2020年06月25日

宗教と心理学(或いは実存主義、はたまたパスカルの賭け)


最近歴史解説動画で紹介している茂木さん(塾の講師だけれど実質歴史評論家)の動画で彼は盛んに歴史を読むうえで、或いは社会を読む上で宗教抜きに語れないと(特に古文書や神話は宗教がらみだし)そんな場面が頻繁に登場しますが、
この宗教が世の中にこれだけ種類が多く存在している時点で、どれが正しいのかって論議もあまり意味を持たないってのは小学生でもわかる話でしょう。
同時に、それでも尚信者の数ってことで言えば世界的規模になります。
(世俗化率も先進国では過半数を超えますが、途上国では3割行くだろうか。近代世界であれば世俗化=異端なんてことでもあったでしょう)

■改めて、あまり各宗教信者の方のえー心情を害さない範囲で
社会学・心理学的に『宗教』の役割や、社会学的変遷と「世俗化」ってものを考えてみよう。

発掘される古代遺跡からもシャマーニズムが予見される壁画が発見されたり、
人類ヒト科のルート的には傍流のネアンデルタール人遺跡にも墓や死を悼む行いがあった痕跡が発見されています。
「原始時代からの話」っちゅうことです

所謂寿命を全うすることも珍しい古代人にとって、生物の死そのものが現代より身近なものでしょうから、殊更死を恐れる事は無かったと思いますが、「殺される恐怖」は現代の数倍だったでしょう。
自身も殺人者となる場面も少なく無いでしょうし、
狩猟系集落で無くとも、家畜を締めて殺し食べる機会は必ずあった筈です。
(日本でもついこないだまで農村部では飼っているニワトリなどを、親に命じられ子供が締めて羽をむしるなんて風景は一本的な世界でした。)

事が自然災害などになれば、「超自然的何者かの怒りで罰として大量殺戮にあった」と考えても不思議ではありません。
●生贄を思いつくってのはそういうことかと、
(大災害は怖いので、定期的に死を税のように”献上する”)

■そんな世界に以下のような解釈というか知見がもたらされる
「かくかくしかじかのルールを守ると、寿命全うの可能性だけでなく、良い死が待っている(天国いけるかも)←この誰も知らない法則を私は知っている(勿論大災害を鎮めることや、その延長から病を治すこともできるだろう)」
 ↑
「思いつきなんだが、当時なりの”自然科学のつもり”アプローチ」ですよ、

”漠然とした不安”は(抽象概念を原因とする『興奮』の一種であるため)天井知らずにエスカレートしますので、少なくとも
”計測・計量可能な恐怖”に変換したい
(具体的『恐怖』であれば、対応策を考える事もできる)
●「わからないこと」ってのは放置できんのです(不安という計量不能な心理になるから)


<<<<ここまで読んでいただければわかるとおり>>>>

「文明化・科学の発達」と「宗教的知見」には代替関係というか相克関係というか、
こっちが深まるとあっちが薄まる関係にあります。
ワイルド時代の元祖自然科学が「宗教的知見」だからです。
(「エクソシストや占い師VS医師や科学者」の構図)
●実際学校制度の始まりは、宗教者により創設されます
(欧米のスコラしかし、日本の寺子屋しかり)

社会学の定説である、テンニースの社会進化論には”宗教がらみの何”は出てきませんが、
(ヤバいから避けたのかしらね)
「宗教的権威社会」は、文明の発達で自動的に「一部を自然科学に代替され世俗化」します。
(神秘的権威性が後退し、宗教は文化や習俗や哲学に変化する)

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posted by kagewari at 19:39 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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