営業目標」なんてさ、意識したら1週間ぐらいにしか感じない。
(これは自分の年齢と相対関係にあり、30代にとっての1年は、そら50代の1年より長いんだわ)
誰しも子供時代の記憶として
「いつになったら大人になるのかしら」と、それを想像もつかない先の話に感じた筈だ。
 ↓
何がいいたいのかって「子供特有の神話的エンタメ世界は、当時”この先暫く検討もつかないほど続くのだ”と当事者である本人は思っている」ってことだよ。
(十分に脳にそう刻まれるほどの”リアルな記憶”としてね)


<<<<<お前は何の話をしてるんだ!!ってご意見に対して>>>>>

●子供時代に獲得する”快感代謝”総量は【確実に大人時代を超えている】
(反抗期のトリガーとなる、大人からこそ可能な”快感代謝”《性行為、酒、タバコ、博打》が、短期的訴求性からそれを大返しするのは事実だが、「賢者モードの時に思い出す、子供時代の神話エンタメの日常に勝てるのかと聞かれれば?」、、、)

この件に関して、半ば人類普遍の「the ノスタルジー」”退行魔法”のトリガーとなるのが以下
(いかんせん、俺には効き目が無くて個人的にはなんかな〜な曲なんだけどさ)

スタンド・バイ・ミー【訳詞付】- Ben E. King


「子供時代の思い出は、”退行化を禁忌”とする大人自我にとって最大の弱点である」
(=子供時代が存在するのは人類普遍であるのだから、それは生育環境に関わらず人類の全てが「the ノスタルジー」カードを持つことを意味する。←幼児期からの奴隷階級のような境遇でもそれは変わらないと考える。)

逆説的に言えば(ベンチャー企業がぶち上げるような目標とかさ)
「時に大人は”子供じみた夢”みたいな目標を立てようとしたがる」
一見すると未来の方角へ現実世界に『抗(あらがう)』様は(自由の行使)、
そのモチベーションにおいて、
無意識に”過去の神話物語”に打ち勝とうとする「大人の意地」なのではないか?

となるとさ、
「子供時代ってのは(解釈のしようによっては)食えない”ほめ殺しトラウマ”のようなもの」なのかもしれないし、アニメに代表される(=この瞬間アニメ・漫画からの連想で子供時代への退行トリガー引かれるから)「神話的トンデモ・エンタメシナリオの有効性」を示唆しているのかも知れないし、
 ↓
●このパラドックスみたいな”ハメ技”で大成功した歴史的人物は?
幼児退行化エンタメの華
「ウォルト・ディズニー(The Walt Disney Company)」


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posted by kagewari at 20:22 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月27日

「ひょっとするとトランプが負けるかもしれないのでGUNを買っておこう」by USA


またもや9mmのグロックが売れに売れているようですっ
(ぼかーね〜古い人間なのでハンマーが露出していないストライカー方式のオートを”どうしても、どうしても”信用できないのだよ、、トホホ、、ガバより安全なのはわかっているけどさ、、)

■「先進国だけど、一部中世」←これでいいのかUSA

これ観るとヤバさがわかるよ
 ↓
【日本語字幕】リベラル派の魂の叫びを受け止める保守派の双子【2020米大統領選挙】



(いつもの本業アニメの反応翻訳チャンネルからの「メディアが伝えない報道シリーズ」)


マジに「左派リベラルのいっちゃてる人、ヤバいよこの人達」と右派は十分に理解しており、
そこに中国やら第三国から支援受けた、プロの武装集団が登場するんですから、
●命あってのなんとやら、マジ銃が必要でしょう、
(民主党系知事は、州兵はおろか警察の出動もストップする始末で、、←これをマスメディアが「実に平和的デモと報道」)


古い元ガンマニア的には「特殊部隊じゃないんだから」、
市民が銃の使用もやむをえないケースで「4人5人超える人数を一度に相手にする」とか考えられないワケで(そのような状況の場合「ショットガン無いならまず逃げなさい」と)、
また、銃を抜くにしてもトリガーに指をかけるような状況にもそうは至らないだろうと、
「だったら、米国伝統の357口径あたりのリボルバーで十分じゃないだろうか」と思うんだけどさ、
うーん、銃に慣れてない人がストライカー方式でトリガー軽い18連発とか別の意味で危ないと思う。
(てか、マジに備えるなら12ゲージのポンプ《ショットガン》だろ)

「民主主義のためにはGUNは必要」←米国の場合、これマジだから




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2020年10月26日

ネコの気持ち考えるにしても動物学の一般論をただ当て込むのはどうかと思う

今回はネコの心理学ってワケじゃないが、
(一部犬の心理も考えてみたい)
ペットを飼おうって人は大概動物行動学か何かの本を読んでひとおとおり勉強すると思うんだけれど、ネコに関して一般論的に言えることは

