2020年01月30日

「先進国民度と通信基準」


てかイントラネットが『共同幻想』社会だとするなら
現代先進国はインターネット『歩留まり』「単独者」社会だって話
(言うならばそのプロトコルが”民度”ってことかな)

■なんだか先進国の高学歴化って聞くと大げさに聞こえるけれど
基本となるのは「識字率100%」とか「基礎教育の国民全員プルーフ」にあるので、
ほぼほぼ9割方の国民が高卒以上であることを意味してます。
(日本で言えば高校教育の無償化に至った時点で、構造論的には”確実に達成”)

その社会心理学的意味だけど、
過去ログでもしつこく書いてきたことだけどさ、
キリスト教近代なんてのは、ルターの宗教改革(聖書の印刷と普及)まで聖書を教会や聖職者が独占することで権力を行使し、『共同幻想』を自在に支配下に置けた、
(※ちなみにイスラム教は「それはいかんだろ」と、ムハンマドが聖職権威を置くことを禁じるだけでなく、信者に言葉を教えアラビア語を習熟して原典であるコーランを読むことを教義としている。→これがムハンマドの思惑やいかに、近代以降の国家権力の権威《民主的立法》すら認めなイスラム・リバタリアン原理主義みたいな展開から世俗化を難しくしてしまったという謎展開から現代に至る。)

日本の場合は世界でも例外的に近代以前から識字率が高く、
固定的宗教権威も持たず、慣習法的『共同幻想』を旨としてきた。
慣習に依存するので、欧米のような革命的大改革の必要無しに「なし崩し的な『共同幻想』崩壊と再構築を許容する」文明だと言える。
(島国で後に300年鎖国の歴史などもあるので、文化習俗が集合知的に収斂しやすかったのかも知れないが、元から『歩留まり』選択の余地を残す稀有な文明だったと言えんじゃないだろうか。)


●現代に置き換えれば言語というより”情報”ですよ、
(てか近代前後は言語や出版こそが”情報”だったちゅう話)
結果として”インターネット情報弱者”は『共同幻想』適応系に多く、
『歩留まり』系は”インターネット情報取得に長けている”構造になる、
(『単独者』の組成は無頼なところあるので《自分で勝手に考えた事項が主となる部分多いから》、情報量に比例するとかそういう仕組みにはなっていない→『単独者』の存在が情報として『歩留まり』系を刺激するという比例関係はあると思う。)


■ここにはもうひとつ論議があって、
特に欧米だと、英語ができないと(通信プロトコルじゃないけどさ)情報の取得ができないんだよ。
学術論文は(誰でも読めるようにと)英語で執筆されることを原則としていることもあって、
高等教育する上で、英語ができない時のハンデは半端ない(高速通信インフラが無いようなもの)。
 ↑
ここも日本だけが異例の存在で、
明治維新ん時に、英語教育するのか全部翻訳するのかって論争があって、(元から日本人の日本語の識字率が高かったからかな?)結果「学術論文全部翻訳しましょう」が勝っちゃったのねww
大学含めて、高等教育をほぼほぼ自国語だけでできちゃうのは日本ぐらいの話でして、
(故に今更英語を重視するのもなんだかな〜なんですよ、文科省さん)
「日本固有のガラパゴス基準そのまんま」ですよ(いい意味でね→現代の自動翻訳時代を先取りしていたようなものだから)

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posted by kagewari at 18:36 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月29日

リアリズムと説得力(或いはその限界)


話の趣旨的には「先入観と現実の関係」ってことになるのかな、

■先入観に限らず、願望でも既成概念でもいんだけれど、
「もう現実超えちゃってるよね」
この時、いかにリアリズムで「いやいや、こうなんじゃないの?」鉄板の論証しても(裁判で言えば状況証拠って事に過ぎないからさ)願望や既成概念が覆る事は滅多に”無い”。
※事実精神分析の現場ではほんのちょっとした事項の事実関係説明を何度も何度も執拗に繰り返し説明しやっと一定程度理解されるというような状況は珍しくない。

