2020年02月29日

『単独者』の雑感「人を殺してはいけない」概念が成立している”感じ”って何か


※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)


人類ヒト科の世界における常識としちゃ〜”嘘”ですよ”嘘”
過去記事で紹介した「ウエストファリア条約」の話にあるように、
http://kagewari.seesaa.net/article/471325816.html
近代までの血塗られた歴史を思えば、
「ご冗談をww」って話だから

現代においても死刑やら終身刑やらテロとの戦いやら、
正当化される殺人(乃至殺人っぽい強制力)は存在しており、
(ハイ、あなたもその片棒担ぐひとりです)

●皮肉な事に
「人を殺してはいけない」概念がなんとなく成立させている背景には、
皆殺しの論理の『共同幻想』が貢献しているのです。
 ↑
ちょっとこの構造を解説しますが、
先進国における民度(権威性認知を必要としていない知的水準として)として、広範に認識されている「人を殺してはいけない」のような(人権意識や人道主義なども含め)公衆道徳(文字通り権威性では無いの意)とでも言うような概念は、
権威性を後ろ盾に(或いは神話性)それを権力として行使した『共同幻想』をフランス革命的に(王権やカソリックの神父は皆殺しだ!)打倒して獲得されたものですが(思い切り殺してるやんww)

そもそも、
まーまー生き残った人類は「ほとんど人を殺さないよね」って現状に至る合理性の背景を成立させたのは、かくいう『共同幻想』社会だったりするのです(三度の飯より拷問と処刑が大好きみたいな)。


■どういう流れかおさらいしてみると、、

みなさんもぱっと思いつくと思いますが、
生意気で賢しい小学生の得意とするパラドックスですよ。
 ↓
「どうして人を殺してはいけないんですかー」


<答えは簡単です>

「俺達、お前のような殺人を肯定しかねない連中を片っ端から殺してきたからね。生き残った人類は、そうだね〜まーまー人を殺してはいけないって考えの人になったのさ=殺人を肯定するような奴は”人に非ず(故に処刑すべし)”ってことだよ。」
「おーい、そこで偉そうな事言ったクソガキ連れてこい、血祭りにあげようぜ!!」
 ↑
上記のような荒事を(無数の間違いや勘違いを織り込みつつ)盛んに『共同幻想』が繰り広げてきた、めんどくさい事言ったら何されるかわからないって、DNAに記述されてんのかってぐらいにうん千年なのか、うん万年継続してきたって事です。

その後、『共同幻想』のやらかしが(無数の間違いや勘違い)あまりにも酷いものだから(植民地時代にはいわれなき理由から現地の民族がほぼ絶滅に追いやられるなんて騒ぎもあり)、
「俺達罪深すぎるぜ、その罪滅ぼしに首謀者(その時の『共同幻想』権力)を絞首刑にしようぜ」って、(理由はそういうこっちゃなかったんだが)革命が起きまして、
人間の英知「法による支配」で”そこをナントカ”みたいな?
戒律やドグマじゃなくて、人殺しの禁止なんて民度の問題でしょうよって(無数にギロチンで『共同幻想』権威者を殺戮しながら)現代になりましたとさ。
 ↑
現代人はそんなに酷くないっておっしゃる’方いるかもですが、
「独裁政権が倒れた後(リビアやイラク)どうなりました?」
(いまも人のすることなんざ似たりよったりですよww)


●臭いものには蓋じゃないけれど、
『共同幻想』特有の「”それ以外”は全員滅ぼすべき敵」という仕組みが(野球部ってのは野球部以外を排除するから野球部足り得るワケで)、なんとなく諸般の事情と経緯で、「人を殺してはいけない」概念が(きれいごとだけ残しておこうねと)なんとなく成立している”感じ”に貢献しているワケで、
 ↑
社会的ダーウィニズムじゃないが「生物学的にも淘汰は自然現象」と言えるのかもですが、、
(あまりに残酷な話で)
「人を殺してはいけない」概念は、無数の社会的殺戮の果てに成立したようなものである。

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posted by kagewari at 20:07 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月28日

「仕事のできる人」も補完しておこう

ここも前回の「教育」と被るんですが、
「仕事ができる」=(近代以降の産業革命踏まえれば)「生産性の向上」です。
皮肉な事に、ミクロな現場では「失業者を発生させること」だったりします。
(※なんとか工場で生産性が向上したので、そこの労働者半数が失業したが、そのおかげで新ビジネスにおいてその労働者が活躍し、世界は二倍豊になったとかさ、)

