2020年01月08日

大東亜戦争を考える(戦後日本とは何か)(3)


あくまでも仮説の域を出ないが
「戦後日本というものが意図されたある男の”敗戦革命”の結果なのだとしたら」
それは(避けられなかった現実では無く)人の手によるものなので
人の手によりケジメをつけなければならないのだろう。

何故なら、唯々諾々とこの戦後日本というものの果実を食らうということは、その背後で亡くなった戦前戦中の日本人の犠牲を冒涜する事になるのかも知れないからだ。
果たしてそれがどこまでどんな思惑でこんな事になってしまったのか、くららの倉山氏や右派論壇の林氏もそうだけれど、戦後の我々が考えなりを深めサルベージしていくことがあるべき姿勢だと思う。

●精神分析と同じで「何があったのか」をネタバレとサルベージによって回復できないままであれば、
強迫傾向はその後も亡霊のように影響を持ち続けてしまう。
一部だけであっても(精神分析が全部が全部って事では無いのと同じように)、あの戦争の時代を振り返り分析を進めることは重要なのだと思います。
 ↑
これに対しGHQの公職追放やWGIP(War Guilt Information Program)もそうだけれど、戦後自虐史観として知られる朝〇を中心に進められたプロパガンダ工作は(全て軍部の悪の侵略が原因だ的な)朝日とってマッチポンプな上に(鬼畜米英を煽り対米戦宣伝工作をやったのは朝〇新聞)、まさに「強迫心理を保守防衛しようとする『自意識』共犯そのまんま」の姿であって看過できない。


だから何ができるって事では無いのだけれど、

世界や社会ってものは、人の思惑抜きに語れないものなので、
「やれこの件は何思う、この事案はこう思う」などなど(日常から表現するしないはともかく、確実に誰しもが投票行動として表現する権利を有するのだから)考えるってのは大事だと思う。
逆に言えば考え無しってのは一番いかんよ、


■明治維新の中身としての是非はともかく
あの時代、生き残るため必要な革命だったのだろうと思う。
何もしなければとっくに日本はロシアの衛星国になっていたかも知れないし(半面ロシア革命は失敗に終わったかも・中国も共産化しなかっただろう)、
ベトナムにしろカンボジアにしろ、
うーん、結果論から追いかけると「ソ連革命勢力のインテリジェンスの勝利」だったのかしら。

当時共産主義がある意味最先端の改革派思想だったのも事実で、
(フランス革命だってかなり共産主義系のなんとやらの始まりでもあったし)
この時代には他にこれという対抗手段が無かったって話されると(明治維新がそうであったように)返す言葉も無いが(まだまだ『共同幻想』バリバリの近代は、改革する側も左翼『共同幻想』で対抗せざるを得なかった的な)、
悪手だったよね(その後の共産党独裁国家がどれだけ人を殺したのか考えれば)。

現代だからこそ考える(それこそ精神分析的に)「他に手は無かったの?」考えてみると、

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posted by kagewari at 17:00 | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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