リアリズムではなく”リアルそのもの”「物的証拠」ならどうなんだい?って事になれば、
そらー破壊力もあるだろうけれど、
言った言わないみたいな論議において「物的証拠」もねぇ(笑
 ↑
ただしこれに破壊力があるのは事実、
プライバシーに関わることなので、具体的には言えないけれど、
「自分にはとにかく大きく能力的に問題があってまったく何もできないため、酷い扱いを受ける」みたいな論議があった時に(その説明が2000文字以上で饒舌に語られているものだから)、
「文章化する能力は、そこいら辺の素人が逃げ出すほど凄いことなってますよ(あなたの依頼文がその証拠です)」みたいに投げかけた時、かなり「強迫心理」を揺すれたのは事実。

相談文そのものに『自意識』共犯の足跡を見つけて、
「それは本音じゃないでしょ、言わされているんでしょ」のような展開が綺麗に決まれば(それこそ依頼者の利益であり)、状況を変化させる可能性も大きいんだけれど、
容易なこっちゃない。
(まだまだ自分のネゴシエーターとしての能力に関しては物足りなさも感じる)


■言うまでも無く「強迫心理」とは願望であったり先入観であったり既成概念でもあるワケで、
この状況に対応する上で、
(そういう意味でヤクルト監督時代から野村ファンになったんだけど←ある意味ノムさんも一部大物選手から「野村野球はズルイとか汚い手を使うとか、スポーツじゃ無い」よく言われたもので、そら彼は道徳の彼岸に生きてるワケだからww)
 ↓
「手品みたいに便利な方法は”無い”」

どれほど緻密に説明しても、
説明の完成度が高ければ物事動いてくれるワケでも無く
(営業の説明が本当で、矛盾なくの購入利益を証明しているからと言って「売れるか売れなのかは別の話だ」←でしょww)

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タグ:強迫心理
posted by kagewari at 16:46 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月28日

有料相談『簡易相談』仕様変更告知です(そして若干の料金改定)


『簡易相談』の依頼文に文字数制限を導入します

その意図なんですが、
もともと『簡易相談』はある程度まとまった項目をテーマとして何故なのか的に進行することを目的としているんですが、無意識に、NGを出している「個別各論や引用の列挙によって相談依頼文が多項目に渡る」ことも起きてまして、

ケースによっては(個別各論は悪循環にもなるので)依頼原稿を編集して再送信してもらうなど対応もしています。

※個別各論が何故NGかって過去にも書いてきましたが
■個別各論が連発する理由の大半は「強迫的事実認定のため」です。
「昨日こんなことがあった」的に詳細な内容を子供が話したがることありますね。←これは話して大人に聞かせると「そうなのそんなことが(事実として)あったのね」という事実認定のお墨付きを外的権威を利用して発生させる意図があるためです。

(上記手法の特徴として、自分でも「どうなんだろう」と疑問に思っていた強迫的思考まで《それを文章化することで》「やっぱりそうなんだ」と、回答得る以前の相談分の推敲段階で《自問自答式に》強迫的思考をセルフ強化してしまうワケで=悪循環化)

そもそも一方だけの話を聞いて「そうだったんだ」と安易に答えることは”欠席裁判”となりますから、事実認定の論議が目的化するのは最初から無理筋。

しかしメンタル関係の相談の場合、
「強迫心理」は言うならば思春期『反抗期』の不発に関係する幼児や子供心理時代の家族社会『共同幻想』の名残ですから、(無意識に)子供心理が想起され、
「こんなことがあったんだ」→「あら〜そうなんだ」と、無条件に事実認定が行われないと、
(強迫的思考が不安定化し←むしろ好ましい状況なんですが、、)
「私は嘘をついていません」系の水掛け論が沸騰することも珍しくありません。
 ↑
いえいえそういうこっちゃなくて、
●「相談」なんですから
「まーこれは私の感じ方を話したまでで実際はどうなんだろうって人の意見も聞きたくて」←想定外の解説や考え方があることをここ織り込んでいないと不自然なワケで、、、
(それを質問しているんですから)


■つまり、メンタル関係の相談時に「個別各論の相談文を安易に受け付けると、それ自体が「強迫心理」を事実認定手法で『興奮』強化させる」ことにもなり得てしまうんだと。
結果として悪循環にもなる。
『簡易相談』は「承認欲求満足コーナーでは”ありません”」
(心理学に相談して、メンタル問題悪化してたら本末転倒なワケでね、、)


