2019年11月30日

リクエスト関連(隣の芝生さん(障害児の虐待の話の横から失礼します) )


えーと多分このケースも「違う意味で騙されてますよ」

隣の芝生さん
>親側からは「あなたが障害児を育ててよ」と反発されそうです。障害者の親への理解やケアが足りない話はあります。
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/62/
うちも定型の兄と妹は親から叩かれたこともなく、愛情受けてましたが、私は暴言暴力、無視、甘えようとしたら拒否されました。周りの当事者もそういう子多いです。
定型はそのままでも受け入れられて生きやすいけど、障害者は体罰や虐待がされやすくて生き辛いです。
第三者は私達が虐待受けるのは当然と言います。


■この一種のレトリック(人権派左翼の営業技術)を見破るには?ってことなんだけど

まず、外郭となる彼らの背景からいきましょうか
1)NHK教育の一部がガチで左翼活動家浸透によるプロパガンダ機関になっている件

2)不思議な事にNHK教育は中国や北朝鮮の人権弾圧を(勿論まったくやっていないワケでは無いが)主として扱わない件

3)「なるほどそうですね」となると福祉予算が左翼活動の資金源になる仕組みが完成する件


●彼らの主目的は組織防衛で(彼らも無自覚だと思うけどね)、
「誰がこんな風に困ってますとかの解決で無い」のね
(それで人権派を自称する商売がしたいワケ)
故に以下のような”誘導”が行われている
・「虐待」とは子供の側に何ら原因が無い場合の「親が引き起こす社会問題」
(何か特定の子供がそのターゲットになりやすいみたいな発想は別次元である)

・そもそも収容型施設に預けるなり助けを求めている段階で諸問題は必ずそこかしこに発生しているので施設に預かる人間にアンケートを取れば何の問題でも大きな数字が出る
(障害に関係無く、児相に預けられる子供達を調査してもそれらしいDATAはナンボでも取れることが推定される。←育児継続不可能だから児相に預けるんだからね。)

・最初のポイントである「虐待は親の問題である(子供は関係無い)」に立ち戻って考えれば、”施設に入れるべきなのは親”であり子供では無い。
(臨床系のナントカ障害分類根拠をあてこめば、虐待に至る親はさらに重度のガチ精神障害と判定しても少しもおかしくない。)
(実際欧米の一部では虐待する親は刑務所行きです)

・加えて彼らの着想を補完するなら(障害があると虐待を受ける)、施設内で「何故、職員の過半も親同様に虐待を繰り返していないのか?」の説明がつかない。
(逆に言えば”何故親だから”虐待に至るケースがあるのか?と考えれば、バカでも親には『共同幻想』適応強迫がかかっいるからとそこに考えが及ぶ筈で、加えて現代社会は『共同幻想』社会的適応系が既に少数派に落ちていることから「いかにバカらしい話なのか」って論議になる筈だ。)

・更に心理学的知見があるのなら、
親が虐待などの社会問題に発展する原因を、「家庭組織運営の破綻」「『共同幻想』への過度な適応強迫やその不安」にあるのであり、子供の側には何ら問題が無い。
 ↑
つまり逆説的に言えば「幼児虐待犯の親には”病的定型者思想”がある可能性」なども、論議されるべきで、親サイドの心理的研究などが「あたかも親の心理面・精神科的部分には全く問題無いかのようにスルーされている」。


・「ナントカ障害と虐待を関連付けることのナンセンス」
そもそも『共同幻想』適応社会内において、近代以降「勉強できる子・できない子」において同様の偏差は延々と継続してきたワケで(それこそ思春期の子供がグレる遠因にもなった:偏差値評価という『共同幻想』権威性認知をやめれば概念そのものが消滅する)、
水準の違いはありこそすれ「ナントカ障害」に置かれた子供と、「勉強できない」オンザレール『共同幻想』適応の子との間には(虐待論をその着眼点で展開するであれば)大きな違いは無く、
あ た か も 「ナントカ障害」って言葉を特別視することは、話を特定の方向にリードすることになる(たとえば子供の生まれない夫婦の養子の人種別虐待分布論みたいな事になり兼ねない)。

