2019年12月18日

リクエスト関連(隣の芝生さんへ”人は働かなくてもいんです”2)


隣の芝生さんへ
>人と関わるなってコミュニケーションや表情を読む訓練もできないじゃないですか。共同幻想選択や歩留まりを考えてる人ならどうしたら良いんですか?友達や恋人が欲しいとか特定のボランティア(人との共同作業が必要なこともある)やバリバリ仕事したい人だっているでしょう。

しかし粘りますね、、、
(ブログの見出しに即レスNG書いてあるの文字読めませんか?)

あ の ね

1)非適応からオンザレールには戻れない
(オンザレールって最初からオンザレールな人のことだから論理的にその可能性が無い)

2)確信犯的『共同幻想』選択ってのは特殊部隊に志願するような行為なので(典型例は板場の修行10年下っ端から)、腹くくって入ったら終わり、
(表情読めなくてヘマしたら殴ってもらえばいい。「ありがとうございます」って世界←できるできないでは無くこの覚悟のが本命だから)

3)『歩留まり』ってのは、元オンザレールがそこに落ちてきてってケース
そもそも『歩留まり』は本質的に『共同幻想』を嫌悪しており、
そこそこやれちゃってるから抜け出す腹も決められないだけで、
(生活保護という)ベーシックインカムもらえるなら(覚悟も決めやすい)『単独者』なっちゃおうかなぐらいに思っている人なワケ、
 ↑
これに自らなるってのは、嫌なことを嫌々やるって選択だからね、
「どうしたらいんですか」って角度の話にならんでしょ、
自ら進んで(わずかな経済的利益や対面のために)不幸を覚悟する生き方だから。
(ある意味、『歩留まり』選ぶことが嫌で嫌でしょうがないって気持ちがあるか否かがその資格なんだからさ。)

4)仕事バリバリやるのに対人関係なんか必要あるのか?
「仕事が優先だろ!」→大事なのは勉強や研究だろ
(表情読めない弱点あるんだから最初から営業は選択肢の外になるから。←てか営業って=押し売りでこの世から根絶した方がいいような仕事だからね。このケースの”バリバリ”には含まれない)
共同作業が必要なボランティアと言えば、災害時のがれきの撤去とかだが、こんな仕事に人の表情読む必要あんのか?大事なのは瓦礫だろ。
(妙な組織運営してるボランティアは論外、コテコテの『共同幻想』社会なので症状悪化するだけで、構造新興宗教と同じだから。→社会的にはとっととそんな組織滅びていただきたい。)

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タグ:適応強迫
posted by kagewari at 20:56 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(隣の芝生さんへ”人は働かなくてもいんです”)


隣の芝生さんへ
>(疑問に残る部分は多々ありますが)仮に習得までに時間がかかるなら、(共同幻想や歩留まり選択をした場合)習得するまでの間ややむを得ず共同幻想社会にいる場合、察することができない人はどうしたら良いのでしょうか?
(URLにはできませんよアピールを周りにする必要があると書いてますが)



■まず重要な事を忘れてる
メンタルに問題意識を持つに至るような『共同幻想』の崩壊は、
社会的にかなり高度な先進国にならないと発生しません。
(『共同幻想』の強度と高学歴化は反比例の関係にあるから)

つまりその段階で(現在の日本がそうであるように)
相当規模の資産国家なんです(国が投資で食ってる資産家だぐらいに思っていただければわかりやすい)。事実「週休二日の導入→週40時間労働の導入→事実上36時間化→有給などの消化徹底→経済政策としての強制的な休日増→働き方改革(ちなみにドイツでは現在6時間労働が基本だったりします)」、ずーっとこれ進むとどうなります?「労働時間0」です。

で、この辺は経産省やら財務省にも責任あると言えばあるんですが、
主として『保守系政治思想』が、意識的に『共同幻想』を保守しようとするものだから(守旧派とか抵抗勢力とか呼ばれる組織)、ズルズル中途半端になってますが、
(私の造語で)”労働のフリー化”ってありますが、
その意図は、基本ベースの給与は全てベーシックインカムで供給され、個別の労働選択は「無報酬でもOK」な状態(働きたい人は好きにすれば制度)、究極そこをイメージしており、
(AIによる流通の自動化、国策産業ロボットレンタル、IT、海外投資のフル活用、)