<<<最近始めた「web投げ銭記事リクエスト」続けてみた結果>>>
amazonの仕様で、投稿可能な文字数制限がかかっていることが「依頼をひとつのテーマに絞り込む思考を促す効果(総花的な個別各論を自動的に抑制する)」に繋がっていることがわかりました。

■そこで『簡易相談』に文字制限を導入することとしました
ってなワケです(あくまでも目安ですが)
「文字数カウンター」や「文字カウント」の検索ワードで探していただければ、フリーソフト、webサービス、スマホアプリなど多数出てきますのでご自身で確認ください。

過去利用状況からの推計で、
『簡易相談』依頼文「目安2000文字以内(原稿用紙5枚)」とします
(感覚的には1000文字前後が適切かな、、とも思うのですが、文字数を気にしてストレスになってもいけませんから)
・アフター質問は目安200文字(概ね投げ銭記事リクエスト規模)




<<<<また、利用料金も一部改訂>>>>
プロファイリング系は16,500へちょい値下げ
簡易相談は7,700へ若干値上げ
 ↑
バランス取り直し改定です




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詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
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posted by kagewari at 23:17 | 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月27日

タイトル脇の注記に書いてあるにも関わらず”いい悪い”論持ち出す例が後を絶たない


ので、
■『道徳』の構造を(過去に何回も書いているんだが)しつこく説明してみる

そら言語だから、性能が”イイ”とか、このオーディオは音が”悪い”ってのは単なる修飾語だから勿論この話には無関係。
ここで言っている「”いい悪い”論」ってのは、
「誰々さんはあんなことして悪いと思います」みたいなさ、『共同幻想』適応に自信あるタイプの小学生が得意とする台詞に登場する『道徳』判断のことです。
(要約すれば”道徳的にいい・悪い論”)

で、どうして『道徳』が=権威性認知で、『共同幻想』社会の専売特許なのかと言えばだ、

そもそも”いい悪い”ってのは子供時代「自分の行動を規制する概念」として刷り込まれる、
子供が自分の創意工夫で『道徳』編み出したとか”無い”ワケです。
つーか、仮にそんな事あれば「神の啓示を聞いた預言者ムハンマド」と同じ構造になる。
 ↓
●でーそれが(フロイトで言えば超自我に相当する)『自意識』の上位概念となるんだけど
(自己を規制だから=抑圧と構造は同じ)

同時に、周囲に(『共同幻想』論で言えば共有多数派の形成が必要だから)適応し「(事実所属社会の構成員がそうだと言っているのだから)誰それはいいとか悪い」って言葉になる(多数派をバックにしているから”同一社会内部”に限り有効な概念となる)。
「だよねそうだよね」の票を集めたり、親や教師から「そのとおり」の承認を受けると、権威的裏付けの確認が取れ「絶対こうだから」などの揺るぎない概念となる。

※軍隊のような規律にシンパシーあるような『確信犯的保守選択者』系の自我は(多数派認定や権威者にお伺いを立てるのでは無く)、文化伝統を自ら学び「歴史的集合知」的に「なるほどこれかっ!」のように揺るぎない自己を形成する人で(ぶっちゃけ”サムライ”)、中身は全然別物となり、むしろ自我の建付けは後述の『単独者』に似てる。


●逆説的に言えば「個人の自由主義」(政治的にはリバタリアンみたいなもんだよ)を旨とする『単独者』の場合、そもそもが「アンチ権威主義」なので、『道徳』の概念は自我にインストール”されない”。
加えて、『単独者』にとっての超自我ってのは「自分を俯瞰で見るジャーナリズム(客観的現実認知そのものが合理的判断を考える根拠となる)」みたいなものなので、個人的美意識がそこに座る。
(簡単に言っちまえば”いい悪い”では無く”好きか嫌いか”だけになるってこと)

故に『単独者』が、他者を”いいだの悪いだの”言うことは無い。
(そもそも『単独者』が多数派コンセンサスを得るため認定や承認を得ようとする筈も無い)