※その補完だが(心理学的知見の無い)臨床系が最近米国などで論議している話は(ナントカ障害学会系)「勉強のできない子もナントカ障害」と判定しようとする動きがあり(そうなると国民の半数近くががナントカ障害って事になる)←ここからして心理学的に「そもそもナントカ障害は病気じゃネーだろ」の傍証を自ら自爆しているようなものである。←過去米国臨床系は米国人口の数百万人(約1割とか言ってたかな?)が鬱病の疑いなどとやらかしたこともあって(抗鬱剤のプロザックがスゲー売れてた筈)そもそも「ナントカ障害話」の真偽もどうなんだってとこある組織だから。
(人類の半数以上が持つ傾向を病気と判定してたら、病気の概念としてそらちゃうやんけって事になる。)

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posted by kagewari at 22:34 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<結婚『共同幻想』論>

ぱっと見でわかると思いますが、
先日のリクエスト記事書いていて「あっ書いておかないと」と思ったところです。
(※これ保守系の人には凄くヤバい話なんで、確信犯選択者を自認している方は退席ください。)
(※話自体はすっごくわかりやすいです。)

言うならば「親はつらいよ論」
参照リクエスト記事はこちらっ
http://kagewari.seesaa.net/article/471782772.html

■歴史的にこれが一種のハメ技で、ほとんどマルチまがい商法のような仕掛けの上に成り立っていることがわかります。
【重要な大枠】から

・欧米の場合から、近代までは婚姻の許認可権は『教会』に所属し、結婚したからとそれを法的に明確化するため役所に届け出る”入籍’なんて行為は(当時の保守系カソリックには)「アンチ・キリストであり(教会権威の冒涜)共和派のテロリズム」同様の暴挙だった。

(ちなみに現代でもガチ保守カソリックは、ルターの宗教改革を認めておらず、テロリストに過ぎないルターを聖人として認めたバチカンを否定している。→ルターって誰って「ルテール教会」のルテール、そして60年代人種差別運動の中で暗殺されるキング牧師も確か、Martin Luther King, Jr.だから、ルター派プロテスタントでしょう。てか凄い名前だわね《マルティン・ルター王の息子》。←この時代って人種偏見の関係もあって黒人JAZZプレイヤーなんかも、男爵とか侯爵とかくっつけた名前だったりしたんだよ。)

・欧米で顕著であった「ウーマンズリブ」の主たる運動目標は?
「ピル解禁」です
(日本でピル解禁が行われるのはほぼ最近の話:1999年)


「それってどういう事?」
或は、昭和の不倫ドラマにおける愛人が妊娠した時のこの台詞
「責任取ってよ」
「これってどういう事?何の責任かしら?」


■お前は『共同幻想』参画者だな、神の前で誓えますか?
(或は先祖伝統の継承者、ここに集いし全ての血縁者の前で誓えますか?)
富める時も貧しき時も、
病める時も健やかなる時も、
共に歩み、他の者に依らず、
死が二人を分かつまで、『共同幻想』への忠誠を「ハイル○○○○!」
 ↑
勿論、欧米の保守派は「離婚も禁止」でした。
(日本的な結婚と、ヤクザの跡目襲名披露宴が全く同じ形式なのは”その意味”)

ここに『共同幻想』との血の盟約は結ばれた!おめでとう!


●だーかーらー
思春期に発現台頭する「俺個人なる『自意識』」がだね、
好き勝手に(許可なく)性行為をする事を権力で禁じ、
「性行為を望むならこの書類にサインしろ」と近代以前は法や権力によって強制したの。
 ↓
で自由な性行為を企画したものは”姦淫の罪”でぶっ殺されるワケですよww
(厳格な宗教信者になれば、自慰行為も罪ですからね)
(米国保守派が現代においても”中絶禁止”が大統領選の大きな争点とする理由)

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posted by kagewari at 06:56 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(書籍「女の子どうしってややこしい!」さんのエビデンス)


エビデンスになってないんだけどさww

「女の子どうしってややこしい!」さん
>
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1086967345
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14163583169
沢山ある事例の一部です


何の事かわからない人は直前のこの記事お先に読んでください
http://kagewari.seesaa.net/article/471841803.html

■思うに構造は反論だと思うのですが
ややこしいさんの立論は、以下の説をベースにしていて
「ナントカ障害の子は可愛がられず、定型ナントカの子は可愛がられると決まっている」
 ↑
諦めませんよってことで、
今回も禁じ手の(即レスはNGだって言っているんですけどね『一拍置く』のが約束事ですから)、
反射的な反論エビデンスの提示となっているようです
(反射している時点でその前の原稿まったく読み込めていない証明なんで、一体なんのために書いたのやらと思うところもありつつの)