●勿論「生産性向上」で、生産量が倍になるってわかりやすい話だとありがたいっちゃありがたいですが、マル経じゃないけれど、市場経済最も恐れるのは「過剰在庫」ですからね。
「スマホの値段が半分になったので、普及率も倍に」ってわかりやすい場面ばかりじゃないでしょう。
(だって外食産業なんてことになると、人口×食事の回数で上限決まってますから)

てなワケでミクロで言えば(生産性の向上なんて話は)「いかにして同僚をクビにできるのか?」みたいな事になりがちなんですよ。
=誰も喜ばない
なんらかのインセンティブでも付与しなければ、生産性の向上は自然発生するとか【無い】
 ↓
これが、結論として『共同幻想』保守世界においては「仕事ができない奴でいることが正義」になる背景です。『共同幻想』は基本”円滑な再生産”が最優先で、
「変に仕事できる奴がいて、秩序乱されるのは迷惑」


でもね、そのまま放置すると(目の端に”幻滅”見えてんだから)「退屈」でしょ?
(それこそ人類ヒト科にとって忌むべき災厄)
「仕事ができない奴でいること」のままでも『興奮』がそれなりに味わえるエンタメの仕掛けが必要になります。

それが「罰ゲームの論理」みたいなものかな?と、
なんてかさ、
不条理なぐらい意味無くハードルを設置するんスよ、
「営業目標10万件!」とかね
(よーく考えたら、本当に必要なものは決まっているワケで、それ以上に売れたら”押し売り”だよね?→確かに説明不足で”必要性をご存じ無い”方への説明を営業と捉えることもできるけど、営業の現場で飛び交っている”ノルマ”ってそんな以上品なものじゃないですよねww)

「すべてのお客様を笑顔に」とかね、
「うちの役所には、待合席が無いことが自慢です。すべての事務処理を30秒以内に。」
「送りバントの成功率は最低でも9割以上に」
「いつまでかかってんだ!塗装は明日までって言っただろ!」
「ただ清掃すればいいってことじゃないよ、ピッカピカにすんの」とかさ、
或いは「稟議書にはハンコが必要です、」や「この書類30人分用意して、」などなど、
 ↑
●まーまー(落ち着いて)、
やってるやってる感エンタメのためご苦労さんではありますが、
「それって、本当はどうでもいいとこも結構含まれちゃってますよねww」
ゲームの難易度上げて(ハードからプロモードまで)エンタメ性を保持する設定ですね?
(調子こいてこんなネタバレすると、即効解雇ですからやってはいけませんよっ)


※だいたいが江戸時代に6時間も働かず、時間の約束も守らないラテン系気質みたいだったものが、何故近代化以降の方が”あくせくしとるんだね?”時代まで『退行化』させとんスか。
『共同幻想』も過ぎれば(退屈の)耐用年数迎えるので、(罰ゲームとか)趣向を凝らすのはわかるけれど、面白さのレベル低下が補えずに「労働時間延長で誤魔化す」ってのも随分な話で、、
 ↑
「皮肉な事に『共同幻想』適応社会こそ(無意識に)シューシュポスの神話になってる」
(案外この不条理が無常観として『共同幻想』論の底を支えているのかもね)

そんなこんなで、
構造的に「仕事のできるやつ」ってのが、『歩留まり』や『単独者』や「確信犯的再選択者」に限られてくるのは、「面白いと感じるポイントの差」で←ほとんど行きがかり上の話
(※間違っても人類ヒト科の組成的に『共同幻想』適応タイプより能力が高いなんてことでは
あ り ま せ ん】)
ネタバレしちゃって「罰ゲームエンタメ」をちーとも面白く感じない場合、
「逆にオマエラ何やってんの?」に転じるから、
俄然(そこにイラっときて)「生産性向上」ネタに走ってしまうってだけの話です。
(衣食住問題超えちゃっているから、その生産性がいかほどの役に立つって事も無いしww)
 ↑
確かに「その様子は仕事はできる人」なのかも知れませんが、
うーん果たして(罰)ゲームチェンジャーであることが、社会的に好ましいのか、、
単に迷惑な人なのか、、そこの評価は置いとくとして