<<<<ことほど左様に>>>>

”いい悪い論”ってのはガチ『共同幻想』系の概念であり(権威的上下関係無しに成立しない)、
仮に当事者が”非社会適応”の場合(権威的裏付け無くもっぱら自己を抑圧する概念となるため)、自動的に「強迫心理」となる。
加えて、”非社会適応”なので「だよね、そうだよね」通信によるアップデートも行われないため、その成立時の(子供時代の概念)ままであるケースが大半なので、
 ↓
「誰々は悪いと思います」みたいな知恵の付きだした小学生が言うような台詞が多くなるんです。
(暗韻として発音されていないが、その語尾は「ですよね先生」だとか「だよねお父さん」)

だ か ら 自分の自我にメンタル上の問題意識のある場合(メンタル問題)、

ほぼほぼ確実に「強迫心理」が関与しているので、
「”いい悪い論”をひとまず強制的にNGにして」って説明してんです。
(それのが早道だから)

そうしないとどうなるかって、
権威の裏付け無しに権威的認知である”道徳的にいいだの悪いだの”の話に終始することになるので、「その発言そのものが対立の発端になる」ワケだよ、
●周囲は発言の中身では無く「信者でも無いものが特定宗教の戒律を我が事のように語る様」にまず違和感を感じる、
「誰に断ってその概念を自分のものとして語れてんの?」って話です
 ↑
仮にそれが「親に教わった、先生に教わった」と言う場合、現在所属の社会に対し”それらの人物”が更に上位権威として成立し得る証明が必要になる(『共同幻想』適応し現在メンバーに予め認定得ていないので権威性の証明のためには更に上位階級の話でなければ説得力を欠く)。
仮にその証明に成功したとしてだ(実は父親が所属社会《会社》のトップ《社長》だとか)、
起きる現象は、
「違和感を感じていた周囲が、ははーおっしゃるとおりです」とひれ伏すってことでさ、
 ↑
逆説的に言えば(そんなつもりが無くても論理構造上)、自分が(バックにしている何らかの権威で)彼ら全員に対し最上位の位置にいる事を認めさせようとしているようなもの。

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posted by kagewari at 07:50 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月26日

ちょっとだけ前回の続き『社会的密室』、閉鎖空間の攻撃側心理

『社会的密室』状態は関係者相互に影響与えるのでたちが悪い
(※前回のおさらいでこの話のキモをおさえておきますが、本能レベルで一撃必殺の牙や爪の無い動物には自らの攻撃衝動を一発沈下させる”機能が無い”っちゅう話。→致命傷攻撃能力が無いので、相手が逃げる結果自分の攻撃がやり過ぎになるとかこの世に起きない前提で本能設計されているため。)

そら攻撃の初期的動機って何よと聞かれれば
「自分の生存権(縄張りの主導権)確保」ですわな、
●攻撃側の心理を絵にしてみれば、
なんつーか、脳内に自分の耕す畑があって大事にレタスでも育てているとする、
そこに”
その場所で何をしているのかも全く無自覚な(何を考えてるのかわからない)異邦人”
あるいは
”そのレタス畑を奪う目的にやってきた侵略者”
はたまた
”そのレタス畑の管理をめぐる内部的競争者”
 ↑
これらを感知した時(一歩間違えば自分の畑を失い死亡するのですから)
【攻撃開始】となります

「いやいや攻撃の主体は性欲、繁殖期でしょ?」なご意見もあるでしょうが、
攻撃モデルとしては構造全く同じです(畑が自分が囲っている異性に代わるだけ)、


■考えるまでも無く(喧嘩の推移がわかりやすいライオンなどの事例でも)
攻撃対象が視界から消えれば完了・終了なんです。
「ほ ん ら い は」
(前述畑のモデルで言えば、更に顕著な話。自分の畑に立ち入る奴がいなければいいのだから。)