<<<URL、ヤフー知恵袋スレッドの解説です>>>

1)それらは「それこそ禁則事項の【知人の話】でありエビデンスにはならない」件
「実際にこんな人が一杯いるんです」←これじゃ有意な統計になりません
そら1億もいれば、それっぽい発言している人も探せばザクザクいるでしょう。
【問題は】
これが厚生労働省などにおいて、
ややこしいさんの言うような傾向が有意な統計DATAとして存在する場合、

マスメディア報道などにおいても、
「ナントカ障害の子は、その多くが障害を理由に虐待されるなどしており、育児上大きな負担となっているので(痴呆症高齢者介護にあるような)育児支援の施設等が必要だ」
こういう論議になっていなければなりません。
少なくとも報道で(これ大変な人権問題なので)「レイシストの親から障害児を救え」キャンペーンが始まっている事でしょう。
 ↑
育児支援組織は育児ノイローゼ対策的に検討もされているでしょうけれど、
(時々殺人事件や無理心中事件が起きるため←件数少なくても大きな事件性ありますから)

・むしろこの案件はくくりとしては(障害どうこうは個別各論で)
『育児ノイローゼ全般』論議の一断面であると考えるのが筋論です
社会的認識として”問題行動起こしているのは親”ですから。


2)URLのスレッドってのは、
「むしろややこしいさんの立論の”正反対の傍証(知人の話)”であること」

●そもそも彼らの悩みは
「こんなことしたくないのにこうなっちゃいそうだ」→どうしたらいいですか?
「それじゃいけないのにどうしてもこう思ってしまう」→どうしたらいいですか?

なんですから「ナントカ障害ある子は可愛くない」では”ありません”。
その【反対】です。

なぜってそのまんま「可愛くない、嫌い」と思っているなら、
からかったり虐待しても楽しい筈だからです。
悩む必要どこにも無いじゃないですか「キモーイ、ザマー!!」とかやってりゃいんだもの。

●「嫌いになりそうですだとか、耐えられません」なる自らの行状に耐えがたい罪悪感を感じて悩んでいるんでしょ?→本心はその真逆だって事ですよ(こんな事続けたくない助けてくださいなんだから)。
 ↑
さすがにそんな事もわからないって事はないでしょうよ、
小学生でもわかることだと思うが。

なんだろう、彼らにアドバイスするとするなら、
「社会適応強迫を捨てな」と、
「社会適応とかどうだっていいことだよね」を前提にすれば、無問題ハイ解決です。
(別に学校とか行かなくても全然OKだよね)

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posted by kagewari at 02:34 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月29日

リクエスト関連(書籍「女の子どうしってややこしい!」さん補完質問)


書籍「女の子どうしってややこしい!」さん
>障害児への虐待が多いのでは?「定型の子は愛しいけど障害の我が子は可愛くない」「同い年の子と比べて出来ないことか多い、普通ではない我が子を受け入れられない」親が多いです。あと健常の子が幼少でも親の喜ぶことを察して振る舞うのは自然なことなのですか?

■そのような有意な統計はどこにも存在していません
むしろ「相模原障害者施設殺傷事件」や、「ナチスの優性思想」への強い批判(強いもクソもそれを容認してたら現代人として「それこそどうかしている人扱い」ですから)、こっちのが有意なエビデンスになります。

実際虐待例の各種事案は、
(赤ん坊対象の育児ノイローゼは例外に←これは個体差問題では無く、人類ヒト科幼児全ての特性に対処できない親サイド固有の課題なので)
刑事事件などに及ぶほとんどの例が
「むしろ殺害された子供が涙ぐましいほどいい子である場合がむしろ多く(生存本能に近いものだと思います)」
だいたいのケースで再婚などで、義父同居の環境含む(いうなれば銀行合併後の双方からのリストラ攻勢みたいな)組織論のグダグダさが原因だったり、
●言うまでもありませんが「親がメンタルに「強迫心理」的課題を抱えているから」発生するものです(子供に対して自己を「投影」してしまうため)。


