2020年08月06日

どうでもよすぎる古代SFちっくな話

別に古代文明宇宙人説をやらかそうってことではありません(そのネタ大好きだけどね)
歴史評論塾講師の茂木先生の講義をつらつらyoutubeで聞いててふと思いついた。
 ↑
俺さ適当に書いてるから絶対間違ってるとこあると思うが、かたいこと言わないように。

彼曰く(ちょっと面白い話として)
エジプトのアメンホテプ4世の改革時(確か首都移転とかもやったのかな)、エジプトの原始宗教と太陽神信仰だったかをハイブリッドにした統一宗教みたいな改革もやるわけさ、
そこの教義に「十戒」みたいな話が出てくる、
この当時ユダヤ人の一部はエジプトの奴隷で(この時の出エジプトがモーゼのアレな)、アメンホテプ統一教の影響受けてるんじゃないかって説。

(ちなみにこの改革はナイル川上流に位置した古代のエジプト神官にとてもウケが悪く、死後に息子のツタンカーメンにより撤回させられる。)

そこで更に考えると、
勿論このアメンホテプの時代っていえば「ギルガメッシュ叙事詩」が編纂されてた頃で(後にエジプトの戦争となるアッシリアやシリアにも翻訳版が出る)、エジプトの王なら耳に入っていたと思うんだよね。
旧約聖書に出てくるアダムってのは、”赤い土”を神が粘土のようにして作った最初のニンゲンとされているけれど(エヴァンゲリオンでナントカインパクトの後に海が真っ赤になるのはそれが理由)、
赤い土が”アダ”とかそんな名前らしくて、だからアダムらしいのね。


■さてお立合い(fateシリーズファンの方は全てご存じのネタだが)
シュメール文明の伝説『ギルガメッシュ叙事詩』って何?
王であるギルガメッシュと、その暴君ぶりに困った神が粘土で友人エンキドゥを造り、
この二人の英雄譚みたいな話だよね。
(はい、物語には洪水伝説も登場します)
「神が粘土からヒトを造った」
(ちなみに漫画『進撃の巨人』においても、悪魔と契約したユミルが”道の謎空間”で粘土こねて巨人を造ったりその継承者の身体を補修してるのはこの辺が元ネタだよね)

これがまたシュメール文明と言えば粘土の文明だったんだわ、
メソポタミア辺りでいんだっけかな?
石を切り出すとこが無いので、建築物は全て”粘土レンガ”だったそうで、
(この時既にエジプトのパピルスあったか知らないけど:パピルスはペーパーの語源)
紙に書くことは無く、文字は全て粘土板に刻まれた、
(であるから、アニメなんかだとギルガメッシュはメモ帳代わりに粘土板持ってるんだわ)
「何でも粘土でできている」じゃないけどさ、そんな文明だったワケ、

●勿論ユダヤ教の成立において(出エジプト時はともかく)”バビロン捕囚”においてガチ影響受けていただろうと、

(※ちなみにどこから来てどこに消えたかわかたないシュメール人は、人類最初の文明とも言われSFの世界では宇宙人説があるのさww←日本のSF右翼には、このシュメール文明と日本の皇室の関係を示唆する説を真面目に研究している人もいます。「菊の紋章」など共通するものがあるため、)

(※更にちなみで言えば平安時代の渡来人氏名だった”謎の秦氏”という一大勢力があり、この秦氏が日本の有名な神社を建立するんだが、基礎部にダビデの☆マークがあったり、ゾロアスター教の影響を感じる部分もあるなど、”秦氏イラン人説”ってのがあるのね。→これが平安時代などの大河ドラマに”ダルビッシュ”みたいな俳優さんが出ている方がリアルだって根拠《平安物語だったか何かでも秦氏一族はスゲーイケメンとして登場するじゃなかったかな》、当時の戦乱屏風画などでも秦氏と思われる軍事は通常の日本刀では無く、中東風の刀を持っていたりする。)

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posted by kagewari at 18:10 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(ゆゆさん”対人関係に異常無し”)

ゆゆさん
>コミュ障の人って私達が周囲に同調してロボットみたいと僻み満載の非難しか出来ないと言ってきてうざいです。私達だって自分の意見は言うし、何でも同調するわけじゃないのにね。何でも気を使って友人関係を気づいてるんじゃなくて楽しい、この人が好きだから一緒にいたり、遊んだりしてるのにね。友人がいない現実を受け入れられてないからそうやって非難するしかないようですけど。友達欲しいなら努力してコミュ力を上げればいいのにそれもできないからと言って私達を妬むしかしないのでしょうか?

