2020年02月02日

リクエスト関連(海さん”完全に間違ってますね”てかそれ禁止されてる【知人の話】だろ)


海さん
>共同幻想適応者にも(人にもよりますが)個性はあるし、自分を持ってます。自分の意見も言います(個性や自分がなく、自分を抑えないと相手に叩かれるのはむしろ不適応者だったり、家庭環境に問題がある人では)。共同幻想論の一部は間違ってます。友達や恋人との関係は桃源郷のような幻想ではないです。確かにつまらない関係や惰性での関係もあるでしょう。でも全てがそうじゃないです。普通はつまらない人とはプライベートの時間を割いてまで遊ばないです。一緒にいて充実したり、楽しいから友達や恋人と過ごすんです。

看板横に書いてる注意事項も読めないのでしょうか
文章はスラスラお書きになれているようなので、読み書きができないってことでは無いと思うんですが、
「エビデンスが【知人の話】同様じゃないですか」
この時点でブログ利用における禁止事項違反です

■サイドバーの専門用語関係の基礎的テキストぐらい読んでください
離村的根拠の無い妄想語られても困るんです

近代封建主義から現代民主主義社会へのプロセス、
キススト教保守への反動として派生した欧州の共産主義、
現代自由主義経済における市場原理(古典的ゲームの理論)
そしてフロイト心理学を経て登場したケインズ経済学と高度経済成長
からの、「グローバリズムVSポピュリズム」対決の世界の政治状況、
(モスリム国家においては、「原理主義VS世俗化」)
 ↑
これら社会学的変遷の中に、
全体を構成する個別セルとでもいうべき個人の自我論は無関係に存在しようも無く、その全体を(歴史的経緯含めて)体系的に説明できなければならない。

殊更『共同幻想』論で言えば、社会学的変遷との関係は「=」で語られなければならない。


●「なんとかさんは、こうだと思います凄く幸せなんです」←なんですかこれは?
 小 学 生 な ん で す か?
それが、無責任なお花畑だと言ってるんです。
 ↑
そういう見解は(『共同幻想』ひいきどころか)『共同幻想』適応者に対する侮蔑であり、
そんな事言う奴を『共同幻想』社会は仲間だと思いませんよ?
「自分勝手で協調性の無い自己中心的な人」の評価になります。

何 故 な の か

(この際『共同幻想』人格シミュレーションで彼らの人格になりきって話しますが)
『共同幻想』社会内部の人間関係やその体感ってものが
「幸せ一杯で充実している?(あたも楽しい事ばかりみたいに)」
冗談じゃないですよ、それを空想的桃源郷だと言ってるんです(お花畑妄想だと)

『共同幻想』社会ってのはね、
結婚式で仲人がなんてスピーチしますか?「結婚は忍耐です(爆」
保守的道徳に根差した世界(先祖の供養を大事に、子孫繁栄、友達関係を大事に、夫婦関係においては裏切らず、自分達より子供のため)「それを公正で”善きこと”とする」ってのは(欧米なら宗教的正したのため)、
互いに思いやり(何故思いやりって言うかわかる?=自己犠牲の精神って意味なんだよっ!)、
「本当は大変でどれほど辛いことが続いても、”善きこと”のために頑張る」
 ↑
これが『共同幻想』適応ってことなの!

(だから彼らにシンパシーあるなら「本当は嫌な事・辛いことも《理不尽な裏切りも》あるよね、だけど偉いからあなたは我慢しているのね《笑顔で幸せだよって》」みたいな心情の理解が無ければ、彼らに受け入れられる事は無い。)

その世界には
■「鴨の水掻き」って言葉がありますが
(表向きすいすい楽に泳いでいるように見えても水の下では激しく水をかいている)
表面的な
「楽しいね」「幸せだね」の言葉の裏には
「人知れぬ苦労の連続に耐えている」って事で、

彼らの(表向きの)
「楽しいね」「幸せだね」って言葉は、実に物悲しい情緒にあふれるもので、
(だからそれを関西では「泣き笑い」って言うんだよっ!!)
その情緒を描いたのが「巨匠小津安二郎の映画」なワケ、

でー『共同幻想』の崩壊ってのは、
彼らが自らを”犠牲に”守ってきた”善きこと”って上位概念が(先祖の供養を大事に、子孫繁栄、友達関係を大事に、夫婦関係においては裏切らず、自分達より子供のため)時代の変遷の中で、
世俗化したり、合理性を失ったりするため。
「あれれ?もういんじゃん?」ってハシゴ外されるような状況が次々出てくるから、
「これのために自己犠牲とかってのはもう無いね」事項が雪崩打って出てくる現象で、

「本当は辛いのに、(涙をのんで)楽しいね、幸せだねとかこの点では言わなくていんだ。冗談じゃねーぞ人権侵害だ、男女平等!!」←というリベラリズムの台頭に置き換わっているワケ。
 ↑
●しかし、『共同幻想』の構造上下部組織には「こうしなさい」って結果だけが求められ、その神髄(何故そうすべきか)は、聖職者や哲学的思考や伝統文化を学んだものしかわからない。
「オマエラ、何もわからずに形式的に捨ててんじゃねーよ!」って反動的保守も台頭する。

そんなせめぎあいの中で人の文明は紡がれているんです。

(※自ら率先して社会非適応裏街道の『単独者』はそれを横目に「何やってんの」と思っている)




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詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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タグ:適応強迫
posted by kagewari at 18:26 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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