「目を細めてまばたきするのが好意の挨拶」←本から学べる知っておくべきところって、ここぐらいかなww

ネコと言ってもさ、イエネコと外ネコでは習性が大きく違うし、
外ネコの振る舞いが「好きでそうしている」とも思えないとこあるんだよね。
外ネコにおける縄張りの見回りにしたって、好き嫌いに個体差あるに決まってんじゃん。
全部が全部地域のボスネコのように広範な領土を持っているのでは無い(ロシア人の心理によく見られるように広大な領土があるからこそ安心できるってのがある:逆にちょっとでも狭くなると緊急事態並の恐怖感となるとか)、
偶然他のネコと遭遇するにしても”目を合わせないあいさつ程度”でとっとと立ち去りたい個体だっているワケで(むしろ大半かもしれない)、

一般論として「ネコを飼うならこんぐらいの広さが必要です」だとか、「外ネコの場合がどうである」とか一概に言えないんだよね。
(たくさん隠れるとこだとか入りくんでる経路とかあれば、導線延長を伸ばすことが可能で→広さの体感や行動距離は必ずしも平米数に比例しない)
完全に外ネコに適応してしまった個体は、「うんこだけはどうしても外で」とか決まり事ができちゃってさ、(ネコ飼った経験ある人ならみなさんご存じの”うんこ走り”があるように)この時ネコはすっごくビビってるワケ。
なんてかな、小学生が恥ずかしくて学校で「うんこできない」のとそう違わない。

NHKの岩合のほほえましい動画で外ネコ達を見ている人は、「やっぱりネコは外で自由にが一番」とか思っちゃうだろうけど、ネコ飼いとしては複雑なとこもあるんだよ。
環境的にそういうところが存在するのは否定しないけど、
それこそそうやって堂々としてられるのは、ふっとい神経したボスクラスの個体で、
その背後にごまんとコソコソ逃げ出す”一般ネコ”がいるんでございます(笑

(副業の不動産でペット可案件もいろいろあるから)
一概にイエネコが可哀そうとか思ったことは無い。
それで世界を空間認知できるならそれに越したこと無いんだもの、
(故にイエネコの場合は外がよく見える場所などの設置は重要になる)
好きで縄張り争いできるのはボスクラスだけの特権だから。


●イヌについての一般論にもどうなんだろうと思うことがある
本能レベルで「可能であればトイレは外で」に突き動かされてしまうのは宿命として、
横から観察していると、主として「飼い主(リーダー)との集団示威行動」が目的なのであり(故にこのリーダー権威の譲渡が十分認識されていない場合、ペットシッターがリードする散歩は決してイヌも楽しく無い筈なんだわ)、
「集団示威行動」ってなんのこと?って暴走族の示威的走行みたいなのさ、
不良やヤクザのチンピラが仲間と街を練り歩くみたいなね、
(トンチンカンな下っ端の添乗員に率いられるヤクザとかいないだろ?ww)

俺は”イヌ飼い”ではないから(羊飼いと同じイントネーションで)、
適当な事は言えないけど、イヌは潜在的にタフなリーダーを嗜好しているのは事実なんじゃないかと思う。イヌのトレーニングで「命令はハッキリと明確に(可能であればイヌが聞き取りやすい英語で)」なんて定説があるけれど、それってさ同時に「鬼軍曹殿のような態度」でもあるよね。
(※現代のイヌにとって理想的環境が”警察犬かもしれない”みたいなさ)

だからドックランなどにおける全力疾走も、ケースバイケースなのではなかろうか。
(イヌ個体としては”広い場所で俺達眷属の力を示す”な意味合いもあるのじゃないか?)
ネコ飼いとしては、その運動量の多さで酸化が早く寿命が短いイヌの人生を「なんとかならないのか」としみじみ思ったりするのです。
すっごい貫禄の(睨みの利く)リーダー(飼い主)に率いられてる場合、
運動量などそこそこでも快感代謝する可能性もあるのではないかと、

これがあっているのかわからんけど(ネコ飼いの戯言だと思ってくれ)
若いオネエチャンがシングルで小型犬飼う状況も多数の現代、
ロッカーが着るような鋲のついた革のライダースとか着てさ、バッチリキメてる方が「散歩時のイヌはゆっくり歩いても改案代謝が捗るのではないか?」なーんて思う。

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posted by kagewari at 17:17 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月24日

(雑感)『共同幻想』崩壊論的には「今現在、既に結婚制度は破綻している」

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


『共同幻想』崩壊論の現状ってのは、『歩留まり』階層の動機から考えるのが早道で、
(過去記事で紹介した、「実は宗教世俗派が少なく無いイランの庶民の話」にあるように)
『歩留まり』階層にとっての『共同幻想』神話(インセンティブ含む)とは「もう終わった迷信」程度の意味に堕ちてます。←これが『共同幻想』神通力の崩壊