●福祉社会になる近代以前には、産婆がその職責で”し○て死産と告げる”などのプロ的なんとやらが実在しましたが(当時の『共同幻想』道徳)、
近代以降は、それこそ許されざることであり、
(だってペット相手に人間同士以上の関係性構築できるのですから、関係性に能力的優劣は全く関係ありません。「イヌのくせに足が遅いから虐待」←個体差の問題じゃないですよね、飼い主の人格の問題です。)
(時に奇異の目で見られる、医学上の自閉症患者のみなさんも「実は冷静な中の人がいる」事が確認されており、関係者ならこの筋の書籍など読んでおられると思います。)


■ご質問の問題提起のポイントと思われるココですが
 ↓
>「定型の子は愛しいけど障害の我が子は可愛くない」「同い年の子と比べて出来ないことか多い、普通ではない我が子を受け入れられない」親が多いです。

多分この辺が理解されていないのだと思います。
”親”とは俗称、役職名で、業務です。
「係長として(上から負託された責務があるので)会社業務でトラブっているバイトを叱責するのは職業上の責任で(できなければ自分が解雇・総括されるのですから)」←それ以上の意味はありません。
真性に『共同幻想』適応する人格というのは無くて(ある意味そこまでいくと”サイコパス”的に別の意味になる)「公私混同」なんて言葉があるように、
”親”の業務終わりのタイムカードを押しちゃっていいなら、
「仕事でトラブった事が故意でなけりゃ、バイト君への人物像には何ら関係ありません」
(自分だって、仕事なんざ早く帰りたいんですから。言えば「どうだっていい」)


●むしろ「有能過ぎるバイト君」そら業務上は褒めますが、
(”表向き””世間向き”には褒めますよ【表の顔で体面上は】、しかしオフタイムの個人的にはそこ全然どうでもいいことなので)
それがバイト君への個人的関心に何か意味あるかって「まったく意味ありません」。
確かに、自分のオンタイム(役職上の時分の立場)は楽になりますから、
「いつも助かるよありがとう」と思いますが、
「優等生相手は疲れるよ」ってのもあるわけで、
個人的親密さとは、どうなんでしょう?反比例する可能性すらあります。
(※それが近代以前の跡取りの生業における伝統の継承なら話は別だけど←しかしこっちは確信犯的選択者の別世界ですから。「歌舞伎の跡取り」など、)

所謂(これ俗称なので私は何とも断言しにくいので一部非公式になりますが)
俗称「定型ナントカ」と呼ばれる現象は、
前述の「個人的親密さとは、どうなんでしょう?」などが原因で(よくできる部下へのナチュラルネグレクトと言うか)、親は無関心になりますので(手がかからない)、
(親の無関心は子供の死活問題)→余計優等生に過激化する構図があると思います。

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posted by kagewari at 18:55 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(makaさんこれで最後だそうです)


makaさん
>ですから敵ではないことはわかっています。「親切で」とか「頑張っている」とか「やらかした」とか書かれると(擬人化してるじゃないですか)、私の力の及ばないところで別人格が…?と思いかねないじゃないですか。でも、またか!またやったのか!何度言ったらわかるんだ「自分」。と、自分を責めても何の意味もないので(興奮のるつぼになるだけ)、「脳の反応」に対して違うアプローチがあるのだろうと書いたんです。ここから先は自分で考えます。何度もありがとうございました。※個別返信なしでかまいません。

■多分ここがわかっていないのじゃないかしら?

心理学の原則ですが、
●「道徳論は禁句(これは「強迫心理」元ネタ『共同幻想』の強迫武器ですから)」
●=「いい悪い論の持ち込み禁止」

自分を責めるって「道徳的糾弾してる」ってことですから←ガチ「強迫思考」です

「バカか俺」技で意図していることって、むしろ”司法取引”です。
(一切罪に問わないので、何がいいとこか悪いとかどうでもいいので、「で、どうなんだ」と自分に関わっていく。故に「ささやく者」であるべきなんです。)

■昔ササイドバーの推薦書籍に(今もあんのかな)
三島の『不道徳教育講座』や、
ニーチェの『善悪の彼岸』とか紹介しているとおりで、

「自我どうすんよ論議」に、道徳論やいい悪い論を持ちこんじゃいかんのです。
(『一拍置く』「バカか俺」はワンセットであると右サイドバーにも紹介してありますが、これは「ちょ、ちょっと待て、まー落ち着け俺」って事ですから。「一服どうだ?」とタバコでも勧めて、「腹減ってないか?」とかつ丼とって、「これは司法取引だから安心していいから、で、なにがあった」みたいにね。)
 ↑
つまり、誤読していない限り「自分を責める形になることは不可能」
自分を責める形になっているのだとしたら、「強迫心理」に煽られて”逆やっている”’って事です。
(禁則事項の道徳の持ち込みやらかして、無意識に精神分析プロセスをぶち壊しにかかっている=現状の自己防衛)