しかし?その空間が『社会的密室』だったら?
どれほど攻撃しても、対象は一向にその場を離れず”抗議の座り込みを始めた”みたいなことになるんだよ(動物の本能的には十分合理的に通常相手が逃走する・乃至同様レベルで反撃されたら自分が逃げる可能性も含む水準で攻撃が実行されたのに、【全く効果が無い】)
パニックになりますよね?
こうなったらタガの外れた攻撃せざるを得ないでしょ。
(冷静さも喪失し)アドレナリンON(繁殖期モード)
 ↑
●困ったことにここに二次的利得(副産物的快感代謝)が発生しちゃうのよ、
快感代謝としての『興奮』体験(脳はこれを一度覚えると反射的に再現を試みる→度が過ぎれば中毒化もある)

変な事を覚えて「攻撃『興奮』を味わうための難癖攻撃(パワハラって奴さ)」なんてのにも及びます。


こういうワケで『社会的密室』状況ってのは人類ヒト科全員にとって
「百害あって一利無し」なのです(だから『共同幻想』ですら昔から「逃げるが勝ち」と言った)
 ↑
※『共同幻想』社会はそうならないように「風通しのいい社会を」なんて寝言みたいな事言ってますが、社会心理的には「最低限逃げ道残しておけ(攻撃される側の意識としても”逃げるが勝ち”の徹底教育含めて)」など構造論見据えたガバナンスっちゅうか”ダメダメ組織論の定番”みたいな論議が必要でしょう。

<オマケ>

そら相性問題としてさ、
攻撃される側に「強迫心理」でフラフラと『共同幻想』に近づく承認欲求偏向心理状態の人がいたとしたら?→悪循環MAXになることは誰でも予測つくよね





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posted by kagewari at 22:25 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月25日

イジメ論の補完「所属している錯覚」による弊害:『社会的密室』

動物行動学における(ローレンツ)「一撃必殺の瓜や牙を持つ動物には(非生産的な同種殺しが起きないように)本能レベルで攻撃衝動をストップさせる機能がビルドインされるが、鳩のように攻撃されればとっとと飛んで逃げられるのが自然界のデフォな生き物にはそういうストッパーが無いので、鳩小屋の中で争いが起きると鳩は相手を殺すまで攻撃を止めない」てな〜話と、

人間に一番近いかも知れない霊長類チンパンジーの大好物は「サルを殺して食うこと」
(これから狩りに行くぞーって時に上げる奇声とその時の表情が人間の”笑顔”の原型であるという説もある。)

この辺を組み合わせて考えると、
・赤軍の総括連続殺人やオウム
・あさま山荘もそうだけれど勝手に追い詰められていく集団心理
などなどの人間特有のヤバさってのがわかると思う
(尼崎だかの監禁事件もそうだよね)

■公式に存在する閉鎖的社会の代表は「刑務所」だけれど、
事実上24時間監視で、強権に相当する上位権威が秩序を維持しているからなんとか成立しているようなもので、管理が緩ければいつ組織内で殺し合いになってもおかしくはない。
(心理学的にはそこで厚生なんかちょっと考えられない話で、近代前後の発想は軍隊以上の『共同幻想』強制参加体験させれば適応の何たるかだとか忍耐を学ぶだろうみたいな、投げっぱなしな発想に始まっていると想像される上に、それを刑罰の一環だってんだから、見方変えれば自分達所属の『共同幻想』適応自虐史観みたいな謎の発想でもある。)

(ちなみに心理学的に刑務所をどう考えるのか?ってご意見あるかもだけれど、刑務所の存在は社会契約説的延長の法治国家のすることなので《民主主義的帰結みたいなもの》、心理学が横からコメントするような事では無いことを前提に、あくまで横から何か言うならって水準になるが、団体行動訓練みたいな事しても意味無いので《強迫性が悪循環する可能性もある》、少々の自由時間と”強制的な教育”ってのが一番効くのじゃないかと思う《何か罰的教育では無くってそのまんま放送大学の講義聞かせるみたいなユニバーサルな教育な》。加えて模範囚の早期保釈にはむしろ反対かな。つーか少なくとも犯罪に関する論文書かせてその評価とかのプロセス抜きに釈放してどうすんだいと思うわな。)

■■■<さて、話は戻って>■■■

問題はさ、そっくりな矯正施設みたいな運営なのが
「クラス《階級》編成の義務教育」ですよ、
これ確実に『社会的密室』だから、
それと忘れちゃいかんのが「家庭空間」ですよ、
(逃げ場が無いからな。「家庭空間」なんか一歩間違えば”速攻ワンマンオーナーのブラック企業”だから)