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posted by kagewari at 15:46 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月27日

前の話を引き継いで「教育の意味」を考える

教育なんざ後発的に獲得されるものだから、何を選んでって偶然だったりいきがかりみたいなものだけれど(ある意味全ては腐れ縁)、『自意識』が仕事するための道具仕立てとか(文系なら理論武装でもいいのかもだけど)まじないの装飾みたいなものかなと思う。

番頭さんにはソロバン、サムライには刀、兵士に銃、サラリーマンにPC、文系学生には辞書、理系学生には方程式、野球部員のバット、などなど”それが’無い事には”始まらないワケですが、
「何が始まらないのか」って、人類ヒト科も動物ですから「生存」ってことですわね。
●そりゃあ本来は、原始時代のこん棒だとか矢じりだとか、農業の鍬でもいいですが、本能にも近いところで誰にも「そうだよね」と(ナチュラルな共同幻想つーか)わかりやすかったのだろうと思いますが、
 ↓
そもそも衣食住なる生存権をとっくの昔に踏破してしまった先進国住民の場合、
「退屈したら死ぬ病」の克服ってのは(その先進国になった梃子でもある文明の)その先の意味など考えない探求なり思索なり「見えていないだけでまだまだ面白いものがあるだろう」って関心になります。
(だいたいが、何もかも面白くなくなったら発狂しちゃうんですからww意地でも面白くなくちゃいけない)
否が応でも無理難題でも押し通るために(それぞれの分岐先で壁になってるものがござんしょ?)
ピッチャーやるならボールが必要だし、キャッチャーやるならミットがいり様でしょ?
(もう衣食住から随分遠くにきちゃっているけれどww)
■多分、「教育」ってのは
今更見つけても発見でも無いものを知識として「もうあるからね」って、後から失望しないように知った上で(何も知らないで3.14発見して、後から何百年も前からわかってっからなんて事になるとさ、せっかく獲得した興奮が冷めるどころか一発で鬱になるほどトラウマになるかもしんないじゃん)

「そこから先が現代の面白い事になってるから」と、親心と言いましょうか、
道案内ですよ。
映画や小説で言えば、これまでの経緯”あらすじ”を教えて「ハイここからプレイ開始です」のポイントに連れてくるって事かなと。

結局後年になればなるほど知らなくちゃいけない事が多くなるって絶望的なとこはありますが、
(※仮に歴史家志望の場合、そらね1千年前に生まれた方が覚える事も少ないからww)
”いっちょあがりなことはまとめっちゃって”まーなんとか直近の出来事ぐらいは知っておこうか的な要約技術もあるのでしょう。
(近代の拷問残酷物語とか知らなくてもいいことになってちゃったりもしますが、、)

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posted by kagewari at 16:51 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ソースどこだったか忘れましたが「イジメ問題世界化」らしい


 今頃そのレベルかっ

そうなんです、今世界的に子供たちの間でイジメが問題化しているらしく、
何やら国際機関でも論議しているとか、
ここはある意味日本が先進国ですから、バシッと提言できればいんですが、、、
(あ~文科省と日教組が、、、)

■世界で起きているのは(一神教欧米のが『共同幻想』硬いので)日本に遅れる事30年ぐらいのスパンで『共同幻想』の崩壊世俗化が進行して、組織運営の手法そのままだと「『共同幻想』崩れ(典型例がDQN化)」が拡大してきたってことなのでしょう。
この辺欧米は耐性というか経験値が薄いですから何をどうしていいのかわからないってとこがあるのかなと。

※明治維新の所謂欧米化以前から日本には元祖フリースクールとでも言うべき寺子屋などがあり(江戸時代の庶民が微分積分のクイズに余裕で答えていたって逸話もある)、そもそもが強度の高い『共同幻想』が富国強兵の国策だったこともあり(必ずしも日本古来の伝統『共同幻想』とは言えない)、崩れるのも早かったワケですよ。
(※本来は私の世代、ニュータイプ世代《その前が受験戦争世代》でネタバレからのダメ出し的には周知されており、とっくのとんまに後ろ盾となる権威認知は崩壊しており、形だけの『共同幻想』が以降強引に《文科省と日教組により》運営されることになる。→見てくれだけでもその対応を試行したのが「ゆとり教育」→権威後退に合わせて『共同幻想』を《付け焼刃で》緩めてみたって話だよね。)