※確かにHP各所に記載のとおりで、自己防衛で別の意味の興奮状態になるなど(防衛反応出ますから)、精神分析はコンフォ〜タブルな代物じゃありませんが(疲れている時には控えるべき)。


また、
>「親切で」とか「頑張っている」とか「やらかした」とか書かれると(擬人化してるじゃないですか)
 ↑
これを疑似人格化とは言いませんよww
(多重人格っぽいとおっしゃってましたが)

これらは主として、強迫心理に踊らされている『自意識』の様で、
別人格化された強迫心理のことではありません。
インチキな絵日記思い出して、あられもないことやらかしてる”自分”のことです。
 ↑
これって「ノストラダムスの大予言」読んで大変だと騒いでいる人と同じなので、
(自分を責めるもクソも無いでしょうww)

「バカか俺」でしょ(笑
「冗談が過ぎるぞ自分」って意味です。

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posted by kagewari at 17:47 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仲間はずれの”仲間”(暗韻:隠されたフラグ”家族”←これ一種のトリックじゃないのか?)

確かに世帯でバラつきあるとは思うけど、
「家のお母さん(お父さん)には遊び仲間がいてね」←どちら言えば聞かない話でしょ
遠からずってのに
「家のお婆さん(或は自分の兄弟)にはカラオケ友達がいるので今日も遊びにいったらしい」←こっちは何気に耳にすることがあり得る話ですよね
 ↑
考えるまでも無く、遊び仲間の影がちらつく人って家族のコア(夫婦)から属性的に離れた独身個体に想定・観測される。

■学校などで昭和に行われた「みんな友達」の意図した裏コードは「家族的経営企業」みたいなものです(部活なんてさレギュラーが監督の家に寝泊まりしているなんざザラなんだから)。
※イタリアマフィアの俗称からして「ファミリー」なんだし

会社構造の中でもどうですか?
交友幅ってのか仲間や群れで行動する”人数”ですよ、
当然ここはピラミッドバランスだから上位者ほど減る(頂点の「社長の孤独」なんてね、)
「50代以上の部長達が8人も集まってとっての仲良くカラオケに」←そらさ【知人の話】で探せば珍しくそんな人達いると思うけど、
社会学的に立論するとさ、
 ↓
「地位の低いものや若年層ほど(上部構造から外れるため)群れの人数やスケールが大きくなるだろう」
(小学低学年にもなれば「どらえもん」的人数を想定しても違和感が無い、総勢5、6人)
(小説、ラノベ、アニメや漫画の青春漫画の主要登場人物数は、2、3人)
(サラリーマン奮闘ドラマの”群像シーンでの部下は多いが’”大事な密会シーンは必ず2人)


●この集落の目的だけれど
原始『共同幻想』から言えば、世帯の構成・結成(性対象の発見)を促す、
コアである”家幻想”外郭メンバーの補完だよね(その周辺の下部組織:サブセット)
※故に家長は門限設定など「交友関係での遊び時間などを管理する権限」がある


<<<<故にそもそも論として、>>>>
■「交友関係であるとか仲間意識」なる概念の理解は、暗黙の『共同幻想』肯定の始まりで、
 ↑
その概念を共有するんだから、母体組織となる”群れ”そのものへの共通認識(仲間意識)無しに不可能だから、”仲間意識感覚”って言語がもう『共同幻想』なんだと言える。

結果として「同世代などの交友関係や仲間ってのは(ヤクザ社会なら兄弟の盃)、家族『共同幻想』の予行演習やその補完や代用品」と位置付けられる。

逆説的に言えば、現代個性化多様化社会の場合、
そもそも論としての「仲間意識」なんて〜な概念を最初から知る必要も無いのだよ。
(日本国民としての共同体意識は別次元だから→災害などで助け合うのは”仲間同士では無く”、見知らぬ者同士の共同体意識です。→共同体意識とは災害救助や安全保障など「社会的合理性の事」→災害解決後即時解散する。)
 ↑
(民度の高い先進国国民なら災害時など協力する事が合理的であると考えるのが”インテリ的意味で常識”であるため。『単独者』的には”その用”がある時にはいつでも呼んでくれ)

