2020年08月11日

「バンドやろうぜ的感覚であるべき結婚」を時代はどう試行錯誤していくのか


「よくわからないので、現代ではソロ活動がメインとなっている」《終わり》

ま、そうなんだけどもさ、、ばかりじゃ始まらないので、
●『歩留まり』なみなさんのための結婚とは何か的なとこを心理学的に考えてみようってワケです
過去記事において(『共同幻想』の承認既得権と道徳フィルターを除いて考えれば)「結婚とはバンド(一団)の結成と同じである」と書いたとおりです。
そこで、素直に考えれば以下
 ↓
・バンド構成員の親族は間違っても関係が無い
(てかスタジオで練習する時に家族連れてくるようなキテレツなのがいるかって話→そもそも《音楽系の兄弟がいる場合を例外に》紹介することも稀だろう)
・永久に続くとか”前提にしていない”
・一番重要なのは「どんなバンド?」ってコンセプトである
(まさかその説明抜きでバンド結成がある筈も無い)
「あくまで個人の責任で初め、各人の判断で解散するものだ」
 ↑
このようにハードルを下げる事で『歩留まり』な方もすっかり気が楽になるでしょう


※これ言うまでも無い話ですが「近未来想定」だからね(笑


■問題はそれを常識化する根性が社会にあるかってところかな、
一応合理性はあるんです、
戦後の自由恋愛ってのは、個人の判断を前提とします。
言うならば自己責任です、
自己責任だから自由に相手が誰だろうが恋愛してもよい(親の許可は必要が無い)。
しかし実情はどうです?
双方から親族招いて大規模な「何代目襲名披露宴」をやるってなると(その慣習はガチの『共同幻想』概念になりますので)、双方親族も当事者ってことになります(ナントカ組の系列として盃交わすんですから)。
→端的に言うなら「大規模に結婚披露宴みたいなキテレツな事をするなら(参加者全員が”当事者となるので”)当事者全員に筋を通さなければならない(=事実上紹介して事前承認が必要)」
 ↑
こんな慣習残したままに、恋愛沙汰に干渉しようとする親世代に文句言うとか筋が通らんのです。
(披露宴するつもりあるなら、考えるまでも無く許可が必要でしょう→無許可で知りもしない家族と血縁にされていい筈無いからねww)

●ですから『歩留まり』時代の結婚制度を考えるなら、社会学的な基礎というか原型となる「バンドやろうぜ」を軸に考えるのが合理的、

ぶっちゃけね、以下の原則が2件だけでも常識化するのであれば、
原則1:バンド構成員の親族は間違っても関係が無い
原則2:永久に続くとか”前提にしていない”

『歩留まり』階層の非婚・晩婚の一部は「それならばと結婚に踏み切ると思う」

→続きを読む

タグ:『歩留り』
posted by kagewari at 04:34 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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