2020年09月01日

社会性とプライバシー(パーソナルスペース)の関係

本を読んでいる時、他人から声かけられると邪魔ですよね?
ひとりシリアス映画を視聴している時にもそうですね。
ちょっとアレな話になりますが、トイレでうんこ中に話しかけられたら?
言うまでも無くですが、携帯電話で大事な商談中にしつこくからまれたら喧嘩になりますよね。
(そら地域性にもよると思いますが)銭湯で入浴中、普通話しかけませんよね。
 ↑
逆に言えば、上記状況ではプライバシーの確保が空間の満足度に直結している。
人間には「独りでなければ耐えられない状況」ってのがあるんです。
それは普遍的事実、

近現代の政治において「プライバシー保護の法整備」が進んだのは
社会が大きく舵を切った転換点です。

そしてもう一点、プライバシー空間に共通することは→【重要事項】場面であることです
(ここには資本主義における”私有財産”などの概念も関係しており、この点からも経済発展と強く関連する社会現象だと思います。)


これに対して社会性(付き合いの世界)とは何か、
「公共とか、共有スペースとか、社会的ナントカ」などの世界、
(勿論そこには友人恋人家族関係も含まれます)
●原始時代で考えましょうか
そもそも一人でふらふら出歩くことは死を意味します
 ↑
注:対自然(ワイルド)って意味なら、こちらも文明の発達「銃の発明」により単独行動が可能となる(そら古代もドン・キホーテ的勇者は槍だけで行動したものもいるだろけどこちらは例外)
 ↓
話を戻して、
欧米や中央アジア中東中国全てがそうであったように、当時の都市国家は「要塞都市」です。
(一族や村全体が城壁で囲まれた都市に暮らす:『進撃の巨人』と同じですよ)
※この話、逆説的に考えりゃ、
「フラフラ出歩く異邦人や異民族や隣村の連中は躊躇なく殺してもよいの意」である、
 ↑
そこに経済の概念が入るワケだよ、
自分とこの集落に出入りする「商人」はむしろ歓迎で、道中を警護する場合もあったでしょう。
(そもそも商いのスポンサーが領主とかなんだから)
=連携すればお互い利益となる一族や異民族とは連携できる(経済関係による社会の拡大)

注:『家幻想』にも触れておきたい
前述のとおり、都市国家は=要塞国家であり(日本の戦国などは例外事項:日本には奴隷文化が無かったため、農村集落は半ば自治会運営で”戦の時には山に逃げ”→戦が終わると落ち武者狩りで《負傷兵をぶち殺した》金目になる武具などを奪い、関ヶ原のような大合戦の時には見晴らしのいいところから弁当持って見物していた)、
【領主をトップとする巨大な家(要塞)の中に入れ子構造で(要塞<門<詰所<家>詰所>門>要塞>)】世帯の家が成立しており、『家幻想』なるものが後の国家というピラミッド構造の末端セルであって、”固有に独立した存在では無い”ことがわかると思う。
(『共同幻想』身分制度などに組み込まれる事によって『家幻想』は成立する)

注2:例外的な日本にも要塞都市はありました→それが僧兵により守られる「宗教一門村」みたいな奴(信長が皆殺しにしちゃったりね)、勿論欧米教会権力にも同様の機能はあり(ちなみに米各州は事実上キリスト教の宗派により分かれている)、「山口組のシマ」みたいに考えるとわかりいいかな。

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posted by kagewari at 14:06 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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