この双方に「クラス《階級》幻想」「家幻想」なるやっかいな問題認識が起きがちで、
登場人物や環境の問題は別途あるとして(そこの個別各論始めたら収集つかないから)

俯瞰で見ればどうなるのかって考えるのが早い、
”心理的に追い込まれる可能性は構成員全てにかかる”←ここがキモだよ、
虐待含めての攻撃側にも、被害側にも”その双方に”この心理状態が発生するため面倒な事になるワケだよ(攻撃側もエスカレート、被害認知もエスカレートする)、

今回は攻撃側の心理ではないので(●だったら次回攻撃側にしましょうか)
被害側の心理について話しますが、
つまりこういうこと
 ↓
「被害実態は全く同じでも、酔っ払い運転の車にひかれて骨折したのと、組織内部上位権力者からの暴力で骨折したのとでは心理的受け取りが大違いだ」って話さ。
 ↑
このブログで個別各論や被害実態がどうやらって具体論に全く意味が無いって説明しているポイントはここ。「何をしたとか、何をされたとか(やれどうしたらいいのとか、その派生全部)」←ここ全く意味無いから(仮に加害原因が酔っ払い運転の赤の他人なら何ら心理的ナントカ起きないので)。

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posted by kagewari at 03:41 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(将来が不安さん”ベーシックインカム”)


将来が不安さん
>大卒初任給が15〜6万程かな?なら普通に生活できると思いますが、そんなに貰えるでしょうか(BIを実験した他国は財源の問題で打ち切った)。仮に貰えたとしても重度障害者の場合、専用の賃貸はしかも都会だと家賃が普通の所より高いです。医療も高血圧の薬を飲まないと血圧上がって悪くなるし、透析受けないと命に関わる人もいます。介護ロボットはペイできるとのお話ですが、高齢で体が動けなくなれば費用は本人負担ですよね。病院や介護費用と生活費、重度障害者なら専用住宅の負担額を合わせると支給額だけでは厳しいのでは?

■大枠としては以下の記事参照ですね

12/28記事の「ふとした時に、よからぬ事を考えてしまう」心理が存在する話
しつこく「快・不快原則」をおさらいしてみる(ノストラダムスの大予言)
http://kagewari.seesaa.net/article/472851616.html

 ↑
どういう関連なのかってのは後述しましょう


<さて各論ですが>
まず、スイスが国民投票で否決したネタなんかもそうですが、
彼らの言うBIは(私が想定しているような”企業が国民基本給に相当するBI支給分これまでの基本給を支払わなくてもよくなるようなアイデアは無く)いきなり満額30万支給とかの実験なんですよ、
そりゃいくらなんでもって話で、

勿論仮に私のアイデアを政策化するなら、
人件費の浮く企業から(基本給政府負担により法人税率も増)莫大な法人税収もあるでしょうし、
事実上(年金制度も廃止するので)厚生年金で莫大な金額支給されている高齢者の一部は大幅減額します(ここは掛け金に相当する積み増し分を一括返還などの手法も用いればよい)。
トータルのランニングコストは”事実上現在の生活保護制度運営とたいして違いが無い”って話で(そりゃ勿論制度改正がそんなうまく行く筈無いですし人件費の安さから赤字すれすれ法人が多数設立されるでしょうから額面通りにに法人税収が増える保証は無いですが、減る事は無いでしょ)、

同時に複数の官庁は廃止となりますし、
当座この世代の職員だけの生涯賃金を特別失業保険的に保障しても省庁を廃止することは将来的な効率化となる(赤字になった大手法人の早期退職制度のようなものです)。

介護ロボットの方向性も
「どんなに重度障害でも誰の助けも必要無く、自活しひとりぐらしの選択を保障する人権」という部分に最大の目標があるので(基本的人権の保障)、
介護施設は全て廃止、人の手を借りる介護も必要なくなりますから現在の介護関係業界への補助金も全部廃止となりますし、介護関係への個人負担もそりゃ無くなります。
(政府レンタルの介護ロボットで何故個人負担が発生するのかさっぱりわからないのですが。ロボットに加えてAI自動制御のパワードスーツも登場すると思うので、この世から車椅子生活もほぼほぼ消えると思います。)