■ところがここに「文京族守旧派」みたいな利権構造があったものだから、時代遅れのなんとやらをズルズルと続けてしまい(学校のクラス《階級》編成運営や、テスト重視の偏差値評価)、ドスッと『共同幻想』が劣化崩壊した、イジメ問題も日常化してそのままSNS時代に突入してしまった。

事の本質はサイドバーに代表記事あるのでこちらね
http://kagewari.seesaa.net/article/464416220.html


教育先進国のフィンランドなどでは、無試験運用で実際の教育水準上昇させることに成功しており、日本においてもAO入試が半数超えるなんて話に及べば、旧態依然とした義務教育・高校教育は何をやっとんのって話なワケで、
(※そもそもどこの実社会にスマホやPC・メモ帳も持たずに、手ぶら暗記だけでビジネスするシーンがあんだよ、、明日までに報告書って話でああらゆる手法で調べまくってアレコレするのが現実なんだからさ。)

本来日本はSNSにおける”悪い癖”(これいかにも日本の世間様ルール『共同幻想』をなぞるものだから)、これを世界に先んじて警告できた筈なんですよ。
「意味ネーから」って、
※SNSの本質的機能性は(昔のRSSフィードチェッカーみたいな部分の)縦横無尽に繋がるリンク階層にあって(たどればどこでも深化できるみたいな)、日常の私語を書き込んでそれを身内でどーたらこーたらに意味があるワケが無いじゃんww
 ↑
後者の部分って”共有されない個性化”に逆行しちゃうからね。

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posted by kagewari at 04:39 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月25日

”いい悪い論”への固着から抜け出せない事情(や仕組みかな?)

そもそもこの話はブログ副題にNG指定してるぐらいに不毛な話で、
正直辟易している訳だが
サイドバー過去記事の”イジメのアレ”みたいに、徹底的に論証してこそ止まる部分もあるだろうと、ここは手抜き無くやっておきたい。

■とにかく「強迫心理」がらみでやぅたかいなのはここ、ここに尽きる
 ↓
「私はいい子なの?悪い子なの?」(的な子供心理)

で、大人の世界は?
「いやいやいやいや、世の中そんな単純じゃない。いいとか悪いとかの話じゃないから」
 ↑
そして、この説明を一切受け付けない
「(何故か謎の脳内解釈が発動し)そうですか、私だけが悪いって言うんですね!」

    ?、、、

自分のメンタルに問題意識持っている自我とのやりとりにおいて、
上記のようなやりとりは”その典型”とも言えるような話で、
あまりにも不毛な論議になるので(特に有料相談だとその繰り返しで利用料金まで発生してしまうから)【いい悪い論をNGワードにしたぐらい】の話なんですわ。
この水掛け論・押し問答には「全く意味が無い」ですから。

■さて、このめんどくさい仕組みが何故”こういうことになっとんのか”?

・まず鍵となるのは「脳内に(何グラムでかちーんみたいな)天秤仕掛けのハカリがあるってこと」でしょう
「善悪秤(ハカリ)」みたいなもの
→しかも天秤式なので「一方が善だと自動的に相手はカチンと悪になる”二項対立しか無い”ハカリ」
事象を判断する”計測器”として、
「(無意識に)まず秤に乗せてしまう(悪が何グラムか真っ先に計測しようとする)」
(※端的に言えば白か黒)
 ↑
勿論、通常大人の判断にも指標となるものが各個人各々お持ちだと思いますが、
「熟練度、戦略度、戦術度、レア度、頻度、市井度、熱度、醒めた目度、陰謀度、CP度、コンプライアンス度、PC度、、、、、善悪度」
ハカリの仕組みも、天秤式なんて単純なものでは無く、各人が想定して基準に対してそれぞれ何グラムなのかって個別に考えるもので(そりゃカラーコードは無数にあるわな、、#CB3265;とか)、
●「それが何グラムだからって何かが勝手に逆さまに定義されるような(天秤仕掛けの)仕組みは”無い”」(winのハイライト表示じゃないんだからどこかの色変えると余所が自動的に変わるとか無い)
 ↑
この辺の「度合」の尺を測るって行為のバリエーションや階層(重要度)なんてものは、
大人になるに従い重層的に獲得されてくるもので、
●以下の「『反抗期』反抗期ネタバレ崩壊と、その世俗化代替」により後発的に獲得されます
 ↓
あ く ま で 代表例 だ が