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posted by kagewari at 05:41 | 心理学テキスト「Why not」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月28日

左派の人に聞いていただきたいんだが、昨今の左派は左派でも無いでしょ

元をただせば与党が議会の右側で、革新系左派が左側に座ったからとか(英国議会でしたっけ)そんなところが始まりだったと思いますが、
既に現在の保守派は自由主義という意味において(昔と比べれば激しく左傾化し)、保守リベラルが=リアリストみたいな位置づけに変遷してます。

この中でマル系が本籍だったところが経済学そっちのけで革命思想に転じた左派は(これはイデオロギーであり『共同幻想』です)トンデモ官僚支配の全体主義である「共産党」なる原理主義的宗教一派のようなカルトっぽい姿になってしまい、東西冷戦に突入し皆さんご存知のとおりとなります。

時折私は共産党の人材が勿体ないって話をしてきたのですが、
●そこにもう一段論点を加えたいと思います
昨今戦前の米国などにおいて想像以上の共産党による工作活動がホワイトハウスに浸透し、太平洋戦争の原因にもなっている云々の論議ありますが、
そこには「マル系の本旨」と申しましょうか、これですね事の是非はともかく(古典派経済学の時代において)「これではダメだろう」って当時としては先端の”素の正義感”みたいな意味で染まっちゃった人もいただろうと思ってます。

■事は心理学の話になりますが、
フロイト心理学には致命的とも言える特徴がありまして、人間の自我を分析できてしまう論理であるため「それを学ぼうする人の自我もネタバレさせてしまう」特徴を持ちます。
自我が特定方向に安定している人(特に『共同幻想』に適応している自我)には受け入れられない=理解できずに、分派して「我こそナントカ心理学」みたいな自己防衛型の学派が乱立しちゃうみたいな歴史的経緯がありまして、
 ↓
何の話ってですね
(※ちなみにフロイト心理学の「リビドー・デストルドー論」が後の「ケインズ経済学」のヒントとなる。)
 ↓
古典経済学バリバリの時代において、その影響を受けずに単独で現代的な経済学を思い付けってなかなか無理だっただろうと思うワケですよ。
(私はその意味でマルクス経済学も間違っていたと考えてますが)
マルクスがそうであったように、間違っちゃうワケですよ、


●そして困った事に、どこで間違えたのか論議を経る事無く(その経緯からみればわかると思うんですが、これフロイト心理学分派が”あれれ?間違えたとフロイト心理学に戻る”って事がその経緯と構造的に不可能に近いのと同じ理由で)
「もうそれは経済学なの?革命運動なの?」何を目的にしているのか(心理学における自我防衛的分派同様、組織防衛的に)なにがなんだかわからない”左派”という概念に縛られ→こうなるともう宗教一派と同じですから先細りになりつつも定期的に後継者に受け継がれてきた。

この間、保守系政治思想は「それこそナチュボーンの文明化の波にさらされて、『共同幻想』自然崩壊の中で合理的にリベラル化する変遷を受容してきた」、
所謂「穏健派だとか中道化」と呼ばれているアレです、

(AIによるディストピアを目指す中国共産党の何はもう例外事項として、、)

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posted by kagewari at 20:26 | 精神分析時事放談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(makaさんからその後の続き)


makaさん
>少額で何度もすみません。kagewariさんの言う「脳」や「強迫心理」は戦うべき敵であるかのような語り(あたかも多重人格における悪さ役かのような)だと感じますが、所詮は自分なわけで、そこで敵扱いするのはどうなの?と思います。(解釈違いかもしれませんが)そこでこのヤロー(やっつけろ!)となったらそれこそお決まりの自己否定ナルチシズムの繰り返しになりませんか?少なくとも私はそうでした。そこで敵だと切り放さずに自分なんだと認めるほうが楽になります。今まで自己否定だらけの人生だった者の言い分です。

■「脳は敵じゃないよ」(笑
The Horse Whisperer は”その何かを汲み取る人”だから、
脳は自分自身のために、必要な快感代謝を最短距離で親切で頑張っているだけです。
ですから、
「それは勘違いなの、わかるかしら」と『自意識』がWhisperできるのかが鍵であり、