英国法的な意味の”慣習法”では無くて、
自然権的な(実際の法的拘束力を訴求するのは難しい側面もある)”慣習化”←言うならば『共同幻想』の世俗化崩壊ってのはそんな意味。
(離婚時の財産分与関連については別途明文法化されているのは、ちょっと英国法のエクイティみたいな意味があるのかも知れないけど)、


■結婚制度と不倫で考えるとわかりやすい
 ↓
(近代日本では”世間様”教の媒介として”仲人”が欧米における神父役となるのだが)
形式はっきりしてる、欧米式で考えてみよう
●キリスト教なり、イスラム教なりに「結婚を誓う」ことになります
不貞行為は「宗教に対する冒とく」であるから、死刑なんです。
(婚姻相手への裏切り行為だからでは【ありません】→神の前に嘘をついたからです)

でね、宗教への信心が世俗化していると?
(代表例が血で血を洗うフランス革命を経たフランス)
「不倫は文化」になるんです、
 ↓
何故って「制度としての結婚を保障していたのは、宗教(この場合『共同幻想』)だからです」
『共同幻想』崩壊により、
■この契約は(勿論公正証書契約でも無い)
「不動産賃貸契約と同じ特約契約になった(よく似ているのは定期借家契約)」
つまり、『共同幻想』崩壊後の社会における不倫とは
「そうだ引越ししよう」程度の意味になります

(※ですから、現代において入籍が必要なのだろうかって論議になるんだわ。入籍《登記》が必要なのは売買などの契約で、定期借家賃貸契約の実態を法務局に登記したりしないでしょ?《むしろプライバシー保護のが優先される》:俺が今後の結婚は”事実婚をベースとするだろう”と考えている理由のひとつです。)
 ↑
加えて更に補完すると「だから昭和の結婚は(契約の担保として)不動産を買うことが前提だった」←昭和のマイホームや、平成の分譲マンションであり、住宅を購入することのできない男子は信用が無いとされ、結婚対象外みたいな事となり(愛人にもその契約の証がマンションを買い与えるとかだっただろ?)、それが崩壊した平成後期から令和に「(そのつもりなのは旧世代だけなので)資産を持ってる祖父や祖母が子供に住宅を買い与える」というどうにも変則的な辻褄合わせが横行しているワケ。
 ↑
キャリア優先で(=地位や名誉関連なので『共同幻想』適応に未練があるという皮肉)、
バリキャリとなった独身女性が「自分用に1LDKのマンション購入しちゃうのも(心理的には「結婚をプルーフした」事になる)」変則的な辻褄合わせの一種。
(全部が全部そういう意味ってことでは無いので、誤解の無いように。その傾向もあり得る敵範囲の話だからね。)

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posted by kagewari at 20:27 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月23日

よくある勘違い「単独化と孤立(孤独)は違うよ」

「孤立」ってのは『共同幻想』専用語だから<終わり>

野球部に所属しているから孤立って概念は成立するけど、
将棋会館に棋士がひとりできたから孤立しているとは言わないでしょ。
 ↑
後者のたとえは色んな部分を説明していて、
単独化は社会との関係を疎遠にするとかそういう意味でも無い(将棋会館という公的場所に出入りしているんですから)、
半面、どうですか?野球部で謹慎なり孤立したとして、事実上グラウンドにも出入り禁止になったりしませんか?『共同幻想』参加時にハブかれた時にだけ「孤立」は発生し、この時には社会との関係も断絶されなけないことになるんです(そら原型村八分だもんww)。


単独化と「孤立」には【全く関連が無く】
■過去にこの違いを何回か以下のように説明してます、
 ↓
『共同幻想』社会とは、ある意味特定社内だけで閉鎖的に運営されているイントラネット
『単独者』社会とは、それぞれが個別に自由に接続するインターネット
(会社のイントラネットで孤立するってログインのパス取り上げられてるってことでしょ→だから『共同幻想』適応社会の場合に限り「どこにも接続できない」と同義になるのよ)


ですから、言うまでも無く90年代に始まるインターネット社会の台頭は、
これから始まる『単独者』化への狼煙だったんです。
(インターネットに『単独者』の適応性が高いことも説明するまでも無いし、早すぎたインターネット的に『歩留まり』階層を意識した、仮想『共同幻想』モデルであるSNSが後追いしたのも”そういうこと”)
(また90年代以降に登場する”ITベンチャー企業”なる法人のイメージにも”単独者的な会社”の暗喩があった)


