2019年12月12日

リクエスト関連(かなさん”殴ら”れました)


かなさん
>はじめまして。子どもがいる者です。我が子が友達とある障害者をからかったと言って殴られました。我が子にも落ち度があったと言っても暴力を振ったのは許せません。だけど相手は障害者だからと相手にしてもらえません。障害者だからと何しても許されるわけじゃないのに…大事な我が子を殴ったのに理不尽すぎます。


■とにかくそれ系の話は
「いずれにしても道徳的認知を持ち込んでも何も解決しないのです」
(『共同幻想』崩壊時代は社会道徳の崩壊でもあります→各個人の美意識に移管されていく)
ひょっとするとお子さんにも
「あんたも悪いのわかってる」的な指導もされているのかもですが、

そういう話のほうが子供も分かりにくいのじゃないかと
「人をからかえば殴られることもある、道徳がどうこう通用しない多様化・個性化のこの時代、相手と殴り合う覚悟もなしにからかうとかするもんじゃないよ。」
やれ人を殴るのが悪いとかそういう”落とし前”みたいなものを権威(上の人などいない)に求めるような姿勢示してもそら結局”他人任せの無責任”ってことになります。
 ↑↓
「そんな」って思うかもしれませんが、
自分なりの考えをもって、それこそ入試もAOでって時代でしょ
「自分なりの考え=他人がどう思うとか関係無い」ですから
(論戦挑むってのは別の意味でアリアリですが)
自分の考えを貫くってのは、意見の合わない相手とどう対峙するのかってことで、

お子さんに言うのだとしたら、
「殴り合い上等って覚悟もなく人をからかったのかい?」
あるいは
「こんなこと言えば殴り合いになるんだなと想像できないのかしら?」のような、
(さらにもう一回転させるなら「殴られてでもからかいたかったの?それはあなたの本心だった?友達が近くにいたので同調圧力的になんか悪ノリになってちゃったとか?もしそうならママ、男のすることじゃないと思う。」←ってのもありますね「相手が任侠山口組の若頭でも言えたのかしら?」)

お前は何がやりたかったのかって意思の確認のが重要ですね、

<このタイプの話って因果応報どうたらってより>
当事者であるお子さんが「なんとなくわかった、そういうことだね」ってそこから学ぶっていうのかな、納得いくオチになればいいのであって、
なんか、親子ともども「ザマーミロ」とかやりたいワケじゃないでしょ(笑

あなた自身もこの事案をどうまとめるのか”まず冷静”に、


●相手に報復云々ってのなら(現代には上の人などいませんので)
正々堂々、相手の親に挑戦状送るべきでしょう。
かんさんが女性で母親なら、母親同士のタイマン勝負でけりつけるって話だと思います。
(上部構造にって話になれば、法治国家ですから裁判でってことになりますが。子供の喧嘩ですから裁判所も真面目に取り合わないでしょう。下手すると腕利きの左翼人権派弁護士が先方に登場しますよ?)
なにかねタイマン勝負だからDQNだ”崩れだ”ってことではないと思うの。

「あたしとどこそこ公園で正々堂々勝負しなさい」って挑戦状送るところがいんですよ。
(先方も想定外だろうから)
そして、お子さんが一番想定外だと思う。
「ねえ僕、ママにそんなみっともないことさせたかったからからかったのかな?」
(実際にやれとかそういう話じゃありませんよww、そこ誤解のないように。今何が起きているのかをお子さんに説明するときに、そういう話をを織り込みつつのがわかりいいでしょうって意味。)


事案のとらえ方ってのかしら、
筋を通す形の方向性にもっていくことでそれなりの”オチ”がつくと思いますよ。
先方についてどういう見解かって、
人をからかうって喧嘩売るってことなので、
(蕎麦屋で注文だけして食べずに帰ってくる人も珍しいでしょ?)
私としては、
「お子さん血気盛んでボクシングでもしたかったかのかな?」という感じですかね。

まずは冷静に”話すこと”だと思います
「何が起きたのか?(それって大人が考えたらどういう意味なのか)」
「ぶっちゃけ正直なところお子さんは何がしたかったのか」
そこを抑えていくことでしょうね。
かなさんとしても、この事案を梃子ににお子さんの教育にもなるほうが好ましいでしょ。




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posted by kagewari at 20:45 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『自意識』の置き所(”二人羽織り”論)


『自意識』と言えば?
「中の人」ですね

生物として生きてる”ご本人”に対し「時に参謀役、時に魔術師マーリン、時に有能な顧問弁護士、時に情熱的なアジテーター、時に看板を守る大番頭、時にTPOを考えるアドバイザー、時に計画的運用を考える会計士、時に収益拡大を目論む営業マン、時に接待上手な中間管理職、時に”自意識”の意思を通すべくネゴシエーター」などなど、

「裏方として画策する人」みたいなイメージがぴったりかもしれません。
(あるいは人体としての”本人”を操縦する”ドライバー”、PCで言えば”adminユーザー”)

この立ち位置というか置き所を間違えてしまうと、
過剰な自己顕示欲であったり、不安恐怖症に由来する自意識過剰であったり、
「自意識目立ち過ぎ」なんてことにもなるのでございます。
(※自己中心的なんて様もこのパターン)