●加えて、各所で記載しててきたように
メンタルに問題意識を持つに至る自我は”前述の流れの最先端で発生している”ことになりますから、
(実際心療内科などで適当な診断書もらえば生活保護などの基準を満たしますし、職場からリタイア組なら精神科などで鬱病の診断受ければ労災であるとか、障害者年金支給の対象となる可能性もあります。)
 ↑
あらゆる手段を駆使して、”とにかく働かない”
時代をリードして、ベーシックインカム状態でのフリーな立場をゲットできる可能性が高いんです。
その選択肢を見逃す手はありません、
(社会的には”労働フリー化”の遅延責任で別途賠償受けているぐらいに考えればよい。←ちなみに先進国の市民として活動しないの意では無いので、メディアリテラシーであるとかボランティアなど無報酬活動に任意に参加するなど”カタギで働いていないからできること”は多数あります、”『共同幻想』と関係しない”ことを最優先にしつつ、個人的な欲求代謝は別途追及していけばよいのです。←ある意味”労働フリー化”後の市民に期待されている活動。)
 ↑
時にこういう論議は『共同幻想』サイドから”働かざる者食うべからず”的な抗議を意識しがちですが、ここも再三解説してきたとおりで(無駄な公務員に限らず)、経済学者パレートの法則で大企業のような組織になると実際企業の利益に関わっているのは25%前後であり、残り全員は「働いた感と交換で所得分配権を得る”エキストラ”のような存在です」。
→●ぶっちゃけ「そういう御託を言うテメーこそクビにしても誰も困らネーんだよっ」て話
(昔SONYの偉いさんが入社式で「戦力になるのはここの数%です、残りの人はその人の邪魔をしないでください」と演説したのはあまりにも有名)

※言うまでもありませんが、この場合ネット論壇などで守旧派の『共同幻想』の肩を持つような発言していたら言語道断ですけどね。
(『共同幻想』崩壊後の最先端を先取りする前提のベーシックインカムですから)

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posted by kagewari at 15:33 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月17日

膝が痛い(割とどうでもいい話)

※カテゴリ「『単独者』の雑感」は「中立過ぎもどうか」と意図的に『単独者』視点で語る時事ネタなので、心理学の興味だけでブログを閲覧している方はスルーで。
(仰々しいものでも無いので「『自営業』の雑感」ぐらいの意味で読んでくれ、、)



ド・貧乏がこうじて数年前に自力引越しを強行した後遺症
(家財を全て台車で運ぶと言うだなww)
未だに気圧変動あるようなときには両膝が痛む。
若い時と違って治りが遅いんだな(年オーダーだからwww)

そもそも右膝は昔個人事務所として使っていたオンボロアパート玄関ドアの通気口スリットがスタックしていたものだから「意地でも開閉したろ」と足付いて力入れた時にポキッと脱臼したんだよね。こりゃイカンと自力でハメたんだが(ギャーとか言いながら)靭帯伸ばしたのかこいつは完全に古傷化しており、右に関しては前からポンコツだったのであり、

時々両膝が痛ェのも
いい歳こいて無理した罰だと思っているが、
着想として「面白そうだった」のだよ、
(そう思うともう止められない)

その時の引越しってのはまた相当曲芸じみた話で、
副業の会社登記とかの関係で事務所可でスゲー安いところってことから始まり、
そうそう選択肢もある筈無いから、
もう見る前に即決、
■管理会社曰く「まったくリフォームするつもりの無い現状貸しで」との事でwww
・バリバリに表面仕上げの樹脂が剥がれている玄関ドア
・ガタが来てるトイレ
・こちらもバリバリに表面剥げてるキッチンシンク
・キッチンのPタイルが割れており剥がそうにも接着されていて取れず
・そして立派に事務所として撮影できる出来栄えに(和室6帖をだ)
・改装資金は5万以下
 ↑
ほぼ2ヵ月前後でこの改装と、できたとこから荷物搬入を両立するため、
(そこそこ近所の引っ越しということもあり)
出たとこ勝負でやってみっかと