■週末から週明け前後に「付き合いとは何か」みたいな”心理学テキスト”アップされますから
「ます、それ読んで」
「それから”コミュ障”なる人物などいません」

だと終わっちゃうので、重複気にせず書きますが、

大きく分けて「見る人によって景色が変わる事象」は二つ

1)不特定多数との関係性(コミュニケーションスキル保有を自称するゆゆさんと、コミュ障さんが会話してりうことがナンセンス)=『共同幻想』社会です、
ゆゆさんに”コミュ障さん”とレッテル貼られる人物は、本来それを嫌っているので、その人物がゆゆさんと接点があること自体矛盾なんです。←わかります?
”コミュ障さん”は、本来であれば「コミュニケーションスキル保有を自称するようなゆゆさんタイプの人と、最初から口を利きたくないほど嫌い」でな’ければ、行動選択が矛盾するんです。

※たとえば『単独者』は”これ”(『共同幻想』社会)を嫌悪します。
セレクトショップの経営者は自分が拘りで仕入れた商材を、勝手に近所のスーパーの陳列棚に紛れ込まされたら激怒しますよね?
というかスーパーの陳列棚的世界が嫌いだからセレクトショップやるわけで、、

※逆説的に言えることは「”コミュ障”なる人物が不特定多数の人間に意味も無く関係しているのは「適応強迫」であり、本音では無い」←どういう意味かって?
”コミュ障”さんは、別に不特定多数の社会そのものを嫌悪しても何らも問題が無いのに(セレクトショップとスーパーの違い)、それをあたかも「悪いことだ」のように道徳的に否定しており(反対に不特定多数の人と関わるのが善みたいな)、
 ↓
言い方変えると「拘りの会員制セレクトショップを始めたいのに、何故か独立した店舗を構えるのが”悪”であり、スーパーテナントとして出店するのが”善”であるかのようなキテレツな宗教にひっかかっている」ようなものなんです(無意識なので、自分の行動選択がトンデモ矛盾であることに気が付いていない)。


2)友人関係があたかも?”いいこと扱いで既成事実化”した話の前提になっているのは、(ゆゆさんが所属を自称する)あなた達『共同幻想』社会の風物詩に過ぎないので、”非適応系”の人物(コミュ障さん)にそれを伝えることは、
「イスラム教徒って豚肉食べられなくてバカみたい。私たちは豚肉好きだし美味しいと思ってます」←これぐらいのナンセンスです(笑

「”友達がいて楽しい”」←これって一種の教義ですから

(というか個性化の時代において、「不特定多数の対人関係はめんどくさい」と考えることが一般化しつつある。「親友以外の所謂友人関係(付き合い)ムダ論」)

●さすがにこの説明にはゆゆさんお怒りかと思いますが(道徳的に”いいこと”と辞任されていると思うので)、そこはご容赦ください。まあ、冷静に、、

簡単な説明なので(お怒りはごもっともですが)、最後まで読んでやってください。

「友達の多い人」=「付き合いのいい人」
「友達の少ない人」=「付き合いの悪い奴(別名が「お前友達少ないよな」)」
 ↑
不特定多数との社交や関係は「一歩間違えば、営業活動や接待業務です」
小学生のように、個性化がまだ進まず(半数近くの個体が”まだ典型的な子供族で同一目的だったりする”など:クラスの半数近くが”鬼ごっこ”に同意し楽しいと感じるなど)”集団的”と”個人的”な動機形成に大きな開きが無い場合は”集団的(交友など同じ空間で同じことをする)”であることは「”たのしい”鬼ごっこ」のようなキャッチコピーも可能としますが、
(鬼ごっこが何ら検証されず、”たのしいこと”ジャンルに既成事実化している)

個性化が進みますと、「ゴメンその時アタシすることあるから」が多発し”各人が一同に会する機会”そのものが減少します(全員が付き合い悪くなる:現代社会です)。


●思うにこの説明すると、ゆゆさんは「付き合いじゃありません、私の友達は全員親友です」みたいな話に及ぶのかもしれないのですが、
単純な経済学・統計学的にそれは矛盾するんです。
(親友とは”セレクトされた”を意味するので”不特定多数を排した少数”でなければ意味を成さない)
「不特定多数の親友がいる」←これ既に日本語としてオカシイんですよ(笑
(不特定多数の関係は親友では無いから←それは”友人関係”=”付き合い”)
※これ(セレクト主義)を政治の世界では”純化路線”と呼びます

そもそも(それらの関係がほぼほぼ親友的なものであるならば)
ゆゆさんが”コミュ障”さんと会話する場面が存在すること自体オカシイのです。
(そんな親しくも無い人との接点が無い筈ですから)

故に、証明されることは、
「少なからずゆゆさんも”付き合い程度の関係”も肯定していることになります」
(それを否定しているのであれば、”コミュ障”さんが誰だった以前の問題で、そのような人物に知見があること自体”親友舎”の恥ですから。)


■まとめ<お互いに認識に矛盾がある>ってことです
てか、口もきかなければいんですよ(笑
仲良くしなければいけない事情なんてどこにも無いのですから。
(それはともかく、詳しくは土日辺りにアップされる”付き合い論”を読んでください)




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コメント欄に問題となった同趣旨の投稿が続いたため、ブログコメント欄を閉鎖します。
詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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posted by kagewari at 18:04 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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