「神様もサンタクロースも信じているお花畑の子供が、実は”家幻想”をベースにした所詮綺麗毎であることを知り(ある意味汗水流して苦節運十年がんばっている親の実像なんかもスーパーマン妄想から見れば幻滅であり)」→どデカくネタバレして崩壊し、
 ↓
「世の中が、子供が考えるような”いいとか悪い”なんて単純な二項対立だけの構造じゃないことを知り(価値基準なるものも多様で無限だから)」
 ↓
「単純にいいとか悪いでは無く、いったいそれは何だったのか?という個別の概念の中で考える」っつー世界ににシフトする(これが大人の世界ね)。
 ↓
●言うまでも無い事だが、間違っても「こっちがいいなら、相手が悪いんですね」みたいな発想は消えて無くなる。
→「いいとか悪いで考えず、世俗的判断(わかりやすくいえば得か損か)に置き換えられるので、中二病的に荒れた子供には?→大人は汚いだとかさ、打算的だっ!なんて錯覚起こすワケさ」

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posted by kagewari at 05:59 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月23日

今回のウイルス騒動を契機にどしどし自宅SOHO拡大すべし


副業である不動産の現場では(国交省がかなり積極的で)ITを重視して面談無しでも契約可能な方向が試行されています(そりゃそうでしょう)。
コンビニの無人レジの検討もそうですが、
●「忘れちゃいけない、本来は経済成長の成果として急速に労働時間が減って無くちゃ嘘なんです」
池田内閣所得倍増計画の時代じゃないんですから、
日本の場合、あまりにも有給取らないから無理やり法律で休日増やしたら世界でも稀に見る公的休日の多い国になってちゃったりねww

「なにやってんの」な悪い癖はあるんです。

これは働き方改革の時にも論議になった話なんですが、
「生産性向上と省力化(=時短にも繋がる)」←ここに人事考課上のインセンティブが【無い】んだわ、それは致命的だと思うのね。
「素晴らしい会社だ、よく頑張りましたね」って、頑張りましたじゃネーだろ(笑
一歩間違えば、省力化の成功で同僚の首を切り兼ねない話なんですよ。
しかも自分の手取り給与が減る可能性すらある。
 ↑
こんな事を好き好んでする人は滅多にいない。
(やんのは空気など”読まない”ゲームチェンジャーの『単独者』ぐらいのもんですよ。)


■どうやって「今より少しでも働かない社会を目指すか?」
残念な事に日本には米国タイプのシンクタンクが無いですから、
本来経済企画庁あたりが、これをテーマに政策提言すべきなんです。
「生産性向上と省力化(=時短にも繋がる)とは何か?」
「そしてその結果、経済がシュリンクすること無く安定成長を維持する論理的根拠は?」
「情報通信の拡大は、新しい公共交通機関のインフラ投資とどういった相関関係を持つのか?」
 ↑
様々な方面から専門家を読んで討議すべきテーマでしょうに。

●今回のウイルス騒動で、自宅待機状態でも業務に支障をきたさないことが”ガバナンスの一種”というか法人の危機に対する硬さ(強度)として認識されています。
地震に対する耐震強度みたいなものです。
(そもそもが、社会福祉の一環として身体障害者の社会進出が検討された時、そのために建築であるとか公共交通機関インフラがどうこう論議になりましたが、「そもそも一般社員が自宅SOHOだったら」もっと話が早かったワケで→当時はなんだか障害者のために社会が大きなコストを支払うことが”いい人ゴッコ”みたいなノリで論議されていなかっただろうか?←こんな押し付けがましいノリでやられちゃ通勤する身体障害者の方が迷惑だって話です。)

この間いろいろ時代は変遷してます、
ロボット技術の向上、ドローンの登場、通信回線の高速化、フリー起業家向けシェアオフィースの拡大、小売業における通信販売の超拡大、携帯端末としてタブレットPC(スマホ)の普及(一般のPCも大幅に廉価となる)、「ハンコは必要なのか」の論議、マイナンバーカード導入、
 ↑
そのほとんどが自宅SOHO促進に向かってますよ。