加えて、「どうすっかな好き勝ってな事するかな」と完全フリー化する人材も100万スケールで発生すると思いますから、NPOやNGO及びボランティアなどの人材は「多分多すぎて困るほどになる」ことも想定され、


●何度も言いますが(ちなみに現行法でも都会は生活保護の家賃補助が増額されます)
個別事情で支給造が必要な案件は(そんなん出しても国庫に響くような金額じゃないのでナンボでも個別支給できる)、個別にやればいい事なので、
経済政策におけるベーシックインカム論のネガティブ要因にそこ挙げる方が意味わからないって話なんです(ベーシックインカム政策ってのは公共投資などの所得分配制度の代替案として検討されるもので、福祉政策ではありません→同時にそこの効率化するだろうって話です。生活保護の業務に携わる公務員の人件費考えるだけでもトンデモになるので、そこ全部廃止して一括支給にしてしまおうって話)。
(※さらにちなみにですが、私は東京都都心近郊在住ですが、私の暮らしているアパートは生活保護家賃補助上限以下の賃料です。それが何か?)

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posted by kagewari at 01:15 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月23日

『共同幻想』論、例の「風呂とトイレの中だけ」を考える


これ実際にそうだから(笑

不動産の話になるけれど、日本人がB・T別に拘る理由でもあると思ってます。
(てか風呂とトイレってぐらいなので3点ユニットこそ一石二鳥と思うんだが、、)
欧米各所の状況まではわかりませんが、少なくとも米国式設計だと「寝室にひとつのバスルーム」みたいな事になるんで(逆説的には聖域ととしての風呂とトイレも微妙な位置づけってことかな:特に夫婦の寝室には専用のバスルームがあるものだからね)、
概念として違っているのは事実なんだけど、

まー世界各地がここに文化の違いを大きく反映しつつ拘りもあるんだと、
●そんぐらい団体生活は(相手が家族であろうと)窮屈な一面がある事を払拭できないのです。
そりゃ誰にだって”表の顔と裏の顔”ありますから、

「感情をあらわにする」なんてネタもその典型、
一目を気にしてガッツポーズができないので、手洗いに行って(周囲をチラチラ確認した後)
「ヤッターーー!!」とか、あるじゃないですか。
(地方なら”自分の車の中”も同じ仲間でしょう。)
 ↑
●ここのストレスを非常に強く感じるのが『単独者』で、
時々その在り様ってものを誤解されることが大半だったりしますがww
その生活は「誰もいない風呂やトイレ的環境で終日」を目指しているのですから、
本当に誰もいて欲しくないのです。

ここも極端な話、宇宙で一人みたいに絶対独りでいたいんだな!みたいに思われると困る。
自我スタンスの”概念”の話をしてんだからね、
『単独者』だって普通にコンビニも行けば、喫茶の店長に話しかけられれば愛想よく返事しますよ。
言うならばさ、
『共同幻想』における「日常VS風呂とトイレの中」←この構図を逆転しようってのが『単独者』、
確かに人間嫌いの偏屈者もいるだろうけれど、
日常生活の終日を単独でと考えているだけで、常に100%独りでいようとしてるワケじゃないから。
かと言って、趣味で『自意識』全開(或いは開放)な時にどこの誰であろうといるだけ邪魔なのは嘘では無い。
 ↑
たとえばさ「あなたが弓道家だとしましょうか」
精神集中して(『自意識』全開や開放)今、的を射ようとしている時、
誰かに声かけらっるとか耐えられますか?
『単独者』の日常ってのは、弓道家が全力でプレイ中の状況を「日常に拡大しよう」って生き様なので、必然的にそうなるんだわ。

(※自由が担保され”うまい事いってる『単独者』”は、なんでも無い日常生活で『自意識』マターを使い切り《無駄に本気出しているとも言うww》、快感代謝を完遂しているので、ある意味フラフラなぐらい達成感で疲れてもおり《代謝完了感》、『共同幻想』社会がビルドインしているような交友関係や遊興イベントの類一切に興味が無い。)

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posted by kagewari at 22:51 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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