俺は元々図画工作は顔パスで通知表5だったので、
(極度のめんどくさがりなので普段は一切何もしないのだが)
根性入れれば大概の事は出来る(と思っている)。

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posted by kagewari at 20:06 | 『単独者』の雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(隣の芝生さんから2部)


隣の芝生さん
>1)※アスペが定型と呼ぶのは差別表現ではなく、何気なく使うことも多いですよ。アスペに差別意識がない定型でも何気無くアスペ(アスペルガーへの侮蔑、差別表現)と使うこともありますし

2)相手の表情を見ても分からないことがあります。その表情が作ってるのか本当なのか見分けがつかないとか。
>教育の進め方で実績を上げている。
子供だと療育がありますが、大人のアスペが表情を読めるようになる訓練施設はあるのでしょうか?あるなら本気で治したいです。
共同幻想でも歩留まり(演技)でも(単独者も必要あった場合は)察することができなきゃ人とはやってけないですよね?
護身の上でもおかしな人かそうでないかの見分け(事前に察知して回避する)ことも重要だと思いますしね。



<まず1部から>
■あのね、あなたの意見を聞いているのでは無いの
それから差別表現というのは”そのつもりがあるのか無いのか”も関係が無いの、
(無意識的に”言外に何を言ってしまっているのか”に近い)
言語表現として差別的乱暴さが”結果責任”として派生している感があるねと言ってるんです。
(そこに当人達は気が付いていないのもまた別問題だろうと)

●ダンスが苦手な黒人もいます
「黒人の健常者は(そもそも健常者なる表現がレッテル貼りで意味を成さないのでここ定型者でも同じ)ダンスが得意で驚きますね」
 ↑
定型者なる”十把一絡げ”な認識が既に差別になるって言っているんです。
「だから日本人はこうだ」←これも同じ差別表現
(そういうとこもあるよね等の一部疑問推定表現があれば問題ないが)


人間各人個性があって、一概に(あたかもその一軍が同じ性能のステレオタイプであるかのような)こういう人達だという表現そのものが差別的であって、
意図として、「障害者は」という主語表現と同じだってことです。
「誰々に何々の障害があります」←これは正しい
「障害者達は、」だとか「定型者達は、」←これは差別的表現なんです。

時に差別に敏感なイメージもある人が、
なんというか無神経に定型者なるワードを連発する様に違和感感じたって話です、

だいたい定型者なる概念には定義が無く、
言語的にも全く意味のない造語・俗称に過ぎません。
仮にあなたから
「あなたのような定型者が」と私が言われたとしましょうか、
普通に激怒しますが?

(ああ、この話になると『共同幻想』論が差別だろって話?そら違うんだよ、『共同幻想』論ってのは、店舗の営業形態の事であって、自由に変化可能だから。『共同幻想』から覚醒して『単独者』になったり、『単独者』が観念して確信犯的選択者になることもできる。レッテルでは無く各自『反抗期』を経過する中で《オンザレールだけは微妙なとこあるけど》自分の意志で選択した営業形態の呼称だからね。「やっぱ俺タイガーマスクになります」みたいな。)


<それから第2部>
■ですからURLの人が答えを書いてます
興奮して注目しているもの以外は、まったく視線を向けておらず、関心が無いようにすら見える。
周囲の人物の細かな表情を関心もって伺っている様子が希薄だ。
 ↑
と、URLの人が言ってるわけで、

わからないのでは無くて、
無意識に見逃しているというのが正確だってことです。
実際の話、
なんとか障害を自称する人が、表情が理解できないので興奮状態で泡吹いている土佐犬に「よーしよーし、ご機嫌さんですね〜」と近づいて噛み殺されたって話を聞いたことがありません。
或いは毒づいてる実は丸暴のフロント企業のチンピラに「優しそうなお兄さん、仲良くしてくれますか」と抱き付いたって話も聞いたことがありません。
うっかりため池に落ちて溺れて助けを求めている幼児を「あ〜ら泳ぎがお上手」って笑顔で見送ったって話も聞いたことがありません。
 ↑
所謂『共同幻想』適応者他が判断基準にしているものは基本的に上記のような【極端な例をベース】にしており、後は日常生活の中で(なんせ失敗したら殺すぞって恫喝をベースに)命がけで習得してきたものです。←自然にできているのじゃありませんよ?
生き残るために必死に努力して会得してきた後発的技術です。
(エディプスなレバレッジを利用した飴と鞭の躾ってそういう仕組みですから。)