甲殻機動隊(GHOST IN THE SHELL)シリーズに登場する、「スタンドアローン・コンプレックス(解釈は諸説ある)」が、ある意味SNS社会的(孤立への不安とその反動としての)模倣化・没個性化を意図しているとすれば(作者がイメージした近未来社会のネットはチャットやサロンが中心になっているイメージでもあり)、
たとえばの話、
昨今SNSで突然沸いて出た「模倣者としての芸能人左翼」みたいなことかな、
※実際はSNSは仮想『共同幻想』RPGで設計されているので、それをネットの代表的利用と考えると違うと思うんだわ。←米国でも実はSNS辞めたいが6割って話もあるし


●インターネットの本質は(それこそ甲殻機動隊において)主人公が(スタンドアローン・コンプレックスへのアンチテーゼとして)
「さて、どこへいこうかしら、ネットの世界は広大だわ」って”落ち”の方となる。
自由を寂しいと表現する人はいないからね(笑

現代社会のリアリズムを背景に(それが舞台設定だから)
「さてどうしようか」と考えるのだから、「個人の自由と社会との接続(その舞台)」は構造的な関係にあるのであって、ある意味『共同幻想』社会適応なんかよりも【強固】なんだわ。
※このスタンスが民主主義の根幹と全く同じことに注目
※『共同幻想』社会的な”組織票”は民主主義へのアンチテーゼだからね




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2020年10月22日

ヘッドフォンかSPかのジレンマ

オーディオファンから言えばヘッドフォンで仮想現実とは言わないまでも、どこか本物じゃない感があるわけで(オープンタイプを使えば随分違うんだけれどね)、スピーカーだってさ再現してるワケだから本物って話じゃ無いのに(ヘッドフォン批判における首降っても音が付いてくる問題も、所詮ステレオ音源のSPだって首降った時のバランス変化がライブと同じなんてことはあり得ない)、拘るところはあるよね。

なんたって消費財には違いないから、
高価なセットで悦に入りたいなんて場合、上限に限りが無いスピーカーセットが断然有利なのは確かなんだけれど、
正直言うと「1万前後のテクニカのヘッドフォンと同じレベルの音を、スピーカーで再生しようと思えばアンプ含めて100万近くかかる(だけでなくヘッドフォンで許される大音量まで含めれば部屋の改装も必要となる)。←考え得るまでもなく比較しようの無い差なんだよね。
※ヘッドフォンが基本リニアリティの高い超小口径フルレンジ一発であることも大きいと思う

●その背景に「実は1万前後のヘッドフォンを聞いた経験ある人は意外と少ない」
って話がありまして、
音質の差って点から言うと、通常のスピーカー以上にヘッドフォンの音質差は大きくて(オーディオ視聴慣れしていない人でも一発でわかる)、

そりゃそうだよねリアルなスピーカーで言えば「4万のSPと5万のSPに大きな差は無いけれど」同じ1万の差と言っても「2千円のヘッドフォンと1万のヘッドフォンは、SPにたとえれば2万のコンパクト2ウェイと50万の30センチ3ウェイほどの差に相当する」のだから、音質と価格差の関係性が違い過ぎる。
(※ヘッドフォンにもハイエンドってのはあるが、せいぜい10万程度で、昭和の定番「3ウェイ798+プリメインAMP798」より安いんだから、、、)
ちゃんと聞くならヘッドフォンにもアンプが必要でわってご意見あると思うけれど、PC音源を使って高くても数千円レベルのDACを使えば事足りるのです。

■実際の話(先日某SP改造記を書いたけれど)
そらクラシックなどのソースで、窓ガラスがビリつくほどの低温はスピーカじゃないと再生できないし(体感的にもね)、ポップスやJAZZにおけるふわ〜っと広がるボーカルや金管の音もヘッドフォンでは難しい。
スピーカーだから得意としているとこあるのは事実だけど、
中高域のリニアリティーや音の張り、勢いってものはヘッドフォンの独壇場で(そら事実上軽量ツィーターユニット一発で全域出ちゃうんだから)、なんとかならないかとスピーカーを大音量にしても叶わない。
 ↑
昔懐かしい、オーディオ評論家の長岡鉄氏にして(高能率小口径ユニット・バックロード派)
彼がリファレンスに使用するスピーカーは最大で20p口径で、
名作と呼ばれた”スワン”は、巨大なマグネット背負った10pユニット1発だ。


「現実を観察する上で、俯瞰からスケール感で見るのか」
はたまた
「ミクロにディティールから積み上げていくのか」
どちらが正しいってことは無いのだけれど、
ヘッドフォンとSPの論議が示唆していることは、「コツコツ積み上げるのが遥かにハイCPで簡単」ってことなんじゃなかろうかと思う。

それって『共同幻想』論と『単独者』論の関係性にも通じる気がするんだよね。
或いは現代のミニマル志向とかもさ、

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posted by kagewari at 18:17 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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