2020年01月23日

『共同幻想』論、例の「風呂とトイレの中だけ」を考える


これ実際にそうだから(笑

不動産の話になるけれど、日本人がB・T別に拘る理由でもあると思ってます。
(てか風呂とトイレってぐらいなので3点ユニットこそ一石二鳥と思うんだが、、)
欧米各所の状況まではわかりませんが、少なくとも米国式設計だと「寝室にひとつのバスルーム」みたいな事になるんで(逆説的には聖域ととしての風呂とトイレも微妙な位置づけってことかな:特に夫婦の寝室には専用のバスルームがあるものだからね)、
概念として違っているのは事実なんだけど、

まー世界各地がここに文化の違いを大きく反映しつつ拘りもあるんだと、
●そんぐらい団体生活は(相手が家族であろうと)窮屈な一面がある事を払拭できないのです。
そりゃ誰にだって”表の顔と裏の顔”ありますから、

「感情をあらわにする」なんてネタもその典型、
一目を気にしてガッツポーズができないので、手洗いに行って(周囲をチラチラ確認した後)
「ヤッターーー!!」とか、あるじゃないですか。
(地方なら”自分の車の中”も同じ仲間でしょう。)
 ↑
●ここのストレスを非常に強く感じるのが『単独者』で、
時々その在り様ってものを誤解されることが大半だったりしますがww
その生活は「誰もいない風呂やトイレ的環境で終日」を目指しているのですから、
本当に誰もいて欲しくないのです。

ここも極端な話、宇宙で一人みたいに絶対独りでいたいんだな!みたいに思われると困る。
自我スタンスの”概念”の話をしてんだからね、
『単独者』だって普通にコンビニも行けば、喫茶の店長に話しかけられれば愛想よく返事しますよ。
言うならばさ、
『共同幻想』における「日常VS風呂とトイレの中」←この構図を逆転しようってのが『単独者』、
確かに人間嫌いの偏屈者もいるだろうけれど、
日常生活の終日を単独でと考えているだけで、常に100%独りでいようとしてるワケじゃないから。
かと言って、趣味で『自意識』全開(或いは開放)な時にどこの誰であろうといるだけ邪魔なのは嘘では無い。
 ↑
たとえばさ「あなたが弓道家だとしましょうか」
精神集中して(『自意識』全開や開放)今、的を射ようとしている時、
誰かに声かけらっるとか耐えられますか?
『単独者』の日常ってのは、弓道家が全力でプレイ中の状況を「日常に拡大しよう」って生き様なので、必然的にそうなるんだわ。

(※自由が担保され”うまい事いってる『単独者』”は、なんでも無い日常生活で『自意識』マターを使い切り《無駄に本気出しているとも言うww》、快感代謝を完遂しているので、ある意味フラフラなぐらい達成感で疲れてもおり《代謝完了感》、『共同幻想』社会がビルドインしているような交友関係や遊興イベントの類一切に興味が無い。)

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posted by kagewari at 22:51 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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