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posted by kagewari at 03:51 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月16日

リクエスト関連(12月16日の記事を読んでさんから)


12月16日の記事を読んでさんから 『興奮』と結合の話ですね
>被害妄想と対人恐怖で悩んでいます。被害妄想が起こる仕組み、とのことですが、発現するのが同じ子供でも小中高と年代があると思いますが、ほぼ100%原体験は物心つく前の幼児期にある、と考えてよいでしょうか?その場合幼少期を追っていけば原因となる事象(それは1つの限定的なものでしょうか?)に必ずぶつかるということでしょうか?
また、幼い頃の記憶をよく思い出せない場合はどのようにアプローチすればよいでしょうか?


■ズバリ「わかりません」
トラウマ論から言えばPTSDの事例にあるとおり、
体験元が大人の年齢になってからの場合もあり得るためです。

幼少期云々というのはフロイトのエディプス論であって(所謂人類全般に共通する自我形成プロセスにおける固有のコンプレックス論)、16日記事の「『興奮』と関連事象の結合」というのは、どの年齢でも原型となる体験が発生し得るという話です。

ゴルフのイップスを例にあげているように、
これはプロゴルファーが重要な大会などで「パットをミスしてしまった」などの(アー!!なんてことをっのような)「驚愕」であるとか「落胆」や「後悔」などの『興奮』が、パットをミスする行為と結合し、
(脳の快感原則は『興奮』さえ獲得できれば、快でも不快でも区別しないので)
ミスしたことだけでなく、
パットという行為そのものからも「大失敗『興奮』」の予告編が脳内で上映されてしまうというものです。


●すごくベタな説明で言えば
誰が相手でもいんです、
ひとり象徴的に関係悪化した人物が存在し、その人物との関係において強い不快『興奮』などを伴っていた場合(あなたがその時何を関連事項として結合しているかはわからない)、
共通する関連事項さえあればその段階で(何もなくても)「不快『興奮』の予告編」は上映開始します。
すごくアバウトに共通項の最大化する場合「対人関係そのもの」となる。

極端に苦手な人が殊更に特徴的な場合は(極端な容姿や極端な大声など)、
それが全般化し難いと言えるかもですが、
どこにでもいそうな人物との関係の場合、一般化してしまう可能性があります、

また、特定血縁関係者などの場合も特定要素が強まりますから(これもあくまでも可能性ですが)、「特に兄弟関係だけ常に感情的になる」など発生しても驚きませんね。
(※実際一般的には「親族相手だけ感情的になる」ケースは少なくない筈です。)

(※2●エディプス論まで話を広げると、両親との間にはほぼ確実に『興奮』の原型があります《幼児体験として》、生命の危機を超人に保護されるワケですから。その関係が穏やかで良好ならそれが連想元にもなるし、関係悪化が顕著なら対人関係が常に神経質になる可能性はあります。←原則論としてはあり得ますが、誰しも一定幅の『反抗期』を経ますから、そういう原型的なものが”そのまんま”の典型例でというのがよくあるケースとも言い切れないです。人間の自我は個々人ケースバイケースですから。)


●さてその解決を考える場合
段階的には、元祖関係悪化人物との関係正常化(仲良くなるの意では無く普通に会話できるようになるの意)、そして他人にそれが再現しそうな時の「やらかしたな(ネタは割れてんだ)、バカか俺」の反復となりますが、
そもそも苦手な相手なのですから、そう簡単に関係正常化するとも思えないでしょう。

その前段階では無いですが、
そもそも対人関係で極度に苦手が出るのには「自分で過剰なナントカ」でもやらかさない限りあり得ないのです(典型はエディプスコンプレックスですが)、
「所詮どこにでもいる赤の他人やんけ」の基本に戻り、
そもそもその人物との関係悪化などやらかしている現象に「俺はアホか」と、幻滅させるんです。
 ↑
意味わかります?
脳は『興奮』しようと待ち構えているのですから、その期待を失望させればいんですよ。
(もうそういうの無いから、残念でした、馬鹿らしい付き合ってられるかってのと←強がりでもこのスタンスを崩さない)


