2020年06月07日

妙に『興奮』のツボがある評論家は評論家としてちょっとな〜

かと言って、それと”熱意”との区別が難しい。
熱意ならいんだよ、或いは素の怒りや好き嫌いもアリでしょう(ゲーとか、なんだこれとか、冗談じゃネーとか)。
しかしだね、そこだけ人が違ったように(何つーか事象に対するレスポンスでは無く)、異論や反論の余地がなさげなレッテル貼り的興奮を隠さずに条件反射するような論評は論評ですら無いと。←誰もが感じることだと思う。
(代表的な事例は「左派の護憲こじらせた保守派叩き」と「右派の中国嫌い」とか)
 ↑
その特徴は「思慮を欠く汚い言葉がやたら多くなる不快さ」にあるかな
観察される違和感のそれは、「道徳的『興奮』」なんだろうけども、そこをちょっと掘り下げてみよう。


●そもそも素の『道徳』ってさ『興奮』する場面じゃない筈なのさ
 ↑↓
概念としてかく「かくしかじかかく”あるべし”」だから、
本来冷静な根拠のある”べき論”だよね。
「なになにであるべきだと、僕は思うから」←殊更『興奮』のポイントは無い筈だ

故に、
「道徳的に『興奮』している様」←これ自体が論理矛盾してんじゃないかしら
(道徳論で『興奮』してたらダメだろって)


■もうちょい話をかみ砕いてみよか
たとえば、
すごーくアイスが食べたいとする(暑くてさ)
「アイス食べたい」なんて口にしてしまったばかりに『興奮』のスイッチが入る
しかし、その時自宅に財布を忘れコンビニの前なのにアイスは買えない
「万引きしようか(more 興奮)」
(何を考えているんだ俺は、恥を知れ、盗みはいけない)
賢者モードで?
「(この世に)アイスなど無い」
 ↑
典型的なさ、「道徳執行モード」だよな

ま、バカか俺の亜種ってか、四文字熟語みたいな”崇高っぽい概念”の馬力で(欲求係数にカウンター)「こうあうべき論」を自らに課す振る舞い。←アバウトだけど「素の道徳」ってな、こんなかんじかな、


■■■<その反対(道徳で『興奮』)だとどうなる?>■■■

1)まずストーリーの背景を説明しよう
古代のある時、男達の喧嘩は”決闘”と呼ばれ互いにナイフを手に相手を殺害するか、相手が降参服従するまで続いたとする
(”翁達は言った”という《神話》があり:「人の世に不遍的いい悪いなど無く《それを語れるのは神事だけ→人情事である喧嘩騒ぎに神は関心が無い》、争いとは誰が勝者である以外の結論を持たない」と伝承されていた)

2)それが
長年続いた風習だが、誰かが考えても「たかが喧嘩で殺し合うのはバカらしい」と薄々思っており
宗教指導者が以下の発言
「武器を手にした喧嘩は名誉ある決闘などでは無い、神は言った武器を使うなど卑怯であると」

3)喧嘩に武器を持ちこむことが卑怯であり悪だとの道徳が定着
「名誉ある決闘は、素手の殴り合いである」という慣習に宗旨替え(正確には古代の伝統の否定)

4)ある事件が起きた
喧嘩騒ぎにナイフを隠し持った男が相手を殺害、
怒れる民衆は男を捕縛し「宗教に対する罪、異教徒」として激しい拷問の末、火刑とした
男の磔火あぶり刑時には、広場に大衆が集まり激しく罵り、
刑の執行前から野次馬の投石によって男は既に死んでいた

●「最後の話になると、それは道徳だったのか?」にすら及ぶよね、、、

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posted by kagewari at 17:04 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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