2019年11月22日

リクエスト関連、番外(架空の▽さんとして個別記事化)


●先日”告知”の現在非公開としている記事の事情
(プライバシー保護の確認が少なくとも1ヵ月できないなど)
その判断も今後どうなるものかわからないので「個人を特定するかも知れない要素」を編集削除し(記載の論点には何ら問題が無いので)、
「類するリクエストがあった場合」として新しく記事に起こしました
管理上も(何日だっけと確認するのも)面倒なので、オリジナル記事は”ボツ”(削除)とします。
(※リクエスト主にも当該記事がそれだとわかるでしょ《もう一度読める》)


架空の▽さん
>
・子供時代の”家族『共同幻想』は必ずしも幸福とは言えない世界(理不尽で暴力的)
・家は地域からも孤立しており(この点後述と矛盾)
・家庭内だけで無く、個人としてのイジメ被害含めそれがコンプレックスだった
・(前述と矛盾)子供達など”みんな”で楽しくはしゃいだ記憶もあり、現在でも親への依存や『共同幻想』社会的友人への依存や執着から抜け出せない



■上記の現象を『共同幻想』の主力武器「ザ・ノスタルジー」と呼んでます
(いきなり結論から言えばそれは「子供特有に美化された幻想」です)

本記事起こすにあたり引用文を超える情報がどうしても必要であったためプライバシー保護の観点から、元からワーニングなところがあったのですが、(その確認ができない状況に至り回復の目途も立たないため)個人を特定し兼ねない要素を編集(削除・校正)してます(若干読み難いところありますがご了承ください)
※その代りと言っては何ですが、記事リクエストという点から書きっぱなし的だった部分は、”まとめる方向”で編集してます。


●<いくつか論点が矛盾するため整理してみる>
・家庭内の暴力云々は当時の時代背景(昭和後期から平成初期)考えれば、所謂児童虐待に及ぶような暴力では無い(同時に溺愛も併存していたと聞く)
・一家の孤立も(末尾で地域の催しに喜んで参加しているなど)子供サイドから見たコンプレックスの要素が大きく、実情は本当の意味での孤立には至っていない(村八分などには至っていない)

・更に言えば、親の暴力等の言及も(溺愛の併存や前述矛盾点とコンプレックス要素から逆引きすれば)、決して中流階級とは言えないが当時の庶民の暮らし的には「賢く立ち回れない親の愛情による行為」の側面が大きく(子供にはその事情は全くわからないのだから理不尽な暴力として理解された)、
「不快であろうと『高いレベルの興奮(快感代謝)』が保持されており、連想事項として”その時代”が美化された記憶も有している(みんなと楽しく遊んだ記憶が忘れられない)」


■総合的に考えるなら
・家庭内暴力と溺愛が併存する時代への言及も母親への同一化含めて、自分に対する被害申告なのか母親のものなのか、父親への道徳的『興奮』(アンビバレントな愛憎)という点に収斂するも、具体的エピソードには混濁も見られ、
「それはトラウマというより”劣等感的ナルチシズム”なのだろうと推定される」
 ↓
つまり、被害認知のような連想事項を認知した時、
この『興奮』が、それを媒介としてフラッシュバックするように”脳内で再現される”

・端的に言えば現実との乖離に及ぶほどのリアクションに至る
(赤の他人など『他所様』各所に対しても、”被害認知のトリガー”を引くとあたかも子供時代の”家騒動”時と同じスケールの怒りや恨みの感情が『興奮』の形で再現されている《家族の肖像が投影されている》←※それらの感情が”個別事案なのに極めて同種の『興奮』”であることが【重要な鍵】

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posted by kagewari at 00:03 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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