そう簡単なことではありません。
(心理学的アプローチは即効性ありませんので)
しかし、継続は力なりじゃありませんがリハビリの方向性は掴めると思います。

(モノホンの関係修復に拘り過ぎないでください《意味が無いとは言いませんが》←誤解しがちなとこですが→不安や恐怖を煽る心理を”がっかりさせればいんです”「残念でしたその手に乗るかよ、ネタは割れてんだ」的に。まずは「何を発端に《フジサンケイオープンの時だったかな?のように》この悪い癖は始まったかな?」の振り返りからでしょう。)





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コメント欄に問題となった同趣旨の投稿が続いたため、ブログコメント欄を閉鎖します。
詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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posted by kagewari at 22:06 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『興奮』と結合(フェチシズムも説明できるかな)


”ワンセットの事象”ってのがあります
「寿司とわさび」「ロックにエレキギター」「茶道に和服」「巨人に長嶋」「日本に天皇」「イーストウッドに44マグナム」「室伏にハンマー」「ネコにまたたび」「犬には骨」「昭和の朝には新聞」「電車で通勤」
 ↑
キャラクターから概念のようなものまでさまざまな固定観念的な”何”がありますが、
たいがいの事項は「『興奮』と結合されたイメージのセット」です。


■エピソード記憶の話からやりましょうか
通常の記憶はいつまでも作業メモリに置いておけませんから、しかるべき後に脳が勝手に分解圧縮して格納領域にしまってしまいます(なんらかのインデックスでも思い出さない限り引き出せなくなる)。
試験勉強で苦労する理由と、同時に一夜漬けとか直前まで資料見ているのがそこそこ有効な理由です。
これに対して「逆に忘れ難い記憶」というのがあり、
それをエピソード記憶と呼びます(最強事例がトラウマ)
”衝撃の”だとか”驚いて”だとか”印象的な”などの事象を物語のように一連の記憶として別途格納するものです(ストーリー仕立てで話せることもその特徴)。
これは忘れようとしても忘れられなかったりします。

ちょっと話逸れますが、さっきの”インデックスでも思い出さない限り引き出せなくなる”に戻しましょうか。
割と有名な”記憶法”ってありますね、
絶対に忘れっこ無い身体の部位に関連付けるってやり方です。
「耳119番救急車」「口44マグナムのモデルナンバーは29」「足、、、」とかやる手法、

記憶の構造として忘れない部位に(脳の記憶領域的に別枠と思われ)関連付けるって手法です。

さて、ここで話を戻しますが、
脳にとって”『興奮』ネタ”を忘れたら大変です(捕食獣で言えばこの季節には鳥の渡りがあってあの水辺でやすやすとひな鳥がゲットできるとか、草食動物なら季節の渡りの時にあの大河を通るにはこのポイントのここでしか深さ的に無理なんだよなどなど)、
特に「退屈したら死ぬ病の人類ヒト科の場合」→それは生命線でもある。

故に、『興奮』にまつわる関連事項は忘れないのです。
【重要なポイントとして】「『興奮』と結合する形」でね(それを思い出すと当時の『興奮』もその予告編的部分だけ脳内で再現される)。

さあ、フェチシズムが成立する仕組みがもうわかったかなと思います。
(説明しなくてもいいですよね)


そして、トラウマなどの現象において、関連する”付属品”のような記憶もくっついてくるって話です。
●やっかいなのはここで
例えば、実際によくある話ですが、
「子供の時熱があることを家人に言えず、そしらぬふりして白玉ぜんざいを食べたら、廊下で切なく嘔吐した(あっこれ実話だww)」
以降しばらくの期間(20年近くかな)白玉そのものが苦手になってしまった。
 ↑
さあ。お立合いこの話のやっかいなのはどこ?
それ以降の白玉には何ら不快原因はありませんよね。
しかし、脳が記憶の再現で不快『興奮』の予告編を持ってくるんです。
それはあたかも白玉が凄く嫌いだとか、不安があるかのような錯覚を発生させる。


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posted by kagewari at 18:07 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月15日

ロシアと仲良くできんもんかね(ロシア次第でもあるが)