「強迫心理」とは実体伴う人格ではありません。
(幻想ですから)
自分ですらありません。
『自意識』のやらかした「フェイクニュースで彩られた絵日記の一枚」です(こいつがエピソード記憶に居座っている)。
その日の日記を思い出す度に、わなわなと震え怒りが(或は不安がぁ)、、
(この一連の構図が「強迫心理」であるって感じでしょうか)
 ↑
重要なのはネタバレとして、
「その記事がデマであることです」

ジャーナリズムの研修も受けていない、乳幼児・幼児・小学生が、
正確なルポ書けるワケが無いですよね。
(ドラゴン出てきたりさ、悪霊退散とか書いてあったりさ、親の身長が3mもあって《あれトールホワイトグレイエイリアンかな?》、自分はマント着てたり哀れなお姫様だったりするから。)


■で、思春期『反抗期』に何すっかというと、
「何々、かくかくしかじかだと」←ヱ======!!間違ってんじゃん
「このページも、このページもかよ!」
ジャーナリストほどでは無いが、
落合ノビーなんかのトンデモ本ぐらいは読んじゃう高校生として、

「チゲーよこうじゃん」←これが反抗期


●そして反抗期にプルーフされず「強迫心理」として残ってしまう現象とは何か?
「怖くて、日記が開けない」です。



それからmakaさん連発はちょっと控えてくれませんかww
(心理系の課題は読解に時間かかる筈なので原則「即レス禁止」なんです)
そして、寝る間も無い状態なんで、




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コメント欄に問題となった同趣旨の投稿が続いたため、ブログコメント欄を閉鎖します。
詳しい経緯は下記リンク及びサイドバーコメントリンク表示の説明参照
コメント欄の削除があった件(関係障害について)
http://kagewari.seesaa.net/article/402054291.html


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posted by kagewari at 02:31 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(makaさんからその後)


makaさん
>しかし、脳っつったって自分(の身体の一部)じゃん、という。脳(主に海馬)=無駄吠え(興奮)が治らないワンちゃん、と考えると、ワンちゃんに吠えるな!と怒鳴ってもわかりませんよね。ワンちゃんには相応のアプローチ(躾)があるのだと。とすると当たってみるのは脳科学的なところかもしれないですね。原因がわかっても簡単に治らないケースもあるんです。(ワンちゃんだからか?)そりゃ私も原因がわかったら煙のように症状が消えた!みたいに(商業系心理学の事例のように笑)なればいいとは思いますが…。


■これは私の個人的感想でもあるんですが
(エビデンスのある理論的根拠のある話ではありません)

そのまんま
「乗馬みたいなものなんだと思いますよ」

過去紹介したレッドフォードの映画『出逢い』
英題は「The Electric Horseman(1979)」
落ちぶれたロディオのプロが辿るロードムービーですが、
The Electric Horseman (1979) ORIGINAL TRAILER


Midnight Rider , Willie Nelson , 1980


この話にはモデルとなったカウボーイがいます、
The Horse Whisperer(馬にささやく者:転じて馬と話せる者)の異名を持つ伝説のカウボーイ
確かこの人「Monty Roberts 」
(どんな背景のある馬でも鎮めて乗りこなせるという男です)

レッドフォードはそのまんまの映画も撮っており
『モンタナの風に抱かれて』英題「The Horse Whisperer(1998)」
wikiのあらすじ
ニューヨークで暮らす弁護士のロバート、雑誌編集長のアニー、13歳の一人娘グレース。ある日、グレースが乗馬中の事故で片足を切断、愛馬ピルグリムは事故のショックで暴れ馬になってしまった。深く傷ついた娘と馬を立ち直らせるため、アニーは馬を癒す能力(ホース・ウィスパラー)のカウボーイ、トム・ブッカーの元を訪れる。

The Horse Whisperer


(こいつは私の中では”最近の映画”なのでww観ていません)

※私の映画の知識はうろ覚えなとこもあるので(中高年ですしww)
間違いあったらゴメンさなさい。


そしてこれが中の人本人「Monty Roberts 」
→続きを読む

posted by kagewari at 01:20 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リクエスト関連(書籍「女の子どうしってややこしい!」さんの続き)


書籍「女の子どうしってややこしい!」さんから
>日本も「女は察して動けて気配りができる」「普通」を親や周りの大人から求められ、それが出来ない者は恥とされてきた。
障害児への虐待が多いけど健常児だって周りの大人が求める事を察して振る舞うから「可愛がられる子」受け入れられるだけで、親達に(醜い部分も含めて)
本当の意味で受け入れられて育ってるのか?