言えば二人羽織りみたいであったり、
ちょっとキモイですが、腹話術師みたいなとこもあるかもです(この能力がモノマネと呼ばれる形態模写芸や俳優さんの演技力ってところに繋がる)。

●逆説的に言えば「中の人だから自由」なのでありまして、
『自意識』は直接現実と接触しているワケではありませんから(対峙はしているんですけどね)、
『自意識』から見た人生は【脳の中からVRゲームをプレイしているようなもの】です。
人体としての”本人”は、それこそゲームにおけるキャラクターだとかアバターに相当していて、
 ↓
そこは考え方
「ファッション」なんて世界ありますが、
操作する人体としての”本人”の「コスチューム変更で性能にも変化が」
実際にそうなんじゃないかと思います(軍隊の装備として見たらそのままですもの)、

女性にはまた別の意味で特別な様相だろうし
(この辺男女差の世界観みたいな話は後日記事化の予定)

■つまりファッションに限らないけれど、ゲームキャラクター(人体としての本人)の装備やスキルについて無頓着過ぎるのも「『自意識』目立ち過ぎ」の一要素だと思う。
現代米国ハードボイルドの誰だっけか?
まあ誰かはともかく、登場人物設定で「ガチで確信犯的再選者の警部」が登場するのだけれど、スーツの着こなしが完璧で軍隊のそれのように1oもズレが無いみたいな話が出てきます。
確信犯的『共同幻想』選択者イメージ的にかなりいい線行ってると思ったものです。

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posted by kagewari at 12:43 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(隣の芝生さんから動物の話)


隣の芝生さんから
>少なくとも愛犬や愛猫には自分は嫌われてるかなんて思ってないし、自分のこと以上に大事な存在でした。なのに彼らの変化に気づけませんでした。人の気持ちを分かろうとしないとか自分のことしか考えないとのことですが、人のことを考えて分かろうとしてるのに察するのが困難な発達障害も多いですよ(同時に見抜かれやすい) 。https://asdlife.net/blog-entry-503.html あとは感覚の違いで誤解されるとか(例えばデブは一般的には失礼ですが、言ってる本人は太ってる人が魅力的で誉めてる)。

所謂(心理学としては臨床系の全ての判断を由としているワケでは無いが)
臨床系の学会の見立てもその線にあるんですってば、
彼らはそれを原因というか因果関係として見る視点が無いからかくかくしかじかって話になっていないだけで、
臨床系というより教育者サイドの見解に、
●たとえば学習障害と呼ばれる現象と知性には全く関連が無く
教育の進め方(数式がアレなら図形でなど)認識の偏りを逆読みする形の試行錯誤で、バリバリのアイビーリーグに進学する成功収めるなど(そら米国の事だから特別な支援無しでは難しい高額な組織じゃないかと思うんだが)実績を上げている。

話は戻るが、
臨床系も因果関係の説明ができないだけで(心理学の知見が無いから)、
その状況は観察しているワケ(それを彼らは症例にまとめてしまうので”そら違うだろ”って話をしているのさ→臨床系がリハビリに無関心でいいかね?って)、
●彼らの観察というのも「特定事項に強い関心を向けるため周囲への関心が落ちる」←だいたいこの辺を特徴として報告してたりする。

でURLの個別具体例にエビデンスとしての意味があるのか微妙なところあると思うけれども
上記の臨床系の観察を裏付ける証言をしている。
ここですよ
>自助会などであえて観察させていただいていると、まず、アスペルガー症候群者では表情に着目する習慣を持たない人が多い。
 ↑
習慣になるほど意識的にリハビリ行うことで効果が期待できると、
自ら証言しているのと同じだ。
(それにしても文中に登場する”定型者”って表現の嫌な感じが気になって仕方がない。明らかな差別表現だと思うんだが。)


<<<<あなたは何を勘違いしているのかわからないんだけれども>>>>
また、話にいい悪い持ち込んでるんだと思うよ、、
とにかくさ、この世に道徳など無いし、いいとか悪いとかそういうのが好きならどうぞご自由にと思うけれど、少なくとも俺の論旨には道徳的判断全くありませんので(小学生じゃないから)。
「あのすき焼き不味いんだよな」って印象あっても「それを悪いんだ、いやいやいい事だ」とかトンチンカンな発想してませんから(そういうイカレタ宗教なら別かも知れないが)。

●改善の可能性が十分見込めると心理学だから示唆できる要素がありますよと、
(そこはそれ臨床系は事実上心理学否定派だから、その意味もあってリハビリ的な事に関心が無いのだろうけれど←彼らの関心は投薬の臨床だから。)

そこを心理学的に詰めてみるとどういうことが言えるだろうかって論説書いてるんであってだな、
、、、くだくだ書いてても仕方がないか、
●さて、リクエストの趣旨として一般読者に向けて書いていきますけど、
特定事項への強い関心は【興奮を伴う認知】を意味します。
 ↑
ここが重要なんだよ、
だとすると『興奮』が起きるプロセスを個別に考えるのが得策。
(臨床がナントカ障害と呼ぶカテゴリの定義がまーあまりにも大雑把なので特定のナントカ障害を前提にしないで読んでいただきたいのだが)
なぜってその『興奮』がいくらか沈静化すれば、その分周囲が見えるんだから。

→続きを読む

posted by kagewari at 03:24 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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