過去にアニメ主題歌カバー動画の話で紹介したことありますが、
ロシアはサブカルへの理解が寛容で(日本と同じでフィギュアスケート好きとか共通点もあって)、『BABYMETAL』のワールドツアーの最後が来年のモスクワ公演であることや、BAND MAIDやワンオクなども抵抗無く人気があったりする。

元々ロシアは「詩の朗読会(ポエット・リーデング)」なんてのを、普通の民間の(日本で言えばお茶会感覚なのかな)交流でやってたり(ちなみに「著名な詩の朗読からデモ用の曲を造ってからの」みたいな作曲法があり確か宇多田ヒカルさんなんかもその手法使っていた)、
市井の民がクラシックバレエの公演を楽しんでいたり、
『ド・文系』な側面もあって(ついこないだまで男が60代の寿命でバタバタ死ぬが当たり前みたいな世相感も江戸文化に通じるとは言わないけれど)、興味深いとこあるんですよ。

欧州文化かって言えば実は違ったとこもあって(ローマ帝国辺境の末裔的な)
ロシア帝国時代の”欧州かぶれ(当時のクレムリンで支配階層はフランス語話てたからね)”みたいな世界はロシア革命によって放逐とは言わないまでも、その後のソ連ってのがどこかアンチ欧州な雰囲気あったのじゃなかろうかってとこもある(やり過ぎフランス革命の焼き直し的とこもあるけどさ)。
●現代ロシア女子世相的にも欧州リベラル自然左翼みたいなのを「えっ?」とか思っているなど(アンチ現代左翼フェミニズム)、

それほど根拠のある話では無いけれど、
少なくとも文明のバックグラウンドとして「米国より近しいものがあんでしょうに」と思っちゃうんだよね。
●日本の軍事オタクにおいて、特に戦闘機マニアが常にロシア戦闘機をワンランク上に評価する傾向あるとかにも(これは日本の側からの)シンパシーあるんじゃないかとかさ、
確かに日本の軍事オタクは必ずしも米国系ラインを「あーそうだろね」的にちょっと醒めた目なとこあると思う。

「共産党の方からきましたよ」っな山田洋次監督『男はつらいよ』このモデルは満州時代だっけか、
当時仲良くしていたロシア人下士官の気さくな振る舞いだと言われている。
フーテンの寅さんのモデルはロシア軍下士官な訳だよ。
その映画を「昭和の日本人」みたいに眺めているワケでしょ。
(今思えば、フーテンの寅さんって、素で英会話教材みたいなん売りさばいていた頃の後のAV監督村西とおるその人な気もするんだけどね、←と言っても『男はつらいよ』なんて通しで観た事一度も無いけどさww)


国際政治のアレだけど、
勿体ない、
北海道北端から”ほんのちょっと”しか離れていなくて、
樺太時代は(国境も曖昧だった)日本人も多数暮らしていた。
(※話は逸れるけれど、朝鮮半島任那論とかも国境が曖昧だった当時SEAパワー国家だった日本は近隣の港湾が普通に出入り先的拠点であっただろうことは《国として支配とかはともかく》、さして不思議な事では無い。)

日露戦争で倒した相手も”ロシア帝国”だし、
ボリシェヴィキを後方支援して後のロシア革命に繋げることに、帝国陸軍のインテリジェンス明石機関が暗躍していたのも事実(故に太平洋戦争の講和において帝国陸軍はソ連が仲介してくれるだろうと本気で信じていた、そんな事言うと米国ユダヤ資本がロシア革命を支援していたのだから米国だって縁があるぜって話かも知れないが)。
現在のロシアはそのソ連崩壊により再興されてるので、何とも言えないとこあるけれど(笑

日本の近隣環境考える上で、少なくとも「中国・朝鮮半島」では無いだろうと、
そもそもそのキッカケも対ロシアから始まっていたことで、
直接ロシアと関係構築できるなら「中国・朝鮮半島」などどうでもよかったワケで、
 ↑
●ちょっと話逸れるけど
前述のSEAパワーである日本が、近隣諸国の港湾を拠点としたってとこから言えば、
「西軍、大阪方である秀吉からの九州に至る海洋勢力の近隣が朝鮮半島経由の大陸」だったものだから(明治維新の征韓論はこの大阪城勢力で見る方がその動機を説明しやすい)、
北海道からの樺太ロシアってのは、東方なんだよね(徳川とは断定できないけど)。
これがさ、皮肉な事に日本の政治状況から見ても、東北北海道は革新系が強いんだよな。
橋下大阪維新ってのも秀吉の大阪城勢力再構築みたいな視点で見る方がわかりやすい、
(当時浪人だった長州の元安倍首相を担ごうとしたんだから←現政権で安倍ちゃん支えているのは九州の麻生さんでしょ。現在の安倍政権が薩長連合であるのも事実。)

