2020年01月01日

どうにも『共同幻想』論を未だに勘違いしている人がいるようなので


ムスリムの人は失礼があったらゴメンだけど、
たとえとしてわかりやすいのでイスラム教をベースに説明しておこうと思う。
とにかく記事リクエスト依頼文など読んでいると『共同幻想』論の理解を間違えている人が多すぎる。

日本は(岸田教授が提唱したように)「所謂世間様教のようなもの」であるため(一神教系の伝統宗教のようにその権威性認知が明快ではない)その曖昧さから宗教的に見えないし、実際宗教では無いのだけれど(これって慣習法か名文法かの違いのようなもので)その構造は同じ『共同幻想』であり(権威性やそこに派生するドグマ《教義》や権威性道徳などを共有する社会構造)、
 ↓
凄くベタに言えば
仮に日本が中東諸国であれば、その『共同幻想』はイスラム教を中核とする構造になる。

●現在の日本の『共同幻想』を語る上でそこに何ら違いは無いので
日本社会が”アブラハムの宗教のひとつ”イスラム教であった場合で考えてみる、

オンザレールな『共同幻想』適応とは
イスラム教徒の家に生まれ生まれた時から信者として暮らしているものであり、
非適応者とは(この段階でイスラム法に違反した行為などが確認されていることになるので)、この段階で異端であり(ISなら他の家族含めて一族郎党躊躇なく殺す)、
どれだけイスラム教徒の真似を努力しても認められるも何も無いワケで、

非適応として一度地域構成員から見られている事を前提に、
彼らと絡んで仲間的認定を得ようとするなら、
私はイスラム教徒であると、再度宣誓し(シャハーダ)
「ラー・イラーハ・イッラッラー、ムハンマドッラスールッラー」
                        لا إله إلا الله محمد رسول الله ●
「アッラーフ(神)の他に神はなし。ムハンマドはアッラーフの使徒である。」

 ↑
これをやって(確信犯的再選択者として)ガチで入信して認められる必要があるし、
一度異教徒として認定されているのだから、よっぽど敬虔な信徒として振舞わないと認められないことがわかる筈だ。


●仮にイスラム社会の『歩留まり』が何かと言えば、
それを”世俗主義”と呼ぶ(トルコ軍部であるとかバース社会党などの考え方)

イスラム社会は、日本や欧米社会のように『共同幻想』と文明化の相克の中で、『共同幻想』がダダ崩れしない傾向が強いと言えるけれど、
(ムスリムの人怒らないでね)
実際にはそれは存在しており、典型例はイランの庶民など(実はアメリカンナイズだったりする)、この(宗教的に言えば”乱れ”)を正すため、ホメイニ革命が台頭し、現代におけるISなどの原理主義も”崩れ”に対する反動的保守のような位置付けになる。

じゃあ非適応者が(仮に日本がイスラム国家であった場合)生き延びる方法は(勿論そこには『単独者』も含む)、トルコのように異教徒も混在で暮らす社会で、表向き嘘ついてキリスト教徒を名乗るか、(彼らもにわかに中身を知らない)日本人で宗教は神道ですと名乗るか、

或いは、

「自らAKを手に戦うかだ」

(現在の日本の無神論系『単独者』は決してイスラム社会では認められないので、殺るか殺られるかAK持って戦わない限り生存することすら不可能です。←ここがイスラム教と文明論のジレンマみたいな話の核なんだけれどね。←現在その解答を語るカリフの登場を待っている状態)


間違っても(シャハーダの宣誓も無しに)、ヘジャブやニカブ被ってみたり「私も社会適応しようと頑張ってます」みたいなトンチンカンな行為は、もろにイスラムに対する冒涜であって、
敬虔な教徒の集落だったら真っ先に殺されます。
(そういうふざけたことする異教徒を殺さず見逃すことは、イスラムの正義に反するし道徳的に許されない。)

●実際に、過去欧州のどこだかの調子こいた左翼の政治家が(大臣クラスだと思うけれど)イスラム国家訪問した時に、ベールのようなスカーフだったか被って「信教の自由を認めるリベラル政治家でございます」みたいな事をした時の現地からの批判は凄まじいもので、
殺されなかっただけよかったみたいな話になってる。


少なくとも、
日本において勘違いして『共同幻想』にフラフラ近づくのは間違いだって言っている背景と、
今回の話は全く同じものなので、
日本の『共同幻想』は優しいからみたいななめた認識でいたら大変な間違いだから、
(ドグマの中身や厳密性などに違いがあるだけで『共同幻想』サイド思考構造は全く同じ)


●加えて実際の日本社会の実情は世俗派どころか無神論系『単独者』をも受容する社会であって、
その最大の特徴は”社会非適応”それ自体を全く問題視しない(個性と言ってもいい)、
ドグマに依存しない、その文化的特徴が「寛容」である異例の国家であることで、
社会適応している『共同幻想』適応者からが、
「好き好んで適応なんてするものじゃない(早晩この時代は終わる)」とか思っている社会だってこと。
(事実新卒入社3割退職事例《自ら非適応への離脱を模索》において、それを悪辣に批判する世論は”無い”からね。)
 ↑
だから日本は後期先進国化に成功し、同時に(社会非適応が比較多数となる世界を予見するように)メンタル問題も観測されるって図式なんだから、余計にその状況で”非適応”状況にある人が、フラフラと『共同幻想』と関係しようとする行為の(意味のわからない)矛盾性ってのもよくわかるって話(故に同様行為のほとんどが「適応強迫」である確率も高い)。





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posted by kagewari at 06:52 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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