■ちょっと短くて言わんとしているところを推定・補完しての解説になりますが

多分この設問で欠落しているのはここでしょう
(大枠としては『共同幻想』論となりますが←普通に結婚して子供産んでいるとそこに”組み込まれます”から→ある意味かなりトリッキーな仕掛けをしないと逃げられない:極端な事言えば子供を登録しないだとか《勿論義務教育もすっぽかし》、勿論夫婦は結婚もしないなど、確かウィキリークス創始者ジュリアン・アサンジがそれに近い幼少期だった筈。)
 ↓
『共同幻想』下部組織中間管理職の”厳しい”責務を負う両親の立場

なんというかここも若干仕組まれたドラマ的要素もありまして、
昭和なんて適齢期20代だったんですよ、
「20代の若者」どう思います?
右も左もわからない若輩者で(子供)人間教育はおろか「お前に教育が必要だわ」って存在です。

■当然「結婚」なる概念に乗っかると(マルチまがい商法みたいに)『共同幻想』組織に自動的に組み込んれるんだなんて事に思考が及ばないのが当然です。
(だから「これはヤバい詐欺だ」と気が付いて現代晩婚化に至るんですが)
且つですよ、
20代で会社勤務などでもまだ役職にもついていない年齢です。

この20代のカップルに『共同幻想』社会が命ずる世帯を運営しろと責任が課せられる、
だから近代までは、姑がその上位管理責任者として同居しこの世帯を監督指揮命令した。
(夫婦は何を子供に教えたらいいのかまったくわからない無知蒙昧な若者ですから)
そんな『共同幻想』システムが、唐突に戦後核家族化します。
(このプログラムには当時のGHQに共産党工作員系のリベラリストがいたからなんですが)
 ↓
欧米はいんですよ、そりゃ、
核家族でも全ての世帯は教会に所属し(教会が中央集権的な監督指揮命令をしていたので)、その指導の元で、中間管理職をできましたから(上からちゃんと命令くるんですから)。

しかし日本の場合、
前も後ろもわからない若者夫婦が、いい加減な尺度の(姑管理時代の)適齢期のまま結婚し、
『共同幻想』社会の期待する下部組織として立派に子育てする事を期待すると放り出された。
「できるワケ無いじゃないですか(会社で係長にもなってないのに)」
●かと言って「世間様の目が無いワケじゃない」んですよ?
同居はしていないが、血縁達は「お前の家大丈夫なのか」と厳しく見てますし、
両親もまだ健在です、
下手踏んだら「お前のせいで一族の名誉も何もふっとぶんだよ」ってテンションで20代〜30代初頭の若者に何ができるっていうんです?
(※これですね、直接ガミガミ干渉する近親者がいるとかいないとか無関係ですから。むしろいない方が抽象的イメージの中で「世間の目不安」は肥大化エスカレートする。)

(ヘマすれば集中砲火で潰されるんですぜ?「若い二人」にとってそのプレッシャーは職を失うかもしれないだとか、離婚に追い込まれるかもしれない不安となって漠然と肥大化する。)
※更に重要な事ですが、子供の『共同幻想』適応躾ってのは事実上の”洗脳”です。手法としては世帯の所得を利用してのインセンティブ《アメ》と恫喝《鞭》によって行うのですが、同居していない場合所得も少ないですから洗脳にあたって子供に”いい思い《アメ》”もなかなかさせてあげられない。
→結果として現代社会では祖父祖母世帯が資金援助するとかザラになりましたが、なんだかな〜な方向なワケ。
※だから現代的には本質的に子供手当のような子供個人に対するベーシックインカム論議が必要なんです。→そして洗脳では無く「高度教育」において(親が誰とか関係無しに)「子供個人の意思で『歩留り』へ」みたいなルートに時代は変化してきている。
 ↑
(リベラル『歩留り』は「福祉で相談できるとこを」、考え浅い保守系は「地域のコミュニテー村社会や大家族主義の復活を」とか言うけどさ、的外れてんだよww)

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posted by kagewari at 00:11 | リクエスト関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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所謂臨床系の言うところの行動療法ってほど堅い話ではありませんが期待感あるアプローチだと思います
自我と時間』参照




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