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posted by kagewari at 22:55 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月13日

『興奮』って現象をどう読むか

いきなり結論から言えば、それに類する(ドパミンやらアドレナリンやらの)脳内物質(ほとんど麻薬も含まれ)の分泌がある事項となります。
人体としては行為の完遂ってよりは、その脳内物質が欲求不満や退屈を燃やすので(全てにカタルシス効果があると言わないが)、脳内物質の分泌あっての『賢者モード』と考えればわかりいいかな。

もっと単純なモデルで言えば
空腹からの食い物(おーやったデー)→二次派生で美味いなどからの満足
後者の満腹へのプロセスは二次派生的な要素が濃いと思うのね。
確かに生物としての人体は高い栄養価の確認(高カロリーや肉)により更に興奮物質も出すので、刷り込み的にそれが嗜好品というか好きなものとか美味しいものって概念にもなるんだけれど(勿論それも幻想ではある)、
●ハンティングのプロセスで言えば、ネコ科の捕食獣でも狼でもさ、
最初の一次的興奮は獲物の発見と動機形成にあるワケで(仕事開始のモチベーション)、
ここに全力出してナンボでしょ、
脳としては、ここで最高レベルに興奮高めて大きな仕事量を完遂させたいよね。
(食えなきゃ徒労に終わるだけなんだからさ)

こういうたとえすると誤解もうまれるんだろうけど、まいいか、
「恋愛」などの局面も似てるじゃん。
期待が成就してからの安定的関係性の中における満足は”二次的だろう”と、
(故に言語的に”ハント”だとか”キラー”って表現使うワケだろうからね)


■時に行動療法的な手法ってのは、
一時的エンタメ興奮を意図的に仕組むのは難しいから、
二次的な行為の遂行と満足を意図企画してですね、全部では無いが実を取った欲求不満を強制的に半減させようって試みです。
(獲物は見つけていないが、とにかく走る、そして家かえって飲むなり食べるなりするとだ、なんとなく欲求不満の実利的、二次的部分は獲得され満足するので、『興奮』を求めるストレスが半減しまっせなる方法です。)

「スゲー仕事量になったぜ」的な運動量さえこなせればOKなんで、
それはランニングでも、ダンスでも、武術でも、ウォーキングでも、実際に仕事でも、掃除でも、筋トレでも、自慰行為でも、入浴でも、何らかの創作でも、なんでもいんです。
”仕事量のある行為を強制実行すりゃOK”という作戦だからね。


●で、『興奮』の考え方なんだけどさ
一番やっかいなのはここかな→それが麻薬的な水準にあるとき禁断症状(中毒)に至るという推定
 ↑
脳科学の分野でそれがどこまで検証されているのかわからないのだけれど、
「あー肉食いてぇ」だとかさ?日常的に誰しもがこの禁断症状に類するストレス体験ある筈なので、それがあると仮定することは合理的見解だと思うのね。
(面白い小説や漫画やアニメやドラマやシリーズもの映画で「あー続きが観たい」ってあるでしょ。これを最近”ナントカ・ロス”って表現してるじゃん。)

つまり「人の身には大きすぎる『興奮』体験を(反動形成係数的なレバレッジやエスカレーションやらエレべーションでさ)」脳が、再現可能性のある事象と認識した場合、
【それは起きる】
確実に、無意識下で「もう一度」ってフラグが立つ
 ↑↑↑
●非常にやっかいなのは、それは「快・不快原則」で明らかなように、
『自意識』にとって「それが不快な『興奮』であってもだ」ってこと。
(ある程度この論議で鬱病の仕組みにも察しがつくと思う)

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posted by kagewari at 17:49 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


Amazon 2
所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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