経済企画庁は「現状と変わらない”実出社”スタイルと、自宅SOHOなどITを活用した会社経営の促進と社会的コストにどれだけ差がつくのか?」などの研究をとっくのとんまにやっていなくちゃいけなかったのであり、
結果によっては「公共投資の効率性・生産性」って概念までいったかも知れない話です。
(このエビデンスがあれば、財務省も動いたでしょう)

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posted by kagewari at 20:43 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月22日

『簡易相談』にアフター関連質問を”追加可能”としました


記事リクエストの運用が概ね好評であるため、
(またこの方式は依存性ほう助リスクも少ない副産物もあり)
その有効性も確認できたと考えてます。

そこで、既に有料相談継続されている方には試行されていたのですが、
『簡易相談』に追加でアフター関連質問を可能とする設計変更しました。
追加アフター関連質問(「記事リクエスト」に準ずる形で500円)
http://kagewari.cside.com/kage2.htm
HPのには告知済み

●システム的には500円を振込とか手数料的に”ナンセンス”ですから
「追加アフターの500円は『web投げ銭』を利用、amazonポイントでの支払いとする」

利用については
「質問文の文字数は目安200文字として、直近の『簡易相談』関連質問に限定」
注)事前に有料相談の登録無しに「追加アフター」を利用することはできません
(そもそも返信メールアドレスもわからないですし、専用アカウントの連絡もできませんから)



<<<<今後について>>>>

同様に「記事リクエスト」程度の「項目ひとつに限る新規相談」も可能なのか(或いは有効性があるのか)、返信内容が変わってくるので同じ金額にはならないと思いますが、利用そのものを簡単にすることは様々な方向でメリットありそうです。
(少額取引でも手数料かからないamazon様様ですよ)

※このコースに限り(HPコンテンツやブログ閲覧を前提とせずに)一見さんも利用可能など、
前向きに検討します(”ほぼほぼ”実施の方向です)



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コメント欄に問題となった同趣旨の投稿が続いたため、ブログコメント欄を閉鎖します。
詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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posted by kagewari at 23:49 | 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月21日

”いい悪い論”で思い出した「ゲージツ家はそういうこと目指していないと思うのよ」


岡本太郎の「ゲージツは爆発だ」じゃないけどさ、
或いは先日あった左翼の「表現の不自由な人」だっけか?アレがどうにも気分のいいものじゃなかった件にしても(コイツラは芸術に”いい悪い”を持ち込もうとした)、

■本来芸術が求めているのは”実存”でしょ
「is」だよ「is(存在する)」
「わかるかね、こうなんだよ!」ってのかな〜
ポップスやロック音楽なら「どうこれ?聴いて、面白いでしょ」ってことでしょ。

「この音楽はね、と〜っても道徳的に”いいこと”なの」←なんかな〜って思うでしょ。
しかもそれをロックやパンクのバンドが言ったらどうするよ?
(げんなりでしょ)

芸術家は厳密に言うと『単独者』とは言い切れないとこあるけれど(その表現の根底には反動的だったり誇大な部分を持ってこその側面あるから)、
少なくとも”非適応系個性派”であることが芸術家の条件だよね(違ってナンボの個性だから)。
(※いつだったかの「友人の概念論」で書いた「否応なく友人のできる野球部に対し、友人より作品の美術部」のたとえそのままですよ。)


てか文字がそうだから
『個性派』=「誰とも同じでは無い(共通しない)」
そこには共通する権威性認知も無けりゃ、共感も無い(共感も認めない)。
●「俺はこうだって作品を表現し」→「見る人それぞれが個別の解釈をするのだろう」←芸術ってそういうもんでしょ。

(そら言語としては「これは”いい”出来栄えだ」とか「失敗作だ(悪い)」などは存在するでしょうけど、主語が「自分にとって」となるので、偏差値認知や権威性道徳認知とは全く別のものです。)

逆説的に言えばさ、
『道徳』の存在(それを必要とすることは)”個性の反対の画一性”であり、
『共同幻想』社会や組織だからこそ、『道徳(いい悪い)』なんてな上位概念を語れるワケで、
(画一性→からの→偏差値=権威・階級制認知=『共同幻想』論だからね)

個性派にはそういう芸当はできません。
(”いいだの悪いだの”なんて、はなから意味が分からないよww)



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コメント欄に問題となった同趣旨の投稿が続いたため、ブログコメント欄を閉鎖します。
詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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posted by kagewari at 23:36 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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